表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
64/143

第六十四話:銭と匠


 「年末に弊社のロボットがマスコミに取り上げられて大当たりしたんですが、どうもそれを見た中国の企業が似たようなものを作っているらしくて、最近次々とそのテの動画がネットにアップされてるんですよ」


 出資先の「ビッディ・ペッソン」の狭山社長が困った顔で相談してきた。あの悩殺ポーズを次々とこなし、二足歩行をするアイドルロボットを作った高学歴へんた……ロボット学者だ。


 中国企業の経営者達の行動を見ていると、先行者に対する尊敬とか武士の情けとか、もっと言うと倫理感の存在なんかを疑ってしまうようなことが良くある。


 カネになると思えば何でもやってくるのが彼等の企業活動の特徴だ。顕著な例ではキャラクター商品のパクリが挙げられる。彼等は著作権法の存在を知らないわけではないし、他社の意匠をパクっていいと思ってやっているわけでもない。

 パクリがバレたらまずいとちゃんとわかっている。それでも彼等は儲かるかもしれないと言う誘惑に対して理性を以て抗えない。目の前に札束がぶら下がると心神喪失状態に陥り多少の理性はあったとしても吹っ飛んでしまう。それが彼等だ。


 もう一つ例を出そう。中国にある日本企業の工場の出入り口ではしょっちゅうビラを持った怪しい男達が現れる。そのビラには、工場の中で流れてくるであろう部品とその買取価格のリストが書かれている。工場の部品をちょろまかして来てくれればこれだけお支払いしますよ、というわけだ。


 もちろんそんなことをしたのがバレたら工員は普通クビになり、翌月から収入はゼロになる。にもかかわらず工員の何割かは目の前の50円、100円の誘惑に勝てない。ラインから拝借したコンデンサやICをポケットに忍ばせて、終業後に門の近くで待ち構えている男達から小遣いをもらうために彼等は多大な努力を惜しまず偽装工作や口裏合わせをするのだ。


 そんな損得勘定ができないぐらいに理性が吹っ飛んでしまう人達が中国には経営者から労働者まで、数多く実在する。その吹っ飛び具合は即時性、すなわちすぐカネになるかどうかが最も影響するようで、金額は二の次のようだ。


 ビッディ・ペッソンの美人ロボットはそんな倫理と遠く離れた世界のイナゴ経営者の次のターゲットにされてしまった多くの例の一つに過ぎない。

 だがビッディ・ペッソンの技術は現行ロボット技術の3歩ぐらい先を行っている。驚くべきはローテクとの高度な組み合わせだ。周囲の画像取得の際のブレ補正にアクティブプリズムを使ってみたり、バランスをとるのに梃子てこや振り子の原理を使ってみたりと、なんでもかんでも6軸加速度センサーの入力を見て演算した結果だけ制御モーターを回すと言ったバカの一つ覚えではない設計をしているらしい。


 別に演算リソースに乏しいわけではない。限られたリソースを有効に使うために、姿勢制御や画像補正なんかのくだらない所で無駄遣いをしていないだけだ。

 このローテクとのコンビネーションは長年やってこないと解らない匠の技術らしい。ぶっちゃけ「ビッディ・ペッソン」のロボットを盗んで分解しても、何をやっているか理解できないくらいの緻密な技術なのだそうだ。


 ということで、当然こういう高度な技術の統合が出来ない後追い企業が作ったセクシーロボット達は、あちこちで醜態を晒し、見る者の失笑を買っていた。

 それらは立って歩く時ですらつっかえ棒が必要だったり、最初から四つん這い以外はできないものだったり、3歩も歩けばガシャンと倒れる様なものだったりと、およそ周囲の期待に添えないものだったのだ。


「いいじゃないですか狭山さん。まだしばらくの間、彼等は狭山さんに追いつけないということでしょう?」


 俺は(いきどお)る狭山社長をなだめた。後追い連中がド素人なら敵にもならないのだ。現在の優位性を武器にそんな連中は叩きのめして市場から御退場願えばいいではないか。


「いいわけないですよ。見た目似たようなものがどれもこれも粗悪品だと業界全体の評価が下がるんです。 うちの製品までどうせ壊れるんだろうなんて思われてしまいますよ」


 これは確かにその通りだ。粗悪品が業界の代表例になると、業界全体の評価が下がってしまう。特にロボット業界はそれで辛酸を舐めた経験があるからなおさらだ。


 ロボットは基本的に、100回腕を動かしても100回同じ位置に腕を戻せるくらいの正確さは求められる。

 物流倉庫などで人間と協同する作業用ロボットでもこれは同じだが、なんとつい最近まで、一回腕を動かすと二度と同じ初期位置に戻せないロボットが物流市場や工場向けに出荷されていたのだ。そのロボットのキャッチーな見た目にマスコミが食いつき「勃興するロボットベンチャーの代表例」として各種メディアに紹介されることも少なくなかった。

 同業他社は「メディアの暴走だ。あれを標準的なロボットと思わないで欲しい」と散々愚痴をこぼしていたが、素人メディアに高度なロボティクスが判る筈もない。

 案の定、その見た目だけのロボットの客先での性能評価は(かんば)しいものではなく、ロボットを企画販売していた会社は突然謎の廃業をしてしまった。

 不出来な製品なのにデモンストレーションだけは上手かったりすると、勘違いして導入した客から火の手が上がって業界全体の信用が落ちるのことを知っていた狭山社長は、そのリスクを避けたかったのだ。


「では、ビッディ・ペッソンもいつまでもテレビ芸人ではなく、市場に製品を投入するというのはどうですか? あれだけの物です。多少高くても買い手はつくでしょう」


「中国企業は既に自分達の技術とこちらの技術の差分を認識しています。ということは、ウチがこのロボットを発売したらあっという間に分解されてその差分を吸収されますよ? 4年も経てば追いつかれてしまいます」


「だったら、いっそその技術的な先行差分をひとまとめにモジュール化して、ブラックボックスにして彼等に売ってしまうのはどうでしょう? 彼等とて、リバースエンジニアリングをしてイチから再発明をするよりは、モジュールを買った方が安いとなれば飛びついて来るんじゃないでしょうか? 彼等が欲しいのは技術ではなくお金なのでしょう?」


「なるほど、特許ライセンスを実体化させたようなのようなものですね。行けるかもしれません」


 特許でライセンスしてもどうせ作れないなら肝心なところはこっちで作って売ってやったほうが金額も大きくなる。ライセンスだと売上数を誤魔化せるが実物を売るならその心配もない。つまり安心かつ儲かるのだ。


「それに狭山さんは本来ならカセットを使う方に行きたいのでしょう? でしたら綺麗な道は連中に任せてしまっても良いんじゃないですか? うちの出資先にはカセットの中身の専門企業もいますよ。驚くほどの低予算で一流品に引けを取らない気持ちよさだそうです」


「本当ですか? それは興味深い! ぜひご紹介下さい!」


「わかりました。ではその席は近いうちに設けましょう。まずは今、取れるだけの国際特許をきちんと取得して下さい。その後は全力でエロ方面に進むのもありかと思います」


「そうですね。それに他にも参入障壁はありますし」


「それは?」


「形状ですよ。美人のデータを作るというのは、あれは意外に難しいんです」


 3Dモデルというのはイラストと同じで、あっという間に大抵の人が「美人」と思える像をモデリングできる人と、何をどうやってもそこにたどり着けない人がいる。ツールを使いこなすだけの技術があっても、それだけでは駄目なのだ。


 ゲームの世界がまさにそうで、後発の小規模スタジオが作った二番煎じのゲームが大手が作ったオリジナルゲームになかなか追いつけないのはプログラムではなくデザインのほうに原因がある事が多い。


 それを知っている韓国や中国のゲームメーカーは大手と言われるところでさえ積極的に日本のゲームから「ぶっこ抜き」をやっている。

 自分達でモデリングをすることを完全に放棄し、日本のゲームからデータをコピーしてしまうやり方だ。

 リスキーだが、短期間で大きな収益を上げる事ができればゲームのことなど知らない彼の国の裁判官は自国の企業に寄り添った判決を出してしまう。かくして法律に守られた盗作というややこしいプロダクトがあまた存在する状況が生まれるのだ。


 ではパクリ企業達もビッディ・ペッソンと同じように美人を3Dスキャナーでサンプリングすれば……というのも実は落とし穴がある。

 上手な化粧や踵の高い靴、印象の強い服などを総合して美人イメージを作っている人を3Dスキャナーで撮っても微妙なモデルデータができるだけだ。モデル形状が無条件に美人な人を選ばなければいけない。

 ところが大抵のロボットベンチャーには化粧に騙されても次々に別のモデルを連れて来るだけのコネもカネもない。この段階で詰んでしまう。


 ビッディ・ペッソンが美女のデータを一発で獲得し、さらにそれをクリンアップして製品に出来たのは、社内に超がつくほどアイドルオタクのモデラーがいたおかげだ。

 モデラー氏はたった一度のモデルスキャンに命をかけ、数十万箇所の不要なノイズを取り除き、不合理な部分を取り除きながらモデルデータを再構築していった。まさに妄執を持って難題をクリアしたのだった。


「このあたりをもっとスマートにやってこられると、ウチとしては競争優位性が一つ無くなっちゃうんですが……未だに気付かれてはいないようですね」


 正直なところ、あまり「匠の技」に頼りすぎると効率化に向けた思考が停止するし、なにより技術が属人的になりすぎると転職されたりした時に企業の優位性がまるまる無くなってしまう。そこは今後の課題だろう。

 中国企業の多くは結局ゲームから「ぶっこ抜いた」3D形状データを使ってロボットの外装を作っているようだが、アニメの等身大フィギュアを部屋に置けば違和感が半端ないのと同様、彼等のロボットはとても日常空間に置いておけるものではないのだという。


「では、一般販売の際、そこはちょっとした対抗策を施しましょう」


 そこからは悪巧みの時間だった。天才的かつ悪魔的頭脳を持った狭山社長は、自社のロボットの形状が3Dスキャナーでスキャンされた時の可能性を考え、表面に酸化チタンを始めとした赤外線散乱物質を混入したり、静止状態でトレイの上に乗せられて回されたら表面を熱で溶かしたりさせるといったアイデアを考え出した。

 もともと人肌の温度を演出するために肌には電熱線が仕込んであるから、そこに過剰な電流を流せばいいのだとか。利用契約書にきちんと「スキャンするな」とか書いておけば問題ないだろう。


「最初は国内販売のみにして、GPSでサポート圏外の国にあることが分かったら自爆させたりしてもいいですかね?」


「いや、自爆はまずいでしょう。それよりヤバいキーワードをネットで自動検索させたり不穏な内容を投稿させたりするのはどうでしょう?

 ナントカ門事件とかをロボットが勝手に何度も執拗に検索したりね。ロボットを不正に輸入した人達が切ない目にあうようなアイデアはありませんか?」


 今どきのロボットは全部ネットに繋がっているからそれくらいは簡単にできてしまう。


「それはいいですねえ。そもそもサポートしている国で使う限りはその機能が起動しないようにさえしておけば……」


 俺と狭山社長は学生のようにはしゃいで、その手の機能について暫く語り合った。


「また始まった……」


「これ、もう僕達は退席してもいいですよね?」


 服部と相田は呆れ顔で予定の時間を過ぎた所で退室して行った。


 ふん、もののあはれの分からん奴等め。いいじゃないか。これが楽しいのだ。


 この日初めて出資先企業とのミーティングに参加していた貴子さんは「カセット」と「高機能で低価格な中身」の詳細について服部からもらった資料を無言で読み続けていたが、顔はどことなく赤く染まり、目は大きく見開いていた。


 もちろん、俺がそれを見逃すことはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ