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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました

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第二十一話:経営者・ルーカス

 ルーカスに経営させているIT企業の業績は好調だ。コンピュータ好きの同窓生を引っ張って来たのが功を奏したのか、仕事がうまく回っているらしい。


 ナイジェリアは経済成長著しい国だけあって、この業種も需要は旺盛で仕事には事欠かない。当たり前のことを粛々と積み重ねればそこそこの業績は出るのだ。


 ルーカスは俺のアドバイスを聞いて、電源をきちんと確保し、ネット環境を整備し、最新のPCやワークステーションを使って作業させることで従業員のストレスをできるだけ低減させている。こうすると従業員満足度が上がり、必然的に顧客満足度も業績も上がっていく(注1)。

 ちなみに、顧客満足度と従業員満足度には明確な相関があることが経営学の常識として知られているが、日本の経営者はその事実から常に目を背けている。俺調べ。


 雇った同窓生達はこの国では相当なエリート層で、その中でも口先ではなく手を動かすタイプだった。

 この判断が良かったのだろう。6人でスタートしたこのIT企業は真面目な仕事とよく利く機転を武器に、たった半年で従業員を40人に増やすまでに成長した。もちろんその40人を養いうるだけの利益を上げて。

 設立1年に満たないルーカスの会社は大小さまざまな企業から頼りにされるソリューション企業になりつつある。いくら需要があってもこれはなかなか出来ることではない。


 壬生からの発注を除けば、ルーカスの会社が引き受ける仕事の中でも多いのが企業向けのECサイトやPRサイト、経理会計を含む基幹システムを作るというやつだ。


 この手の仕事は既に枯れた技術の上に成り立っており(注2)、あちこちに無料のパッケージが転がっている。だから仕事の質を決定づけるのは「パッケージではカバーできない部分をどうするか」だと言って良い。

 そのためには顧客が言語化できない要望を引き出すコミュニケーション能力や、システム利用者が納得するUIのデザイン能力、サーバーを止めずに運用するセキュリティと監視・バックアップの能力が必要になる。あとは決済機関と接続するための契約手続きが少々面倒なくらいか。


 ルーカスが連れてきた連中は揃いも揃ってコミュニケーション弱者だった。彼等は自分達の足りないところを痛いほど解っており、事業拡大の際、知性の高いプロマネ候補とデザイナーを最優先で確保してくれとルーカスに頼み込んだ。


 現場からの要望を聞いたルーカスが世話になった教授何人かに相談をもちかけたところ、すぐさま「うちの卒業生を」と言う返事が帰ってきたらしい。

 エリートと言えど失業率の高いナイジェリアだ。就職率を上げたい教授にとってもありがたい申し出だったのだろう(注3)。

 ルーカスはこれ幸いとばかりその卒業生達をまとめてプロマネ候補生、デザイナー候補生として雇い入れ、必要な教育を彼等に施したのだった。


 米国の合理的なやり方を示した教本を使ったのが良かったのか、彼等は驚くほど短期間で必要な知識を身につけることが出来たようだ。さらに彼等は壬生との開発事案交渉に同席することで現場の経験を積み上げ、最終的には市川さんと互角の議論をするまでに成長したのである。


 無敵の市川さんのメソッドを瞬く間に吸収した彼等は、問題点の発見、解決方法の提示、要件定義から開発・運用までの流れ、スケジュールと予算の管理、リソースの確保など、ITプロジェクトの全工程において先進国のコンサル級の実力を身につけていったのだった。


 ルーカスは経営者としてラッキーだった。

 与えられた環境と獲得できた労働者の質が共に良好だったのはたまたまだ。加えて、安定した仕事が確保でき、入金の心配をすることなくここまで来られたのはひとえに俺と市川さんのおかげだろう。


 一方で、開発・実装後に検収が行われ、結果が良ければ請求書を出すというごく当たり前のフローはこの国の文化と相性が悪い。支払いをとぼけられたり、宣伝サイトの集客効果に難癖をつけて報酬を渋ったりする顧客も結構いた。


 対応としてサーバーを止めたらデータセンターに放火されたり、支払いを求めて裁判を起こしたらこちら側のプロマネが毒殺されそうになったりと、命の危険が生じることが立て続けにあったので、ルーカスの会社は以後、Webサイト構築のような頼まれ仕事はできるだけ顧客の素性を調べてからでないと受けないことにしたようだ。


 「最もオンライン取引が信用ならない国」ランキングぶっちぎり一位のナイジェリアで、できるだけ信用のある会社とだけ付き合うというのは言うは易し、行うは難しなのだが……。


 


 ちなみに、裁判は判事が夏休みと研修とご家族の都合とやらでもう3ヶ月止まっている。そういう国だ。こちら側の弁護士のライラさんはイライラしているが、ここで激しく追及すると今度は判事が敵になって非合法な手段を取ってくる恐れがあるので何もできないそうだ。


 俺の知らないところでルーカスはそういう連中と戦っていた。ルーカスにとってはモラルの低い人達は幼少の頃から周囲にいたのでそれを当然と受け取っているフシがあったが、それでも命の危険を感じたのは少なからずショックだったそうだ。聞けば、ルーカスが私用で運転する俺の防弾ベンツが狙撃されたこともあったらしい。


 発展途上国の多くは近代国家としての体裁は持っていたとしても自力で近代国家になったわけではない。議会があり、憲法があり、司法があり、行政があったとしてもそれが権力の入れ物として形骸化しているケースが大半だ。


 そのため、議員や役人にも「公共の僕たれ」といった矜持はないのが当たり前。彼等は一旦ポストを得るや権益のために汚職に走り、罪をもみ消し、人を消し、書類上は何もなかったことにしてしまう。

 銀行の窓口では係員がカネを盗んでそのまま逃走したりもするし、警察署長の親戚というだけで勝手に人の土地に自分の家を建てたりしてもお咎め無しということも日常茶飯事なのだ。


 先進国の役人達が汚職をする場合と決定的に違うのは、彼等が「なぜ、自分が汚職をしてはいけないのかを理解できない」ということだ。権益のあるポストに就いたのに、その権力を私的に使うことの何がいけないのか? むしろ、使うなと言うお前は何様だ。敵だ。殺すぞ。殺せ、とこうなるのでこの国では汚職はなくならない。


 基本的なモラルの最低線はこういった成熟していない社会では宗教がその任を負う。しかしこの国では宗教は人の行動の規範を示し導く(しるべ)というよりは支配構造を正当化する方便として使われていた。


 支配構造維持の方便に使われていたということは当然、賄賂や汚職の利益の終着点になるわけであり、人口が増え、産業が発達すればするほどその金額は膨大になる。支配者側の宗教に帰依していることは被支配者層への暴力や搾取を正当化する理由にさえなるのだ。


 このようにこの国の宗教は権力と財の収益装置となっているため、何者もこの国の人々のモラルの最低線を押し上げることはなく、結果、人々は自分の欲望のままに生きるようになっていた。


 エヘブーイグボの砂金騒ぎで行政や政府が管理に乗り出さなかったのは、管理に乗り出した場合の権力者の私的利益があまりに小さかったからだ。座っているだけで月に数千万から数億の上納金が石油公社から入るのに、何で小さな砂粒を集めなくてはならんのか、という事らしい。


 俺が今までこの国のこういった社会のネガティブ面から完全に目を()らせていられたのは、俺や壬生の動きが基本的には誰にとっても無害だったからに他ならない。そして、これからはそうはいかないのだということを俺はまだ知らなかった。


◆◆◆◆◆


 数日後、豪腕弁護士のライラさんが鉱山の権利関係の書類の山を持ってルーカスの会社の社長室に現れた。

 社長室と言っても日本人の感覚で言えば十畳くらいの部屋で、小洒落(こじゃれ)たL字型のPCデスクが壁際に置いてあり、来客用のシンプルなソファとテーブルが真ん中にあるくらいのものだ。

 書棚は充実しているがほとんどが医学書だった。部屋の隅にはブランケットと枕がある。どうやらルーカスはここに寝泊まりすることも多いらしい。


 今日はルーカスを社長に据えた鉱物採掘を生業とする会社の設立に関する話し合いだ。俺と市川さんも出資者として呼ばれていた。


「じゃ、始めますね」


 壁際にある60インチの台湾製のモニターにライラさんがプレゼンテーション資料を映し出し、説明を始めた。彼女は小難しいことは説明しない。リスクと義務、そして手続きのうちサインをしなければならないところだけを淡々と説明していく。


「まあ、ざっとこんな感じです。ボス、よござんすか?」


 ライラさんが用意してきたプレゼンを終えて俺に抜け漏れが無いかを確認するように話を振ってきたが、そんなものある筈もない。

 俺は日本から取り寄せた緑茶のペットボトルをコップに分けて市川さんと一緒に飲みながら一息ついた。コーヒーとは違う感じのカフェインがいい感じに脳を活性化してくれる。


「社名はルーカス・マイニング、資本金は9億ナイラ。うち3億ナイラを使って影山物産の所有する建機を買い取ります。大物(でかぶつ)のEX8000ですが、これは資金的に買い取れませんのでレンタルで。7年で償却することを考えて均等割りで月5000万ナイラのお支払いになります。

 株主はボスが20%、市川嬢が20%、ルーカスさんが20%、影山物産が35%の他にラゴス州が5%です」


「なっ! 月5000万ナイラって、それじゃ今のITの儲けの倍が吹っ飛ぶじゃないか! それに、9億の20%って1億8000万ナイラだよ? そんな金ないよ?」


 ルーカスが声を裏返して叫んだ。当たり前だ。何が出るかもわからない山を一つ買ったと思ったら月1550万円支払えと言われているのだから。


「ボスが、その心配はないと言っています。資本金はボスが個人的にルーカスさんに利息抜きで貸付けるそうです。次にEX8000ですが、これも『影山物産はルーカス・マイニングが月5000万ナイラを支払えないからと言って、EX8000を引き上げるようなことはしない』という内約を取っています」


 俺はルーカスの顔を見て真剣な顔で頷いた。でもね、ライラさん、頼むからボスボス言うのやめて。俺あなたのボスじゃないから。お客さんだから。


「また借金か……いつ抜け出せるんだよ」


 まあ、いきなりそんな借金背負わされたら嫌がるのは当然かもしれない。


「ルーカス、お前ITの会社やってるだろ。あれを上場するまで頑張ってみろ。初年度から単年度黒字の優良企業だから新興市場くらいなら狙えるかもよ。そしたら2億、3億ナイラなんて楽勝だぜ」


「気軽に言ってくれるよな……」


「安心しろよ。俺が今まで、お前に『金返せ』なんて言ったこと一度でもあったか? お前は博士号の研究を続けられて、会社の社長で、生活の心配もなくて、妹は高校を卒業できて週に一度はカレーを食える。1年前と比べてみろよ? お前は気苦労が多くなったことを主張するが、そう悪いものでもなかったと気づく筈だぜ?」


「まあ、それもそうか……はは。誰ぞ偉い役人の逆鱗に触れなきゃいいけどねえ……」


 確かに、権益が絡むとこの国では命の危険がある。日本でも高度成長期までは大企業が弱い人の命と健康を搾取し、環境を汚染し、労働力を搾取し、税金を詐取しながら怪物化していったケースがあった。今、この国はそのプロセスをトレースしているように見えないこともない。精神的な部分は随分違うようだが。


「いろいろあるだろうけど頑張ってくれ。頼むよ」


「ああ、僕のことはいい。だけどシャーロットのことはよろしく頼むよ。あれはどうも、君に相当なついてるから。カレーだけじゃなくて」


「フゥー! カゲヤマサンモッテモテー!」


 市川さんが日本語で素っ頓狂な声を上げ、張り詰めすぎた空気を緩めにかかった。ありがとう。

 

「モテモテー⁉」


 ライラさんが意味もわからず乗ってきた。こういう事ができる人なのか。底が見えない人だ。


 一通りの議論が終わって俺達は解散した。ライラさんは顧問先が増えてご満悦だ。出資比率のラゴス州の5%が気になったが、「これ何?」とライラさんに聞くとライラさんは困った顔をしてため息を軽くついてお手上げのポーズをした。


 なるほど、これはまあ、要するに突っ込んじゃいけない類のモノらしい。くわばらくわばら、だ。


◆◆◆◆◆


 8月の終わり、俺達はビクトリア島のレストランでルーカスの博士号取得とシャーロットの高校卒業の祝宴をささやかに執り行った。ついでにルーカスの2社目の社長就任のお祝いも。


 シャーロットは開校以来という高得点をSAT(大学進学適性試験)で上げたらしい。特にSAT Subject Test(科目別試験)では日本語を選択して満点を取ったそうだ。


 俺はそのスコアを聞かされて、美人というだけではないシャーロットの逸材っぷりに舌を巻いたのだった。


 熱帯の夜が、波の音と共に過ぎていく。明日も暑くなりそうだ。


「パリチキ400辛さ2〜〜」


 日本語で寝言言うようになったかシャーロット。しょうがない。明日はカレーを作ってやるか。




(注1)

 米国の最大手ソフトウェア企業の調べによると、4年前のPCを使うと一台あたり年間35万円ほども損するという。

「うちの会社ではまだ二世代前のOSを使ってるんだぞ」と斜め下方向に威張るような会社は日本に掃いて捨てるほどあるが、見習う必要はない


(注2)

2018年当時でもこの手の仕事では顧客のために一つ一つソフトウェアを作り込む必要はなくなっている。無駄な工数を膨れ上がらせ、デスマーチで行軍し、挙げ句に自殺者を出すような日本の自称ソリューション企業のやり方は不幸な人間を増産するだけと言っても良い。


(注3)

ナイジェリアの大卒数は多いが失業率は高い。就職口がないのが原因。適切な就労機会のない知的労働者達は国外に仕事を求めて出て行くか、諦めて第一次産業や単純作業に従事するか、良からぬ仕事に手を染めるかのいずれかになる。

 良からぬ仕事の顕著な例として「ナイジェリア人の手紙」という詐欺がある。ネットメールを使ったM資金詐欺みたいなものだが、あれも良からぬ仕事に手を染めた者達の窮余の一手ということなのかもしれない。

 ちなみにITに限らずナイジェリア人の犯罪は国内でも国外でも他のアフリカ諸国に較べて多い。

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[良い点] ルーカス有能じゃん。 [一言] お気に入りユーザー登録ありがとう御座います!
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