第二十四話:でたらめな提案
ルーカスが禿山の試掘を行ったという一報を受け取った市川さんは、直後に資産の半分以上の金額を金の先物投資の「売り」に投じた。レバレッジもかなりかけて。
当のルーカスはというと、ラゴスの州産業担当局長、そして南アフリカに本社を置く大手金採掘企業の代表者との三者会談の約束をとりつけようと苦心していた。
二人とも、昨日今日業界に飛び込んできたド素人が誰の紹介もなしに会える相手ではない。苦心するのは当然。新参者ならばなおさらだ。
最初から「ウチの鉱山から金が出たんですけど」と言えば良かったのかもしれないが、話を聞きつけた良からぬ連中に何をされるか分かったものではない。大きすぎるリスクは避けるに限る。
「こういうのはホントは嫌なんですけどねえ……」
相手がこちらに興味がないなら興味をもたせればいい。ルーカスは洒落た九谷焼きを調達し、その桐箱の中に禿山で採れた金の粒を忍ばせて相手に送りつけた。
古風な手法の方が下手に裏を勘繰られたりせず、ストレートにこちらの意図が伝わると考えたのだ。
実際この手はよく効いたようで、数日後には二人から承諾の返事が届き、話はトントン拍子に進み始めた。
もしルーカスが博士号を取る前だったら、この贈り物はターゲットに届く前に担当者にかすめ取られていただろう。ところが、医者であり博士であるルーカスからのものとなると届けないわけにはいかない。
「サー」と「ドクター」の称号は発展途上国で込み入った話をする時にはそれなりに威力を発揮する。権威や肩書は使いどころなのだ。
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いくらかの条件調整の後、ルーカス、大手採掘業者「ゴールドプレーン」のガーナ支社長、そして州産業局長の三者会談が州都イケジャのとある外資系ホテルのセミスイートで行われることになった。
庁舎で行わなかったのは、会合を行う3人が3人とも銃を携帯したボディガードの帯同を希望したからだ。
10月半ば、物々しい警備体制の中会合は開かれた。
お互いの自己紹介が終わった後、交渉の口火を切ったのはルーカスだ。
「本日は私のような若輩との会合を快くお受けいただきありがとうございました。身に余る光栄です。皆様のような偉大な先達との……」
「前置きはいい、ルーカス君。我々も暇ではないのだ。我々をここに呼んだのは金採掘に関する事だな?」
ガーナ支社長のゲーリーが長い前置きを制した。
ゲーリーは細身の長身で40代後半。暑い赤道直下でもナローストライプのスーツをきっちり着こなす神経質そうな白人ビジネスマンだ。その鋭く光る目は、遠路はるばるやって来ただけの価値を求めてルーカスを査問している。
ルーカスはちらりと州局長のアフマドを見たが、アフマドも同じようにムスっとした顔で頷いていた。
アフマドは権力者らしくぽっちゃりとしており、威厳を示す白いガラベイヤを着ている。洗濯は行き届いており身につけているものは皆高価そうで、いかにも賄賂と利権で肥え太った木っ端役人という感じだ。
「やれやれ、せっかちですね、皆さん。ではこれを御覧ください」
ルーカスは麻袋から消しゴムの倍くらいの大きさの金の塊、粒と言うにはあまりに大きな塊をゴロゴロとテーブルの上に広げた。
「6月くらいからエヘブーイグボの川魚の腹から採れると言われた金粒の数倍の大きさの金でできた石……金石とでも言いましょうか。これと同じような物が、先日私どもが試掘を行った禿山から採れました。
今日ここにお持ちしたのは全部で8㎏。差し上げますのでお土産にどうぞ。お二人へのお車代と考えれば安いものです」
この時の金相場で金4㎏は日本円で1700万円ほど、BMWのi8が買えるほどの価値がある。そんな量の金を惜しげもなくお車代だと言ってルーカスは二人に分けて渡したのだ。
ちなみに世間一般にお車代というのはタクシー代であって、車を買うための資金ではない。
「こ、こんな……でたらめすぎる! なんだこれは」
ゲーリーがわなわなと手を震わせながら呟いた。
金は基本的に掘れない。掘れないからこそ価値がある。1トンの砂利から1gの金を見つけるためにガーナの鉱山では多くの労働者が大規模な設備を24時間動かしている。まとまった量の金を掘るというのはそういうことなのだ。
だが、目の前にあるこれは何だ? 1個あたりが数十gか下手をすれば100gを超えそうな塊? こんなものが試掘でゴロゴロ採れてお車代だと? ありえない。ありえないだろうそんなのは。
州局長のアフマドにしてもそれは同じだった。ルーカスが掘った禿山は以前、中国人のブローカーにおだてられて一ヶ月ほど掘ったが何の成果も得られなかった場所なのだ。
眼の前の若造がその禿山を買って採掘業をすると言ってきた時に株の5%を州によこせと条件を突っ込んだ時もこいつは飄々と条件を飲んだ。そしてこの金。おかしい。こいつにとって都合が良すぎる。
「私も驚いていますよ。例の砂金騒ぎはおそらく、あの辺りの川底一帯にこんな金鉱床があったのが増水だか鉄砲水だかで露出して起こったんでしょうね。そしてあの禿山はその鉱床が地表近くまで来ているところだと我々は思ってるんですよ」
「つ、続けてくれ……」
「ナイジェリア大学の地質学研究室と共同で調査して、とりあえず埋蔵量を計算しました。金の埋蔵量は少なくとも8000トン、多ければ数万トンの金鉱床だと考えています」
「す、数万っ⁉」
ゲーリーが呻いた。ここ数年の世界の金の採掘量は年間2500トン前後だ。2000トンを下回る年もある。それが、目の前の若造が禿山をちょっとほじくり返しただけで数万トンだと?
眼の前で顔を青くして脂汗をかいているゲーリーを見て、慌ててアフマドが割って入った。間違いなくこれは利権か賄賂か、どっちかに結びつく案件だ。逃すわけにはいかない。
「君、その、なんだ。君の発見は大変に素晴らしい。州から表彰してもいいと思うよ。ところで、君は採掘業を初めてまだ1ヶ月かそこらだと言う話じゃないか。そんな君にこの鉱床は荷が重くないかね?」
こいつの持つ会社を自分の傀儡にするか金づるにするか、どうにかしてこの利権にありつかねば―― アフマドは必死に頭を巡らせながらルーカスの表情を窺っている。ゲーリーもアフマドの言葉を聞いて遅れてなるかと畳み掛けた。
「そ……そうだっ! こんな金鉱床、あるとわかっただけで四方八方から襲撃されるぞ! この間のゴールドラッシュの二の舞だ。三日目にはお前の死体が川に浮かぶぞ! 我々でもガーナで採掘を始めた時は散々だったのだ!」
肩で息をするゲーリーと、必死で知恵を巡らせているであろうアフマド。
ルーカスは二人の顔を見てニカっと笑った。
「ええそうなんです。僕の手には負えないんですよ。それでですね。ラゴス州か、ゴールドプレーンのどちらか、もしくは両方に買い取ってもらえないかと思いまして……」
場が一瞬、凍りついた。
何を言っているのだ、この若僧は? 何万トンの金を生み出す鉱山を、大して掘り出しもしないで売り飛ばす? 我々に?
しばらくの逡巡の後、ゲーリーはやっと声を絞り出した。
「か……買い取れだと? 数万トンの金鉱床をか……?」
「僕達には大量の金を売りさばくだけの度胸もルートもない。自力でそんなことをしようものならそれこそ川に死体が浮きかねないんです。だからこそ、勇気と知恵と人脈と、そしてお金のあるお二人にご相談をしに来たわけですよ」
「いくらだ……」
ゲーリーは生唾を飲み込みながらルーカスが金額を提示するのを待った。アフマドもやはり身を乗り出している。一言も聞き漏らすまいといった態勢だ。
ラゴス州はおろか、ナイジェリア政府にもルーカスが言うようなカネはないだろう。
しかし、ここにいるゲーリーと結託してルーカスの会社を排除するにしても、その権益を自分に間違いなく引き込めるものなのか? 州知事あたりがあっさり美味しく持っていかないだろうか?
いや、そもそもこいつが他の人間にも声をかけていたらどうなる? 自分は暗殺の対象にならないか――
アフマドはアフマドで必死に考えを巡らせていた。
「買い取っていただけるので?」
ルーカスは悪戯っぽい笑顔を浮かべて質問に質問で返した。もう答えは判っているのだから高い金額を引き出す方に集中すればいい。あと、余計な恨みを買わないこと。これ大事。
「買い取るとなるとこちらも本社に伺いを立てなくてはならんし、最低限こちらのスタッフによる地質調査をしなければ本社の稟議にはかけられん。地質調査はさせてもらえるんだろうな?」
「それはもちろんかまいませんが、その間に違法採掘者がうちの山をほじくり返さないとも限りません。アフマド局長、どうしましょう?」
「州立高校の東数kmってところのハゲ山だったな……わかった。伝染病の懸念とかなんとか、衛生局の連中に話をつけて暫くの間立ち入り禁止区域に設定しよう。話の分かりそうな軍の将校にも言って、見張りをつけさせる。費用は君が持て」
「ふむ。わかりました。5000万ナイラ程度なら出せないこともありませんが、それ以上はうちも……なにせ始めたばかりの会社で懐事情はお察しの通りです。そのあたりまでで収まるようご協力をお願いします。
地質調査の結果が出てご納得いただければ、私はあの禿山から手を引きましょう。私の株の持ち分は20%ですが、うち5%をアフマド局長に進呈します。私は残りの15%をゴールドプレーンに渡し、5%のラゴスの州の持ち分はそのまま。そして残り75%に関しても、株主達に御社への売却の説得をしましょう。それでいかがですか?」
「説得……できるのかね?」
アフマドが気になるそぶりを見せたが、実はそぶりでしかない。この時点ですでにアフマドは5%の株をもらえることが決まっているからだ。あとは5%の配当を毎年受け取るか、ゲーリーに売りつけるかすればいい。どちらにしても彼の大儲けは確定している。
「何、気のいい連中ですよ。日本人ですし、カネさえきっちり払えばどうとでもなりましょう」
「仮に、埋蔵量が1万トンだった場合、いくらで売るんだ?」
ゲーリーがルーカスの腹を探る。当然だ。今となってはほとんどそのために来たようなものなのだから。
「年間産出量500トンとして粗利が200億ドル、割引率0.98で計算したら怒りますよねえ……?」
「……1兆ドルか……」
ゲーリーの額から玉の汗が滴り落ちる。年間産出量500トン。それだけあれば世界最大手になれる。しかし毎年500トンもほじくり返せば金相場はめちゃくちゃだ。
「ま、僕もこれはたまたま運が良かっただけなので、そこまで欲を出しません。3000億ドルでどうでしょう? これでダメなら他に持っていきますよ」
ゴールドプレーン社の年間収益は300億ドル、3兆5000億円ほどだ。金や他の鉱石を採掘する際、重機を始めとして多大なコストがかかるため、決して割のいい商売ではない。
しかしこと本件に関しては状況が異なる。戦国時代の日本のように、金を露天掘りするような、格段に楽でコストの低い話なのだ。
もし、3000億ドルで買収できれば自分がゴールドプレーンの社長になれるだろう。問題は3000億ドルという途方もない金額の調達だ。
数分後、ゲーリーは自分が社長になる筋書きを固めた。欧州の大手金融機関と手を組んで3000億ドルを調達し、本社内の反対派を一掃する―― その道筋が見えたのだ。
ルーカスがゲーリーの目に光が戻ったのを見て笑顔で右手を差し出すと、ゲーリーは肩で息をしながらルーカスの手をガッチリと握り返した。
アフマドは握手する二人の上に手を重ね、満面の笑顔で何度も首を縦に振った。最低でも150億ドルが懐に転がり込むことが確実になったのが嬉しくてたまらない様子だ。
「あ、ところでですね。ゲーリーさん」
「まだ、何かあるのか? これ以上はさすがに逆さに振っても鼻血も出ないぞ」
「いえ、私はもう、450億ドルもらったら大学でも建ててそこでゆっくり好きな研究をしますよ。そうじゃなくてですね……」
「はっきり言ってくれ」
「その……あの禿山の何分の一かは、どうやらランタノイド系列のレアアースっぽいんですよ……埋蔵量は最低でも30万トンあります」
「レ、レアアースを30万トンだと?」
「これも私達には売買ルートがないので、そちらの事業に組み込まれると良いのではないかと。
あ、そうだ。この情報は金の情報と違って、調査に関わった連中には口止めをしていません。幸い、連中さんこれが機密保持契約の範囲内だと思ってあまりおおっぴらに人に話してはいないようですが」
「レアアース……それは金になるのかい?」
アフマドが少し興味を持ったようで口をはさんできた。
「中国が世界の供給の95%くらいを独占している、極めて地域偏在性が高いと言われる元素ですよ。正直値段はどれくらいなのかさっぱりです。政治の取引には使われるようですけどね」
アフマドも、解らないなりに知恵を巡らせている。
「ゲーリー君。そのレアアース、ラゴス州の名産というか、そういうものにしたいと思うんだがどうかね」
「ラゴス産のレアアース、と公表する分には我々は一向に構いませんよ。安く譲れと言われると後で条件を詰める必要がありますが」
「なに、相場も知らんわしらが今から顧客を見つけるなんてできもせんことをやろうとは思わんよ。だからわしらはそんなもん買わん。そのかわりそれ系の雇用はきっちり創出してほしいのだ」
「それならお話に乗れないこともありませんな」
パンパン! っとルーカスが手を鳴らして二人の話に割って入る。
「では、今日は有意義なお話ができたと思います。
ゴールドプレーンの地質調査結果が出次第、ルーカス・マイニングはゴールドプレーンへ全株式を売却します。それまでの間、アフマド局長に違法採掘を抑えていただく。その見返りとして局長は株の5%を受け取る。
売価は埋蔵量1万トンに付き3000億ドル。それより多い、少ない場合はその比率で買取価格を上下しましょう。
日本人の持ち分は私が説得してそちらへ渡す。お金の受け渡しは基本的には米ドルで、欧州または米国の銀行を介するということでよろしいでしょうか?」
ゲーリーにもアフマドにも、もう嫌も応もなかった。目の前の若造に良いように振り回されているのに、二人とも、ただコクコクと頷くことしか出来ないのだ。
アフマドの目からは変な涙が溢れ出し、ゲーリーは外から見ても解るほど脇汗をかいていた。
2週間後、ゴールドプレーンによる調査は無事終了。その結果がナイジェリア大学の調査と大差ないことが判るとゲーリーは即座に動いた。彼は欧州のメガバンク数社から融資の確約を得ると、ルーカス・マイニングの株式の9割をM&A史上最大の3343億ドルで買収するプロジェクトを本社に上奏し、本社はそれを即座に承認した。
これと同時にゲーリーはガーナ支社長から本社副社長へ栄転。次期社長は彼だろうともっぱらの噂だ。
そしてこの日を堺に、それまで何の変哲もなかった赤道直下の禿山は一躍有名になっていった。
◆◆◆◆◆
ゴールドプレーンが買収した金鉱床が年500トンの金を産出可能であることがニュースになると、金相場は近年になく下がり、金の買取価格は一週間で25%も下落した。
このため、市川さんは先物取引とルーカス・マイニングの株の売却益で巨額の利益を得たのである。
この段階で市川さんの資産総額は日本で一位。ちなみに二位は俺だ。この後、物凄い税金がかかるのかと思うと恐ろしい。金持ちがタックスヘイブンに心を寄せる気持ちがようやくわかった気がした。
「この国では、もう限界かなあ……」
俺はこの後の行動に思いを馳せた。
ナイジェリアでは日々、異なる宗教を信仰する者同士がとんでもない数の死者を出す虐殺事件や誘拐事件が繰り返されている。あっちで800人、こっちで30人。子供が自爆テロを行い、羊飼いが村を一つ滅ぼすほどの乱射事件を起こすのだ。ぶっちゃけ、俺が頑張って減らさなくてもいいくらいだ。
それを正そうとする政治家はおらず、役人は己が利益のために奔走している。この状況では釣鐘型人口分布を達成できたとしても、その原因は俺の当初の目論見にあった、一人の人間を育てるためのコストの高騰よりは、子供を生んでもろくなことにならないという厭世観のほうになるだろう。
今までそこにはずっと目を瞑っていたが、今後は違う。多額の現金を得たせいで俺自身の安全が脅かされる状況になっているのだ。
この国を去るという、決断を下す時が来ていた。




