第二話:ゲームのルール
俺は眼前にいる高次元知的生命体兼ゲーム厨からの突然の依頼と脳改造に理不尽さを感じていた。
この状況はラノベで言えばチート能力を授かったようなものだ。それはいい。一生に一度の幸運に恵まれたと言って良いかもしれない。
しかし能力を勝手に与えておいて、抱えている問題をなんとかしろと俺に言うのは身勝手にも程がある。
もし同僚で、リソース逼迫が原因でゲームができないと俺に泣きついて来る奴がいたら「アキバに行ってメモリを買ってきて挿せ」という3秒のアドバイスで全てが解決するだろう。
だが、こいつの頼みは文字通り次元が違う。そんなに簡単に解決するもんじゃない。
とは言え、ヤダヤダやりたくないのゼロ回答ではこいつも納得しないだろう。俺も出来れば穏便にこの場を収めたい。現時点で俺の命の保障などどこにもない事を考えればなおさらに。
とりあえず授かった能力とやらで何ができるかくらいは聞いてみるか。
「で、どうやれば何をどうできるんですか?」
「まずオフセットだな。地球のオフセットはこれだ」
頭の中に16行23列のデータが押し込まれてきた。7ギガビット超の巨大データだ。
これが銀河14個の中にある地球の位置らしい。うまいこと圧縮されているらしく、脳が爆発するようなことはなさそうだ。太陽そのものが銀河の外周部を回っているためか、目まぐるしく数字が変化している。
シミュレーションの対象となっている世界は俺の知っている三次元空間だけでなく、十次元くらいはありそうだ。余剰次元というやつだろうか。
しかし、そこは考えたくないというか、どうも俺の脳では能力的に処理できないようで、その領域について考えるのを脳が微妙に避けているのがなんとなく解る。
「このオフセットを起点に人やモノといったオブジェクトの相対オフセットが取得できると、そのオブジェクトへの干渉が出来るようになる。
ここで干渉っていうのは、そのオブジェクトが持つ特性や数値、能力に対して実行を促したり変更を加えたりできるってことだ」
「ええと、例えば鉄を銅に変えたりできたりするってことですか?」
「そんなものだと思ってほしい。他にもまあ、やりかた使い方はいろいろあるからゲーム感覚で楽しんでくれ。君はオブジェクトが持つパラメータを自由に弄って良い。
そしてこの能力を使って地球の人口をカカっと減らして欲しいんだ。今より、そうだな……40億人くらい減れば上出来かな。私の理想の地球の総人口は35億人だ。簡単だろう?」
そりゃ、こんな魔法使いみたいな能力があれば人口を減らすことは可能だろう。だが、何故俺なんだ。こいつがやればいいじゃないか。俺に大量殺戮をやれというのか。
「あんたが今俺をここに呼んだみたいに、ガバッと何十億人か選択してパッと消せば良いじゃないか」
だんだん敬語を使う気も失せて来る。
「そんなことをしたら私のマナが減る」
「はぁ?」
「マナだ。ゲーム中の知的生命体の私への不満は、私のゲームへの裁量範囲に悪影響を与えるんだ。君達のゲームで言えばアビリティや所持金が減るような、そういう不愉快な状態だ。
だから私が直接手を下すのではなく、君に頑張って欲しい」
……頑張る理由がない。いくらチート能力を付与されたといっても事が事だけに、これではモチベーションが上がるわけがない。
「君がやる分には自ら大量殺人鬼になっても良いし大国の独裁者になって世界大戦を起こしても構わない。
ただし、自然現象、つまり天変地異はやめてくれ。それは私にとってマイナスになる。君が起こしたにもかかわらず、不満は私に向けられるからな。
『神様酷すぎます。どうしてこんな試練をお与えになるのですか』と言われないようにしてもらいたい」
「俺が大量殺人をやらかしたとして、それはあんたへの不満ということにはならないのか?」
「君が自らの行動として他者を殺害したとしても、それは私への不満にはカウントされない。ぜひ頑張って欲しいとは思うが」
「そこまでしてマナに拘る必要があるのか。俺達は所詮データなんだろう?」
俺もその所詮データのために毎月それなりの回数ガチャを回したりしているのでこいつの言うことも解らない訳ではない。じゃあ何か? こいつもそれなりにこのシミュレータが好きで何かしらつぎ込んでいるということなのか。
「ゲームだからといってやって良いことと悪いことがある。君達の世界でも、チートだとかRMTだとか、やっちゃいけないことがあるだろう? それと同じだ。プレイヤーが戯れにゲーム中の知的生命体を虐殺することはこのゲームにとってはルール違反なんだよ。アカウントを停止されてしまうんだ」
「つまり、俺はあんたが垢バン怖いがばっかりに代わりに人間の間引きをやらされるわけか」
高次元知的生命体が営むというゲーム会社が作ったこのゲームの不具合は、人類の脳がここまで複雑になることを予見できなかったことではなく、地球人類が文明の発達とともに死亡率を減らし、爆発的に増え得ることを想定していなかったこと。この一点に尽きる。
表現をあえて抑えなければ、高次元知的生命体ですら人類の性欲をナメていたということか。
高次元知的生命体の予測を超える人類の性欲……なんだか悲しくなってきた。
俺はド助平な人類と高次元ゲーム会社の尻ぬぐいのために、今後人類史に残る大虐殺を行う人物になってしまうのか。母さん、ごめん。
「何、悪いことばかりでもないさ。少なくとも君は地球上のあらゆる物体のパラメータを弄れるんだ。やりたい放題になるぞ」
「パラメータとは具体的にはどんなものなんだ?」
「このゲームは物理シミュレータだからね。物理演算に意味のあるパラメータと言っておこう。オブジェクトの素材、材質、そして性質、数、温度。そんなものだよ。それが抽象化レイヤーがあると重なっていくんだ」
「どういうことだ?」
「サイコロを考えようか。サイコロのパラメータの一番下のレイヤーは素材、そして形状だ。その上に性質のレイヤーがある。一の目が出る確率は六分の一、とか、色が半透明の赤、とかだね。観測される事象に合わせてレイヤーは増えていく」
「ふむ……オブジェクトのオフセットや目当てのパラメータはどうやって見つけるんだ?」
「それは君の脳の容量の関係で、身体知にぶち込んでおいた」
「身体知?」
「君は自転車にどうやったら転ばずに乗れるか、人に説明できるかね」
「自転車またいで、ペダル漕げば良いだろ」
「違う。君の説明を聞いた全くの素人がいきなり自転車に乗れるようになるように説明できるかね、と聞いている」
「それはまあ……無理だろうな」
「そういうことだ。君はオブジェクトのオフセットやパラメータをまるで自転車に乗るように、理屈はよく解らないけどなんとなく解る、そういうことにしておいた」
身体知とか随分マイナーな言葉を……よく勉強してやがんなこいつは。
「まだいろいろ聞いていいか。正直分からん事ばかりなのでな」
「なんだね」
「ライバルとかいないだろうな。同じ能力を持った」
「ああ、君の前にも何度か試して、うまいことやってくれたエージェントはいたんだ。
魔女狩りだ、民族闘争だ、宗教弾圧だ、革命だ、粛清だ、世界大戦だと人口を派手に減らしてくれたんで助かったんだよ」
俺の前の担当者が誰と誰だったのか、あえて聞くまい。聞くとなんだか非常にまずい気がする。
「だけどさ、君達ホモサピは同じ能力を持った奴が目の前に現れたら潰し合っちゃうんだよ。だから同じ時代に同じ能力を持つエージェントは作らないことにしたのさ。
そもそも、君一人に能力を付与するのにも結構なマナが必要だったんだ。二人目を選ぶ気は当面ないよ」
こいつにとってシミュレータ上の知的生命体はどうもマナの発生源でしかないらしい。そして、同時に自分のPCのリソースを食いつぶしつつある困った害虫みたいなもので、マナの発生源としては惜しいがシステムのためには間引きをしても全然惜しくもないようだ。
そこに、人間的な感情のようなものは見当たらない。
しかし、よくよく考えると、俺はまだやるともやらないとも言ってないぞ?
「拒否権はないのか?」
「いや、もちろんあるんだけど……これ、ゲーム的には不具合だろう? 知的生命体を作ろうってゲームなのに知的生命体の脳の複雑さにシステムが耐えられないなんてさ」
「……そうだな」
翻訳機能とやらの精度が向上してきたのか、俺が敬語をやめたからか、ずいぶん砕けた話し方になってきたなこいつ。
「君達の世界ならそういう時、ゲームメーカーはどういう行動を採るんだい?」
「バージョンアップと称してパッチを当ててユーザーに何かしらの下方修正的な制限を設ける……」
「そうなんだよ。でもさ、すでに知的生命体が発生している状況でどんなパッチがあてられるかな?」
「ちょっとしたことで戦争をするようになったり、不治の病を定期的に発生させたりするかな……または、伝染病と洪水と火山の爆発だけは評価がマイナスにならないようにするとか」
「そうだね。ゲームメーカーなんてのはどこの世界でもそんなもんだよ。たいてい不具合を下衆な発想で覆い隠そうとするんだ。根本的解決をせずにね」
思い当たるフシはある。俺が昔やっていたMMORPGでは、アップデートが出来ることをいいことに、ろくに検証もせずバランスも取れていない糞パッチが次々とリリースされてはゲームバランスが崩壊し、あきれたユーザーから辞めていったものだ。
「今、運営がやるとしたら重力定数を変えて天体同士を衝突しやすくするとか、遺伝子の突然変異キャンペーンとか言って中性子星をそこらへんにばらまくとかじゃないかなあ」
……えげつなさの規模が違う。それはもう、手に負えなくなったバグをユーザーの育てた環境ごと潰すのと大差ない。確かに十分に進化した知的生命体の、ほんの一部の層だけが生き残りそうだが……。
「で、君は不治の病でもがき苦しんで死にたい? それともある日突然『火星と地球が衝突します』ってニュースを聞く方がいいかな? それでよければ私はこの後ゲームメーカーにメールを一本書くよ。『御社ゲームの不具合について』ってタイトルでさ」
……どうやら拒否権はないらしい。
「このゲームの最終的な目標みたいなのは教えてもらえるか?」
「ゲームの最終目的は知的生命体が発現して外宇宙に出ていくか、または知的生命体がこのシミュレータのコードを書き換えることができるようになるかのどちらかだ。
もっとも、私の知っているプレイヤーは皆、シミュレータを終わらせるよりは知的生命体が起こす事件や創るものを観察して楽しむことに夢中になっているけどね」
「マナとやらの多い少ないを競っているわけじゃないのか? 減るのが嫌って言ってたじゃないか」
目の前のゲーム厨がクスっと笑った。
「こんな、最終目標付近に重大なバグを抱えたゲームだよ。マナなんかを他人と競うのには無理があるよね。
現状、マナはあくまでも私のようなプレイヤーが君達の世界へ干渉する行動選択肢を入手するためのゲーム内通貨のようなものだよ。
君とこうして話せるのも、マナと引き換えにコマンドを買ったからさ」
「そうだったのか。なんとも、俺達の世界のゲームと似てるんだな。ちなみになんてコマンドなんだ?」
「えーとね、『神託』だってさ」