第二十八話:高級な打ち合わせ
「影山さんに会うの、久しぶりだなあ!」
都内を走るタクシーの中でシャーロットはえらく浮かれていた。ムルタラ・ムハンマド空港で9月に挨拶をしたのが皆と話した最後だったし、何より遠く故郷を離れた旅先で知り合いに出会えるのは嬉しいものだ。
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俺がラゴスの部屋を引き払って帰国したため、シャーロットの住所は岡山にある市川さんの実家ということになっている。
ナイジェリアにはもう彼女が帰るべき家は無い。そのうちロスアンゼルスあたりで家を探しているルーカスのところがそうなるのだろう。
ルーカス……あいつ、そろそろ住む場所決まっただろうか? 連絡くれてもいいのに。
シャーロットは10月に一度、ナイジェリアに帰国した。大学入学選考の書類を整えるために母校のアメリカン・インターナショナルスクールを訪ねたのだ。岡山県知事と倉敷市長の感謝状、倉敷消防署の感謝状、ボランティア証明書など各種取り揃えて。
それらが成績表に彩りを加えた結果、割とイケるんじゃないかという感じの推薦状が出来上がったらしい。11月締切のカリフォルニア工科大学とカリフォルニア大学各校、元旦に締切のスタンフォード大学への願書提出は滞り無く済んだようだ。もちろん大量の課題エッセイを添えて。あとは合否通知を待つだけになる。最も早いのはカリフォルニア工科大学の12月半ば、つまりもうすぐだ。
それまでの間……というか、9月の大学新学期までの間シャーロットはアメリカではなく日本での滞在を選んだ。もうしばらく日本でボランティアをしていたいらしい。
そういうわけで俺は市川さんに「万事よろしく」とシャーロットのサポートを引き続きお願いしておいたのだ。
シャーロットがボランティアに勤しんでいた頃、俺は東京でかなり広い家を買った。売れなくなった漫画家が維持できなくなって売りに出した物件だ。
こういう家を選んだ理由はいくつかある。部屋数が多いこと、地下室があること、ギミックや隠し部屋があちこちにあってレグエディット作業がやりやすそうなことなどだ。
生活のためにはもう働かなくても良くなった俺と市川さんだが、俺と彼女とでは決定的な違いがある。俺は人口を削減しなくてはならないが市川さんはそうではないということだ。というわけで、俺は東京の大邸宅で一人寂しく次の一手を考えていた。
だが、好きこそものの上手なれ、逆もまたしかり。たいして人殺しが好きでもない俺はあっという間にアイデアに詰まり、窮余の一手―― ブレインを召喚することにした。
今日はそのブレインと待ち合わせ。場所は汐留の高級ホテルのダイニングだ。
シャーロットと市川さんが後から合流すると言ってきた。シャーロットに会うのは実に、3ヶ月ぶりくらいか。元気にしてるんだろうな……あいつのことだから。
◆◆◆◆◆
俺は約束の時間より少し早めに汐留に付き、ダイニングでくつろいでいた。
さすがの高級ホテルのダイニング。薄暗く、何とも言えない非日常感を漂わせている。ロウソクが揺らめき、電気による照明は最小限。
だがデートならともかく、真面目な打ち合わせの場所としてはちょっと失敗だった。うん。分かってる。適当に選んだの反省してます。ごめんなさい。
「市川さん達も来るとか言ってたけど、こんなところで何人殺すだのどうやって殺すだの言ってるところに合流してもらうのもアレだなあ」
独り言ちていた俺の目の前に市川さんが現れた。後から合流すると言っていたのに、約束していたブレインより早く着いてしまったようだ。
「影山さんおひさー」
「おう久しぶり。早かったな? 到着予定はもう2時間くらい後じゃなかったっけ?」
「んー。岡山からヘリで大阪行ってから来ようと思ったんだけど、なんか空港に向かう途中、車で変なのに追っかけられたんで岡山南空港からビジネスジェットに乗ってきた。結構早いねアレ」
「ふぇええ、ビジネスジェットね。いや、カネの使い方が板についてんだな市川さんは。俺なんかまだタクシー呼ぶのも結構緊張するわ。
あれ、シャーロットは?」
「ああ、作業着のまま連れてきたんで途中銀座に寄って服買って来たのよ。今、部屋で着替えてるわ。ここのホテル取ったの。どうせ今日はもう帰れないし」
「はは。ホントになんか大金持ちのカネの使い方って感じだな」
「何言ってるのよ。せいぜい派手に使って、何でも良いから必要経費で領収書もらっておかないと確定申告とんでもないことになるわよ。それに影山物産の方、兆単位の利益出してるから税金が凄いことになるわ。アレコレ使わないと全部税金で持ってかれるから、じゃんじゃん使って頂戴ね?」
「ああ、了解。それで悪いんだけどさ、2人共もうちょっと遅くなると思って打ち合わせを一件入れちゃってるんだ。いい?」
「打ち合わせあるって言ってたわよね。私達が急に押しかけてるんだからもちろん良いんだけど、こんなところで?」
そんな軽い会話をしていたところにペタペタと軽い足音が近づいてきた。ムードもへったくれもない感じの人間がロウソク揺らめく俺達のテーブルめがけて勇ましく向かって来る。今日の打ち合わせの相手、俺のブレインだ。
「あれー? 市川先輩じゃないっすかー。お久しぶりっすー」
「相田さん?」
俺は以前の会社の後輩の相田ではなく、人類絶滅の企画を練ることが趣味のアイーダ月ヶ瀬と話がしたかったのだが、とりあえず相田でいいや。ああ、格好もいつものとおりだね。ノースリーブにタイトスカート。ブレないなあ。うん。
「そうなんだよ。次、何やろうかなって考えててな。鉱山はもう経産省から目ぇつけられてるから怖いしさ。俺は1年向こう行っててほとんど浦島太郎状態だし。てことで相田に最近の技術トレンドについて教えてもらおうと思って呼んだんだよ」
「ふーん……。そういえば、経産省に監禁されたって言ってたわね。その後大丈夫なの?」
「なんか、時折黒服の兄ちゃんが視界に入るんだけど一応普通に暮らせてるよ」
「家も大きいの買ったんでしょ? 警備会社とちゃんと契約してる?」
「あ……考えたこともなかったわ」
すいません。そういう発想ありませんでした。そうですよね、お金持ちの家って必ず警備会社のシールがインターフォンの近くとかに貼ってありますよね。
「うーん。なんか先輩達、成功者っ! って感じの会話っすね! さすがっす!」
相田、それは空気読んでるのか?
「ああ、すまんすまん。せっかく来てもらったんだ。座ってくれ。こういうところだし、何か頼んでくれよ。何でも良いぞ。おごりだ」
俺は二人に席を勧め、近くのウェイターにメニューを頼んだ。こんな場所はまだまだ慣れないので誰に声をかけるのもドギマギする。
相田はサラダとパスタとアイスティーを、市川さんはホットコーヒーにカレーライスを手慣れた感じで注文していた。
どうした市川さん、なぜコンラッドでカレーなんだ? シャーロットが伝染ったのか?
「領収書はもらうのよ? 影山さん」
俺が市川さんの注文に反応したのが分かったらしく、市川さんの教育的指導が入った。照れ隠しか何かだろうか。
「うん……分かった」
「へっへー。影山先輩は市川先輩にはてんで弱いんスねー。市川先輩、世話焼き女房って感じー」
「茶化すな相田」
まあ、実際そんな感じだし、茶化したと言うより見たまんまだな。
「相田さん、減らず口はあなたのためにならないわよ」
市川さんはこの手の冗談が通じない。鬼の形相の市川さん相手に相田はちょっと萎縮しつつ「なんだよぅ……ホントの事じゃんよう……」とブチブチ言っている。それが妙にウケたので俺は声を殺して笑った。
「お前、そんなキャラだったか? なんとかっスーみたいな喋り方してたっけ?」
「んー。市川先輩いなくなったらあの職場って基本、男社会じゃないスか。微妙に体育会の空気が蔓延しておりまして……ちょっとそれ系のノリに染まったらこれが生きやすくてですね……」
生きやすいって……お前そんな苦労してたのか。なんか悪かったな。ナイジェリア行っちゃって。
「それでな、相田。相談したかったのは遺伝子編集、品質が安定しない物質の製造の最前線、それらの作業に人工知能を組み合わせるってことをやってみたいんでその可能性についてなんだが……」
どちらも、自分で考えてはみたものの、今ひとつ詰められなかったテーマだ。
「あー……遺伝子編集については院にいた頃、合成生物学あたりの研究室の人達がDARPA(国防高等研究計画局)となんかやってましたねえ。極秘とか言われて3ヶ月くらいどっか連れて行かれたりしてましたよ。
作業的には学部生でもできるっちゃできるらしいですよ。今ある遺伝子をある程度目星をつけて切った貼ったで思ったとおりの生き物を作るやつと、イチから遺伝子をプログラミングするやつがあるらしいです。プログラミングの方も、生き物っぽいものができるくらいには世の中進んでるらしいですよ」
「やっぱアメリカか?」
「そうですねえ……やっぱあの国は凄いっすわ。普通、やっちゃいかんだろって事にも事もなげに手を出して、失敗するまでとことん突っ走りますからねえ。」
「そうだよな。映画や小説で米軍っていったらだいたいヤバイことしてるし」
「ま、実際そういうところはあるんですけど、軍の上層部って超エリートの集まりですからリスクは判ってやってる筈ですよ」
「弊害はないのか? それこそ映画だと結構やらかしてるが……」
「全員超エリートだと頭脳勝負のプロジェクトはアホみたいに早く進み過ぎちゃって、倫理とか人権とか議会対策みたいな人文系の議論がいつも後追いになってしまうんですよ……。
あ、でもエリートとは言っても手が動くわけじゃないんで最近は自分達で開発せずに、コンテストとか開催して上位の人達にお金を渡したりしてるみたいですね。そっちのほうがオープンにコトが進むのと、何かあった時に非難されるのも半分で済むとか済まないとか。
コンテスト形式にするとエンタメ性も確保できて周囲の理解が得られやすいんスかね。考えてみればあざといっス」
「なるほどな。中国はどうだ?」
「うーん。あの国についてはよく分からんです。でもガンの分子標的薬とか、命に関わる部分の創薬とかはあっちの方が早い印象ありますね。命が安い国ですから、生命倫理とかに囚われないで研究開発できるんスかねえ……。
あの国では国家戦略に必要な企業にはだいたい、清華大学の名前を借りた共産党のファンドがお金を突っ込んでますから科学面の国家戦略は案外丸見えです。先輩も見てみればいいと思いますよ」
背後でブフォッと誰かがむせた。中国の人かな。知らない人だし放っておこう。
「安定して作れない、作れたらスゲーってものは何かあるかな?」
「私、素材系は疎いんスよね。単層のカーボンナノチューブも昔は難しかったらしいけど2016年くらいから安定供給されるようになったし、フライアッシュバルーンも今は代替品ができちゃってるからなぁ……」
「なるほどなあ。いや参考になるよ。でも意外だな。相田にも苦手があったか」
「面目ないっす」
「いやいや、それでも俺なんかよりはずっと物知りだし助かってるよ」
せっかく来てもらって知恵を借りようとしてるんだし、気分良く話してもらわないとな。と、相田のご機嫌を取っていた時、ニットワンピースを着て薄化粧をバッチリ決めた美人さんが現れた。
「コンバンワー!」
シャーロットだ。だがいつものシャーロットと少し様子が違う。なんか怒ってる……いや、戦闘モードに入ってるぞ?
どけ、そこは私の席だ。誰だお前は? 知らない女がこの空間を侵している! シャーロットの背後に立ち上る炎がそう告げている……ように見えるな。うん。
「影山さん、こちらどなた?」
シャーロットが淑女のように、低くこもった声で相田を掌で指し示した。
「あああ、相田って言ってな。今度俺の仕事のブレインやってもらおうかと思って打ち合わせしてたんだよ。俺の昔の後輩だ」
「ふぅん……?」
シャーロットは本当ならこの場面で俺に甘えたりしたかったのだろうか。抱きついたりして……。
いかん。俺の妄想だな、これは。
とはいえ、久しぶりの再会なのに好きにはしゃげないのが不満なのか、彼女の表情は決して明るいものではない。
「あーっ! シャ、シャーロットさんじゃないっすかー!」
この火花が散りそうな空気を吹き飛ばすかのような声を上げて立ち上がったのは相田だった。目が点になるとはこの事だ。
「へ?」
市川さんも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「今やSNSでも掲示板でもどこでも超有名人っすよ。『美しすぎるボランティア』『肝っ玉モデル』『倉敷を全国区にした女』のシャーロットさんですよね?」
おい相田、失礼だぞ。倉敷は昔から全国区だ。
「え、いや、あの、何を言ってるのかワカラナイです……。ボランティア……は確かにやってますけど。倉敷で。ウン」
「いやー! お会いできて光栄です! 私、相田って言います! 市川さんと影山さんの後輩です。今日は影山さんに呼ばれて来たんですけど、シャーロットさんは? シャーロットさんも影山さんと知り合いっすか?」
「え、えっとぉ……」
「相田。そいつはナイジェリアで俺のメイドやってたんだよ」
「な、なんだってー!? そいつぁコンプライアンス案件っすね! こんな美女連れ込んで……」
ごん、という音がした。市川さんが相田の頭を垂直方向に軽く殴ったのだ。
「あ痛ぁ! ……い、痛いじゃないっすか! 馬鹿になったらどうしてくれるんスか⁉」
「大丈夫よ相田さん。もう馬鹿にはなってるみたいだから、私のせいじゃないわ。もう少し時と場所、そして話題をわきまえなさい。この子これでもまだ二十歳前なのよ」
市川さん、再び鬼の形相。それを見たシャーロットが吹き出した。
破顔一笑。満面の笑顔だ。
「ぷっ……あははは。はじめまして、相田さん。シャーロットです。影山さんにはホームレスで当たり屋やってた時に拾ってもらったの。ヨロシク」
「な、なんすかそりゃあ! どんだけ濃いエピソード持ってるんですかシャーロットさんはぁ?」
もう打ち合わせはどこにやら。3人の女子会が始まった。不穏な空気が吹き飛んで何よりだ。
とりあえず、アイーダ月ヶ瀬の虐殺教室は、今日はもう無理そうだな。




