第十六話:砂利入りのパウンデッド
この世界のオブジェクト……モノというのは、シミュレーション演算の簡略化の都合のため多層の抽象化がなされている。
例えば石。石はまず最上層に石、というレイヤーがある。その下には複数の種類の分子による結晶構造のレイヤーがあり、分子のレイヤーがあり、いろいろあって最後に素粒子のレイヤーになる。各レイヤーはシミュレータの判断で使い分けられるようだ。
石を投げる時はひと塊のモノ、石を割る時は結晶構造のレイヤー、石を溶かすときには分子のレイヤーが演算に使われる……らしい。
俺は近くの海岸から粗目の砂利をバケツ一杯採ってきた。進行中の企みのためにこの砂利を砂金に変えようとしたのだ。
しかしやってみて判ったのだがこれは甚だ効率が悪い。砂利は一粒一粒が独立しており、砂金の山を作るには砂利一粒一粒とアヘ顔でニラメッコしなくてはならないのだ。
この効率の悪さをどうにかしなくては、企みも何もあったものではない。
「おや……?」
解決策を求めて思案していたある日、俺は偶然駐車場にあったコンクリートブロックがモノとして認識できることに気がついた。コンクリートはもともとはセメントと砂と石と水だ。それが固まるとブロック単体として物理演算の対象になるのだとしたら……
たぶん、モノとして一括りに扱えるようになったら抽象化レイヤーが1つ増えるのだろう。
「よし、実験だ」
俺は手持ちの石膏に砂利を入れて型にはめ、レグエディットを発動してこの抽象化レイヤーがどのように増えるのかを観察してみた。
型にはめた直後、目の前の物体は「硫酸カルシウムの粉とたくさんの数の砂利」としか認識できない。しかし、しばらくして石膏が固まるとこの塊は1つのモノとして組成を編集できるようになった。
こうなるとブロックの中の砂利の主成分である二酸化ケイ素を金に変えることで金がまばらに入っている石膏ブロックを作ることができる。しかし、この中の砂利だけを金に変えるやり方は石膏で固める手間暇が必要だ。作業を誰かに見られると説明も面倒くさい。結局、石膏を使うアイデアは棄てざるを得なかった。
「んー……しょうがないな。これで行くか」
考えた挙げ句、俺は砂利入りのパウンデッドを作ることにした。直径30㎝くらいの鏡餅のようなパウンデッド、それを大量にだ。
「食べ物を粗末に扱わないこと」と幼少から教育されてきたので精神的には辛かったが、メンタル強化でそれも乗り越え、年末年始に全部で120個ほども作り上げた。どうだこんちくしょう。
パウンデッドはある程度日持ちはするが出番はまだ少し先であることを考え、パラペンとソルビン酸を材料に適宜加えて防腐・保存効果を加えてある。乾燥した環境に置いておけば半年くらいはこの熱帯雨林気候の中でも腐らず形状を保つことができるだろう。
俺はそれからも砂利入りパウンデッドを作り続け、作り上げた総数は350ほどにもなった。
人を雇って作らせると砂利を入れる理由を説明しなくてはならないから全部自分でやるしかないのだ。肩や腕や腰が悲鳴を上げているが、それは必要な犠牲ということにしよう。
俺の2月のプライベートな時間はほぼ、砂利入りパウンデッド製作のために使われたと言っても過言ではあるまい。
どのくらい熱心だったかと言うと、カレーをせがみに来たシャーロットが大量の米粉とセモリナ粉と芋を抱えて悲壮な顔をしながら部屋にこもる俺を見て、ため息をついて諦めた顔をするしかなかったくらいだ。
こうして作ったパウンデッドにレグエディットを発動し、中の砂利を金に変える。その後餅の部分をなんとかして消し飛ばすと砂金の山ができるという計算だ。
できたパウンデッドの山はエヘブーイグボの郊外の安い貸し倉庫に、山ほどのシリカゲルと一緒に入れておいた。これで雨季に入っても倉庫の中の乾燥は保てる筈だ……たぶん。
余談だが、このパウンデッドの山を運ぶのをルーカスに手伝わせたところ、ヤツは腰を痛めてしまったらしい。しばらくシャーロットとルーカスは共同戦線を張って俺に謝罪と賠償を求めて来やがった。酷い。
仕事の方はと言えば、1月半ばにプレ倉庫の建設が始まった。天井総面積8ヘクタールの巨大倉庫サイトの資材を置くためにはまずこういった建物が必要になる。
俺が湯気と汗にまみれてパウンデッドを作っている間にもせっせとプレ倉庫は組み上がり、3月になるとそこに次々と資材が運び込まれてきていた。
日本の工法を取り入れると3ヶ月もかからずに倉庫の建設から明渡しまでが済むらしい。倉庫の建築で最も期間がかかるのは材料の調達だそうだが、もともとマイニングファームを作るための資材をプレ倉庫に回したのでこのあたりの動きは早かった。何事も早く済むのは気持ちが良い。
メガソーラーサイトは1号建屋・2号建屋の順で建設され、1号が8月、2号が12月に完成予定で本格的な稼働開始は翌年になる予定だ。俺はそれまでの間、売れずに残っている電気を有効活用するためのマイニングファームの構築運用と仮想通貨取引所の企画をすることになった。
◆◆◆◆◆
ルーカスはすでに論文を三編書き上げており、国外学会誌の査読論文掲載を勝ち取れば後は公聴会、そして学位審査となるわけだが ……。
「そろそろヤツにも働いてもらわねばならんな」
3月のある日、俺はルーカスを呼び出した。場所は俺の家だがシャーロットは学校に行っている時間だ。今日はシャーロットがいない代わりにビシッとしたスーツを着た黒人女性が俺の隣に座っている。
「ルーカス、お前会社の社長やれ。仕事はITソリューション。壬生から発注するから大学の知り合いでコンピュータ大好きだけど失業中のやつを集めろ。できる限り善良なやつが良い。人の選択はお前に任せるが、やるやらないの判断は聞かない。資本金は俺が出す」
「正気ですか影山さん! 俺、今ようやく実験の結果まとまりそうなのに……こんなクソ忙しい時に呼び出してそれですか」
「ルーカス、お前の実験がもう論文になってるのは知ってるぞ。素晴らしい成果じゃないか……『アデノウィルスベクターによる遺伝子治療における免疫原性の低下作用の可能性の検証』……いいねえ、実に素晴らしい」
「ど、どうしてそれを……」
「細かいことはいい。俺をナメんなとだけ言っておく。今度俺を欺こうとしたらちょっと切ないことになるぞ。お前に人の何倍もの給料を払っているのはお前に働いてもらうためだ。悠々自適なキャンパスライフを楽しませるためじゃない。
お前が忙しいならお前が人を雇ってそいつにやらせろ。必要なカネは出すから。細かい手続きはこちらの弁護士のライラさんから聞いてくれ。お前は自分の名前にサインするだけでいい。ミズ・ライラ、説明をお願いします」
俺はビジネススーツを着た女性弁護士、ライラさんの方を見てこくりと頷いた。それを合図にライラさんが沈黙を破る。
彼女は会社設立に関する手続きと、設立者の法的義務、そして代理人に任せる場合はその報酬について非常にわかりやすくルーカスに説明した。ちなみに、女性の弁護士はナイジェリアでは非常に希少な存在だ。
「ここに事業計画を一通り纏めてある。5,6人くらいでスタートしろ。だんだん増やしていけばいい。あまり気前よく給料を払うなよ」
市川さんがテンプレに必要数値を打ち込んでくれただけの適当な事業計画書だが、うちの会社のテンプレはなかなか本筋を掴んでいて、実際に使えるレベルらしい。ここまで周りを固められたらルーカスに逃げ場はない。
「なあ、ルーカス。お前医学博士になったからって大学や研究所にポストないだろ? だったら、ポストが空くまでの間だけでも自分の会社持って社長気分味わってみたらどうだ? 必要な資金は全部俺持ち。お前は人探しと人集め。それでいいじゃないか……」
「だ、だけど僕はITのことなんかわかりませんよ?」
「言っただろう。人を探せと。技術はそいつにやらせるんだ。
なぁ……俺は、お前にコンピュータ技術者になれとは一言も言ってないぞ? お前は社長なんだから資金調達と営業と、あとは従業員に明日を語るんだ。資金も営業も、実質俺が発注するんだから問題ないだろうが」
「そうか、そうかなあ……そうなのかなあ?」
まだ迷ってやがる。迷うことは許可していない。
「ルーカス、もしこれをやってくれるならお前が行きたがってた6月にロスである国際学会の旅費、全部出してやろう。研究所が予算逼迫して出張費用出してくれないって困ってたじゃないか。ついでに豪華観光旅行もつけてやるぞ、どうだ?」
「うぐぐ……」
「小遣いもつけよう。お前もここじゃあ大した高給取りだがアメリカで遊ぶには足りないものなあ……1万ドルくらいでいいか?」
「……やります。やらせて下さい」
なんだか、俺が凄く悪い奴で、妹を人質にとって兄をやりたい放題働かせているような絵面だがそれは誤解だ。別に汚職の片棒をルーカスに担がせるわけでもない。実際、ルーカスが会社を始めたとして、壬生がルーカスの会社に支払う金額は至極まっとうなものだ。
ルーカスが不安を抱えて家に帰るのを見送った後、ライラさんがポツリと言った。
「ボスの話し方は、借金のカタに娘を差し出せと言う時のマフィアの話し方にそっくりですね……」
「そうか? だとしたらシャーロットに聞かれないで良かった。あいつはまさにそういう場面を経験をしてる筈だからな……。ところでライラさん、なんで俺のことボスって言うんだ?」
「いえ……なんとなく」
弁護士になんとなくボスと言わせてしまうほど俺の話し方はマフィアのボスっぽかったわけか……。そうですか。
◆◆◆◆◆
4月、俺と市川さんは20個ほどのパウンデッドを貸し倉庫から持ち出し、市川さんの防弾BMWでオスーン川の河原へと向かった。
密林に囲まれた川だが、探せば日本の河原と大差ない、石がごろごろしたところもある。俺達はそんな河原に車を停めて陣取った。
「デルフィノさん、今日はよろしくお願いします」
市川さんの運転手のデルフィノさんは元フランスの外人部隊にいた人で、アンゴラの国境警備で名を馳せた勇者らしい。
彼は密林や川沿いの危険に詳しいので自然が多く残る地域での活動の護衛としては申し分ない。こういった環境下での戦闘力はルーカスの百倍を超えるだろう。
俺達はデルフィノさんの警護の下、行動を開始した。
「おや、パウンデッド・ヤムですか?」
「ええ、今からこいつを焼くんですよ」
俺は持って来たパウンデッドをトランクから下ろしてキャンプ用のコンロと鉄板で加熱した。
ふんわりといい匂いが周囲に漂う。近くの木の上から子犬ほどの大きさのサル達がこちらを興味深そうに眺めているが、デルフィノさんが恐ろしいらしくパウンデッドを直接奪いに来たりはしないようだ。
だが、この森にもチンパンジーの亜種など人や銃を怖がらない危険な生物はいるらしい。もし大型のサルを見かけたら急いで車に逃げろとデルフィノさんには言われている。
俺はデルフィノさんと市川さんにゴーグル付きガスマスクを渡して、日本から持ってきた熊よけスプレーを周囲に散布してみた。ちょっとキツイ唐辛子スプレーだ。効果はてきめんで、好奇心旺盛な小型のサルや鳥達が一目散に逃げていった。
「よし、こんなもんだろ」
俺と市川さんはほどほどに柔らかくなったパウンデッドを長いナイフでいくつにも切り分けて川に投げ込んだ。
「解りませんね。これはどういう意味があるんですか?」
「日本人は川ではこういうことをするものなんだよ」
デルフィノさんは俺達の行動を不思議がっていたが無理もない。俺は適当に誤魔化したが、納得してもらえたかどうかは微妙なところだ。
どぼん、どぼんとパウンデッドの塊が川に投げ込まれると、匂いに我慢できなくなったサルが一匹、川に飛び込んでいった。
それが号砲となって多くのサルが一斉に川に飛び込んで行く。
ホキャーーーッ!
次の瞬間、密林に鋭い悲鳴が響いた。水に浮かぶパウンデッドを追うサルの一匹がワニに水中に引きずり込まれたらしい。それを見たであろう他のサル達は蜘蛛の子を散らすように川から逃げて行く。
ワニの出現でデルフィノさんの表情が変わった。彼が戦闘モードに入ったのが俺にも判る。川の付近にはアフリカコビトワニなど、2mに達するワニもいるのだ。観光気分の雇い主がさぞアホに見えていたことだろう。ごめんデルフィノさん。
ちなみに最初に飛び込んだサルは、川から引き上げたパウンデッドをひと齧りした後、その戦利品を他のサルに奪われてしまって呆然としていた。なるほど、自然界は厳しい……。
3時間後、用意した20個のパウンデッドを全て川に投げ込んだ俺達は街への帰路についた。
「デルフィノさん、今後も月に2,3回くらい川参りをするから、また今日みたいに護衛お願いできるかな?」
「うーん……運転手の業務なら今の武装で十分ですが、今日のような仕事ならもう少しいい武器でないと安全を保証できませんよ」
「そう言われても俺達には武器を調達するルートがないんだ」
「3000ドルもあれば自分が最高級のセミオート買ってきますよ」
ならば問題ない。蛇の道は蛇。プロの道具はプロに任せよう。カネで解決できるならそれでいいや。
「じゃあ、自分の納得の行くものを買ってくれ。カネは出すから」
それから、俺と市川さんはそれから一週おきくらいに川へパウンデッドを投げ込みに行くようになった。サルは相変わらずパウンデッドを狙って水に飛び込んではワニや肉食魚に食われていた。
デルフィノさんは新品のAK-47とIWIタボールを買って来て、少々ご満悦な様子で俺達の警備をしてくれる。それ2つで5000ドルするじゃん……と言おうとしたら市川さんがいいのよ、と俺を止めた。
確かに、市川さんには10億円以上の預金があるので2000ドルくらいの差はなんでもない。それで命をかけた警備をしてくれるなら安いものだ。
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その年6月、エヘブーイグボの川魚漁師の間で密かに囁かれていたウワサがまたたく間にラゴス州・オスン州に広まった。
「オスーン川の魚の腹に、砂金が入っていることがある」
オスーン川周辺の住民は一気に色めき立ち、様々な憶測が飛び交うこととなった。




