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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました

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第十八話:遠く見ゆるは黄金の川岸


 ゴールドラッシュはじわじわとオスーン川流域全体に広がっているようだ。パウンデッドを食べた魚達は、たびたび起こる河川の氾濫のせいで思った以上に上流下流に広範囲かつ均一に散っていたらしい。


 俺と市川さんはロスアンゼルスのホテルのセミスイートでその様子を眺めていた。CNNがオスーン川の河原の様子を連日ニュースで流しているのだ。全ては順調。俺と市川さんはお互い目を合わせ、ニヤリとほくそ笑んだ。


「なあに? 意味ありげな顔で見つめ会っちゃって。怪しい〜」


 部屋でクダを巻いていたシャーロットが(はや)し立てた。手には近くのスーパーマーケットで買ってきたという原色がいくつも混じって(まだら)をなしたフローズンヨーグルトが入ったバケツが抱えられている。いいのかよお前。太るぞ。


「だって見てみろよ。あれ。俺達が今作ってる倉庫の近くでゴールドラッシュが起きてるんだぜ。あ、ほら、ちょっと映った。あれだよ」


「ふうん。影山さんてちゃんと仕事してたんだ……パウンデッド作るのが本業じゃなかったんだね。いやご立派」


 シャーロットが俺に無礼な口をきくのはだいたい、何かフラストレーションが溜まっていて俺にご機嫌をとって欲しい時だ。


「なんだ。シャーロット。俺の本業がパウンデッド職人なら今みたいな家には住めないんだぞ。お前の給料だって俺がちゃんと働いてるから支払えるんだ。減らず口を叩くなら今週のカレーはなしだぞ?」


 低く抑えた俺の声を聴いたシャーロットの顔色がさあっと変わった。


「ご……ごめんなさい!」


「どうしたー? アメリカつまんないか? もう帰るかぁ?」


 一応、意地悪気味にではあるが、シャーロットの意見をすくい上げようとする俺は自分を立派だと思う。


「ううん、つまんなくなんかないよ! とっても楽しい!」


「じゃ、どうしてそんなに俺にご機嫌とって欲しがってるんだ? 欲しい服でもあるのか?」


 シャーロットは自分が不機嫌さを隠さず周りに当たり散らしていたのかと、それまでの言動を思い返しているようだ。安心しろシャーロット。俺しか気づいてないから。


 少し考えた後、シャーロットはちょっと言い出しにくそうに照れながら口を開いた。


「あのね、ここからちょっと行ったところにあるトーランスって街に凄く美味しいカレー屋さんがあるらしいの……」


 ……シャーロットはカレー分が不足していたらしい。なるほど。カレーはセロトニン(注1)がドバドバ出る食べ物だとか聞いたことあるなあ。あれガセだっけ?


「なんだシャーロット、カレーならあちこちで食っただろう。あれじゃダメなのか?」


 ルーカスが不思議そうにシャーロットをなだめた。


 なんでも彼女はロスアンゼルス市内のあちこちでインド人やパキスタン人、タイ人などが営む本格的なレストランでそれぞれの店の自慢のカレーを食べ歩いたらしい。

 それならどうしてカレー分が足りていないのか。

 

「ダメだよ! あんなシャバシャバだったりココナッツミルクで甘ったるかったりするのは! ナンもいらない! ライスが正義! それにあれはカレーと同じような香辛料は使ってるけどカレーじゃなくてマサラ料理だよ。もっとこう、モッタリして、とろみがあってライスにかけて食べるのがカレーだよ!」


 ……インドやタイの人に刺されそうなセリフだ。シャーロットは究極とか至高とか言っているグルメ漫画でも読んだのかと思うくらいカレーとマサラの関係について熱く語り出したが、残念なことにその知識に関心のある大人はここにはいない。


「わかったよシャーロット。トーランスだな。で、なんて店だその名店は?」


「あのね、ロデオドライブのクレープ屋さんで聞いたんだけど、ココイチって名前の店! Here is the No.1 って意味なんだって!」


 それを聞いた俺と市川さんは目を丸くして、プーッと吹き出した。


「あはは。そういえば最近食べてないわね」


「行くか、久しぶりに」


 デスマーチの時は夕食の買い出しで何度も行ったココイチだが、さすがにナイジェリアには出店はなく、ここしばらくは食べてなかった。よし、晩飯はリムジンに乗ってココイチだ。行くぞ野郎ども。


 俺達はナイジェリアとは違うちょっと乾いた風を浴びながら110号線を南下し、セパルベーダ通りのジャンクションをぐるっと降りて西へと車を走らせた。

 まるで小さな地方銀行のような建物、ココイチの前でリムジンを止まらせると、約一名、小躍りしながら中に入っていくヤツがいる。さっきバケツに入ったフローズンヨーグルトを半分ほども食べていた筈のヤツが……。


 実際のところ、シャーロットの笑顔が弾けているのを見て、全員がそれを微笑ましく思っていた。考えてみればまだ高校生なのにシャーロットは随分と人生の辛酸を舐めている。彼女にだってこんな日があっていい筈だ。


 ふとルーカスの顔を覗くと涙ぐんでいる。そうか、お前も辛かったか。


 俺達は久しぶりの全員揃っての会食をカレーで飾った。


「ご注文お決まりですかー?」


 俺と市川さんが日本語で話しているのを聞いていたのか、注文を取りに来てくれたのは日本人の店員さんだ。こういうきめ細かい機転が北米ではウケるんだろうな。


「えーっと、パリパリチキンカレー、ライス400g、辛さ+2で、トッピングはチーズ。あとアイスティーとシーザーサラダ下さい」


「ちょっと待て。なんだその流暢な注文は?」


 日本人店員さんがびっくりするほどきれいな発音。シャーロットが日本語でカレーの注文をしていた。店員さんもだがもっとびっくりしたのは俺だ。なぜシャーロットが日本語をこんなにも話せているのか?


「この子、あなたをびっくりさせるんだって内緒にしてたけど、ずっと私のところに日本語習いに来てたのよ。私、メイド雇ってないでしょう? 彼女がうちの掃除洗濯もやってくれてたから必要なかったのよ。

 日本語の勉強も凄いのよ。もともと、ルーカスがちょっと教えてたせいか、乾いた土が水を吸い込むように覚えていくの」


 市川さん解説ありがとう。なるほど、そういうことか。

「いつか、影山さんの役に立ちたい」という言葉は本気なのかなと思っていたが本当に本気なのかな。


 俺の驚く顔を見たシャーロットは「私、うまくできてた?」と市川さんに確認していた。このあたりがなんとも可愛くいじらしい。市川さんのOKをもらうと、シャーロットは俺の方を向いてふんすと鼻息を荒くした。「どうだ!」とばかりに胸を張り、顔は得意満面だ。


 しかし反り返った彼女の胸はパリパリチキンカレーがテーブルに置かれるとすぐに猫背へと転じた。彼女はカレー皿の中身を胃袋に放り込む雑な作業機械へと姿を変えてしまったのだ。

 

「オフゥ……マイ……ガッ! ……アフッ」


 どこの肉食獣だ、お前……。


 最初の一皿をものの数分で食べ終えたシャーロットはシーフード三昧カレーを追加で頼み、「どうして私の胃袋はこんなに小さいのよ!」と本気で嘆きながら三皿目を何にしようか迷っている。


「おいシャーロット、お前その細い体のどこにそれだけのカレーが入るんだ……?」


 久しぶりの会食の時間は懐かしいスパイスの香りとともに過ぎていった。





★★★★★


 オスーン川のゴールドラッシュは最初からクライマックスの様相を呈していた。


 普通、河川で採れる砂金というのは砂粒くらいのものがほとんどで、1㎝角を越えるようなのものは相当に希少レアと言って良い。

 ところがオスーン川の砂金は消しゴムくらいの大きさの塊があちこちで見つかっている。それは今までの常識ではありえないことだった。


 目指すは魚・魚・魚。

 人々はザルや投網や釣り竿を抱えてオスーン川を目指した。

 中国マフィアの中には地引網さえ引いて魚を取りまくる連中もいたという。


 CNNを始めとする世界のニュースメディアは連日、ラッキーなトレジャーハンターを捕まえてはインタビューを行い、その映像を世界に配信した。大きめの金粒を手に入れた者は河原のヒーローだ。メディアはハンターが得る実際の金の価値以上に彼らを祭り上げた。


 ハンターは地元民や近隣地域の人間だけに留まらない。隣国はおろか、遠くアメリカやヨーロッパからも一攫千金を目指すハンター達が次々にオスーン川へ押しかけた。あまりに多くの人が川に押しかけるため、河原の周りには釣具屋や屋台が立ち並び、有料トイレの前には長蛇の列が出来るほどだ。


「もう我慢できねえ。そこの森の中でしちまおう」


「やめとけ。お前と同じ事を考えた奴が、クソしてる最中にデカい蛇に襲われたって話聞いてねえのか?」


「え……?」


「ソイツはクソまみれになって泣きながら逃げ回ったんだとよ。300ナイラ払うのとどっちが良い?」


 わずかな金額と己の尊厳を秤にかけ、有料トイレの前に並ぶ人々の列は今日も途切れず続いていく。


★★★★★


「おーい、こっちビール」


「はーい! まったくどうなってんだい! 忙しいったらありゃしないよ!」

 

 エヘブーイグボの安酒場では、ウエイトレスが忙しさに悲鳴を上げていた。ハンター達の流入で、街が賑わっていたのだ。


 押し寄せるトレジャーハンター達の財布から落ちるカネは街を潤わせる。安ホテルは長期逗留の客で満員となり、裏通りの安いレストランでさえも、多くの客をさばくのが大変だと嬉しい悲鳴を上げるまでになった。

 景気のスパイラルが上を向けば、労働者が職を求めてエヘブーイグボに流れてくるのは道理だ。そして職にありつけた人々が定住し、街の境界を押し広げていく。

 エヘブーイグボは金の街として知れ渡り、拡大する街の需要に応えて金融機関も簡単な出張所をチラホラと作り始めた。


★★★★★

 

「ホラ! とっても簡単でしょう? あ、気に入ったらチャンネル登録お願いします!」


 インターネットで金粒のとり方を動画で紹介して稼ぐ者も現れた。カメラの前で川に向けて投網を投げ、捕まえた魚をさばいて胃の中から金粒を見つけ大喜びするという単純な動画でさえ再生回数が初日で2000万を超えるほどの人気が出たのだ。

 ツィッターで金粒を見つけては写真を投稿する者も現れ、とめどなく発信される金粒の情報は近隣の人々の射幸心を煽るだけ煽った。


 刺激と幸運に満ちた河原の日々。それがそう長く続かないのは自明の理だ。人が押し寄せればその数だけ、一人あたりの幸運は目減りしてしまう。


 1ヶ月もすると、人々はオスーンの川面よりも隣にいる人を見るようになっていた。


 SNSや動画サイトで金粒発見の喜びを伝え続ける者もまだまだ居たが、そのうちの何人かはSNSへの投稿そのものをしなくなった。いわゆる「ネットから消えた」状態になった者もいる。

 画面の前では皆がその理由について自由に憶測を立てていた。それは、金の争奪戦に参加していない人達からすれば無責任で楽しいおしゃべりのネタだったに違いない。


「あっちへ行ってくれ。迷惑なんだ。俺は金なんか見つけてない」


 メディアの取材クルーは、ラッキーな成功者をカメラの前に連れて来ることに難しさを感じ始めていた。レポーターがマイクを向けても逃げる人ばかりになってきたのだ。

 インタビューに応えた幸せ者は、時を置かずカメラの目が届かない場所へと連れて行かれ、数時間後にはアンラッキーな姿で発見される。それが嫌なら黙っていろ―― それが河原の暗黙の掟となりつつあった。


 実際、幸運を掴んだ者への河原の人々の嫉妬は生半可なものではなかったのだ。


 河原の人々は煮詰まっていた。嫉妬心を暴力へと昇華させるのにそれほど抵抗を感じなくなるほどに。

 そして、得られた少ない金を人々は奪い合いはじめた。最初は深く静かに、そして徐々におおっぴらに。

 しばらくすると河原のあちこちで(いさか)いが起きた。場所取りのいがみ合いだったり、分け前の問題だったり、理由はさまざまだ。


 実際、理由は何でもよかったのだろう。酷いのになると「その魚は俺が先に目をつけていたんだ」とか「ここは俺の先祖が守っていた土地だからその魚は当然俺のものだ」とか言い出す者までいたのだ。

 その諍いも、最初は胸ぐらを掴んで怒鳴る程度だったが、やがてスコップで殴る者が現れ、ほどなく銃を乱射する者まで現れた。


 世界のニュースメディアはこの密林の無法地帯を興奮気味に世界に伝えた。

 嫉妬とカネに狂った銃弾が飛び交い、数十年なかった近隣民族同士の諍いが再発し、心無い外国人達による周辺住民への危害はとどまるところを知らなかった―― 河原で、酒場で、そして路上で。


 放置された遺体が死臭を撒き散らすと、それを目当てに今まで人里から遠ざかっていた肉食獣達が闇夜に紛れて現れ腐肉を漁り始める。

 人間への警戒を解いた大型肉食獣はそれほど時を置かず大胆に人間を襲うようになり、無防備に川に入った人間達は次々とワニのデスロールの餌食となった。


 ナイジェリア政府とラゴス州政府、オグン州政府は周辺住民に「冷静になれ」と何度も呼びかけたが時既に遅し。軍が治安維持に入らざるを得なくなるような地区さえ出てくる始末だ。


 個人的かつ小規模な争いが散発する状況では対組織行動を旨とする軍隊はうまく機能しない。反面、規模の大きな強盗団やギャングに対して軍は効率的に機能し、犯罪組織は大幅に構成員を減らしていった。

 だが軍とギャングが街で撃ち合えば無関係の人々が傷つくのもまた自明。夜の街には誰に撃たれたか判らぬ死体が日に日に増えていった。


 そんな凄惨な光景もこの国の北東部で展開されている内戦で繰り広げられる惨劇に比べれば穏やかなものだ。過激な宗教派閥が武装勢力と化し、思想と宗派を違える者達に対し日常的に襲撃、略奪、誘拐を行うのがこの国のもう半分の顔なのである。


 それを防ぎ取り戻すためにナイジェリア軍や国連治安維持軍が銃弾や砲弾やミサイルを撃ち合うのに比べたら、チンピラと漁師の戦いや、トレジャーハンターとワニの戦いなど子供の喧嘩だ。ギャングと軍の撃ち合いさえ、この国ではおちゃめな日常の一コマに過ぎない。


 それでも、このゴールドラッシュでは多くの人が命を落とした。オスーン川流域だけで殺人149件、鉄砲水に流されて行方不明になった人が279人、ワニなど肉食動物に襲われた人が36人、死体から発生した伝染病が元で死んだ人が104人、治安維持活動での射殺27人、殉職2人に及んだ。


 実に、597人がわずか2ヶ月で命を落としたのである。


 殺人149件中、17件はオスーン川の自然を守れと運動を展開していた国外の自然保護団体の連中が地元の若い女性を性的暴行の後に殺害したことに端を発した地元民の復讐による惨劇だった。また、鉄砲水以外が原因の行方不明者も201人に上っている。

 


 エヘブーイグボに最も近い大都市、ラゴスも無関係ではいられなかった。誰かのポケットに黄金の砂粒やそれを売った札束が入っているならそいつを殴り倒してでも奪いたい。その欲望をかろうじて抑えていた者達も雨季の蒸し暑く寝苦しい夜が続くと、ついには心のタガを外してしまったのである。


 この2ヶ月でラゴスの犯罪発生件数は前の月を3割も上回り、ラゴス市内での殺人件数はそれまで一日17件程度だったものが40件以上へと急上昇した。これは、国全体の殺人件数の半分に迫る勢いだ。殺人事件の被害者は判明しているだけで2512人。行方不明者を合わせると4411人にもなった。


 雑誌TIMESの人気記事「紛争地域を除けば最も危険な都市ランキング」では2位にラゴス、8位にエヘブーイグボがランクインし、彼の地へ赴いている人々の安全が一層心配されていた。


 この状況を鑑み、日本の外務省はラゴス州、オスン州の危険レベルをこれまでの2から一段階上げて3にし、該当地域への渡航中止勧告を出した。

 これに伴い、壬生商事のラゴス現地法人は、オフィスへの出勤を控えること、可能であれば州外に退去すること、帰国する場合は交通費を支給することなどを従業員に通達し、正面玄関を閉じたのだった。


 ◆◆◆◆◆


 このような血飛沫ちしぶき吹き荒れるナイジェリア南西部で涼しい顔をしてホクホク顔の人もいる。エヘブーイグボで雑貨屋を営むジャゴダさんと、その親戚一家だった。

 ゴールドラッシュが始まると、ジャゴダさんは俺と結託して日本製の虫除けスプレーと蚊取り線香を大量に輸入し、それを売りさばいたのだ。


 日本から届いた虫除けスプレーと蚊取り線香は密林の水辺で活動する砂金採りの人達の必須アイテムとなり、ジャゴダさんの親戚とやらは誰からも恨まれることなくひと財産築いたわけだ。


 「アメリカのゴールドラッシュで一番儲けたのはツルハシ屋とジーンズ屋だって聞いたんで、ちょっとやってみたんだ」


 意外な商才を見せたジャゴダさんは親戚中の英雄になっていた。






(注1)セロトニン……脳内伝達物質の一つで、幸福感や耐ストレス性に関与すると言われている。「幸せホルモン」などと言われることも。特定の食品を食べると分泌が促されるという報告もあるが、鵜呑みにするのは良くない。

(注)本話はカレーハウスCoCo壱番屋様に執筆前に趣旨をお知らせし、投稿と掲載に関して同意を得ています。

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いよいよ主人公は人の道を踏み外した感がある
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