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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第六十一話:親父さんとダツ

 今回の帰国では日本に長居をするつもりはなかったが、日本に居たら居たでいろいろ仕事はあるものだ。


 例えば出資を決定したコンテンツプロデューサー達の使いみち。これは俺の方に当初からアイデアがあったので困ることもなかった。

 二番煎じしかできないコンテンツプロデューサーの使い道など決まっている。彼等には二番煎じでも通用するような市場で頑張ってもらえば良い。そこに俺のお役目上の都合を少し混ぜてやれば双方にとって Win-Win になる。


「本当に好きな人と結ばれる」とか「古いしきたりを捨てて自由に生きる」とか、昭和の日本で繰り返し垂れ流されたメッセージを人口が急増している新興国で若者相手に執拗にやってもらおう。

 水と人の意識は低いほうに流れがちだ。恋愛至上主義的メッセージは耳触りの良さから言っても結構ウケるだろう。

 そのメッセージが社会に浸透した結果、その国の人口が少しでも減少傾向に転じれば俺にとってはなかなかの成功になる。

 

 さあて、楽しい仕事もあまり楽しくない仕事も、ちょっとずつ進めないとな。


◆◆◆◆◆


 壬生さんとの面談の3日後、壬生商事の飯田課長から待望の連絡があった。

 長崎大学水産学部の川口教授らの乗った附属練習船、鶴洋丸が屋久島沖でダツとオキザヨリの卵を採取して帰ってきたという、俺が一番待ち望んでいた連絡だ。


 俺は「凄塩」の山本社長と二人で急ぎ対馬へと飛んだ。現地では川口教授と学生さん、そして親父さんが孵化施設で俺達を待っていてくれた。


「これがダツの卵ですか?」


「いや、これはオキザヨリです。ダツの方はこれの半分以下の大きさですよ。ダツの卵はもう孵化プールの中に入れています」


 オキザヨリの卵は若干青みがかった透明の卵だった。大きさは8ミリから1㎝というところで、ぱっと見た目は大きな青白いイクラ……と言えなくもない。ダツの仲間は骨が緑だったり青だったりと、何かと他の魚と色が違うらしいが卵までこんな色か……。卵の周りには何かこう、ネバネバした糸のようなものがついている。これが藻や珊瑚などにへばりついて孵化を待つのか。


「これをいくらかいただけませんか? 手元で孵化させてみたいのですが……」


 俺は川口教授に頼んでみた。幸いにして卵は潤沢に採取出来たらしく、俺が親指くらいの卵の塊をもらっても全体に影響はないそうだ。


「食べるんですか?」


「食べませんよ」


 ダツの卵は浜松辺りではそれなりに人気の珍味らしいが、それは港でメスの腹を開いて採ったものであって海で採ってきたものではない。


 卵をもらった俺の目的はもちろん生まれてくるオキザヨリの遺伝子操作だ。この大きさなら遺伝子操作は楽勝だろう。カイコの卵が大きくても2ミリかそこらだったのに比べたら鼻歌交じりでターゲットが固定できる。


 俺はすぐにその卵に向けてレグエディットの遺伝子プラグインを起動した。オキザヨリの卵ならば、DNAのどこかに「夜中に海面からの急な光の投射に対してパニックを起こす性質」がある筈だ。その性質を根こそぎ消してしまう処置を施してやる。


 パニックを防ぐことで、生簀(いけす)の網に向けて突進したり、障害物にぶつかって死んでしまったりすることを避けられるだろう。マグロの養殖なんかでもパニックが原因で結構な数が死んでしまうらしい。だからパニックを起こさないような魚にしてしまえば生存率は随分上がる筈だ。それに、生簀の管理や餌やりの作業員の安全のためにもこうした方がいいに決まっている。


 だったら全部の卵に処置を施した方がいい、と考えなくもなかったが、川口教授と学生さん達が遠路はるばる持って来てくれた卵をいきなり全部抱え込むわけにもいかない。それに、パニックを起こす個体は徐々に斃死(のたれじに)したりして減っていくだろう。一定期間後は俺が処置を施した個体群がそれなりの存在感を示す筈だ。


 次に、採餌行動の際の攻撃性を強化する。攻撃性の強化はプラグインのデフォルトライブラリの中に入っていたのでついでだ。ダツの仲間は上層を泳ぐ魚の鱗のきらめきを見ると採餌行動に移る。だからキラキラしたルアーなどには引っかかりやすいらしい。攻撃性を強化することでよりルアーなどに引っかかりやすくしてしまえば出荷の時などに役に立つかもしれない。


 まぁ実際はそんな優等生的な理由のためだけにこの処置を行うわけではないのだが……。


 十分ほどかけてレグエディットで一通り卵の遺伝子をいじった後、俺は「やはり自信がない」と言って分けてもらった卵を教授に返した。


「じゃあ、親父さん、後は頼みます。必要な費用はうちの会社に請求してください。学術的なところは川口教授と学生さんにお任せします。何かあったらこちらの飯田さんを通して私にも連絡をお願いしますね」


「影山さん酷いですよ。飯田さん、私にも連絡お願いします」


 山本社長が俺を肘で軽く小突いた。そうだった。これは元はといえば山本社長のビジネス案件なんだよな。


 川口教授と親父さんの検討の結果、従業員の安全性も考え、餌は配合飼料を使い、自動給餌器を使って給餌することにした。これは一般的なマダイの養殖と同じスタイルだ。自動給餌器にしたのは、餌やりで生簀に近寄る回数が増えるほどにダツ飛来のリスクが高まると考えたからだ。


 川口教授からのダツのジャンプ対策のための指示は2つ出た。自動給餌器の表面にキラキラ光る部品やLEDインジケータはつけないこと。そして生簀の上面にネットを張ることだ。


 南洋の魚でもあることから、養殖環境はマグロと同じに揃えるそうだ。水温は10℃以上、水深は30mから50m、塩分濃度の変動が少なく北西の季節風を受けない穏やかな海で、そして溶存酸素に富む潮通しの良さ……という環境だ。よくわからないが、これらの条件を見つけるだけでも相当な費用や時間がかかっているのだろうな。全く頭が下がる思いだ。


 卵は孵化施設で孵化を待ち、孵化後ある程度の大きさになったら生簀へと移される。親父さんは既にいくつかの生簀を持っているので、危険を避けるためと潮通しを確保する意味で、少し西に離れた場所に生簀を設置することにした。ダツとオキザヨリはそれぞれ別の生簀で肥育するそうだ。そりゃそうか。


「港で揚がるダツの中にも卵を持ったものはいるようですが、そういうものから種苗を採取できないんですか?」


「あぁ、そうしたいのはヤマヤマなんですが、オスとメスが同時に確保できるというケースは稀でしてね……今回は自然環境で採取した受精卵からのスタートなんですよ」


 山本社長が川口教授にいろいろ質問をしていた。期待の大きさもあって、興味が尽きないらしい。


「よし……っと。まずはこれで成魚になるかどうかが最初のチャレンジですね。その後成魚から人工種苗を取り出し、その種苗から第2世代が育成出来るかどうかですよ。このサイクルが数世代、問題なく回れば養殖技術は完成です。それではじめてダツとオキザヨリの養殖は成功したと言って良いでしょう」


 川口教授がまずは第一段階終了、といった感じでまとめてくれた。このダツの養殖プロジェクトは学内で注目されているとかで川口教授は最近学部内では上り調子らしい。

 国立大学の財布のヒモがぎゅうぎゅう締め付けられている昨今、こんな気前の良いスポンサーのいる産学連携プロジェクトを担当出来るというのは相当な強運か、または業界の第一人者という扱いになるそうだ。


「養殖が軌道に乗ればダツやオキザヨリの干物が安定的に確保出来ます。そうしたらウチのラーメンは世界に進出できるんです。川口さん、期待していますよ!」


 山本社長が未来へと続く明るい道へ、期待に胸を膨らませた。


「気が早いですよ山本さん、養殖が軌道に乗ったかどうかなんて5年ぐらい先になってようやく言えることなんですよ?」


 過剰な期待は現場の重荷になるので親父さんがそれを制した。


「そんなに待たされたらうちの会社の方が干物になってしまいます。影山さん、追加で出資してもらえますよね?」


「いや〜そうなったら会社の干物で出汁を取ったらいいんじゃないですか?」


 孵化場に皆の笑いがこだました。一人山本社長だけは引きつっていたが。


 その日の夜、俺達は対馬の宿でさやかな酒宴を催した。練習船に乗って帰ってきた学生達は皆顔が真っ黒で、前に見た時より体格も一回り(たくま)しく見える。ただ一人、親父さんだけが渋い顔をしていた。いくら酒を飲んでも酔えない様子だ。


「やはりダツは怖いですか?」


「ああ怖いね……俺は一度、あいつがまっすぐ自分に向けて飛んでくるのを避けられなかったことがあるんだ。海からこう、いきなりザバっと飛んできたんだよ。あれは光に向けて飛んで来るんじゃなくて、四方八方にパニックで飛びまくるんだってな? だけど俺にはそうは見えなかったよ。俺が持ってたカンテラめがけてまっすぐ飛んできやがった……あの時のヤロウの顔が頭から離れねぇ」


 酒のせいか、職場から離れたせいか、親父さんの喋り方がいつもの「です・ます」調と少し違って海の男っぽい。しかし語られた内容は恐怖の経験談だ。この道何十年の親父さんをして忘れられない恐怖を植え付けるダツというのは本当に危険なのだろう。よく養殖を引き受けてくれたものだ。


「俺も、あんなのが飛んできたら多分一歩も動けないでしょうね。正面から見たらほとんど黒い点ですよありゃ」


 ある程度の数は遺伝子をいじったので、オキザヨリの方はそんなに飛んできませんよ、などと言えるわけもなく俺は話を合わせた。俺が処置を施した卵のゆうに100倍以上の卵が孵化施設で孵化を待っているのだから……。


「海外じゃ肩やら胸やら目やらに刺さったり、血管を食い破られて大怪我したって報告も数多くあるらしいじゃないか……」


 実際そういう事故が多いらしい。食えばなかなか美味い魚だが、この魚が引き起こした恐怖の体験談と血まみれになった被害者の写真がインターネットにはゴロゴロしている。


「生簀で配合飼料を食って育てればあんな魚に育たないかもしれないじゃないですか。今はそれを祈りましょう。ささ飲んで、明日からまた頑張って下さい」


「不安はそれだけじゃねえんだよ……影山さん」


「うん? 何か?」


「最近この対馬の養殖場は狙われててな……」


「えっ? 生簀から養殖魚を盗んでいく連中がいるってことですか?」


「決めつけちゃいけないのは分かってるんだがね……ただ、対馬の港に揚がる魚の量はみんなある程度把握してるもんだからさ、島の連中が盗ってるんじゃないってのは分かってるんだよ……となるとなあ……」


「深刻な問題ですね……防犯装置や見張りにも限界がありますしね……」


 生簀の魚の盗難は鮭の卵からマグロの成魚まで枚挙にいとまがない。ちょっとした防犯システムが必要なほど、昨今の生簀は泥棒のターゲットにされているのだ。海上保安庁も防犯や犯人の検挙等努力はしているが、生簀に24時間張り付くわけにも行かない。


「俺が心配してるのはオキザヨリだよ。あれは遠目に、ちょっとタチウオに似てないこともないからな」


「はぁ……」


「まあ、やれるだけやってみるさ。悪かったな、変な話して、ヨシャ! あっち行って飲み直そう!」


 対馬の夜の静寂は酒宴の嬌声にかき乱されていたが、月が高いところに上るころにはそれも落ち着いた。真っ黒な水面は月を映し、波の音だけが聞こえて来る。遠くでパシャンと大きな魚が跳ねたが、それはさっき浴びるほど食べたブリやタイの兄弟だろうか。


「やれやれ、一筋縄ではいかないのはどこも同じか……」


 窓辺に置かれた籐の椅子に座りながら、俺はこれからのことを考えていた。

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