第二十六話:理不尽な空腹
「……で、そのまま全株式を売却した、と」
殺風景な会議室。ブラインドも窓枠も安っぽいし天井は低い。椅子はパイプ椅子。テーブルはスチール製だ。
俺はこんな部屋に朝の10時半から閉じ込められている。そして今は午後3時。カギは閉められていて、トイレにも行かせてもらえない。昼飯すら食わせてもらえない。
いつまで続くんだ。これ。
テストの点数の良さだけで世の中を渡ってきたような感じの神経質そうなメガネ男がそのテーブルの向こうで不機嫌そうに議事録をとっている。同じことを何度も聞かれるし、どうでもいいことを根掘り葉掘り聞いてくるし、それを書き留めるためのタイピングがまたクソ遅い!
なんだこりゃ? 警察の取調室か? 俺は痴漢でもしたのか?
帰国後しばらくして、俺は経済産業省の製造産業局非鉄金属課という舌を噛みそうなところから呼び出しを受け、今回の禿げ山についての事情を聞かれていた。
質問の内容は壬生の金属資源部の連中のものより遥かに細かく、事実ベースでの回答しか許されない。冗談混じり、感想混じりの話をしてもただスルーされる。おそらく、私情や私見を混じらせてはいけない類の報告に使われるのだろう。
「影山さんはIT業界の方なのでご存じなかったかもしれませんが、レアアースというのは日本のような先進国ではキーデバイスを作るにあたって欠かせないものなんですよ。
解りやすい例でいうとコンピュータのハードディスクに使われている磁石、あれにはネオジムという物質が使われているんですね。あれもレアアースなんですよ」
2人いる非鉄金属課とやらの職員のうち、若い、議事録をとっていたほうのヤツが俺にわざわざ説明して下さった。言葉は柔らかいが、端々にこちらをバカにしている態度が窺える。
国家公務員一種ってのはこんなものか。しかし言うに事欠いてハードディスクかよ……先進国が聞いて呆れるわ。
俺は十年も前からSSD使ってるのに、国の旗振りがこの程度か。今どきハードディスクなんて中高生が秘密のフォルダを作るためにしか使わんだろう。
「はあ、で、日本はレアアースが欲しかった、と?」
俺はこの残念な会話に、あと少しだけ付き合うことにした。少し前から感じている奇妙な違和感の正体がどの辺りにあるのかを自分で見極めたかったからだ。
「そうですね。このレアアース、世界生産の95%が中国なんですよ。
我が国と中国との仲が良い時は比較的入手もしやすいのですが、何かの拍子に輸出入の禁止項目になったりするんです。そうすると、我が国のハイテク産業はキュっと首が絞められた状態になるんですね」
「ところが、今回、レアアースの世界シェアのバランスを崩しかねない事態が俺のせいで起きた、というわけですか」
「いえ、影山さんのやった事は我が国にとっては喜ばしい事です。今まで中国から買うしか無かったレアアースが南アのゴールドプレーン社からも調達できる。マルチソース、つまり、いくつか調達先があるというのはそれだけでビジネスの安定に役立ちます」
「では、どうして俺は、このように、あまり歓迎されない様子で尋問を受けているんですか?」
「尋問とは人聞きが悪い。あくまでも事情聴取ですよ」
課長だとか言う方が薄ら笑いを浮かべる。だめだこいつら。何か、背後に俺に悪意を持つ連中がいて、俺に対して牽制か嫌がらせか、そういうのを命じられている感じがビンビンする。
ナイジェリア生活のおかげか、俺は対処しなくてはならないレベルの他人の悪意や嫉妬には多少鼻が効く。その嗅覚が周囲に漂う違和感をはっきり捉えていた。
「お茶も出ないし、昼飯も食わせてもらえず、トイレにも行かせてもらえない事情聴取を我が国では確か、『監禁』と言ったと思いますよ……。
ま、監禁ということで今日、この場で行われているのは犯罪ですよね? では、今すぐ大声を出して助けを呼びましょう」
「はは、大げさな。監禁とか何を言って……」
相手の言い分を最後まで聞くことなく俺はすうっと息を吸い込んだ。
「ぎゃーっ! やめてくれーっ! 助けてーっ! ここから出してーっ!」
先手必勝。良い子でいても状況が好転しないのなら打てるうちに手は打つ。当然だ。
俺の叫び声は庁舎の廊下に響き渡っていった。
「大丈夫ですか? どうされましたか?」
1分ほどして警備員が2人、俺達のいる会議室の前に駆けつけて来たが部屋に入って来る様子はない。無闇に飛び込まず可能な限り状況を確認しろなどという行動規範でもあるのだろう。
「助けてくれ! 朝からずっとこの部屋に監禁されているんだ!」
俺がドア越しに警備員に悲痛な声を出して助けを請うと、ようやく状況を汲み取ってもらえたのか、警備員が合鍵を使ってドアを開け、俺のいる部屋へとなだれ込んできた。
「大丈夫ですか?」
非鉄金属課のキャリア2人は顔面蒼白になっていた。どうやら不測の事態に全く対応できない程度には悪事において素人らしい。
しばらくすると製造産業局の総務課長という男が血相を変えて飛んできて、別室で事情を聞きたいと言ってきた。
連れて来られたのはソファのある来客用の部屋だ。主犯の2人は別室に。双方から別々に事情を聞く流れのようだ。
俺は総務課長とやらに、今現在までの2人の俺に対する態度と監禁された事実について存分に話をしてやった。だが、見るからに反応が薄い。
「影山さん、せっかくおいでいただいたのに、まことにすみませんでした。今回の件はコンプライアンス事案として処理させていただきます。この後は内部処理ということになりますので、あの2人にどういう処分が下されたか等につきましてはお答えすることができませんがあらかじめご了承ください。
本日はこのまま、お帰りいただいて結構です。どうぞお気をつけてお帰りください」
俺の話を聞き終わった総務課長は俺に頭を下げて来た。が、それ以上のことはしないと言ってるわけだ。なんだそりゃ。
「あの、本件では私、被害者なんですが……数時間監禁された相手に『悪かったな。帰っていいぞ。あとはお前に関係ない』で全てを説明できているおつもりですか?」
「まことに、すみませんでした。お気をつけてお帰りください」
ダメだ。こいつら誠意の欠片もない。これでは俺は監禁され損だ。
俺は自分のスマートフォンを取り出して、総務課長に見えるようにヒラヒラと振った。
「もう一度聞きます。私がこの会議と、あなたのその対応についての録音ファイルを公表しても良いのでしたらそのまま帰りますがどうしますか? 監禁となると警察へ被害届も出せますけど?」
それを聞いた総務課長はさっと表情を変え部屋を出ていった。上司に相談にでも行ったのだろう。こちらが会話を録音しているとは夢にも思わなかったと見える。
それから1時間、待たされるだけの無為な時間が過ぎた。
「もうさすがに腹も減ったし帰りたいんだが……」
俺は近くにいる職員にそう伝えたが、誰に話しても平身低頭「もうしばらくお待ち下さい」を連発されるだけで何も変わらない。
これだけ待たせるんだったらお茶のおかわりくらい淹れてくれてもいいんじゃないだろうか?
「はじめまして。局次長の五十嵐と申します。随分とお待たせしたようで……」
局次長とやらが血相を変えて部屋に入ってきたのはそれからさらに30分後だった。
50歳前くらいだろうか。ガッチリした体型に精力的な顔つき。全体から感じる雰囲気が木っ端役人とは明らかに違う。
五十嵐局次長はそのまま腰を直角に曲げて頭を下げた。
「影山さん! 申し訳ありません! この度は部下が大変失礼なことをしました! この度失礼な行いをした者には減給・訓戒等の処罰を行い、今後このようなことが無いように職員一同にコンプライアンス研修を行い、厳重な注意と意識改革を徹底させていただきます!」
えらく率直な謝罪だ。再発防止策もきちんと兼ねている。謝罪の初動としては百点満点の出来だろう。
「五十嵐さん、背景を教えてもらえますか。いくらなんでも今回の件はおかしい」
「は、それがですね……」
五十嵐局次長がチラと総務課長の方を見ると、総務課長は頷いて部屋の鍵をかけ、窓のブラインドを閉めた。誰にも聞かれたくない話のようだ。
「経産省ではレアアースのマルチソース調達を実現するために、平成22年から『レアアース総合対策』というのをやっていましてね…… JICA(国際協力機構)等を通じて資源国との関係強化をしたり、カザフ、ベトナム等の鉱山の権益を取りに行こうとしたりしとるんですわ」
「ははあ……」
「ご存知の通り、カザフやベトナムの山を掘っても中国のシェアをひっくり返せるほどの結果にはなっとりません。結果的に、国民の税金を無駄遣いしていると言われてもおかしくない状況がもう10年近く続いております」
「ああ……税金は適正に使っていただきたいですねえ……私も今年は数兆円の課税をされるんですよ。
せめて、払ってよかったと言いたいですね……それができないならこんな国、出ていってもかまいませんし」
局次長の肩がビクッと震える。そう、俺が今年支払う税金は数兆円にのぼる。必然的にマスコミを前にした発言の機会も増えるだろうし、財務省あたりから何か言われることもあるだろう。俺が今後日本国内で落とすカネはそれなりの雇用と経済効果を生む筈だ。
逆に、俺が海外に出て行ってしまえば国として大きな損失になる。数兆円とはそういう資産規模なのだ。
今ここで俺をVIP扱いするのはおそらく官僚的には正解。逆に俺を監禁した2人は日本の国益に背を向けていたと言っても過言ではない。
「それでですな……影山さんがエイヤっとナイジェリアの禿げ山を掘り返したらとんでもない量のレアアースが出たわけです。当然、非鉄金属課の連中は『お前らはいったい何をやっとったんだ』と上から言われるわけですよ」
「いや、禿げ山を掘ったのはルーカス・マイニングで、私はその株主だったに過ぎませんよ」
「影山さん……あなたがルーカス・マイニングを設立し、あなたが出資し、あなたがナイジェリアに持ち込んだ重機で試掘が行われているくらいのことはこちらも調べがついてるんです。
それで、上から叱責を受けた課長以下2名がレアアースの採掘ポイントの発見のノウハウをあなたから聞き出そうとしたわけですが、プライドが邪魔したんでしょうな。逆にあなたに対して攻撃的になってしまった。二度とレアアースを掘ろうなんて気を起こさないようにヤキを入れてやろうと、こう思ってしまったそうなんですよ」
「経済産業省はガキの集まりなんですか?」
「経済産業省は大きな組織ですからな……これだけの人数がいると、テストの成績は良くても人格的におかしな連中が紛れ込むのは避けられません。
その点については猛省の余地がありますが、採用方式については伝統でもありまして、なかなか世間並みの感覚に追従できていないのが実情です。お恥ずかしい限りですが、このやり方でこの国の産業を長年支えてきているのも事実と言えば事実。曲げてご理解いただきたい」
「丁寧な謝罪に加え、事情の説明をしていただけたので溜飲は下がりました。局次長級の方まで出てきていただいて有難うございました。
――ところでですね、五十嵐さん」
五十嵐局次長はホッとした顔で俺の顔を見上げたが、俺は話を続けた。およそ彼にとって好ましくない方向に。
「私はたった一年ですが、命の取り合いをするような環境でいましたのでカンのようなものが働くんですよ。そのカンが言ってるんですがね……あの課長の、なんていいましたっけ。竹内さん? あの方、たぶん背後に何か、利害関係者が居ますよ。なんでしたら、私の方で調査しましょうか?」
俺の話す意味を理解した五十嵐局次長の顔から汗が吹き出た。
「そ、そんなことが……!」
「簡単ですよ。私が今度は国内でレアアースの採掘業を始めるという情報を流せば、竹内さんはどこかと接触せざるを得ないでしょう。それを注意深く見ていればいいだけの話です。どうします?
すぐ調べはつくと思いますが……ええ、勿論お金はいただきません」
「まさか、竹内が……そんな……」
「個人的興味でお調べしますので、ご興味がありましたら連絡を下さい。私はさすがに腹が減りましたのでそろそろお暇します。
それから、もう二度とこんな事情聴取とやらは受けませんよ。ご了承下さい」
「ああ……本日は、まことに申し訳ありませんでした」
五十嵐局次長と総務課長が頭を下げつつドアを開けてくれたが、俺は帰る前にもう一つだけ解決していない事があるのを思い出した。
「ああ、総務課長のあなた、山下さん……でしたっけ」
「はい?」
「身内贔屓か組織を守るためかは知りませんが、最初の対応は酷かったですね。あなた、竹内さんに弱みでも握られてるんですか?」
「!」
山下は大量の冷や汗をかいていたが、俺の問いに答えることはなかった。彼はその冷や汗の理由を五十嵐局次長に問われるだろう。微動だにしない2人を後に俺は庁舎を出て、虎ノ門駅に向かった。
「……腹減ったな、チクショー」
俺は虎ノ門の地下鉄入り口を通り過ぎ、早い夕飯を食べようとする人で賑わうステーキハウスで肉を暴れ食いした。なんというか、空腹と怒りでいくら食っても腹の虫が収まらなかったのだ。
きっと、日本はナイジェリアとは違うんだと思ってたのに大差なかったのが情けなかったんだろう。
◆◆◆◆◆
数週間後、官報の人事欄の隅に竹内課長の退職がひっそりと掲載された。
竹内課長のポストは代々中国の通商部と裏取引があり、極めて個人的な便宜を多く図ってもらえることを条件に、日本のレアアースのマルチソース化に遅滞活動を行なっていたのだ。
この事実の発覚に伴い前課長だった審議官も更迭されたが、幸い野党に嗅ぎ付かれる事も無く事態は収束した。
今回の件が疑獄事件やらスパイ事件やらになっていたら俺は渦中の人物としてやたらマスコミに取り上げられ、静かな生活はできなくなっていたかもしれない。五十嵐局次長がうまくやってくれたのだということにしておこう。
課長と一緒に俺を閉じ込めていたヤツがどうなったかはわからないが、ろくなことになっては居ないだろう。
ただ、まずいことに今回の件で俺は国内にも敵を作ってしまったかもしれない。
俺の心に、ナイジェリアにいた時とは違うざわつきのようなものが湧き上がってきた。




