第二十三話:ただ一人、黙々と
シャーロットが日本へ発った後、俺はラゴスの家を出てメガソーラー兼マイニングファーム1号建屋の管理棟に泊まり込むことにした。
市川さんにはだいたいの構想を知らせてあるが、彼女は今回一緒には来ない。
「自宅待機で外にも出歩けないし、影山さんが居ないと日本食も食べられない。となるとラゴスにいる意味もないわ」
そう言って市川さんはシャーロットの面倒を見に日本へと帰ってしまった。うん。その方が良い。ゴールドラッシュは一応沈静化したけど、まだまだこのあたりは危ないから。
◆◆◆◆◆
「……意外と、住み心地は良さそうだな。まずは今日の寝床の確保からか」
俺が泊まり込む建屋は本来24時間稼働で仮想通貨をマイニングするための施設だ。なので保守運用の要員のための宿泊施設と、少しだけ豪華な管理職用の部屋と、あとはここに住み込みで働く管理人用の居住空間がある。
使い勝手を検証するという名目でしばらくは好きなように過ごせるというわけだ。
管理職用の部屋に荷物を下ろしてライフラインが使えるかどうかを確認する。案の定いろいろ不具合はあったが電気は天井で発電しているのでなんとかなりそうだし、水道は溜池と浄化装置を動かせばなんとかなった。ネットもちゃんと動く。
「寝床の確保ヨシ! じゃ、早速やるか」
予定している作業や課題はいくつもある。その一つが「あいつ」が言っていたレグエディットによる位置情報の利用方法の確認というやつだ。
俺はさっそくその面倒そうな課題に取り掛かった。
何があってもいいようにかっぱえびせんで実験だ。机の上のかっぱえびせんを見つめ、レジストリの位置情報を検索し、メモ帳に書き留める。次にかっぱえびせんを15㎝動かして位置情報を検索。そしてその違いがどこに現れるかを見る。
これを縦横高さ方向で繰り返していくと目の前のかっぱえびせんの座標を脳内の座標にアフィン変換する行列が算出できる。
次に、俺はかっぱえびせんの位置情報を書き換えようとした。
……が、できない。位置情報は専用のメソッドを使わないと書き換えられないらしい。見るのはいいが書き換えは決められた方法でしか許されないようだ。
程なく俺はその特定の方法とやらを見つけ出すことができた。
かっぱえびせんを移動させるには3つの方法がある。
一つ目は「ムーブ」。そのまんま。移動を選択し、速度を設定すると指定した終点に向かい指定した速度で一直線に移動する。途中で破壊できない障害がある場合はそこで止まりメソッドは終了。かっぱえびせんは重力に引かれて床に落ちる。
2つ目は「ディゾルブ」。分解再構成。一旦、かっぱえびせんは櫛の歯が抜けるようにほろほろと分解して虚空へと消えていく。直後に終点で再構成されたかっぱえびせんが現れる。再構成が終わるとメソッドは終了。かっぱえびせんは床に落ちる。
3つ目の「アブソリュート」を行おうとした瞬間、俺は例の白い空間に飛ばされた。都合三度目の白い空間だ。
「なかなか順調なようだね。合計で1万3522人減らしたようだ」
いつもと変わらぬ超上から目線。眼の前に現れた「あいつ」は今日も余裕たっぷりのご様子だ。
1万3000人……ラゴスでとエヘブーイグボ、オスーン川流域での死者と行方不明を全部合わせるとそれくらいか。今年のノルマは達成だな。あまり嬉しくないが。
それより、そんな大きな数字を聞いても心が悼まない自分が怖い。すぐに計算してノルマがどうのと考えるあたり、やはり俺のメンタルは強化されすぎてどこか壊れているに違いない。
「いやまあ、おかげさまで」
「ふむ。釣鐘型を目指すのとは少し趣が違うようにも思えるが……?」
「川辺の人達には悪いことをしたが、都市部で死んだ連中は自業自得だろう。カネの奪い合いが高じて命の奪い合いに発展した連中だ。そういう連中の数が減れば、より理性的な社会も生まれようというもんだよ」
実際悪人だけを殺すにはどうすればいいかで随分知恵を絞ったからな。一部冒険心を持った若人とか真面目な川魚漁師が亡くなったのは申し訳なかったけど。
「物は言い様だな。まあよかろう。順調に数は減らしているのだから、な」
「おめでとうを言いたくて俺をここに呼んだわけじゃないだろう。用件はなんだ」
「そう突っかかるものではない。君の命を救ってやったんだぞ。少しは感謝されてもいいくらいだ」
話し方が鷹揚だ。相変わらず人形劇にハマっているらしい。
「どういうことだ?」
「まず、オブジェクトの移動について説明するが、いいかね?」
「頼む」
なんだ? オブジェクトの位置情報をいじるのは命にかかわるのか?
「まず『ムーブ』だ。物体を定速で一直線に移動させる。移動の際、周囲の物質、たとえば空気や水なんかがあれば、力関係の低いほうが避けるか壊れるかする。これは解るね?」
「理解している」
「次に『ディゾルブ』だ。始発点で物体が分解され、終点でそっくり再構成される。再構成の時点で空気や水のような流動性のあるものより固いオブジェクトが現れるようなら終点周辺の空気や水はオブジェクトを避けていく」
「それも解る。そこまでは実験した」
「問題は次の『アブソリュート』だ。これは、ただ位置情報を書き換えるんだ。移動先に何があっても、そこに一瞬で出現させるんだよ」
「テレポートというわけか」
「私から言わせれば『ディゾルブ』こそがまともなテレポートだ。『アブソリュート』は移動先に何があっても関係なくそこに移動する」
「つまりどういうことだ。もったいぶらずに話せ」
「君は物理は一般教養レベルか。それでも教育機関で習った筈だがね。物質を構成する元素の核と核は互いに反発するが、大きなエネルギーを与えて加速し、ゼロ距離になるとどうなるね?」
「……核融合を起こし、欠損した質量が光となってより大きなエネルギーを出す」
「そのとおりだ。君はさっき、その菓子と空気中の窒素で核融合爆発を起こすところだったんだよ。本来、小さな水素原子の核を2つぶつけあうにも1億度もの温度が必要なのに、何のエネルギーも使わず……ああなんと恐ろしい」
「どれくらいの爆発になるところだったんだ?」
「さて、詳しい計算はしたくもないが……そこの菓子が地球で言う5gだったとして、そうさな。君にわかりやすく言うと広島型原爆の半分弱というところか。良かったな、私が気がついて」
「か、感謝する。だが……」
「だが? なんだね?」
「そういうことは先に言ってくれよ!」
「はっはっは。君がいつ試すかずっと待っていたのだがね。やっと試そうとしてくれたな。何、君を殺すなんてそんなもったいないことを私がする筈がない。安心したまえ」
……俺はお前を殺したいよ……。数えてもカウントされないんだろうけど。
◆◆◆◆◆
「やあ、一人暮らしの調子はどうだい?」
倉庫に籠り始めて何日か経った頃、ルーカスが俺の様子を見にやって来た。というか、こいつは新会社の従業員を連れて自分の会社が買い取る予定の建機と補修部品を見に来たのだ。
例の鉱山会社は順調にスタートを切ったようだ。IT企業拡張の時と同じく大学の土木関連と地質関連の教授に話をつけたところ、やはりくすぶっていた卒業生を何人か紹介してもらえたらしい。
で、雇い入れた連中にはここの建機を使って操縦訓練をさせるんだそうだ。
ルーカスの判断は正しい。大型建機ってのはそこそこ動かせるようになるまでには1か月かそこらの訓練は必要だ。俺も教習所に通ったしな。
「しかしすごい散らかりようだ。シャーロットのありがたみが解るだろう?」
「ああ、ホントだな。2、3日はなんとかなってもそれ以降はゴミとの戦いだわ」
「さっき車庫を見てきたよ。ボスの部屋と違って綺麗だね。ピカピカだ」
「新築だからな」
「 ……ここも新築だよね?」
「うるさい。ワニ呼ぶぞワニ。それより、あの禿山で鉱物が出るかどうかはまだ判らんからな。あまり最初からたくさん人を雇うんじゃないぞ」
「オッケー。ボスはいつもスモールスタートだよね。建機はこんなに買うのにさ」
ルーカスの新しい鉱山会社には予定通り、日本で買ってきた建機と補修部品をあらかた買い取らせた。中古だが日本で仕入れただけあってピカピカだ。多少惜しい気持ちもあるが、きちんとルーカスに渡してやるとも。と言っても訓練用に持っていかれる建機以外はほとんどここに置いておくわけだが。
ちなみに43台中3台は引渡日を遅らせ、俺が自由に使えるようにしておいた。何を隠そう、日本で建機の免許を取ってきたのはこの3台を使うためなのだ。
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俺はたまに迷い込んでくるトレジャーハンターと世間話をしたりして世捨て人を気取る一方で、レグエディットを使ってルーカスの鉱山会社に掘らせるための鉱物資源を延々と作り続けていた。こっそりと、いかにも普通の作業をしているかのように、そして人の興味を出来るだけ引かないように。
「しかし、やってもやっても終わらんな……」
見上げた先には大量のセメント袋。次なる企みのために、俺は大量のセメントを建材倉庫に仕入れておいた。このセメントが今回の主役だ。
セメントに砂利と水を入れ、ミキサーで混ぜて縦横高さ1mの少し高い椅子か低いテーブルくらいの塊にする。しばらく乾かすと重さ約2.3tのコンクリートの塊ができるが、これを大量に作るのだ。
木の板でいくつもの型を作り、次々とコンクリートを流し込んでは乾かし、型を外していくとあっという間に数十、数百のブロックが出来上がっていく。ずらりと並んだコンクリートブロックはなかなか壮観だ。
「何に使うんですか? そんなもの」
2号建屋の現場監督の川浜さんだ。これだけコンクリートブロックが並んでいるのを見れば疑問が湧くのも当然だろう。
「ここから東にちょっと行ったところに川があるんですよ。その川は雨季になると形を変えるほど氾濫するので、こんなキューブを作って土嚢の真似をしているんです。土嚢を作ると麻袋を盗まれちゃうんでね」
「なるほど。そういうことでしたか。ミキサーは空いている時はお好きなだけお使いください。2号建屋で使うのはもう少し先ですから」
川浜さんは日本の大手倉庫建設企業から送り込まれてきた日本人で、俺と一緒に管理棟に住んでいる。俺とはたまに日本のカップラーメンやお茶漬け海苔を交換したりする間柄だ。
ゴールドラッシュの話を聞いた家族に「早く日本に帰って来て」と言われているらしい。
まあ、彼とは仲良くやれていると思う。寝苦しい夜などは俺の部屋で一緒に寝ることもあるくらいだ。管理棟は電気の配線が不完全なせいで、エアコンは俺の部屋しか使えないからだったりするのだが……。
ちなみに、1号建屋で一番エアコンが利いているのはマイニング装置のある部屋だ。そこで寝たら凍死するほど寒いけどな。
川浜さんがラゴスに戻る土日に、俺は作りに作ったコンクリートブロックを片っ端からフォークリフトとパワーショベルでホウルトラックに積み、今回買った禿山でそれらを下ろした。
禿山は建屋から10㎞も離れていない。なんとも便利な場所をライラさんは見つけてくれたものだ。感謝感謝。
ホウルトラックというのは言ってみれば超大型のダンプカーで、積載能力が高い。コンクリートブロックは一つで2.3t。普通のダンプカーだと5個ほどしか運べないのでより大きなホウルトラックを急遽リースしたのだ。
俺は禿山のふもとの平らな場所に50mプールくらいの穴をパワーショベルで掘り、次々と掘った穴の底と内壁にブロックを積んでいった。
縦50m、横15m、深さ1mのプールを一つ作るのに、一辺1mの直方体は880個必要だ。俺は3週間かけてそれを完成させた。雨季の終わりのスコールが1、2度通るとプールにはなみなみと水が貯まる。中では妖しげな生物達がつかの間の生を謳歌していたがとりあえず問題あるまい。
俺は周囲に誰も居ないことを確認すると、レグエディットで手近な石ころの温度をマイナス180度に下げた。これをいくつも『ディゾルブ』で水の中に移動させるとプール全体が凍りつき、750tの氷が出来上がる。
次に俺は出来上がった氷の塊を『ムーブ』で地面の上に移動させ、水分子を全部酸化ランタンへと変えた。これで750tの水は4882tの酸化ランタンになる。この巨大な酸化ランタンの塊を崩して粉々にし、そのあたりに穴を掘って埋めていくとランタン鉱床の出来上がりだ。
この氷を時には酸化セリウムに、またある時はイットリウムにしてみたりと次々にバリエーションを加えながら、俺は黙々と作業を繰り返した。
いつしか、禿山の周りには氷から材質を変えて作られた物質でできた小高い丘がいくつも出来ていた。ここまでレグエディットでプールを氷に変えた回数は97回。4万2000立方mの水が希土類「レアアース」へと姿を変えた。その重量は実に35万2800t。全世界で採掘されるレアアース3年分に匹敵する量だ。
あれほどあったコンクリートブロックがいきなり姿を消して不思議がっていた川浜さんには、「ルーカスの会社の若いもんがフォークリフトの練習に使うために持っていった」と言っておいたが、「持っていく量がおかしい」と言い出して警察に電話しようとしたので俺は慌てて止めた。
警察がこの建屋を見たら何を言い出すか分かったもんじゃない。数日後には警察と裏で繋がっている連中の隠れ家や麻薬取引の現場になりかねないのだ。もちろん俺達二人の死体込みで。そうならなかったらならなかったで、用心棒代を請求されるに違いない。
そのあたりをちゃんと言い含めて、川浜さんには「ブロックは諦めましょう」と説き伏せたら、彼は憤慨しながらも最後は納得してくれた。さすが日本人。でも、この日本の正義をここで通そうとしたら死ぬからね?
その後、俺はプールに使ったコンクリートブロックのうち、砂利の主成分の二酸化ケイ素を金に、セメントの主成分であるエーライト、ビーライト、カルシウムアルミネート及びカルシウムフェライトを水に変えた。
ブロックはドシャっという音とともに崩れ、今までプールだったところは砂利の形をした金粒の散らばるただの凹みへと姿を変える。俺はその大量の金粒を禿げ山のあちこちに穴を掘って埋め、上からキャタピラで何重にも踏み固めておいた。
俺が禿山に埋めた金は合計で1万1894t。世界の金の採掘量の4年分にあたる。
俺がラゴスを離れて1ヶ月と少し後、ルーカスが調査員を連れて禿山の試掘を始めた。既にあちこちにキャタピラの跡やほじくり返した形跡があったので俺は調査員達に大いに叱られた。
「ボス、うちが買い取りを延期した3台、物凄い使い込み方じゃないですか! うちが買うんですからもっと大事にしてくれないと! ああもう、泥だらけになって……」
ルーカスも調子に乗って俺を叱り始めたが、彼等が口を閉じるのにそう時間はかからなかった。どうやら表層近くに多く散らばっている金を目ざとく見つけたらしい。
「お前ら、試掘の結果は誰にも言うな。でないと死ぬぞ」
ルーカスは金の発見に浮き立つ調査員達を必死でなだめた。ラゴスに血の雨が降っていた7月、彼は医師として治療から検死まで、この手のトラブルの被害者を両手両足では数え切れないくらい見てきたので特に慎重になっているのだ。
だが、人の欲には限りがない。残念なことに、この時こっそり金粒をポケットに忍ばせた調査員の一人が翌日ラゴスの貴金属店から出てくるところで強盗に殺された。
この頃、ラゴスとエヘブーイグボの市街地では、俺が再び撒き始めた金粒入りパウンデッドのせいで再び血の雨が降り始めていたのだが、殺された調査員はそのことを知らなかったのだ。
命のかかった忠告よりも目の前の現金が大事な人間に付ける薬の発明はいつになるのだろう。




