第二十話:条件ぴったりの物件
フォスターシティについた俺達はヒルズデール通りにあるスーパーの駐車場に車を止めて、近くの緑豊かな公園にある湖近くの芝生に寝転がった。
「さすがに遠いな。ちょっと疲れた」
「そうね」
午後の湖畔に吹く爽やかな風が気持ち良い。柔らかく青い芝生と水の音が長時間の運転で眼・肩・腰がバキバキになった俺の体と神経を癒やしてくれた。
「ふぅ、気持ちいい……」
やけに低く飛ぶ飛行機の音を聞きながらアヒルの列や花の蜜を吸うハチドリの様子を眺めていると、自分の使命や人口削減ノルマを忘れてしまいたくなる。
だが、そんなに簡単に忘れられるわけがない。最近では、なんとかうまく大量に、できれば善人は避けて人を減らす策を、と考えるのが癖になってしまった。
俺はまだ市川さんに人口削減のことを話していない。代わりに「アフリカにG7に呼ばれるような先進国を一つ、己の才覚と能力を使って作り上げたい」というカッコイイ目標を伝えてある。
市川さんはそれが嘘だと気がついているようだが、若返りやお金、日々の刺激なんかの理由で俺に付き従ってくれている。ありがたいことだ。
「おーい、影山さん!」
タイラーさんが手を振って俺達に駆け寄ってきた。一足先に飛行機でこちらに来ていたらしい。
「やあタイラーさん。良く俺達の居場所が判りましたね」
「影山さん、それはこちらのセリフですよ。どうしてここに?」
「え?」
そういえば、この辺りに来たら電話するようにタイラーさんに言われていたのを忘れて公園の景色にまどろんでいたのだ。
迷惑な客だな、俺。
「ご紹介したいオフィスはアレなんですよ」
タイラーさんが俺達のすぐ後ろにあるビルを指差した。スーパーの隣のビルが紹介物件だったらしい。
公園の芝生の緑とカリフォルニアの青い空、そのコントラストの真ん中に白亜のオフィスがそびえ立つ……というほどいいものではないが、なんかカッコいいではないか。うん。青白緑、あなたとコンビニファミリー……じゃない。あれは緑が上だった。
「ちょっと前まではゲーム会社のオフィスだったんですが、手狭になって出て行ったそうですよ。三階が空いてますがいかがですか? 駅から車で五分。空港まで30分。即入居可。飲茶の美味い中華料理屋まで徒歩1分です」
「いいですね」
「ネットや電気、水道はどうします?」
「一通り、使えるようにしておいてください。まだ引っ越しの日時は決めていませんが、そのうち何かしらの用事で使うでしょうから」
こうして、俺達の銀行口座と米国オフィス開設作戦は終了。
俺達はタイラーさんとオラフ相手に顧問弁護士契約を結び、それなりの金額を支払って今後の関係を強固なものにしておいた。今回の渡米で、専門家による重厚なサポートのありがたみが骨身に染みて理解できたからだ。
書類へのサインや不動産屋への簡単な面通しが終わると、俺は開設した米国の銀行口座に宝くじの当選賞金2億8800万ドル中2億8549万ドルを移した。残りはオフィスの2年分の家賃の支払いと弁護士への報酬、米国で滞在したホテルの支払いとレンタカー代だ。結構使ったように感じたが、別に豪遊したわけでなし。これくらいは必要経費だ。いやほんとに必要だったし。
その後、例の大粒ベニトアイトを売ってくれという金持ちの遣いが4人ほど俺達の滞在するホテルにやって来たが俺は丁重にお断りした。
なにせもう市川さんのものなので。贈与税もかからないよ? だって価値がないんだから。市川さんがその後アレをどうしたかは知らないし。
だいたい、2カラットで100万円を軽く超える宝石なんだぞ。それをカットしても1500カラットの大粒で売るんだから7億5000万円ってところだろうにみんな1億円くらいでどうかって言ってくるんだよな。希少性を考えれば40億円以上になると思うんだけどなあ……。
ダメ元で値切ってみるのは嫌いじゃないけど、図々しいのはダメだな。俺は。
「さて、これで米国出張は終了だ」
翌日、大場社長から言われていた仕事をさっとこなした後、俺と市川さんは日本へと発った。日本では各自の用事をこなす予定だ。
米国での滞在は結局3週間近くにもなったが、レジャーに興じることができた日は1日もなかった。それくらい俺達は多忙を極めていたのだ。
新聞を見るとナイジェリアもかなり煮詰まっている。帰りのユナイテッドで飲んだコーヒーと同じくらいに。
あそこにいなくて良かった、と言えるのか? 俺……。
◆◆◆◆◆
ちょうど俺達が日本に着いた日、日本の外務省はラゴスへの渡航中止勧告を出した。しばらく帰らないつもりの長期出張だったが、帰れないのと帰らないのではえらく違う。
大場社長には事情を説明した後、「渡航中止勧告が明けるまでは現地とはメールでやり取りします」と言って在宅勤務を認めてもらった。
壬生の本社に出社しても俺の机も席もないわけだし、俺が「本社に出社したい」などと言えば大場社長が困るだけだしな。これで良い筈だ。
さて、在宅勤務と言っても早急に対処すべき事案も特に無い。空いた時間で帰国した本来の目的を果たしてもバチは当たらないだろう。
俺は実家近くでショベルローダーの教習をしてくれる所を探して入学した。建機メーカーが積極的にこの手のスクールをやっていて、受講日程さえ確保できれば免許は自動車並みの手間と期間で取得できるらしい。
とっかかりさえ教えてもらえば後はナイジェリアで実地訓練すればいい。渡航禁止が明けるまでにエンジンのかけ方や基本的な動作、勘所だけでも教わっておこう。
もともとこの手の機械に興味があった俺は教習プログラムを淡々とこなし、大型建機の動かし方を一通り頭と手先に叩き込んでいった。
◆◆◆◆◆
「長かったな……」
ラゴスを離れて8週間が過ぎようとした頃、渡航中止勧告が解けた。どうやらオスーン川に放り込んだ分の金粒はほぼ取り尽くされたようだ。
未だにラゴスやエヘブーイグボ市内では換金された現金を巡っての小競り合いはあるらしいが、理由のある者は「十分注意して」という条件付きでラゴスに行けるようになったのはめでたい。
シャーロットには十分金は渡してある筈だが、大丈夫だろうか、ちゃんとご飯食べてるだろうか。 日本滞在が長引くにつれて、そればかりが気になる。
ラゴスに帰る時、俺は31時間の教習をフルに受けて、建機の免許を取ってしまっていた。
◆◆◆◆◆
俺と影山物産の資産はすでに300億円近くになっている。所得格差を考えるとこの300億円はナイジェリアでは2500億円くらいの価値になる筈で、長者番付に載ってしまうくらいの金額だ。日本でもベスト100ならギリギリ入っちゃうんじゃないだろうか。
これだけあればさぞお楽しみも多かろうと誰もが思うだろう。しかし、俺は自分の個人的な楽しみのためにはほとんどカネを使っていない。ラゴスのコンドミニアムの内装や日本の食材の輸入なんかはそんなにカネのかかる話じゃないし。
ホテルのセミスイートを予約するときにもドキドキするくらいの財布の紐の堅さ……というよりチキンハートなのだ。今までで一番高い買い物は日立建機のEX8000で13億円くらいだが、これは後でちゃんと使うので遊びではない。
もう一勝負、仕掛けている勝負が決まればカネのために働く生活は終わりだ。自由になった時間で「あいつ」から与えられた使命―― 間引きもやりやすくなるだろう。
俺はその勝負の準備完了の連絡をラゴスの自宅でじっと待っていた。
なぜ自宅で待機しているのかというと、ラゴス市街の治安悪化のため出社禁止の状態が続いているからだ。大場社長や他の社員達も在宅勤務か帰国・出張のいずれかを選んでいる。俺はメールのやりとりだけで日本でも仕事ができたが、家が心配でそそくさとラゴスに戻ったのだ。
何より、シャーロットを一人でこのだだっ広い家に住まわせておくわけには行かないしな。あれ? 俺もしかして過保護か?
朝からスコールの降るある日、電話が鳴った。待望の一報。弁護士のライラさんからだ。
「ボス、川からちょいと離れた所でハゲ山になってるところがあるんですが、条件ぴったりです。以前州政府と鉱山業者が試掘して、たいして良い物が出なかったとかでほったらかしになってるところなんですがそこ行っちゃいませんか?」
「ありがとうライラさん。おいくらほどかかりそう?」
「今は州が払い下げて私有地になってるとかで、30億ナイラもあれば今の所有者の鉱山業者から権利全部買い取れますよ。どうします?」
30億ナイラ、9億2000万円か。全然予算内だ。
「行っちゃってください。ラゴスを本店所在地にして鉱山会社を立ち上げます。設立の手続きは前回同様でお願いします。ええ、社長はルーカスです。よろしくお願いします」
◆◆◆◆◆
こうして俺はライラさんの手引の下、鉱山にもなれなかったハゲ山を買い取った。返す刀でルーカスに電話する。
「なんですかボス。ボカァ学位申請書類の作成やらで忙しいんですよ。会社も忙しいし……」
「ルーカス、お前、鉱山会社の社長兼務になったから、よろしく。あとでライラさんから連絡行くから」
「なっ……」
「お前、本当は学位申請で忙しいどころか後は学位授与式を残すのみで暇を持て余してるんだろ? 適当なことを言ったバツだ」
「なんでそう、ストーカーみたいにこっちの動向をきっちりチェックしてるんだアンタは⁉ くそっ! もう! はい! 社長やりますよ! 鉱山会社ね…… 鉱山……鉱山⁉ 今一番怖い業界じゃないですか! 鬼かアンタは!」
ルーカスは無事、国外の学会誌に査読付き論文が取り上げられて博士号取得の要件を全部満たしていたのだ。サプライズの祝賀会をやろうとしてスケジュールを調べていただけなのにストーカー呼ばわりしやがったなこいつ。
「大丈夫。怖いことないから。ITだっていい感じで回してるじゃん」
実際ルーカスの社長手腕がどうなのかはわからないが、奴が社長を務めるIT企業は壬生の俺の部署の外注を見事にこなしてくれている。すでにいくらかの仮想通貨のマイニングが始まっており、今は取引所の上流工程とマイニングプールの募集サイトの実装中だ。
「ああ、そうそう」
「まだ何か?」
「シャーロットがアメリカの大学に行きたいって言ってるんだけど……」
シャーロットが「アメリカ楽しかった。また行きたい! てか大学アメリカ行きたい!」と言ってたから志望校を決めるように言っておいたのだ。
ちなみに、俺のラゴスへの帰還が遅れたために戸棚に入れてあったカレーのルゥは全部無くなっていた。関係ないけど。
「え、どこの大学ですか?」
「UCLAだってさ。州外からの学生は寮生活すれば年間5~6万ドルくらい?」
「ココイチに近い大学を選んだなあいつ……。それにしても5万ドルですか……今の僕には無理だな」
「安心しろ。俺が学費・生活費もろもろ面倒見るから行かせてやれよ」
「そんなことしたら一生アンタに頭あがんなくなるだろう!」
「馬鹿野郎! 当たり屋やってた頃を思い出せ! 頭下げるくらい何だってんだ!」
俺とルーカスの激しいやり取りを横目で見ていたシャーロットが俺の受話器を横から取り上げた。
「アロー? 兄さん。私、影山さんの世話になることにしたから。
4、5年向こうに行ってるからよろしく。グダグダ言ってると二度と口きかないよ?」
電話の向こうでルーカスががっくりうなだれた。
「鬼ね……」
俺の家で日本の茶菓子をエンジョイして待機している市川さんが軽くつぶやいた。って言うか、市川さん、自宅待機でしょ……ここ俺の自宅なんだけど……




