第十七話:オスーン川のざわめき
6月、俺は影山物産がアパパ地区に大量に保管してある中古の建機を、完成間近の1号建屋に収容したいと大場社長に申し入れた。壬生に対して倉庫の賃貸契約をもちかけたのだ。
「ねえ、この影山物産ってなんの会社? 影山君とどういう関係なの?」
大場社長は少しばかり混乱している。当然だ。自分の部下の苗字を冠した企業が自社の建設中の倉庫を借りに来ていて、しかも交渉しに来たのが自分の部下なのだから。
「俺の祖父の会社ですよ。俺がナイジェリアにいるんでいろいろ調べて、建機リース業でもやろうかって話になったらしいんです。
従業員でこっちに来れる人を今探しているらしいんですけどね、なかなか2つ返事で来てくれる人がいなくて……アパパ地区のコンテナ埠頭は建機を置いとくだけでも結構お値段が張るので、移動させたいって祖父から相談を受けたんですよ。
今回、俺は祖父の会社のエージェントってわけです。これくらいじゃ二重就業ってことになりませんよね? 報酬もらってませんし」
俺も嘘が上手くなったものだ。
契約に際して壬生本社による影山物産への信用調査が入ったようだがここもなんとかくぐり抜けることができた。俺は設立年度の古い千葉のペーパーカンパニーを買い取り、祖父に頼み込んで社長になってもらっていたのだ。
祖父はもう80歳を超えた好々爺なのだが俺にはめっぽう甘い。なので俺がこの一連の企みに名を貸して欲しいと頼んでも特に難しい顔もせず、2つ返事でOKをもらえた。
めでたく事業継承者の決まったペーパーカンパニーと市川さんが代表取締役を務める影山物産とを合併させ、ペーパーカンパニーを存続企業とし、名称は影山物産としておく。これで55年の歴史を持つ建機リース業「影山物産」の誕生だ。
代表取締役はペーパーカンパニー側の社長である俺の祖父。もちろん、祖父は建機リースなぞやったことはない。したがって影山物産は登記から始まり、実働・実務から取締役会の議事録作成まで全部市川さんがやってくれている。そんなわけで俺は市川さんに頭が上がらない。
ともあれ影山物産は長年の歴史と潤沢な資金力があること、取引にあたって壬生側にリスクがないことなど好条件が揃い、無事に壬生商事の取引先口座開設審査を通り抜けることが出来た。
こうして、影山物産の中古建機42台とその補修部品を詰め込んだコンテナ収容のための倉庫賃貸契約は俺と市川さんの暗躍により比較的スムーズに締結したのであった。
◆◆◆◆◆
「ねえ。影山君。エヘブーイグボで砂金が出るんだってさ。聞いたことある?」
ある蒸し暑い日の昼飯時、ラゴス在住の日本人の中では比較的地元情報にアンテナの高い大場社長が俺に話しかけてきた。
「どうせ黄鉄鉱かなんかでしょうよ。あれですよ。愚か者の金ってやつです」
「そうだよねえ……あんなところで金があったら、とっくに取り尽くされてる筈だよねえ」
普通なら皆、大場社長のように考えるだろう。しかし、俺と市川さんがオスーン川に放り込んだ金の粒の量はパウンデッド200個分もある。1個あたり600g入ってたとして120㎏分の砂金が魚やサルに食われて川の上流から下流にまでばらまかれているのだ。
そしてこれからも追加をバラまくので金粒はまだしばらく取り尽くされることはない。
俺は今が好機とばかりに見栄えの悪い金塊をいくつも作った。形が悪いのは、もうお菓子の箱がフニャフニャになってほとんど金塊の形にならないからだ。新しいのを手に入れたいが……日本の通販サイトってナイジェリアまで届けてくれるんだろうか。無理だろうなあ……。
さて、家でレグエディットの作業をガッツリ行う時はシャーロットが邪魔になる。なので今回、俺はそのシャーロットをルーカスと一緒にロスアンゼルスに行かせておいた。ルーカスは国際学会で発表の晴れ舞台。シャーロットはその付き添いだ。
ルーカスだけ行かせるとシャーロットに一生文句を言われそうだし、こちらもシャーロットが居ないほうが良い。一挙両得とはまさにこの事。
市川さんにも再び出張で日本に行ってもらい、ロスアンゼルスでルーカス達に合流してもらうように手を打った。俺は一人寂しくナイジェリアで金塊造りだ。
形は微妙だがそこは個性ということでいいかな。どうせ純度と重さしか見ないんだし。
◆◆◆◆◆
数日後、俺は大手銀行のラゴス支店の窓口で手作りの金塊を盛大に積み上げ、現金化できないかと係員に相談した。
持ってきた金塊の数は20本。一つあたり1㎏の金塊だ。ちゃんとゼロハリバートンのアルミケースを買って、その中に入れて運んできた。
形から入るのは重要なのだ。特にこういう見栄とかハッタリが大事なところでは。
周囲の窓口客は目を丸くして俺の手元で光り輝く黄金のインゴットを見ている。予想通りの反応だ。
すぐに支店長だか支配人だかという偉い人がやってきて、俺は奥の豪華な応接室に通された。さすが銀行。あるところにはあるものだ。上質な空間というやつが。
いつも行くスーパーではなかなかお目にかかれない香りのいいコーヒーと申し訳程度のクッキーをメイドが運んできた後、支店長だか支配人だか……支店長でいいか。そいつは黄金のインゴットの前で静かに切り出した。
「ずいぶんとその、形がアレですね」
「不恰好なのは申し訳ない。なにぶん、自分で溶かして固めたものでしてね。砂型が案外脆かったようです」
「ほう。何か要らなくなった家具か金貨でもありましたかな。当行では金貨も買い取っておりますよ」
支店長とやらは俺の持ってきたインゴットを手に持ってふむふむと頷いている。彼は重さである程度インゴットが本物かどうかは解るようだ。
確かに金はそんじょそこらの金属よりは重い。経験があればどの程度の含有量があるのか解るのだろう。金の産出国ナイジェリアではたびたびこのようなインゴットを手にすることもあると見える。
「いえいえ。別に家にあった金貨や燭台を溶かしたわけではなく、ここから東にある川で見つけた砂金を溶かして型に流し入れたんですよ」
「! ……砂金を? こんなに? ご冗談でしょう。全部で20㎏はありますよ?」
普通は20㎏も採れない。知ってる。砂金というやつは長年採っていても小袋1個の半分くらいが関の山らしい。これは川辺で採れる砂金に限った話ではない。大規模露天掘りの金山であっても1tあたりの土砂から採れる金は1gかそこらなのだそうだ。
したがって、金塊が作れるほどの金が川で採れるかもしれないというのは金採掘的には超ビッグチャンスと言って良い。それを20㎏だ。金を知っている人間ならばどうやって集めたか、気にならない筈がない。
「失礼ですが、これほどの量をいったいどこで……」
支店長が俺から情報を引き出そうと目の色が変わったのを見計らって、俺はふぅ、とため息を吐いて席を立った。
「いや、支店長さん。あなたはどうやら私がお願いした換金よりも、私がどこでこれらの金を手に入れたかのほうが気になっているようですね。
でしたら結構。この話はナシだ。私もこいつの出所については拾ったとしか言いようがないものですし、深く詮索されると身の危険もありますのでね」
支店長の顔がポーカーフェイスの陰で引きつった。
うかつな奴なら豪華な部屋、美味い茶菓子と支店長のにこやかな顔で気分が良くなりベラベラと話さなくて良いことまで話すかもしれない。しかし俺はちょっと違うんだ。
「いえ、その、お待ちください。私どももエヘブーイグボの砂金の噂は知っておりましたがまさかこのような量だとは……」
「まあ、私はあの噂が出る前から時々拾ってましたからね」
エヘブーイグボの噂は結構広まっているらしく、支店長もだいたいのところは聞いたことがあるようだ。
ではどうやってこれだけ大量の砂金を人に見られることもなく集め通したか。具体的な採取ポイントはどこか。こいつはその情報を知りたいのだ。きっとその筋には高く売れるに違いない。
でもお生憎様。この金塊はそこらの砂利から作ったものだ。だからそもそもこの支店長が欲しがってる情報を俺は持っていない。言わないけどな。
なんとか食い下がろうとする支店長を尻目に、俺は無言で金のインゴットをせっせとアルミケースに入れて帰り支度を続けた。
「お、お待ちください。換金は当行にお任せ下さいますようお願い申し上げます。決して不当なレートでの換金はいたしません。含有量と正確な重量を鑑定してまいりますので、少しお待ちいただくことになるとは思いますが……」
さっさと帰り支度をする俺を見て脈なしと見たのか、支店長は砂金採集に関する情報を得るのは諦めたようだ。
まあ、支店長という地位にいるならそれだけ高い給料をもらっている筈だ。欲をかいて眼の前の億万長者の不興を買うよりも、良いお客さんになってもらったほうが良いに決まっている。
20㎏の金塊の換金なら手数料だけでも結構な売上になるし、買い取りがこれきりでない可能性もあるからなおさらだ。
「では換金はおまかせしましょう。ですが情報の提供はご勘弁下さい」
「謹んで。では、一両日お待ち下さい。この支店には鑑定のための設備も人も用意がありませんので」
こうして俺は20㎏のインゴットを鑑定・査定のためにこの支店長に預けることになった。数日後に鑑定結果と査定額を連絡してもらえるそうだ。
帰り際、銀行が事の重大さを鑑みてセキュリティサービスを呼び、駐車場までの数十mだけでもと護衛をつけてくれた。
この日の俺の運転手はデルフィノさんだ。ルーカスは学会でアメリカだし、そもそもこういうきなくさい場面に貧乏学生は完全に力量不足。なのでデルフィノさんにお願いすることにしたのだ。
市川さんが出張でラゴスにいない間は日当を貰えないと困っていた彼は、喜んで俺の運転手兼警護を請け負ってくれた。
「よう」
「なんだお前、ここにいたのか」
デルフィノさんは銀行の警備の一人と親しげに挨拶をしていた。どうやら彼等は知り合いの仲らしい。デルフィノさんクラスのボディガード兼運転手ともなると、それなりの信用がないと雇えないそうなので自然と世間が狭くなるようだ。
そんな高級な人にワニやサルからの襲撃の警戒をさせていたのか。すいません。
「今日は私が運転手で良かったですよ。でなければ銀行を出たところで拉致されてそのまま薬漬けにされて、換金された金も採取場所の情報も全部奪われて最後にはニジェール川の魚の餌でしたね。ほら、あそこにもうそれらしい連中が来てる」
デルフィノさんが恐ろしいことを言いながら車のスピードを上げた。防弾のBMWは加速性能が悪いし細かいハンドリングがしづらいが、デルフィノさん曰く不整地を装甲車で走ることに比べたらなんてことないとのこと。ラリーのような運転が繰り広げられる中、俺は舌を噛みつつ感心していた。
「パウンデッドを投げてたことといい、今回の砂金騒ぎといい、建設中の倉庫といい、オスーン川にはご縁がありそうですね」
デルフィノさんてこんなに話す人だっけ。しかも、多分パウンデッドと砂金には何かしら関係があると勘付いているフシがある。さすが傭兵、鋭い観察眼だ。
「エヘブーイグボの砂金騒ぎはこれからが本番なんでしょうかね……。殺気立った連中がいる所なんかに行くもんじゃありませんよ。暫くはどこかでゆっくりなさっていた方がいいでしょう。何か荒事で私に用事ができたらその時また呼んでください」
デルフィノさんのプロのカンは「今動くとヤバイ」と言っているらしい。ここは言うとおりにした方が良いのだろう。
「ありがとう。そういう事なら海外にでも行ってますよ。そうと決まれば……」
俺は車の中から建機運搬業者と米国に居る市川さんに電話をして、アパパ地区の倉庫に眠らせていた影山物産の建機を全て、エヘブーイグボ郊外に建設中の倉庫に移してもらうよう依頼をかけた。
「さあて、これでだいたいやる事はやったぞ」
この日の夕方、殺人的な渋滞の時間が終わると、ラゴスの港湾部に集結した建機運搬業者の巨大トレーラーが何台も大型の中古建機を載せてエヘブーイグボ近郊の闇の中に消えて行った。
地響きを立てて走るトレーラーの集団は嫌でも人目につく。それこそが俺の狙いだった。このタイミングを俺はずっと待っていたのだ。
その日からモラルの低い銀行員、応接室のメイド、銀行に来た客、支店長らが黄金の山を持ってきた男の話を酒場で、家で、寝物語で他人に吹聴していった。これも俺の目論見通りだ。
エヘブーイグボの噂はどんどん信憑性を増していくだろう。そこへ持ってきて、巨大トレーラーの列が闇に紛れて建機を運んでいるのを多くの人がその目で見ているのだ。
やれ巨大資本が動き出したの、いやあれはマフィアが根こそぎ川の砂利を持っていくんだだのと想像力豊かなデマがラゴスの街を飛び交い、人々は寄ると触るとオスーン川の噂に夢中になっていった。
さらに都合が良いことに、俺が銀行に金塊を持ち込んだ次の日、エヘブーイグボの川魚漁師が5人、ラゴスの貴金属商の店舗に砂金の詰まった袋を持って換金に訪れたらしい。
5人は大金(と言っても日本円に直すと350万円ほどだが)を持ってちょっと高い酒を出すバーで豪遊し、話を聞きつけてやって来た地元のケーブルテレビのレポーターに武勇伝を語りまくったそうだ。
3年分の年収を一気に稼げたのだ。気も大きくなるだろう。饒舌に語られた武勇伝はまたたく間にあちこちに広まり、漁師達が砂金をつまんでピースサインをする写真はすぐさまメディアに流れたようだ。
CNNがその写真を大々的に報道すると、漁師達の成功譚はすさまじい速度で拡散し、国境を越えて各地へと伝わった。大手メディアの影響力は絶大だ。この報道で噂ははっきりとした輪郭を得、街は、そして人々は一気に色めき立った。
ナイジェリアの南西部が紫色に渦巻く人の欲に飲み込まれ、その中心にあるラゴスは魔都になろうとしている。
俺はそのピリピリした空気から逃れるべく、適当な理由をつけて大場社長に国外出張申請を出した。
「そうだねえ。お正月も帰らなかったもんね。いいよ。一度帰ってきなよ」
日頃真面目に働いているとあっさり認めてもらえるものだ。
「里帰りも良いんですが、ちょっと米国に行って来ようと思いまして。最新の情報に生で触れないと解らないことってあるじゃないですか」
「なるほどね。そうだ、せっかくだしあっちで最新のマイニング機材とか見て来たら?」
「そうします。連絡は適宜入れますので」
決済が降りると俺はすぐに米国行きのチケットを手配しロスアンゼルスへと飛んだ。
よし、脱出成功。まずは向こうに行ってる連中と合流しよう。ルーカスはどんな顔をするだろう?
◆◆◆◆◆
ロスアンゼルスのホテルに着いた直後、長い飛行機の旅で疲れ切ってベッドに倒れ込むかどうかというタイミングで部屋に電話がかかってきた。例の銀行の支店長からだ。
「何度電話しても繋がりませんでしたよ!」
支店長は電話の向こうで恨み言のような愚痴をこぼしていたが、それとは裏腹に鑑定結果に多少興奮気味のようだ。一刻も早く鑑定結果を俺に聞かせたかったのだろう。
ああ、そういえば一両日とか言ってたっけ。でも俺が出航したのあれから3日後じゃなかったっか……? テキトーだなこいつ…… などとショボイ敵対心を支店長に向けて芽生えさせつつ、
「いやいや、ビジネスで所要があってアメリカに。はあ。ええ。飛行機に乗ってたんですよ」
と支店長をなだめる俺。大人になったもんだ。いや、飛行機に乗ってたのはホントだし……
驚きの鑑定結果はCMの後……じゃなくて、金の含有度は99.99%。当たり前だが純金で、買取価格は日本円にして9200万円だった。
遊ぶには過ぎた金額だが、これから先にやらねばならないことに突っ込むにはまだまだ足りない。さて、次はどうしてくれようか。
何にしてもとりあえず、時差ボケ直しとかないとな……。
そういえば、デルフィノさん新しい銃欲しがってたなあ……。
いろんな考えがまどろむ頭の中で行き来する。たぶん、命を狙われたかもしれないことに緊張していたのだろう。
俺はその日、真っ昼間から翌朝まで眠りこけた。




