第四十七話:嵐鳳楼(後編)
それからしばらくの間、俺達は情報交換を行った。
お互いがお互いの立場を良く理解していたので話も早い。次々と話題が切り替わってもそれが逆に心地よかった。
「担当者同士の『辞書』がお互い見えないのは一種の安全装置だろうな。もし、何かのはずみで担当者同士が出会い、殺し合うことになったとしても、直接相手を水や石にしてしまうことを避けたんだろう」
「そういえば『あいつ』もそんなことを言っていました。ホモサピエンスは担当者を2人置くと殺し合うから駄目だとかなんだとか……担当者を2人作らなければいいだけの話なのになぜ安全装置が必要になるんでしょうね?」
「この能力はなかなか作り替えのできないものらしいから、安全装置を作った時期と、担当者を2人置かないと決めた時期が少しずれているのだろうな」
壬生さんもレグエディットの使い難さについては改善要求を出していたようだ。ということは何十年にもわたってこの使い難さは放置されていたのか。まあ、ソフトハウスってのは代わりが利かないところほど偉そうに殿様商売を始めるものだからな。
「それから先ほど、お前さんは儂がお前さんの先代ではないかと言ったが、違うんじゃないかな。儂が担当を降りてから29年にもなる。おそらくその間に何代か担当者が入れ替わってる筈だ」
俺は壬生さんが担当を降りた後から今日に至るまでの間に世界で起こった数々の虐殺事件や内戦・暴動を思い出し、ああ、と膝を打った。コソボ、サラエボ、ダルフール、コンゴ……
「大抵の者はやりたいことをやった後、殺されたり自殺したりしたみたいだな。お前さんのように平静を保ちながらある程度長期的な計画を立ててお役目を務めているのは儂以来じゃないか? それにお前さんは少し行動が特殊なようだ」
「どういうことでしょうか」
「儂を含め今までのほとんどの担当者は自分の国の国民や自分が所属するコミュニティの人間を攻撃または削減対象としている。いざ減らす立場になると、減らす対象は身内の方が心理的なハードルが低くなるのかもしれんな。だがお前さんは違うだろう? 様々な国の人間を非常にユニークな手段で減らしてきた。違うかね?」
確かに、歴史上のさまざまな虐殺事件は、戦争を除けば自国民をターゲットにしたものが大部分だ。
為政者が他国の人間を大量に虐殺したとなったらそりゃ侵略とか戦争などと言われるが、壬生さんのような民間人の担当者までが活動範囲を自国に範囲を留めがちのはどういう理屈なんだろう。
しかしなるほど……俺は国とかコミュニティとかそんなふうに考えたことはなかった。もともとそのあたりの感覚が希薄なのかもしれない。
「私がどうやって人を減らしているのかはご存知なのですか?」
「細かいところは知らん。しかし、暴動や内戦、大掛かりな治安の悪化……そういったもののきっかけを調べれば何かしら非科学的な部分が出てくることがある。今まで金が取れたこともなかった川に急に砂金が見つかってゴールドラッシュが起きたりとかな。電線が銀になるなんてバカげた話もあの力があれば納得できる」
「……お見通しでしたか」
「国際機関がいくら調査しても未だに原因がわからないギニア湾の核融合爆発も……あれはお前さんだろう」
「は?」
身に覚えがない。本当に身に覚えがなかった。
「とんでもない。あれは私がやったものではありませんよ。あの時私は東京にいましたし。あ、いや、岡山だったかな? とにかく日本にいたことは確かです」
「む。そうか、実にうまくやったものだと思ったがな……違うのか……そうか」
壬生さんは不思議そうに俺を見た。彼はここで俺が大威張りでガッツポーズの一つでも取るものだと思っていたらしい。しかし俺は本当にそんなことは知らないのだ。濡れ衣だ。
高波と衝撃波、高圧蒸気の旋風による被害者総数128万人。その後の衛生状態の悪化、飢餓、内戦等による死者数約百万人というのは「あいつ」にとっては大戦果に違いない。
しかし俺がラゴスをターゲットにそんなことを仕掛けたりしたら、ルーカスには一生口を利いてもらえなくなるだろう。俺はルーカスを敵に回したくないからそんな事はしない。それにあの事件は確か、どこかのテロ組織から犯行声明が出ていた筈ではなかったか。
「壬生さんは御自分がお役目で何人ぐらい減らしたとお考えですか?」
俺が自分で自覚しているのはなんだかんだで80万人ぐらいだ。大先輩はどれぐらい減らしたのか興味の一つも湧かなければ嘘だろう。
「概算でだが、4000万人ぐらいだな……。ただし生きている者を殺したわけではなく、生まれてこないようにしてみたのだ」
「4000万……? 何をどのようにしたらそんな数に? 私にはとても思いつきません」
「高度成長期の日本社会が、そのまま未来を信じ続け、人口を増やし続けていたら今頃一億6000万人ぐらいになっていた筈だ。しかし現実はそれより4000万人以上少ないだろう?
老人人口が増え、若者人口が減り、1カップルから生まれる子供の数も随分前に2を切った。この動きを加速させるための努力を壬生グループはそれとなくだが、長年かけて行ってきたのだよ。今現在も進行中だ。
お役目を降りたからといって人間がこのまま野放図に増え続けて行くのを見過ごせば、そのうち『奴』からの凶悪な介入が来ることは分かりきっている。それならば穏やかにでもいいから減らしていった方がいい。そう思ってずっとこの手のアレコレをやれる範囲で続けているのだ」
「富士山と釣鐘」をすでに実行して大成功した先輩がここにいた。アイーダ先生、魔王がここにいましたよ……。
しかしあれだ。4000万人という数字は生きている人間を殺したのであれば、歴代2位とかになれる数字だ。それを人を殺さずやってのけたのだからすごい。やはり地頭の良さとか生まれ持っての品位とか、そういうものが絡んでいるのだろうか。
「しかしこのやり方は日本でしかできんな。他の国でもやってみたが日本ほど効き目はなかった」
「……そうですね。私もナイジェリアで同じことを考えてやってみようと思いましたが政府の腐敗や人々の意識が私の思っていたのと随分違っていて撤退せざるを得ませんでした」
なにせ、都市を発展させようとするとカネが必要になるが、そのカネを持ってることがあの国でバレるとすぐに役人が賄賂として上納しろと言ってくるし、ギャングが湧いてカネと命を両方狙ってくるし……発展どころの話じゃない。
それに平均年齢18歳未満の社会って、そもそも文明の継続性が危ういレベルだ。俺が殺さなくても勝手に殺し合うし、人が何人死んでもすぐにそれ以上の数が新しく生まれてくるという状況なのだ。あの国は。
「お前さんは自分のことを成金だと言っておったがな……儂も随分な成金なんだよ。もう察していると思うが、うちの会社が急成長したのは儂が能力を得てアレコレやったからだ。お前さんのように上手くはできんかったがな。それでも十分な成長を遂げた。
おかげで組織的に動けるようになり、うちのグループ社員は皆、自分が何をやってるのかも解らないまま日本の人口の増加を抑制するためにせっせと働いてくれた。お前さんもこういう手法でやってみてはどうだ? 罪悪感がうんと減るぞ」
やってみてはと言われても、そもそもの文化背景や宗教的な事情も異なる国々で同じようなことができるかと言うと全くもって自信がない。日本でやると壬生さんとかぶってしまうしな。
組織的な行動というのは確かにやってみたい。これまではほぼ単独に近い形でやってきて、最近ようやく市川さんが参加してくれたくらいだ。投資先のベンチャー企業やNGOの人達が頑張れば頑張るほど人口が減る、みたいな組み立てができればいいのだが。
「組織を使って罪悪感を薄めながらお役目を果たすというのは良さそうですね。今、ベンチャー企業にいろいろ投資をしていますので彼等と手を組んでどうにかできないか、もっと考えてみます。
それから今仰った罪悪感についてなんですが……壬生さん、私はこのお役目を始めた時に自分の中で方針を立てました。できるだけ悪人を減らすということと、巻き添えはしょうがないから諦めるということです。私は悪人を消すことに関してはさほど心が痛みません。どうも精神機能の一部を『あいつ』にいじられたようで、罪悪感などで過剰なストレスがかかった時は逆にフラットな感情になるようなのです」
「ふむ……歴代の担当者が自責の念に駆られて精神的に不安定になったことを考慮したのか。『奴』も色々考えているということだな」
「残念ながらこの機能は、アルコールを飲むとうまく動かなくなるようなのですが……」
事実、酒を飲むと急に寂しくなったり泣き上戸になったりしたことがある。
「そりゃお前さん、無表情で酒を飲んでいる人間がいたらそんな奴とはお近づきになりたくないだろう? 『奴』なりの配慮だと思うがね。それは」
「妙なところで細かいんですね『あいつ』は……。ところで、今日私が招かれたのはお役目仲間の確認というだけでしょうか?」
「それもあるがな……実は、儂の考えを一つ聞いてもらおうと思ってな……」
「考え、ですか?」
「影山君、お前さんは『奴』が全部本当の事を言っていると思うか?」
「今まで、嘘を言っていると感じたことはないですね。ですが何かを隠していると感じたことはあります」
俺はオブジェクトの座標変更メソッド「アブソリュート」の危険性の事前告知が無かったことや、クリップボードの使い方などを教わっていなかったことを思い出した。
「そうだな。その表現の方がしっくりくる。儂も同意見だ。しかし、全体の一部を隠すだけで相手の理解が完全に反対になることさえある。違うか?」
確かに。例えば俺が夜にご馳走を食べるために、朝昼を質素な食事にしておいたとする。そして夜のご馳走の事を話さず誰かに「俺は朝・昼ともに質素なものさ」と言ったところでそれは嘘ではない。だが、聞いた人はきっと俺が貧しい食生活を送っていると感じるだろう。嘘をつかずに、情報の一部を隠すことで印象を変えるということは可能なのだ。
「どこでそうお考えになりましたか?」
「『奴』がな、儂を担当者にした時、世界の人口はまだ43億人だったのだよ」
「あ……」
「今現在、世界の人口は76億人だ。この段階で収容数が逼迫しているとしよう。では今の半分ぐらいの時に既に危険水準だと言っていたというのはどういうことなのだろうと思ってな」
「指数関数的に増えることがある程度予見できたので、早いうちに手を打とうとしたのではないでしょうか」
「そうかもしれんが、だとしても、儂の先代が就任した時の世界人口はおそらく30億台前半だ。そのタイミングで危ないと言っているのはどうなんだ?」
考えたこともなかった。「あいつ」と会った時に話した内容を思い出せば、担当者とやらは15世紀ぐらいから既にいたようにも感じた。15世紀の地球人口が10億にも満たないことを考えると対応が早すぎはしないだろうか。
「シミュレータ」の中の経過時間がいかに「あいつ」にとっては取るに足らない時間であるかということか? 「あいつ」にとっては人類は一瞬で凄い数に増えているように見えるのか? 倍速モードを使っているとは言っていたが、俺達の世界では時間的な連続性は損なわれていないし……いかん……考えがまとまらない。
「それでな、もう儂は『奴』に会うことはないと思うが、お前さんならまた『奴』と会う機会があるだろう。その時にどういう質問をすれば『奴』が何を隠しているかを知ることができるか考えてみてほしいのだ。及ばずながら儂もそこのところを良く考えて、いい考えが浮かんだらタイミングを見てお前さんに話そう。
どうだね、この話に乗ってもらえるかね?」
「もちろんです。喜んで。何も知らないまま道化を演じていたのだとすればそれはそれで腹が立ちますからね。高みの見物をしている『あいつ』の腹の底を少しぐらい見てやってもバチは当たらんでしょう」
「結構だ。今後、お前さんが手がけているお役目について私が何か役に立てるのであれば言ってきなさい。とはいってもご存知の通り隠居の身だから大したことはできそうにもないが、人を紹介してやるぐらいのことはできるぞ。それに、お前さんの周りを嗅ぎまわる犬の数を減らすこともな」
「それはありがたい! 是非お願いします。ですが気になることをおっしゃいますね。私の周りを犬が嗅ぎまわっているんですか?」
「まだそんな様子はない。だがお前さんがもし、カルト宗教団体を設立したりして信者達にお役目を代行させようとするのであればそういうこともあるかもしれん。お前さんの力は奇跡を起こせるのだから新興宗教を立ち上げるにはうってつけだろう? カルト宗教団体はもれなく公安の監視対象に入るからな」
「お知恵を頂戴してありがたい限りですが、さすがに新興宗教の神様になる気はありませんよ。覚えておいて損はなさそうですがね。ところで壬生さんは公安関係のお仕事もされているのですか?」
「ん、ああ。国家公安委員というのを国から拝命して、去年からやっている。だから、できるなら手を煩わせてほしくないとも思っているが、煩わせるなら早いとこ頼むぞ」
うわ。御本尊ど真ん中じゃないか……。宗教団体や暴力団は考えてもいなかったが、できる限り距離を置いて考えよう。うん。そうしよう。
「そうそう、四女の貴子がな、お前さんを気に入っていたようだぞ。どうだ? 今度飯にでも連れ出してくれんか?」
「壬生さん、私の道は血塗られています。その道に貴子さんを一緒に歩かせるわけにはいきませんよ。お申し出はありがたいですが謹んで辞退させていただきます。貴子さんには、私にはもう決めた人がいるとでも言っておいて下さい」
俺の近くには美女がそこそこ集まっているが、皆キャラが濃すぎる。この上更に壬生さんの娘、すなわち高貴なお嬢様なんて濃いキャラに近くをうろつかれたら俺は何もできなくなってしまう。
「残念だな。珍しく肝の据わった若者だから、君なら儂も賛成なのに」
意外なことに、壬生さんは本当に残念そうな表情を出していた。何故だ?
とりあえず、俺と壬生さんの腹を割った第一回目の話し合いはこんな感じで終了した。
帰る間際に、壬生商事の外食チェーンの部門や生活雑貨の輸出入セクションへの橋渡しをお願いするのも忘れない。これでベンチャーファンドの方もうまく事業展開を考えられるだろう。
嵐風楼から帰る時、俺は壬生さん御一家の家族総出のお見送りを受けた。どうやらご家族にも良い印象を残せたようだ。よかったよかった。
正月の東京の空はいつもよりも青く、冷え冷えとした空気は頬を刺して少し痛かったが俺は歩いて帰ることにした。
俺は自分の考えや行動の浅はかさについて猛省をしなければならない。能力を失っても「お役目」を続け、なおかつ「あいつ」の言動について分析と考察を続けている壬生さんのことを思うと汗顔の至りだ。
正月の帰省先から戻ってきたのであろう車の波を眺めながら、俺は今後のことを結構真面目に考えつつ北品川の坂を五反田の方に向けて下って行った。




