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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました

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第四十六話:嵐鳳楼(前編)


 1月3日の昼過ぎ、俺は壬生グループの保有する迎賓施設「嵐鳳楼」を訪れた。ここがどういう場所かは予習済みだが、実際に来てみるとその威容には圧倒される。


「うは……怖え……」


 バッキンガム宮殿のような装飾を施した巨大な門。誰であろうが例外を許さない誰何の確認。所々に見え隠れするSPのような男達。全てがこの施設を利用する人物が何者であるかを物語っている。

 招待状には「気軽に遊びにいらして下さい」と書かれていたが、その言葉のとおりにしてはいけない場所なのだ。ここは。


「ひと通り準備しておいて良かった……ってことだな。うん」


 俺は結局、フリーのスタイリストを1人、かろうじて捕まえて今日の身なりを整えてもらった。正月ということで結構金はかかったが、「このタイミングでないとフルオーダーやらなにやらで費用的にはもっとかかる」と言われると納得するしかない。礼儀と服飾の世界の奥深さを垣間見た気がする。主に金銭面から。


 持ってきたお土産は日本酒を一升瓶で二本、それと練りきりに留めておいた。媚びる理由も無いのに最初から高価なプレゼントは逆効果だろうと思ったからだ。


 俺は誘導されるまま玄関に通され、そこで空港で一度出会っただけの老人・壬生由武氏に、予め用意しておいた年始の挨拶と招待に対する礼を述べた。我ながら巧い口上だと思う。

 その後居間に通された俺は、夫人をはじめ、息子さん夫婦や娘さん達ともご挨拶を交わし、しばし歓談を楽しんだ。俺のナイジェリア話は商社の一家にはウケが良く、居間はしばし笑いに包まれた。


「さて、今日は影山君と混み入った話があってな。皆、ちょっと外してくれんか」


 1時間程も経過した頃、壬生さんがにこやかに家族の退室を促した。いわゆる人払いだ。

 多分そんなことだろうとは思っていた。何かしらの意図がなければ俺をこんなところに呼んだりはしないだろう。しかも家族ぐるみの付き合いまで演出して……。

 よほど腹を割っての話と見えるが、それがどういう話なのか、俺には皆目見当がつかない。


 洒落た内装の応接間には年代物の家具が揃っており、家族全員が食事を取れるほどの大きなテーブルの上には見事な刺繍が施されたテーブルクロスが敷かれている。俺と壬生さんはそのテーブルを挟んで向かい合った。2人の間にあるのは湯呑から出る湯気と、緊張感だけだ。


「さて……」


 壬生さんは湯呑を手に取り、なみなみと注がれた煎茶をあちちと言ってすすりながらゆっくりと切り出した。


「どうしてここに呼ばれたのか皆目見当がつかないと言った顔だね」


「それはまあ……その通りです。どうして私ごとき一介の成金がこのようなところで歓待を受けているのか、そして人払いをしてまでお話をすることがあるのか、全てにおいて謎だらけです。混乱してますよ」


「そう自分を低く評価するものではない。最近の経団連の寄り集まりでもお前さんの事は大層な噂になっていたぞ。なにせ稼いだ金額が違う。今の日本の若い経営者の中ではトップ・オブ・ザ・トップだ。違うかね?」


「結果的にはそういうことになるのかもしれませんが、私の場合金額に見合った努力をしてそうなったかと言うとそういうわけでもないのです。確かに大きなリスクをいくつか潜り抜けましたが、ナイジェリアではあのくらいのリスクは大して珍しくもなかったように思います」


「謙虚なことだ。結構。ちょっと金を稼いだからといって調子に乗ってことさら人と違うことをやろうとする目立ちたがりの経営者とは違うようだな」


「確かに、私はロケットに乗って宇宙に行こうとはしませんでしたね」


 俺達は互いの顔を見ながらふふふと笑った。腹の探り合いの序盤は互角といったところだろう。


「まさか若い経営者に年初の薫陶を与えるために、こちらに私を呼んだのでもないでしょう。今一度言わせて頂きますと、空港で一度ご挨拶をしただけの私を遇するにしては随分と過剰なもてなしのように思いますが……?」


「そうだな。持って回った言い方をしていたらいつまでたっても本題にはたどり着けん。それぐらい今日の本題というのは日常とかけ離れているのだ」


「では早速その本題とやらをお聞かせ願えませんか?」


 ビジネスやその他まともな話であればオフィスで話せばいい。とすると、かなり個人的な話なのか、それともオフィスで話すのが相当にはばかられる話なのか……


(わし)を視てみたまえ」


「は、見る、ですか? 今もこうしてお顔を拝見しておりますが」


「そうではない。儂の中身を視てみろと言っているのだ」


「おっしゃっている意味がよくわかりません」


「ああ、こういう時、共通の語彙がないと意思疎通をするのになかなかに骨が折れるな。なんだ、その、お前さんは物や人の構成要素を数値化された形で見れるだろう?」


 俺は久しぶりに凍りついた。


 普段俺とかなり近い距離で過ごしている市川さんですらレグエディットの本質までは解っていなかったのに、目の前の老人は俺がどのようにしてレグエディットを発動するのかそのプロセスをほぼ理解している。そうでなければ説明がつかないような発言だ。


 俺にできることは、何のことかわからないとすっとぼけるか、慎重に目の前の老人が自分の味方なのかどうかを見極めた上で洗いざらい話してしまうかぐらいだろう。


 で、俺はまずすっとぼけることにした。失敗したらその時にもう一方の選択肢を取ってもさして問題がないと思ったからだ。


「本当におっしゃっている意味が良く解りません。壬生さんは、まるで私がスマートフォンの計測アプリか何かであるかのようにおっしゃる。私が壬生さんを見てわかることといえば、大体の身長体重と年齢ぐらいなものですよ?」


「影山君……儂はもう、とっくに本題に入っているよ。回りくどい話はしない。そしてこの話が日常からかけ離れているということも言った筈だ。それを踏まえてもう一度言うが、儂を視てみたまえ」


 こう言われてはもう逃げ場がない。俺は訓練の結果、レジストリを見るだけなら1秒以下でできるようになっている。若干変な顔にはなるが腹具合が、とか言えば何とか誤魔化せるかもしれない。

 俺は壬生さんの顔をちらりと見てターゲットを固定し、レジストリを見ようとした。


「え……」


 ……失敗した! あれだけ何度も訓練をしたレジストリの閲覧をしくじった。しくじったことなどこれまで一度もないのに!

 しくじり方もおかしい。そもそも俺のこの能力は自転車に乗るような身体知に刻まれた能力だ。だから普通の人間のレジストリを閲覧するのは自転車に乗るようなごく自然な一連の動作なのだが、壬生さんのレジストリを見ようとした瞬間、サドルもペダルもハンドルもなくなったようなそんな感じになったのだ。


 きっと今の俺の顔面は真っ青だろう。一体何が起きているのか?


「視えんだろう。儂はこの要素の集合体を『辞書』と呼んでいるが、お前さんは何と呼んでいるんだね?」


「……レジストリと呼んでいます」


「コンピューター用語だな。似た概念の言葉があるのは羨ましい限りだ。儂が若い頃にはそんな言葉がなかったからな」


「しかし見えませんでした。こんなことは今までになかったのですが」


 俺は白旗を挙げた。能力の詳細を知る相手が存在するという事実は俺の命すら危うくしているのだ。状況を把握した上で上手く対処しなければ、今後俺はこの能力を使った活動が何もできなくなる。

 俺の全身からは嫌な汗が吹き出し、両の拳は膝の上でブルブルと震えていた。


 能力の仔細を把握されているということは、それだけでかなりの制限を受けているに等しい。

 匿名性があったからこそ俺の能力は使いどころがあった。だが、能力を把握されてしまったが最後その匿名性は無くなったも同然だ。

 何か説明がつかない事が起きたら俺のせいだと言ってしまえばそれで終わる。証拠が重要だと考える人間はそれほど多くない。

 俺は今いる社会に居場所を無くし、能力目当ての勢力によって自由を奪われ死ぬまでこき使われるだろう。


 つまり、現在俺は壬生さんに生殺与奪権を握られているも同然なのだ。


 


「いやいやいや……影山君まずは落ち着け。儂は君を取って喰おうと言ってるわけじゃあない。儂はお前さんのその能力について他言することはないし、お前さんと敵対する意思もない。信じてくれ」


「ありがとうございます。助かります」


 もちろんそんな言葉を真に受けてはいない。何かしら条件を守りさえすれば、とかそういう文句が後に続くに決まっているのだ。それに壬生さんが俺の能力について誰かに話してしまったとしても、俺はそれを知る手段もなければ咎め立てする手段もない。俺にとって壬生さんの言葉は完全な気休めだ。


「そう肩肘を張るな。いいから儂の話を聞け。

 今から42年前、儂がまだ29歳の時だ。会社で残業しているとな、周りがバーっと白くなってな、儂は出口のない白い部屋に閉じ込められたんだよ」


「え……」


「そこには男とも女ともわからん、妙に神々しいやつがおってな……まあ実にいろんな話をしたよ。

 話をしているうちに、そいつは儂に『地球の人間の数を減らしてくれ』と頼んできよった。断りたかったが嫌も応もない。断ったら最後地球そのものがなくなるかもしれんとぬかしおった。

 人類全体の面倒を見ている何かしらのシステムがあって、その収容数に早晩限界が来ると言ったような話だったな。どうだ、聞き覚えはないか?」


 「あいつ」の話だ。よく分からないが42年前「あいつ」は壬生さんに声をかけたのだ。


「壬生さんは俺の先代だったということでしょうか」


「そうなるか。先代ではないと思うが先輩ではある筈だ」


「その存在、私は『あいつ』と呼んでいますが、『あいつ』は同年代に2人の担当者はおかないと言っていました。それは嘘だったのでしょうか?」


「『あいつ』か。似たようなものだな。儂は『(やつ)』と呼んでおったよ。

 それから、一つお前さんは間違っているな。儂は今、担当者ではない」


 俺はまた混乱した。この「担当」は何か条件が揃えば降りられるものだったのか?


「担当になってから13年後、儂は脳に腫瘍ができてな。グリオーマというやつだ。手術でなんとか持ち直したのだが、その時に脳の一部とともに能力を失ったのだ。

 おそらくその能力というのも、お前さんが授けられたものと大差ないだろう。ご存知の通り、あの能力は人間の脳を相手に発露できない。だから儂は自分で自分の脳腫瘍をなかったことにはできなかった。

 それでそのまま病院に駆け込んで腫瘍を取ってもらったら、人生の腫瘍ごと取ってもらえたというわけさ」


「今更ですが、あの能力によって脳腫瘍の治療は可能ですよ。腫瘍のDNAは人間の通常のDNAと少し異なっていますから、全体に占める割合の低いDNAを通常のDNAに書き換えるだけでいい筈です。それだけなら脳をターゲットしなくても済むのです」


 というようなことを、俺はここのところの分子生物学の研究の中で思いつくことができたのだが、これは言っても無駄なことだ。俺は言ってしまってから気がついたが壬生さんは気にするふうでもなかった。


「そうだったか。いやしかし、あのお役目から解放されて儂はせいせいしたから今更切り取ってなくなった能力について惜しかったと嘆いてはおらんよ。未だに物を視る事はできるしな。改変はできんが。

 空港で偶然お前さんを見かけた時、悪戯でお前さんを視ようとしたらお前さんの『辞書』が視えなかったのでな。お前さんもお役目を授かったのだな、とピンと来てご挨拶をしたというわけだ。

 後日歳暮をもらった時にお前さんのことを思い出してな……失礼とは思ったがお前さんのことを調べさせてもらったよ。能力を使ってまずは経済的な自由を手に入れたというわけだな」


「ご推察の通りです。しかし驚きました。お役目の経験者同士はお互いが見れなくなっているんですね」


「どうやらそのようだな」


 担当者同士が顔を突き合わせることなど想定の範囲外だろう。有用な情報がいろいろと交換できそうだ。




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