第六十二話:ジョージア・ガイドストーン
対馬を離れた俺は軽く東京のオフィスに顔を出した後、相田と服部に「またちょっと行ってくる」とだけ言い残して成田へと向かおうとした。
どこに行くのか一応教えろと相田達には食い下がられたが、今回ばかりは他人に言いたくない。俺は「ごめん。マジごめん。すぐ帰ってくるから」と追撃を躱し、逃げる様に空港へ向かった。
行き先は米国、ジョージア州アトランタだ。
アトランタから西北西に140㎞、エルバート郡を南北に走るハートウェル・ハイウェイの近くに花崗岩でできた巨大なモニュメントがある。
―― その名をジョージア・ガイドストーンという。
古代遺跡のように凝った作りで天文学的なギミックもあるが、このモニュメントが出来たのは1979年だか1980年だかといったところだ。建造時の写真や落成式の写真も残っているので謎の巨大遺跡などではない。ただ、誰が発注したのかについては詳しいことが判らないらしく、そこがこのモニュメントをミステリアスなものにしている。
「ここか……。しかしまあ、こんな不便なところによくもまあ、こんなでかいものを……」
俺がレンタカーに乗ってここに到着した時、モニュメント近くには駐車場にワゴンを止めて犬の散歩をしているおじさんが1人いるだけだった。どうやらこのモニュメントは旬が過ぎた観光地と言った存在らしい。
「理性の時代のガイドストーンとなりますように」と題された高さ6m、重さ108トンのこのモニュメントは、8つの現代言語と4つの古代言語で10項目の戒律のような文が書かれていることで有名だ。
その10の文の中のいくつかに興味を持ったので俺はここエルバートンまではるばるやってきたのだ。特に最初の一文は興味深い。残念ながら日本語では書かれていないので、俺は英語のモニュメントに近寄り、一番上に書かれた2行を読んでみた。
“Maintain humanity under 500,000,000 in perpetual balance with nature."
「『自然と永久にバランスを取り、人口を5億人以下に維持せよ』 ……か。今が75億人だから、15人中14人はいらないってことだな。やれやれ……『あいつ』より酷いじゃないか」
俺は思わずニヤリと笑ってしまった。
この文はここに書かれている碑文の中で最も有名なものだ。そのあまりにも少ない5億人という数に誰もが一度は閉口し、その意味を考えさせられるという。
読み進めれば自然とのバランスや、行き過ぎた個人の欲望の押さえ込み、無駄な統治機構への批判など良いことがたくさん書いてある。なのにこの一文だけが取り沙汰されるのが多いのは、やはりこの文章がショッキングかつキャッチーだからだろう。
少なくとも、100トン以上の石でモニュメントを作る財力を持ち、完全に素性を隠せるだけの社会的影響力を持った人、または団体が「人類は増えすぎている」と言っているのだ。
このモニュメントが作られたのは壬生さんが担当者だった頃だが、壬生さんは「そんなもん、知らん」の一言だった。だからこのモニュメントに書かれた碑文は担当者の創案した文面を碑に記したものではない。
いったい、誰がどのような思想背景を持ってこんなモニュメントを作ったのだろうか。そこが気になってこのモニュメントが作られた背景や発注者について噂や文献を眺めると、やれ薔薇十字団だフリーメイソンだと秘密結社の名前が出てくる。実際、このモニュメントを作った団体もしくは個人はそういった秘密結社の目指す世界と近い考えを持っていたようだ。
一部のオカルト好きや陰謀論大好きな人達にとっては大好物的な秘密結社が絡んでいるかもしれないとあって、ジョージア・ガイドストーンは今なお、そういう趣味の人達にとって興味深い存在なのだそうだ。
あいにく俺はそういう人達とは少しだけモノの見方が違う。一緒にされるのは願い下げだ。
俺がこのモニュメントを見てみようという気になったのはもちろん「人口抑制」というテーマについてこんな形で他人様に物を申しているから、そして「理性の時代」という言葉が気になったからだ。
“Rule passion - faith - tradition - and all things with tempered reason."
「情熱、信仰、伝統、そしてあらゆるものを鍛えた理性で支配せよ……まったく同感だな」
今までの俺は、人々がかろうじて維持している理性のタガを外すきっかけをばら撒き、その結果生まれた混乱を以て多数の死者を出すという手法を採ってきた。俺が手を下した地域で、もし人々が理性を維持出来てさえいれば何も起こらなかったと言っても過言ではない。
このモニュメントは、今現在の地球で人口が爆発し、自然との調和が乱れているのはすなわち、今の人類が強い理性を以て情熱、信仰、伝統そしてあらゆるものを制しきれていないからだと暗に語っている。
俺もそのとおりだと思う。「頭でわかっていてもどうしようもないんだっ」的な思考停止がまかり通ったせいでいかに多くの理性的判断が闇に葬られてきたことか。
俺は碑文を一通り読んで頷いたり首をひねったりしながら短い時間を過ごした後、レンタカーを停めてあった駐車場の方へと向かった。
「やあ、暑いね」
ヒスパニック系の中年男性、さっきからこのあたりで犬の散歩をしていた人だ。可哀想によほど暑い中の散歩だったのか、犬はぐったりしている。
手で椀を作って持っていたペットボトルの水を犬の鼻先に持って行ってやると、犬は俺の手に前足をかけて勢いよく水を飲み始めた。よほど喉が乾いていたらしい。
飼い主の男と俺はにこやかにそれを見つめていた。
「ありがとう。あんた、中国人かい?」
「いや、日本人だ」
「へえ、ここらじゃ珍しいな。ここに来るのは神秘主義か陰謀論に目覚めてしまったイカレ野郎か、うっかり観光ガイドを見て来てしまった不幸な観光客と相場が決まってるんだが、あんたはどっちだい?」
「どっちかというと不幸な観光客の方だね。ひとしきり見たんで帰るところだよ」
「そうかい。気をつけてな」
「ああ」
このモニュメントは来るべき新時代「理性の時代」のリーダーに向けたガイドストーンと銘打たれている。俺はその碑文の内容から、何かしら「あいつ」との関連があるのかどうかを知りたかったのだ。過去の担当者やその協力者達が何世代もの間、人知れず綿々とお役目を続けてきて、いつしかそれが精神世界へと昇華した際の魂の記念碑的なものなのだろうかと。
だが残念なことに、俺には「これは」という新事実や隠されたメッセージなどは発見できなかった。モニュメントのレジストリなんかもつぶさに見てはみたのだが……。
「まぁ、外から見ただけじゃわからんわ。やっぱり」
軽い無駄足感もあったが収穫もあった。俺は今後協力者を増やすにしても、その協力者達やその子孫が後世にまでお役目を引き継がない様にしないといけない、と正しく理解出来たのだ。
◆◆◆◆◆
「なぁ、アイーダ先生、続き書かねえの?」
「誰のせいでこんなクソ忙しいと思ってるんですか! 書く暇なんてあるわけ無いでしょう!」
東京に戻った俺は次のネタを仕込む必要を感じていた。だが、なかなかネタが思い浮かばない。そんな時には「★転生したチキン魔王は人類絶滅の詔を下す。ただし猶予は300年★」だけが頼りだ。
アレさえ読めば何かしら貴重な示唆が得られるに違いない―― そう思って俺は久しぶりに小説サイトを訪れたのだが、残念なことに新しい話は投稿されてはいなかった。
以前の狂ったような更新頻度と鬱展開の後、あの作品はぱたりと更新が途絶えていたのだ。
これは非常に困る。ということで俺は相田を昼飯に誘い出し、少しいい焼肉を奢りつつ続きを書くよう急かしてみることにした。ちなみに小説投稿サイトでは作者に更新を急かすのは規約違反なのだが、リアルなら問題あるまい。
「えー……超楽しみにしてたのに」
「ブックマークもせず、読むのも1年に数回あるかないかのくせにどうしてそんなこと言うかなこの人は……クッソムカつく……」
アイーダ先生は仕事が忙しく、すっかり筆が遠のいてしまったそうだ。残念なことこの上ない。
「それにですね、最近は現実のほうがよっぽど異世界より怖いんですよ? ナイジェリアのゴールドラッシュ騒動や東南アジアの暗闇暴動事件なんか見ても、もう『事実は小説より遥かに奇なり』なんです」
あー、そりゃ俺がお前の小説読んでアレンジしてやってみたんだが……とは言えるわけがない。
「もし、仮に書くとしたらどんなの書く感じ?」
「アホですか先輩は……」
相田が虫けらを見るような目で俺を見下した。あんまりだ。泣いちゃうぞ。
「物書きが次のネタを読者にホイホイ教えられますか? 連載中の作品に書かないうちにネタバラシする物書きが居ますか? なんですか、先輩はどこかそういうファンタジー世界からの転生者ですか?」
あ、いかん。何か地雷踏んだらしい。
「私だってそれなりに書きたいことは溜まってますよ。だけどこの忙しさですよ? 書きたくても書けるわけないじゃないですか。その忙しさの元凶みたいな人に『まだ書かないのか』とか言われて、どんだけ腹立つと思います?」
「ああ、すまん……そういう鬱憤が溜まっていたのに、元凶の俺がとどめを刺したってことだな。そりゃ軽率で無神経だった。すまんすまん。このとおりだ」
「分かってくれりゃいいですよ」
「悪かったなあ……あ、ところでお前、前みたいに『何とかっス〜』みたいな喋り方やめたんだな」
「そりゃ、一応部門責任者としてビジネス相手と交渉する身ですからね……変な口癖は矯正しておいたんですよ。ところでですね、服部さんとも話をしたんですがやっぱり手が足りないんで人を雇おうかと思いまして」
「ほう。どんな人を?」
「やはりお金のことはお金のプロに任せたほうがいいかなと思いまして、財務・経理を一通り出来る人が欲しいなと……。うちの場合、資金調達はほとんどしなくていい状況なんで経理処理とか、納税とか棚卸しとか、あと投資先の財務諸表のチェックとかですね……私らの会計知識が子供並みなので結構大変なんですよ」
「いいじゃないか。今のビルにも転職支援業者が何件か入ってるだろ? 相談してみると良いよ」
「ありがとうございます。じゃ、稟議上げておきますのでポチっと承認しておいて下さいね」
「わかったわかった。やっとくから。ああ、こっち焼けてるぞ……」
この昼食後、服についた焼き肉の匂いで2人で焼き肉に行ったことが服部にバレて、暫くの間服部のアタリがきつくなったのだが……まあ仕方あるまい。
今日はいろいろやらかしたようだ。反省している。
★★★★★
東京・芝の壬生グループホールディングス本社ビル役員フロアの一角で、顧問の壬生翁の秘書、貴子は鼻歌交じりにWebを閲覧していた。娘の鼻歌など滅多に聞くことのない壬生翁は貴子の居る受付に出向いて何か良いことでもあったのか聞いてみることにした。
「どうした貴子。やけに機嫌がいいな?」
「ああ、お父様。いえね、私、転職しようと思いまして……。ほら、この間せっかくUSCPA(米国会計士資格)を取ったのに使い所もなく、お父様の秘書ばかりではどうもつまらなくって……」
「山崎! お前知っておったのか?」
壬生翁は山崎に怒りの表情で問い詰めたが、山崎とて貴子の個人的な転職活動など把握しているわけもない。
「何が不満だ? というかここを辞めて何処へ行くんだ? お前のことだから滅多なところではあるまいが……」
「あ、ここを受けてみようかなと……」
貴子がヘッドハンターから送られてきた募集要項をプリントアウトして見せると、壬生翁の顔からは怒りが失せ、代わりに笑みがこぼれ出た。
「わはははは! こりゃ面白い! ぜひ頑張ってみなさい! 受かったらお祝いしてやろう!」
「ね? 面白そうでしょう? ね? 応募するだけでもしておかないと!」
いったい何がそんなに面白いのか。山崎がちらりと募集要項に目をやる。次の瞬間、山崎の喉から「うっ」という声とも嗚咽とも分からぬ音が漏れた。
社名:影山物産
募集職種:財務・経理
募集資格:英語(ビジネス中級以上)、各種会計資格所持者優遇
待遇:前職を考慮して決定。賞与年2回、業績連動分あり
「なんで翁も貴子さんもそんなに影山がお気に入りなんだ……?」
一人状況を把握出来ず、取り残された形となった山崎はただただ混乱するしかない。問いかけようにも話が通じる相手はおらず、考えたところで答えなど出る筈もない。
その夜、山崎は10年ぶりにゴールデン街に行って安酒を浴びるほど飲んだ。
賑やかな喧騒に背を向けて一人で飲む彼の背中には寂しさが漂っていた。
2022年7月6日、ジョージア・ガイドストーンは何者かの手によって一部が爆破され、テロの可能性を鑑みた当局により残る部分も撤去されました。現在は存在しません。




