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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました

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第五十三話:あ、いいこと思いついた

★★★★★


 市川は忙しかった

 

 前は30分ほどかけて影山とのコミュニケーションを楽しんでいた定時連絡も、今では5分で切り上げてしまうほど余裕がない。彼女の事務能力をしてこれほどまでに忙しいというのは市川自身、過去に例がないほどだ。

 米国での大抵の案件はタイラー弁護士に投げれば後はよろしくやってもらえて、市川は自分でなければ出来ない仕事に集中できていた。だが今回これほど忙しいというのはつまり、タイラー弁護士にお願いできない類の仕事が多くなってきたということだ。


 一方、年明けからのシャーロットの学生生活は明らかに改善していた。市川の策略によりシャーロットの周りをブンブン飛び回っていたハエの如きいじめっ子どもは撲滅され、いくつかの面倒な裁判も終わり、事態は収拾されたと言っていい。


 それなりの報復が予想・実行されたが市川が雇ったボディーガードらがそれらを上手く処理し、シャーロットに危害が加えられることはなかった。


 シャーロットはこれまで自分を攻撃してきた人達と今後どうやって付き合って行くかを考えなくてはならない。面倒だがこれを真剣に考えないと、同じような事がより酷いレベルで繰り返される可能性がある。


 具体的には、民事裁判で示談が成立した相手が債務不履行をした場合に追い詰めて良いのか、といった問題が挙げられる。


 米国には土下座の風習はないが、あれば絶対要求していただろうというシチュエーションもいくつかあった。

 相手にそこまでの屈辱を与えてしまっては、今後の大学内での人間関係が破綻するのではないか? 経済的に追い詰めて大学を退学させてしまったりしたら、自暴自棄になってよりひどい行動を起こし、それが望まぬ結果を生むのではないか?


 シャーロットがそう考えたのは彼女の優しさゆえなのかそれとも計算高さゆえなのか……


 実は裁判沙汰やシャーロットの人間関係の悩みは市川の現在の目の回るような忙しさとはあまり関係がない。ボディガードの契約や法廷戦略の問題などあるにはあったが専門家のサポートも充実していて、この辺りはまだ市川的には楽な部類だった。ガッツリ時間は取られたが。


 問題はもう少しだけ斜め下方向にあった。今回の一件で、シャーロットの知名度が制御不能な程に上がってしまったため、想定していなかった事態が多々発生したのだ。


 シャーロットの知名度が上がるにつれ、彼女を知ろうとする人が増えた。その需要に答えるように、彼女が日本の雑誌のインタビューで話したことが五月雨式に英訳されて太平洋を越えて来たのだ。

 そしてルーカスとシャーロットの数奇な運命もまた、かき集められた断片的な情報が統合されていくにつれ明らかになり、人々の耳目を引いてしまったのである。


 興味がある人達が自分達の興味に沿って情報を集めているうちは良かった。しかし、シャーロットの個人情報までもが手軽にネットで閲覧できてしまうとなると話は別だ。彼女にとっては迷惑以外の何物でもない。

 集約された記事はシャーロットの美貌と、その美貌からは想像できないような壮絶な過去で構成されており、今まで興味も持たなかった人々を振り向かせる起爆剤となってしまったのだ。


 こうなると放っておかないのがメディアである。シャーロットのメディア的な価値は相当なものになっていった。


 100億ドル単位の資産を持つ兄、ルーカス。自身も数千万ドルの資産を持ち、名門大学に通う毎日。その前は日本でネイティブと変わらぬ日本語を話し、ボランティアをする傍らの受験の準備。そしてそれ以前のナイジェリアでの生活。母が武装勢力に誘拐された事や、継父が死んだとたん中国マフィアに全財産を奪われたことなど、ハリウッド映画もびっくりのストーリーが盛りだくさんなのだ。


 あまりにもの不憫さゆえか、ネット界隈でシャーロットの話をする時は「あの小公女」と呼ばれているらしい。影山の家でのメイド生活や当たり屋の話は表に出ることはなかったが、知られていたら不謹慎な噂も立てられていたことだろう。


 そんな彼女にメディアが食らいついたのだ。モデルに興味はないか、インタビューをさせて欲しい、広告のタレントにどうか、といった軽いオファーから、自伝を書かないかとか、女優にならないかと言った無限に時間を食いそうな、または人生を大きく変えてしまいそうなオファーまでが次々と彼女のもとに舞い込んできた。

 ある時は人を介して、ある時はどうやって見つけたかわからない個人のメールアドレスへ。


 有名なハリウッドの映画監督が自宅に押しかけてきたことさえあったし、ルーカスのカネ目当てのプロデューサーが言葉巧みに近寄ってきたこともあった。

 相手がビッグネームだけにこういった話を穏便に断るのはたとえ弁護士のオラフと市川が組んで対処してもなかなか一筋縄ではいかない。


 これらの仕事を受ける受けないの判断は、市川がシャーロットに一任されている。

 市川はシャーロットの学業優先を尊重し、過剰に時間を取りそうな仕事は全て断っていたのだが、とにかく数が多すぎた。


 自宅近くのスケートボードショップのウェブページに掲載するようなちょっとした写真の仕事は受けたりもしたが、二日以上拘束されるIoT機器のプロモーションビデオの撮影やニューヨークまで出向かなければならないテレビ出演は断るしかない。


 メディアのあしらいがうまいオラフの助けがあっても、このオファーの山を捌ききるのは市川にとってもかなりの重労働だった。


 簡単に済ますならばスケジュール表を作り、空いてるところにオファーされたものを全部打ち込んでしまえばいい。日本の芸能事務所がよくやるやり方だ。タレントの体力や私生活の優先順位を何のためらいもなく一番下に置いてしまえば、後はタレントの出勤管理と付け届け、請求書の発行だけで済むのだからこんな楽なことはない。なにせ市川は営業をしなくていいのだから。


 しかし市川は三流芸能事務所のマネージャではないし、シャーロットはタレントが本業というわけでもない。市川はシャーロットが楽しい学生生活を送れるように全力でサポートをするという(てい)を崩すことなど全く考えなかった。


 ただ、あまりメディアを邪険にしていると、ある日突然彼等が態度を翻して敵側に回るかもしれない。市川もそこには神経を使わざるを得なかった。


 マスコミを敵に回した人間に起こった悲劇についてはオラフから過去の事例をいくつも話されたので、この綱渡りは前に進むしか選択肢は無い。市川はそのバランスの維持を安易にシャーロットに押し付けることはせず、可能な限り自分で背負うことにした。


 だが、役所回りやプロジェクトマネジメントは豪腕で鳴らした市川でも、挙動が不規則で予想がつかないメディアを相手にしたアレコレの経験は浅い。結果、それらの業務に時間と神経をゴリゴリ削られているのが現状の彼女の忙しさというやつだ。


 そうしているうちに、市川の懸命のマネジメントをもってしてもシャーロットへのオファーは増え続け、断りにくい案件を受けるだけでもシャーロットは大学の宿題も満足にできなくなるほどになってしまった。


 このままではシャーロットの大学生活は今度は学業面から破綻してしまう。何か根本的な解決が必要だ。


 しかし今更シャーロットを芸能事務所に預けたりはできない。芸能事務所に預けたり、プロの代理人を立てたりしたとしても、預けた連中が功を焦ってシャーロットを使い潰すかもしれないからだ。


 リビングのソファーではルーカスが飽きもせず虚空を見つめてぼーっとしている。見ているかどうかも分からないテレビがずっとつきっぱなしだ。最初の数ヶ月は心配でルーカスに付き添っていたライラもこれだけ長い期間腑抜けている姿を見せられ続けるとさすがに愛想を尽かしてしまい、ナイジェリアへと帰っていった。


 ルーカスが精神的な治療を必要としているのはほぼ間違いないが、ここで判断を間違うと、あたら優秀な医師にして経営者・投資家のルーカスを壊してしまいかねない。


 市川はこの件について誰にも相談できずにいたのだった。


 こういう時影山はあてにならない。影山は壊れやすいものなら壊してしまった方が良いと考えるタイプだと市川は思っている。現在ガラス細工となっているルーカスを影山の目の前に引きずり出せば影山は大はしゃぎでハンマーを振り下ろすに違いない。それは可能な限り避けたかった。


 しかしルーカスをこのまま放っておくわけにもいかない。例えば医師国家資格の問題だ。ルーカスの学歴では現状は米国の医師国家資格試験を受験できるが、この制度が現在見直されつつある。

 日本の大学の医学部を卒業していても米国の医師資格試験を受験できない可能性すら出てきているのだ。

 一部の先進医療では米国を凌ぐと言われる日本でさえそういう扱いを受けるなら、ルーカスの出身大学のナイジェリア大学ならどうなるか。

 これは俗に2023年問題と言われていて、先進各国では対応対策が練られているが、途上国ではこのようなロビー活動を組織し展開する動きは先進国並みには期待できる筈もない。今のうちに受験しておくべきなのだ。

 しかしルーカスのこの腑抜けっぷりでは、あと数年はぼーっとし続け、簡単に2023年を超えてしまうのは目に見えている。


 ルーカス・シャーロットの双方ともどうにもなりそうでならない日々が続く中、なんとか色々正常化できないか? いっそ影山にハンマーを振り下ろさせるか? と、市川は悩み続けた。


 そんなギリギリとした毎日にも終焉は突然訪れるものだ。


「あ、いいこと思いついた」


 市川はちょっとしたアイデアを思いつき、これでなんとかなるぞと確信を持った。メディアがシャーロットにアプローチしにくくする方法を思いついたのだ。


 影山から「俺ちょっとブラジルに行ってくるけど、一緒に来る?」という連絡が2回ほど来たが、今は自分のアイデア実現のほうが優先だ。市川は「また今度ね」と返しつつ、自分の閃いた「いいアイデア」実現に向けて毎日一人ブレストを重ねていた。


「うん! これで行こう!」


 自室で4Kディスプレイに表示された巨大なマインドマップとTrelloの画面、書いた本人にしかわからない記号の数々が散りばめられた書類を前に市川が吠えた。


 市川作・「シャーロットの学業保護プラン」が固まったのだ。


「ウンコへ行くの? もしかして最近お通じなかったか?」


 大声を聞いたシャーロットが心配して宿題の手を止めて市川の様子を見に来た。


「……バカなこと言ってんじゃないわよ。あんたは勉強してなさい。さあ、これから忙しくなるわよ!」


「いつも忙しいって言ってんじゃん……変なの」


 市川は苦笑いしつつも、明日からの忙しさが今日までのものとは異質なものになろうだろうくらいの期待に少し心を浮き立たせたのだった。



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