第十九話:コピー&ペースト
観光の〆に黒い鼠や巨大なアヒルが踊り狂うテーマパークに向かうと言うルーカス兄妹と別れて、俺と市川さんは次の行動を起こすことにした。
そもそも俺達が米国を訪れたのはカレーを食いに行くためではない。ちゃんとした用事があってのことだ。もっとも、あまり出張報告には書けない類の行動ではあるのだが……。
何をおいてもやらなければならないのが資金調達のための高額宝くじの購入。
情けないが未だに俺の資金源は宝くじだ。米国の宝くじは日本の宝くじと方式が違うため当選するかどうか危ぶまれたが今回も無事に当選した。当選くじが決定された状態で抽選が行われる、という宝くじの隠れた特性は米国の宝くじでも健在のようだ。闇が深い。
結果、俺は4億5000万ドルという当選金額を得た。高額宝くじの当選金は39.6%が税金で持っていかれるので一括での払い戻し金は2億8800万ドル。これが俺達の手取りになる。
前回でキャリーオーバーは解消されていたし、俺の当選はニュースで報じるほどの額ではなかったはずだ。それでもマスコミはラッキーな旅行者を祭り上げようとでもしたのか、こぞって俺のところに押しかけて来る。
俺達は当選目録と小切手を受け取った後、群がるマスコミをなんとか撒いてホテルに逃げ込んだ。
「マスコミを敵に廻したいわけじゃないが、いちいち相手にもしてられんな。この調子で追いかけ回されるなんて冗談じゃない」
「びっくりね。シャーロットとルーカスが知ったら給料上げろって言ってくるわよ」
市川さんも呆れ顔。
「電話ではもう何度か言ってきてるよ。高額当選はそれだけでニュースになるからな。それからマスコミなんだけど、ナイジェリアに帰ってからの誘拐リスクやなんかが高まるってことで、写真や素性は止めてもらおう」
今、ラゴスではラッキーな者に容赦がない。俺は代理人としてオラフという弁護士を雇い、取材に群がる記者達にナイジェリアの状況を丁寧に説明してもらった。もちろん法的な措置をちらつかせながらだ。俺にとってはある意味命がけの説明だしな。
急ぎ、かつマスコミの扱いに慣れた弁護士ということで多少値段は張ったが命には代えられない。雇ってよかった。
「で、当選金はどうするの?」
「そうだなあ……海外送金とか、結構途中で手数料だの税金だのと引かれそうだよなあ……。よく知らんけど、アメリカの金はアメリカに置いといたほうがいいんじゃないか? ドルからナイラに換える度に銀行に行くのも危ないしな。こっちでクレジットカードも作っとこう」
米国市民でない者が米国の銀行で口座を開設するのは難しい。が、これもオラフの事務所の共同経営者で弁護士のタイラーさんにお願いしてなんとかしてもらった。一旦影山物産が米国オフィスを作ることにして、俺と市川さんが駐在予定者ということで三菱東京UFJ銀行経由でユニオンバンクの口座を開設するというやり方があるらしい。
「ふえぇ、いろんな方法があるものね……」
「カネ持ってる奴はこの国じゃ何でもできるってホントなんだな。ネットではほとんど無理とか書いてたのに」
カネの力で壁を乗り越えた俺達だったが、残りのロスアンゼルス滞在はなんだかんだでこのタイラー&オラフ法律事務所とマリオットホテルとの往復が全てだった。つまり、懐が潤った以外はあまり良い目を見ていないってことだ。しょうがないけど。自業自得だけど。
そんな彩りに欠けた隠遁と事務手続きの日々も終わりを告げようとしていた頃、タイラーさんが応接室の片隅で煮詰まったコーヒーを不味そうに飲みながら俺達に切り出した。
「ところで、お二方にはこれからちょっと、シリコンバレーに行っていただきたいんですよ」
タイラーさんが言うには、口座の開設事由にウソがあってはいけないから形だけでも実際に米国にオフィスを構えた方がいいらしい。
多国籍企業が事務所を開設する際、一番手続きが洗練されているのがニューヨークとシリコンバレーだ。
タイラーさん的には「ロスから近いしシリコンバレーはいかが?」ということだな。うん。
「どれがいいでしょうね。お好みはありますか?」
タイラーさんは用意周到に、今すぐ入れる物件をリストアップしてくれていた。写真付き、近隣情報付き、安全マップ付きの至れり尽くせりのリストだ。日本でもこんなリストにはなかなかお目にかかれないだろう。
この法律事務所にはすでにマスコミ対応から銀行口座の開設、オフィスの候補のリストアップまでを全部こなしてもらっている。こんなVIP扱いをされたらどれかを選ばずにはいられない。
俺と市川さんは、事務所を置くなら周囲に日本人が多く、住民の対日感情のよさ気なところを選ぼうと決めた。
とはいえ土地柄や住民感情に関して俺達は何の知識も無いので、そこはタイラーさんに任せるしかない。
で、タイラーさんのお勧めもあって、影山物産米国オフィス候補地はカリフォルニア州フォスターシティに決まった。
フォスターシティへはサンフランシスコから南へ車で五十分。日本人もちらほら住んでおり治安も良い。隣町のサンマテオには日本風のスーパーまである。シリコンバレーにも空港にも近く、雨が降ると多少海側が泥沼化する以外は住みよい土地のようだ。
そうと決まれば話は早い。実際のオフィス賃貸に立ち会うべく俺と市川さんはフォスターシティに向かうことにした。
七月上旬の西海岸はやや天気が予測しづらい。曇りがちな日が多いがどうかするとカラッとした晴れの日が20日以上続く。
ここのところはベイエリアは晴れていると聞いた俺達は、ドライブするには面白い距離なのでロスアンゼルスでレンタカーを借り、交代で運転しながら北を目指した。
「ひゃはー! 映画みたいだ!」
「ちゃんと前見て運転してよね」
レンタカーの運転で尻が痛くなるちょっと手前くらいまで101号線を北上したあたりにサンベニート郡がある。風光明媚で北にシリコンバレーの南の中心都市・サンノゼを望むひなびたところだ。
高速道路から見える丘陵地には放牧中の牛などが見え、のどかな風景は心を和ませる。
ここで俺は前からやりたかったことをやってみることにした。
レグエディットによる「コピペ」である。
今までは例えば二酸化ケイ素、つまり石や砂利を金に変えるというのは材料の項目を全部一気に金に書き換えるだけで済んでいた。
しかし宝石や薬品など、特定の結晶構造や分子結合を持つ物体へと何かを変えようとすると、作るべき分子構造や結晶構造が頭にまず叩き込まれていなければならない。
そんな知識はもちろん俺には無い。だったらすでにある情報をコピペしたほうが早いだろう。
基本的な考え方は間違っていない筈だ。
サンベニート郡ではダイヤモンドよりも希少と言われるベニトアイトという宝石を産出する。このベニトアイトをあらかじめ買い求め、その結晶構造と成分をなんてことのないその辺の石ころ相手にコピペしてみよう。
「ねえ、ほんとにその顔、なんとかならないの?」
市川さんはレグエディット中の俺の顔に嫌悪感丸出しだ。あまりに嫌うのでどんな顔をしてるかスマートフォンのカメラで撮影して見せてもらったらまごう事なき変質者の顔。うぅむ。嫌われてもしょうがない。
こんな顔、シャーロットがいるところでやったら確実に通報されてしまう……。彼の国の法整備がそこまで進んでいるかは知らないが。
「気をつけないとな……」
俺は助手席でしゅんとなりながら、それでもレグエディットの作業を続けた。
石を見つめ始めて数分、作業開始から3㎞ほど走ったところでとりあえずコピペチャレンジは成功した。経験のないチャレンジだけに背中まで汗びっしょりになったが、姿を変えた石を見ると不思議な達成感が沸き上がる。
そう。先ほどまで握りこぶし大の石ころだったものが力強く光り輝くベニトアイトに変化したのだ。形状まではコピーしなかったのでいかにも原石、という感じのゴツゴツしたものだが、それがいい。
混じり物の全く無い宝石など人造と言われてもしょうがないが、この出来上がりはそこが天然石そのものっぽくなっている。
「おー。できた……ベニトアイトだ」
「うぁ……マジにできてるわ。私もう、宝石は高いお金出して買わないことにする。影山さんのアヘ顔を思い出しちゃうから」
「はは、ひどいな。市川さん、こっちに来てからなにげに俺にアタリが強くない?」
「これだけ働かされたらそういう気分にもなるでしょ。そりゃそれなりにお金はもらってますけど」
ハンドルを握る市川さんの運転が若干荒くて怖い。
さて、とりあえず出来上がったベニトアイト原石をドルに変える方法でも考えよう。
「サンノゼでどこか宝飾店に入ろう。これ、いくらくらいするか知りたい。そこで運転替わろうよ」
「いいけど、原石のまま持ち込んでもいくらにもならないわよ、多分。宝石は石の素性や大きさも大事だけど、カットや彫金も結構大事なの」
「そうなのか……」
持っていけば何でも買い取ってくれると思っていたがそんな簡単なものでもないらしい。御徒町が特別だったということか。
俺達はベニトアイトの原石をサンノゼのバレーフェアという大型モールの宝飾店に持ち込んだ。ここには全米チェーンの宝飾店だけで何店か入っているので、買取は無理でも何かしら有益な情報でも聞ければと思ったのだ。
だが残念。どこも対応は同じだった。俺達は奥の部屋に通されて、一通り石の入手経路を聞かれたりした後にこう言われるのだ。
「当店では、本社のデザイナーが作成したものを販売しております。原石の買い取りのプロはこちらにいないので、買い取りはできません」
「あ、そうですか。じゃあ」
会社のルールならしょうがないと立ち去ろうとすると、これまたどこの店でも食い下がられる。
「あ、いや、その……その石をお預かりすることはできないでしょうか?」
「なぜ? 買い取りできないんでしょう?」
何をしたいんだお前ら。
「本店の方に確認したいのです。それまでお預かりできないでしょうか」
「確認って……どれくらい時間のかかるものなんですか?」
「そうですね。二時間ほどいただければと。写真を撮っても良いでしょうか? 本物のベニトアイトは光の方向で少し色が変わります。それを本店のバイヤーに見てもらいたいので」
二時間あればちょっといいレストランで昼飯を食べられる。ちょうど腹が減っていた俺達は3店舗目で預かり証をもらって石を預け、外に出た。
◆◆◆◆◆
市川さんと俺はショッピングモールの中にある、ちょっと高級なステーキハウスで昼飯を食べることにした。真っ昼間なのに店内はほの暗く、窓から直射日光が入らない造りになっている。店の照明は間接照明のみになっていて、まるで夜の会食のような雰囲気なのも良い。
「あの石、偽物だって言われて『こちらで処分します』って言われるわよ」
市川さんが、やれやれ、という顔で話を切り出した。
「なぜ? ファイアも多色性もきちんと構築してあるよ?」
ファイアというのはダイヤモンドのような煌めくような輝きを出す特性、多色性は見る角度によって色を変える特性だでどちらもベニトアイトであることを示すものだ。そこは抜かりなくやった筈なのだが……
「色ムラが酷過ぎるとか、インクルージョンが多すぎるとか、いろんな理由つけてくるわよ。多分、二束三文になるんじゃないかしら。
だってね、ベニトアイトって大きくても0.4g、2カラットくらいなの。ところがあなたが持って行ったのは500g、2500カラットはありそうな原石よ? 上手にカットして300gになっても1500カラット。桁が違うわ」
「なるほど、大き過ぎるわけか……」
二時間後、宝飾店の俺達への対応は市川さんの言ったとおりになった。
「本部からの連絡が入りまして……なんというか、この石はベニトアイトとしては大きすぎるとのことでした。
特性はまさしくベニトアイトなのですが、本店のバイヤーは良くできたイミテーションか、青の強いアレキサンドライトか、人工ベニトアイトのようなものではないかと判断したようです。残念ですが……」
「人工のベニトアイトやアレキサンドライトって出来るんですか?」
俺は一応、興味のあるフリをしてみた。
「いえ、出来ないからこそカリフォルニアの州の石にもなっているわけでして……その……」
「つまり現物という現実と、本部のバイヤーさんの権威との板挟みなのですね。マネージャーさん」
「はは……つきましては、この石を当店でアレキサンドライト相当の価格で買い取らせていただいて、こちらで処分しようかと思いますが……」
「いえ、それには及びませんよ。こんな迷惑なシロモノはあとでモントレーの海にでも投げ入れてしまいましょう。ラッコにでも拾われてしまえばいいんです」
「そ、それはお待ちください!」
「なんで? 偽物か人工物か、とりあえずは価値のないものなんでしょう? いくらかでも出したらお店の名前に傷がつきますよ」
「お客様ぁぁっ! もう一度本部に確認を取りますので! 取りますので!」
俺達は店を出た。宝石は簡単には売れないということが分かっただけでもいい勉強になったと考えよう。俺達は後ろを気にしながらそそくさとモールを出て再び101号線を北に走った。
「言ったとおりだったでしょ」
市川さんの顔は得意げだ。うん。今日のところは負けだ。負け。
「ほんとだな。市川さんの言うとおりだったよ。三時間ほど損したな。これ、もういらないからあげるよ」
俺は助手席の市川さんにポンとベニトアイトを渡した。
「持っておいたほうがいいと思うよー。噂を聞きつけたシリコンバレーの金持ち達がこっそり売ってくれって言いに来るよー?」
また予言めいたことを言い出した……多分本当にそうなるんだろう。
とにかく、もうアメリカでは宝飾関係に関わり合いたくない。ナイジェリアの金の時よりも深い闇を感じる。あれ、もしかして貴金属は高額になればどこに行っても換金が面倒なのか?
「いいよ。いらない。市川さんの知り合いに陶芸の人はいたよね? 彫金師とかいないの? その人にそれ渡して朝顔かなにかの形にカットしてもらってよ」
「銘『アヘガオ』でしょ。考えることが親父なのよ。影山さん。見た目は若いんだからもうちょっと若者らしい発言をしなさいな」
「見た目二十歳の若い娘っ子に説教されてちゃしょうがねえなあ」
若者らしい発言って、どんなんだっけ。




