第二十二話:シャーロットの悩み
9月、米国の大学が新入生を迎える頃だがシャーロットは今年の9月に間に合うように大学への願書出願はしていなかった。今年度、彼女は日本で言うところの浪人生みたいなものだ。
米国の大学は早いところでは11月に応募を締め切る。そして3月頃に合否を本人に通知して、9月に新入生を迎える。
去年のシャーロットにとってそれは遠い世界の事だった。大学受験どころではなかったのだ。
去年の今頃、シャーロットの父親はまだ健在で彼女は明日を夢見る高校生だった。しかしその後、彼女は父の急逝をきっかけに生活、家、未来、一切合切全てを失なってしまい、年間26000ドルという高額の学費を支払えなかったため通っていた高校も退学になるところだったのだ。
俺がスポンサーになることで彼女はわずか1ヶ月半のブランクで高校への復学を果たし、大学への進学の未来も見えた。だが、GPA(評定平均値。4点が満点)が満点に近い彼女の成績をもってしても希望するUCLAに進むには少々心もとないそうだ。
米国本国ではGPA4.0以上を取れるクラスがあるのだが、シャーロットの通う高校にはそれがなかったことがまず痛い。さらに、たとえ彼女がSATおよびSAT Subject Testでかなりの高得点を取っていたとしても、あとひと押し、傑出したボランティア経験だとかなにかのコンテンストの上位入賞だとか、そういう課外活動での箔が必要なのだとか。学業成績やペーパーテストの結果だけでは駄目らしい。
しかし、残念なことに上位入賞者が米国の大学の入学選考で有利になるほどの著名なコンテストはこの国では開催されない。ボランティアをやろうにも、北東部を含む広い地域が内戦状態のこの国ではボランティアというだけで生命の危険が降りかかる有様だ。
そんな八方塞がりの状態をどう打開したものか、シャーロットは最近そればかり考えていた。
「シャーロット、あなた最近何か悩みでもあるの? あまり身が入ってない様子ね」
「あ……いや、その、ちょっと大学のことで……」
市川さんとの日本語のレッスンの時でさえ、シャーロットはどこか上の空だったのだ。
「あなた、SAT-Ⅱ(SAT Subjectの旧名称)で凄い点数出したって言ってたじゃない。あれじゃダメなの? Eligibility by Examination Alone(試験による一発合格)狙えるって聞いたけど……」
「あはは。狙えるけど、確実じゃないんですよね……。私、数学とか得意なんだけどアジアの人達ってだいたい数学と自然科学系科目で満点取ってくるじゃないですか。だから、そこで差をつけられないんですよ。日本語とかはいい点取れたんですけど、社会系の科目でいろいろ躓いちゃって……」
シャーロットは米国の歴史の科目で良い点を取れなかったらしい。まあ、生まれも育ちもナイジェリアの彼女にとってはほぼ他所の国の歴史だし、興味を持って勉強しろというのは無理がある。
しかしながら、シャーロットは父が米国籍で、かつ父親が米国で長年在住した記録があるので米国籍を認められている立場だ。なので「アメリカなんて他所の国じゃん」というのは開き直りになってしまう。国籍があるなら勉強くらいしろ、と言われては何も言い返せない。
「で、どうすれば合格の確率を上げられるの?」
「ボランティアとか、今からでもガンガンやれば良いんじゃないかなとは思うんだけど……。父さんが亡くなるまでは貧しい人達への炊き出しとか、教会のバザーの手伝いとかならやってたので最低ラインは超えてるんですけど、やっぱりインパクトのある実績って欲しいじゃないですか」
それを聞いた市川さんは少し考え込んでからおもむろに口を開いた。
「シャーロット、あなた、日本に行きなさいな」
「へ? 日本?」
「そう、日本よ。今、日本では馬鹿みたいな大雨や台風がしょっちゅう襲ってくるし、あちこちで大きな地震は起こるしでボランティアなら喉から出るほど欲しい筈よ。あなた、英語も日本語も話せるんだから、外国人被災者のための通訳とかできるでしょう? 需要あるわよ。そういうの」
「でも、日本人てそういうの許すの? 私、自分の入試のために被災地でボランティアやっていいものなの?」
「作業そのものは他の人と同じだけやるわけだし、動機はどうでもいいんじゃないの?
ボランティアをやる理由をわざわざ聞いてくるのは大抵、自分の理由が納得できない人が他人の理由と比べたい時だと思うわ。そんなのはスルーしちゃえばいいのよ」
「うーん……」
「私の実家がオカヤマってところでね、去年も今年も水害で大変な目にあったのよ。幸いうちは無事だったけど、あなたさえその気があるのなら実家の母に言って下宿させてあげるわ。ついでに、車の免許も取ってきなさいな」
「オカヤマ……オカヤマ……ここか……うわあ……ぁ……」
シャーロットはインターネットで水害の記事や地図を検索して、その惨状を知った。
異常な雨量、堤防の決壊と河川の氾濫、家屋の倒壊、インフラの瓦解……砲弾が飛び交い、異教徒というだけで村一つまるごと虐殺するナイジェリアとは違う。
しかし、家族を、生活を、コミュニティを、人々が真面目に積み上げてきた大切な何かを根こそぎ失う悲劇は国は違えど同じだ。
「市川さん、私、ちょっと日本行ってくる。オカヤマだけじゃなくて他にも困ってる人居たらあっちこっち行って助けてくるわ」
「いい子ね。シャーロット。母には言っておくから頑張ってきなさいな」
6月に米国に渡航する際、シャーロットは米国のパスポートを取得していた。ゆえに日本に入国するのには何の支障もない。その気になればパスポートと財布と航空券だけあれば日本に入国できる筈だ。
仕事が暇な市川さんはシャーロットの渡日のための根回しと手続きを軽くこなし、シャーロットの渡日の時はあっという間にやってきた。
引っ越しの方も、もともと四畳半くらいのメイド部屋に住んでいたシャーロットの荷物は少なく、準備もあっという間だったようだ。
数日後、俺とルーカス、市川さんはシャーロットを見送りにムルタラ・モハンマド空港の出発ロビーにいた。
「い、行ってきます! 影山さん!」
シャーロットが柄にもなく緊張している。
「次に帰ってくるのは10月の終わり頃だっけ。頑張ってこいよ」
「朝、ちゃんと起きてくださいね! 洗濯物はちゃんと畳んでくださいね⁉ 掃除をロボットに任せ過ぎちゃダメですよ⁉」
「おう、俺もしばらくあの家から離れるから心配すんな。それより、ボランティア気合い入れて行けよ! 知らない国で暮らすのは初めてだからって泣くんじゃねえぞ? 日本はお前が思ってるほど甘くないからな?」
俺はルーカスの鉱山会社の裏の仕込みをしなくてはならないし、エヘブーイグボの貸し倉庫に突っ込んでいたパウンデッドの残りも川に撒いてしまいたい。その他諸々、俺は存分にレグエディット作業をするために1号建屋の管理棟に籠りたいのだ。
そういった意味で、シャーロットがまともな理由で俺の家からいなくなるのは実のところありがたかった。彼女を1人俺の家に置いて俺だけしばらく出かけるというのは避けたかったしな。
「まかして! 一杯ボランティア活動証明書もらってくるから! 影山さんのカレー食べられないのは残念だけどさ!」
シャーロットの胸は、これから始まる新しい体験に向けてワクワクがいっぱいなようだ。
「シャーロット、お前、一つ忘れてるぞ」
「へ? 何を?」
「お前、ココイチはどこの国の会社だと思ってるんだ?」
「!」
シャーロットの出国ゲートへ向かう歩幅が10㎝ばかり広くなったように見えるのは気のせいじゃないだろう。まさかあいつ、大学日本に行くとか言い出さないだろうな……?
俺はシャーロットに餞別として結構な小遣いと、影山物産名義で作ったVISAのコーポレートカードを渡しておいた。これで日本で金には困るまい。
実際、あいつは影山物産の仕事をチョイチョイ手伝ってくれたし、バイト代だと思えば安いものだ。金に目がくらんでどこかに逃げるような人間じゃないのはよく分かってるしな。
2日後、関西新空港に到着したシャーロットが買ったばかりのスマートフォンで撮った写真をいくつか送ってきた。その中には、サトウのごはんと数種類のレトルトカレーを抱えてご満悦なシャーロットの姿が写っていた。
志望校中最も早い願書の締切日はカリフォルニア工科大学の11月1日だ。はてさて、シャーロットはどれだけのボランティア証明書を持って帰ってくるのやら。
俺は柄にもなく、けっこう真面目にシャーロットを応援していた。




