第十四話:呪術師疑惑
ここでは俺はディレクター、管理職だ。役職に応じた待遇として透明なアクリルで仕切られた部屋をもらっている。
部屋の中から廊下を行き交う一般社員の様子を見るのはなかなか新鮮な体験だ。だが、最近ちょっと気がついてしまった事がある。
―― 女子社員が俺を見る目がおかしい。
女子社員と言っても市川さんを除けば現地連絡や雑用をやってくれる20代〜30代の女性が合計で3人。社員19人の中で女性が4人、その4人が全員俺を気にしている、なんてのは考えすぎだろうか。
そんなある日のこと、俺が自室で一人昼飯を食っているとジャゴダさんが部屋に入ってきた。
ジャゴダさんは40代前半の渋い黒人男性で、この会社では古株だ。短いあごひげに白いのが混じっており、そこがチャームポイントだと俺は思っている。しわがれた声が妙にサマになっているのもカッコイイ。
「邪魔していいかね?」
「どうぞどうぞ。そういえばこないだお嬢さんが風邪をひいたと聞きましたが、その後どうですか?」
俺はソファをジャゴダさんに勧め、自分も対面に座った。
「ああ、娘ならすっかり良くなりましたよ。いただいた日本の薬が効いたみたいです。ありがたい話ですわ。
ところで、最近事務の娘っ子達が妙にそわそわして落ち着きが無いんで理由を聞いてみたんですがね」
「ほう、女子社員達の様子がおかしいと?」
俺が聞くとジャゴダさんはなんとも言えない顔を見せた。自分の考えに納得がいってないような、話を切り出すのが躊躇われるような、そんな顔だ。
しばらく逡巡した後、彼は両肘を膝の上にのせ、身を乗り出すようにして話し始めた。
「カゲヤマさん、あんた、呪術師かなにかですかい?」
「え……?」
いきなりの質問に俺は少々面食らった。市川さんがレグエディットの話を誰かにするわけがないし、俺も今のところ派手な能力を使った覚えはない。よって現段階で俺がジャゴダさんに呪術師扱いされる理由はないのだ。
「聞けばトシは30だってえのにとてもそうは見えねえ。それに、あんたと一緒に来たイチカワってのもこっちに来た時は年相応の外見だったよ。アジア人は若く見えるってのをさっぴいても20代半ばに見えていたが、今じゃ10代後半にしか見えねえ」
そういうことか。市川さんは都合四回施術して今じゃ肉体年齢が20歳になってるからなあ……。化粧のノリとかもいいんだろうな。
「娘っ子達は、あんたとヤると若返るんじゃないか、って噂してんだよ。イチカワもそれで若返ったんじゃないかって」
観察眼が優れているのは良いことだが、それを変なふうに解釈するのは困りものだな。俺の役得は市川さんの柔肌を拝むところまでで、そこから先は残念ながら許されていないのだ。そもそも年頃のシャーロットがすぐ近くにいるのにそんなマネできるわけがない。
「ジャゴダさん。呪術ってのがどんなものか知らないが基本的に生物ってのは若返ったりしないものです。ミドリムシやベニクラゲのような例外はありますが。
市川さんが若く見えるのは壬生の本社から送られてきた開発中の化粧品を渡したからです。彼女はその効果のレポート作成が業務になっています」
「へ? なんですって? 化粧品?」
試供品を本社から送ってもらっているのは本当だ。大場社長のコネだとかなんだとか。
こういう時に咄嗟についたウソが回り回って大きくならないで欲しいと願うばかりだ。思い返してみるまでもなく、レグエディットで儲けたカネを馬で勝ったとその場しのぎのウソを言ったせいで俺は日本に居られなくなったのだからな……。
「ええ。日本の化粧品の効果は凄いらしいですよ。海外からの観光客が日本の化粧品売り場でダンボール一杯買って帰るなんてことが少し前まで当たり前だったんです。それくらい品質がいいんだって話でね。男の俺にはなんだかわからないけど。
おおそうだ。なんならジャゴダさん、あなたの娘さんにもいかがです? 次の日本からの荷物に入れてもらうよう本社に言っておきますよ」
「あ、恩に着るよ。そうか。化粧品か……。聞いたことがあるようなないような。なんか悪かったな。変な話しちまって」
「お姉さん方への説明、よろしく頼みます。頼むから俺を襲わないでくれって。
納得できなければ『美魔女』で検索すると良いですよ。bi―ma―joね。意味はビューティフルウィッチです」
「ガハハ! 普通男が女に襲わないでくれなんて頼みますかね……?
しかし、ビューティフルウィッチ……日本には魔女がゴロゴロいるんですか。おっかないところだ」
「そんなとこです。俺もおっかないから逃げて来たんですよ」
◆◆◆◆◆
「影山君、ちょっと聞いてくれ。大きなビジネスの話だ」
会議室で建設部の人達とマイニングファームの設計を取りまとめていた最中、俺は大場社長から呼び出されて社長室に招き入れられた。社長室と言っても社長の執務室兼応接室といったところで、アクリルの壁でなく普通の壁で仕切られている以外はそんなに豪華でもない。カーテンは良いものを使っているらしく、窓から入る柔らかな光がその空間を上質なものに演出している。
ふむ、社長。センスがいい。
「なんですか大場さん。そろそろ設計大詰めなんですよ。ああ、そうそう。いい機会だからこの場で承認いただきたいんですが、マイニングするコインですがビットコインじゃなくてイーサリアムでいいですよね?」
仕事の途中で中断させられて呼び出されたのだ。こっちも社長相手に了解をとらなければならないことについてはこの場でやってしまいたい。
「え? ビットコインじゃないの? ビットコインが事実上の基軸通貨でしょ? こっちの人にイーサリアムなんて言ってわかるのかな?」
「そうなんですが、なんというか、仮想通貨のマイニングにはdifficulty(採掘難易度)ってのがありましてね。コイン人気が加熱すればするほど、同じコンピュータを使ってもだんだん堀りにくくなるんですわ。
最新機材を投入してガンガン掘れば掘るほどdifficultyが上がって掘りにくくなっていく仕掛けです。今、ビットコインは完全にこの負のスパイラルの中で洗濯物状態なんですよ。イーサリアムだと、PoS(注1)への移行が成功すればこの状況を多少回避できます。換金は当面、イーサリアムをビットコインにまず交換して、そのビットコインを現金に、という流れになりますね」
「なるほどなあ。じゃあ、継続的な設備投資とアルトコインへの自在な鞍替えが必要ってことか」
アルトコインというのは要するに、マイニングする仮想通貨の種別をその時その時で一番利益が上がるように変更する、というやり方だ。世の中ビットコインが一番有名だが他にも仮想通貨は何千と種類がある。その中で優良なものの一つがイーサリアムというわけだ。
「そうすると、コインの種別に特化したASIC(注2)っつー専用の計算チップが使えなくなるんで、クソ遅いパソコンとGPU(注3)での運用になりますね。これはこれで取れ高が一桁も二桁も違ってくるんですよ。それに、消費電力が無視できません。一応、そっちも考えて発電施設の設計も視野に入れてるんですが……」
調べれば調べるほど、仮想通貨のマイニングはこのタイミングでの参入は筋が悪い。
採掘環境が出来上がったら自分では掘らず、早々に採掘代行サービスでも初めて、夢見がちで情報弱者の富裕層からボったくったほうがいくらか儲かるんじゃないか?
「影山君。ナイジェリア国内での電力開発に関しては日本政府が政府援助の一環として電力供給マスタープランを作成しているから、我々がヘタに踊って政府から睨まれるのは良くないのは解ってるよね」
ナイジェリア国内の電力普及率は良くて6割。電気を使えない人達が2億近い人口のうち9000万人以上と言われている。
ラゴスあたりはまだマシだが、それでも安定供給とは言い難い。時折停電になるのはもう、ご愛嬌なのだ。
なのでナイジェリアでは私的な発電は許可されており、富裕層や外国企業はオフィスに何機ものディーゼル発電機を装備している。発電機を持っていて公的な電気の提供がストップしても事業を継続できる層と、停電で事業が停滞してしまう層の間でどんどん貧富の差が広がっていくことが問題視されているらしい。
「ええ、あくまでもプライベート使用での発電施設です。環境にも配慮しますよ」
大場社長は安心した顔を見せて、ポケットから何枚かの名刺を取り出した。いずれも米国を始めとした大手IT企業のナイジェリア現地法人の重役達の名が印刷されている。
「ここんとこ、こういう人達と良く話をするんだけどさ。今、彼等はこの国で人を安く雇って画像認識のアノテーションをやってるんだけど最終的には学習までやりたいんだそうだ」
「あー……なるほど……」
画像認識をコンピュータにさせたいなら、まず様々な画像を持ってきて「この画像のこのあたりに自動車が、このあたりに人間が、ここに交通標識がありますよ」というデータを大量に作らなければならない。この作業がアノテーションと呼ばれている。
この作業で作成した学習用のデータをニューラルネットワークで学習させ、その学習結果を使って画像を認識させるのが今風のAI画像認識だ。
アノテーション作業には膨大な人手が必要になるので、人件費の安い場所で行うのは理にかなっている。ただし、ラクダの居ない国でラクダを知らない人にラクダの写真を見せても「ここに変なキリンが写っている」というデータができてしまうので、何かともどかしいビジネスなのだ。
「でもさ、そうするとハイスペックのPC使うでしょ。電力が足りなくなるんだってさ。自前のディーゼル発電機をいくつか発注したけどとても足りないんだそうだ」
そりゃ足りないだろう。ちょっと値の張るハイエンドPCでも全力でブン回すと700Wとか必要になるもんな。最新のGPGPUサーバーだと1台で3500Wとかだ。商売でやるとなるとそれをいくつも並べることになる。
日本製の大型ディーゼル発電機では凄いのになると1台30kVAから500kVAくらいの発電量なのでなんとかなるだろうが燃料と騒音を考えると現実的ではない。
「で、うちが持ってる電力を予備電源として買い取りたいって言ってきたんだよ。1kWhあたり6円でどうだって」
うーん。6円か……あくまで米国の値段設定で来るんだな……。ちなみに日本の電力は事業用だと13円てところである。
「うちの発電量、一日あたり8.4メガWhですけどどれくらい欲しいって言われてるんですか?」
「今言ってきてる四社合計すると20メガWh欲しいって」
「全然足りないじゃないですか。でも、売れたら1ヶ月で360万円ですか……」
「ダメかな?」
自分が持ってきたビジネスの筋が悪かったかも、と感じたのか、大場社長がちょっとすまなさそうな顔でこちらを見た。
「いや、今のソーラーサイトも現状2ヘクタールくらいしか使ってませんし、エヘブーイグボ近郊に建築予定のマイニングファーム施設の屋上にソーラーパネルをばーっと敷き詰めれば大丈夫でしょう。
200m四方くらいのでっかい倉庫兼ファームを2つくらい作って、港湾の倉庫で寝かせちゃってる在庫をそっちに持ち込みつつ、屋上で発電してみたらいいんじゃないでしょうか。倉庫内にパワコンと蓄電池も入れれば管理楽ですし。
2ヘクタールあたりだいたい1メガW発電できますから合計で4メガW発電できます。一日あたり8時間として32メガWhです。
他の日本企業にも声をかけたら買い取ってもらえるかもしれません。オグン州のホンダ技研の工場とか。これならいけませんかね?」
「そんなでっかい倉庫、作るのにお金いるでしょ?」
「屋根の広さを8ヘクタールと換算して、全部企業向けに1kWhあたり6円で売れたら年間7000万円ちょいの売上になりますから、四年もしないで累黒になりますよ。
それにどうせ建屋は作るつもりだったんですし、ラゴス港の倉庫の荷物をこっちに移せればその分楽になりませんか?」
大場社長の顔がぱあっと明るくなった。壬生商事が日本からせっかく持ってきたけれどナイジェリアで買い手が倒産してしまい、どこにも引き取ってもらえず残っている不良在庫が港に借りた倉庫を圧迫しているのだ。これがなんとかなるなら一石二鳥になる。
メガソーラーの運営は安定運用よりも売電先の確保の方が難しい。今回の場合、カモがネギ背負ってやってきたのだからやったほうがいいに決まっている。
あとはナイジェリア政府がロシアと合意した原発の操業開始が遅くなればなるほどうちは儲かる……筈だッ!
こうして、俺は暫定でマイニングファーム開発部長兼電源開発部の部長となった。
気がつけば11月も終わりになろうとしている。しかし、ラゴスは今日も暑かった。
(注1)PoS(proof of stake) すでに保有しているコインの割合によって、ブロックの承認の割合を決定する。従来方式であるPoWの持つ様々な問題を解決すると言われている。さまざまな問題もあり 2020年4月の段階で PoSをサポートするETH2.0はまだリリースされていない。
(注2)ASIC (Application Specific integrated circuit) 特定用途向け集積回路。汎用性を捨て去り特定用途に特化した演算を行うことで電気代と計算速度を向上させたLSI。
(注3)GPU (Graphic Processing Unit ) 画像演算用プロセッサ。複数の頂点演算を同時に行うために設計されたが、この機能が昨今の行列演算や並列演算を前提としたソリューションと相性が良い事が発覚し、今では画像演算そっちのけで様々な演算の高速化に使われている。




