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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百三十七話:雀の千声運営の一声

★★★★★


 意識を取り戻した影山の回復スピードには誰もが驚嘆した。


 リハビリを一日すれば10日分、3日すれば一か月分影山は回復していく。これは影山が自分の身体の構造に対応するレジストリをかなり正確に把握し、修正できていたからに他ならない。影山は自らの骨と筋肉に関する数値を暇にあかせていじくり倒し、リハビリの効果を10倍増にしていたのだ。


 かつてのバッティングセンター通いは影山が自らの動体視力と身体強化を図るため、運動に必要な骨・筋肉とレジストリの関係を把握するためにやっていたのだが、その時の知識が大いに生きた形だ。


 影山は視力もほぼ取り戻した。焼けた網膜を復活させるためにルーカスが施したiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞移植による治療が功を奏したのだ。この治療により両眼で0.02まで落ちていた影山の視力は両眼0.8まで復活した。視力に関してはほぼ完全復活と言っても良い状況だろう。


「これで視覚起動のレグエディットもほぼ使えるようになったな」


 それでも影山は1人で歩けるようになるまでに3週間を要した。日々増強されていく筋肉に合わせて身体のバランスを取りつつ全体を調整するのはやはりトレーニングが必要で、レグエディットを使ったお手軽なショートカットは出来なかったのだ。


 とはいえ、完全復活とまでは行かないが、移動に関しての不自由な部分はディゾルブで補うことができるし、手や足もほぼ思い通りに動く。唯一、PCのキーボードだけは今までのようなスピードで打とうとすると引きつるような痛みが残るので今後の努力課題となっているが、影山を見守るシャーロットや瞳にとってはそんな事は些細な事だった。


「まあ、ゆっくり打つ分ミスタイプは無くなったんでいいんだけどな……」


「治りが早いのはわかったけど、無茶は駄目ですよ。影山さん!」


 影山はシャーロットと瞳には頭が上がらない。なにせ昏迷状態にあったとは言え2人には下の世話までやらせていたのだから……。


おそらく影山はこれから2人には一生頭が上がらないだろう。


 


◆◆◆◆◆


 俺が快調に復活しつつあると聞いた東京勢は8月に揃って夏休みを取り、俺が在留するロスアンゼルスのルーカス邸にやって来た。昏迷から抜け出しリハビリを始めて2ヶ月、俺の体調はもう以前と変わらぬ程に回復をしている。今なら市川さんのきつい皮肉にも耐えられそうだ。


「ねえ、影山さんの回復を祝ってパーティをしましょうよ!」


 貴子さんがルーカス邸に到着して1時間もしないうちにそんなことを言い出した。

 貴子さんの気持ちは嬉しかったが、その名目でシャーロットと瞳がこの2ヶ月間に何度パーティをやったかを思い出すと「またか」と思わなくもない。


 酒に酔ったシャーロットに何度泣きつかれ、何度説教を食らい、何度酔いつぶれた彼女をベッドに運んだことか……それを今度は何人相手にやればいいのやら。


「そうね。治療だけでなく、長期間ずっと家を貸してくれているルーカスにもお礼が言いたいし、2部構成でやりましょうか。1部はここで、2部はフォスターシティの影山物産(うち)の米国オフィスでやりましょうよ」


「あ、そこまだ行ったことなかった。私の行ってた大学から40分ほどのとこやからだいたい地元みたいなもんやし、運転まかせてー」


 俺の意見はハナから無視かよちくしょう。って、そういえばまだ意見言ってないんだった……あ、決定ですか、そうですか。


 俺の記憶はコンラッドで目を焼かれた直後からの9ヶ月間分、すっぽり抜け落ちていた。その間俺は自分に何があったか思い出したくもないし、思い出すときっとろくでもない症状が出たりするだろうから敢えて思い出そうとも思わない。


 だが、俺の意識のない間ずっと介護してくれていたシャーロットや瞳だけでなく、この日来てくれた東京勢にもとんでもない心配と迷惑をかけていたのは間違いないだろう。俺が皮肉交じりの憎まれ口を叩いても、誰もピシャリと俺をやり込めようとはしない。皆、ただ微笑みながらうんうん頷くだけだ。

 ……優しい空間と言えばその通りだが俺からすると張り合いがないことこの上ないぞコラ。


 第1部の宴会はルーカス邸で三日三晩……と言うと普通はオーバーだが、実際それくらい続いたかもしれない。余程嬉しかったのか誰もがへべれけになるほど酔っ払い、語り、歌い、踊り続けた。酔いつぶれた連中が翌日の昼に眠そうな顔で起きてくると、誰かしらがデリバリーを頼み、届けられた料理をつつきながら酒を飲むのをずっと繰り返していたのだ。


 俺は依存症回復プログラムとやらの制約のためアルコールを飲んではいけなかったので専ら参加者(のんだくれ)のサポートと介護に回ったが、自分がかけた迷惑を考えると特に不満があるわけでもない。


 ただ、2日目の夜に貴子さんが俺にしてくれた話だけは理解できなかった。どうして俺は貴子さんから防水気密テープの良し悪しやパッキンの最近の開発動向について2時間以上も説明を受けていたんだろうか?


「影山君? とうとう僕に返しきれない借りを作っちゃったねぇ? ねえどんな気持ち? 今どんな気持ち?」


「ちょ……やめなさいよ兄さん!」


 第2部は場所を移してベイエリア。影山物産の米国オフィスはちょっと会場として寂しいという意見が多く、相田おすすめのインド料理レストランを借り切ってのパーティになった。


 酔っ払ったルーカスがタンドーリチキンを両手に持って絡んでくるのもなんだか新鮮だ。俺のためにかなり無茶をしてくれたらしいから素直に礼を言っておかないとな。


「ありがとう。俺のために随分働いてくれたらしいじゃないか。持つべきものは医者と弁護士の知り合いだって言うけど本当だな」


「ただの医者じゃない。医学博士だコラ」


「誰のカネでその博士号取れたと思ってんだコラ」


 周りにはインテリヤクザ同士の一触即発の絡み合いにしか見えなかったかも知れないが、俺とルーカスは久しぶりの楽しい会話だ。

 きっと俺の感謝の気持ちはルーカスに伝わっているだろう。


「私にも感謝しなさいね、カゲヤマ!」


 見覚えがない赤髪のぽっちゃりした中年一歩手前の女性が馴れ馴れしく俺に話しかけて来たので俺は困惑してしまった。


「えーと……どちらさんで?」


「クロエよ! 忘れちゃったの? 今回あんたの神経と目ん玉治ったの誰のおかげだと思ってんの? アタシよ! アタシがあ・ん・た・の・た・め・に手ぇ動かしたんでしょうが!」


「クロエ? 分かるわけがないだろう! 5年会わないだけでなんでそんなに容姿が変わってるんだよ。てかお前銀髪じゃなかったか?」


 言われてみれば確かにそのギロ目はクロエだった。ちょっと余った顔の肉がギロ目を今までと違う印象にしちゃってたんだな。いやしかしクロエ、太ったなあ……。それになんだその淀みない話し方は? ポツポツ呟いて話すキャラじゃなかったか?


「ああ、わかんなかった? 結婚して子供産んだら片付け食いとかなんやかんやでこの有様よ……。髪の毛はようやく地毛が生えてきたの。というか生やしたのね。自分のiPS細胞でコッソリ……」


 クロエは髪の毛を指でクルクル巻いて俺に見せびらかせてみせた。なんだこいつ、前は研究開発一筋みたいに言ってたのに、自分の髪の毛生やすために公私混同したのか? え? その時の知識と経験が生きて俺のiPS細胞作った? そりゃどうも……。

 それにしてもクロエ、結婚してたのか。知らなかったわ。敢えて結婚相手の名前は聞かないぞ。ルーカスだったらライラさん可哀想だしな。


「でもホントに歳を取らないのね。あんただけじゃなくて日本人ってみんなそうなの? 全員20代前半にしか見えないわ。私なんかホラ、もう30代半ばでお腹も出ちゃって……」


「それが日本人の特性だ。40代半ばの更年期にさしかかると脱皮して一気におっさんおばはんになるんだ。アジアン・メタモルフォシスって言って有名なんだぞ」


「それにしたってねえ……やっぱりアンタ達の誰かが魔法使いなんじゃないの? 結局南米がどうなったかは私もちゃんとチェックしてなかったんだけどさ」


 ああ……ベアタミイロタテハを南米で盛大に繁殖させた年の話だな。あの年南米で騒動が起きれば俺が魔法使い、起きなければ市川さんが魔法使いってクロエに言われていたんだっけか。


「魔法使いだったら両手両足と目ぇ潰されたりしないよ」


「確かにね。なんだかえらい目にあったみたいだけど、きっと日頃の行いのせいよ。毎週教会に行って懺悔でもすれば?」


「断る」


 うん。やっぱり皮肉と憎まれ口の応酬は俺の会話のメインフレームだな。どうも優しい空間は性に合わない。


◆◆◆◆◆


 その夜、俺はネオイリアのスタッフ達を見送った後にホテルのミーティングルームを借りて、現状の仔細な報告を受けることにした。


「もう少しゆっくり療養しててもいいんじゃないの?」


「今年のノルマがまだだからな。俺の事情を『あいつ』が考慮してくれるかどうかが判らん以上、復帰は早いにこしたことはないさ」


「世知辛いわねえ……じゃ、始めるわよ」


 市川さんは「羊飼い」の内紛、離脱に始まる崩壊の様子を貴子さんの現地で拾ってきた情報と合わせて明解に報告してくれた。相田がそれに数字の裏付けをしてくれたおかげで傾向がひと目で分かるのは有り難い。


「つまり、ベルンハルトの担当地域だったインドも人口が停滞してるのか?」


「インドはもともと、1950年台から人口抑制政策は取ってたんですよ。ただ、全部失敗していただけで……どうもその失敗の理由の一端が『羊飼い』達による的はずれなコンサルティングや制度設計にあったようで……。

ホラ、もともと一次産業重視の多産多死型人口構成な上に穀倉地帯も充実してるという人口抑制論者からすると無理ゲーまっしぐらな人文地理学的要因を抱えてましてね。人口爆発は自然の理だったんですが……」


「ええと、つまりどういうことだ?」


 さすがに、知性のリハビリはまだ済んでいないせいか、久しぶりの情報量の多い会話は日本語でも混乱してしまう。


「ええと、これからしばらくインドは世界一の人口を持つ国であり続けますが、いくつかの人口抑制策が功を奏しつつあり、人口はおそらく増えません」


「すると、あとはアフリカだけだな……」


「『羊飼い』の活動が弱まったせいでアフリカも人口増加率が落ちてるわ。今年だけかも知れないけどね」


 市川さんの報告と相田の統計情報を見るとよく分かる。「羊飼い」はトロッコの最初のひと押しや、途中の車軸への油差しをやっているだけで、全力で人口を増やすための動力を提供していたわけではなかった。理性の希薄な人間達の増殖願望を効果的に煽り、増殖を阻害する要因を排除することで加速させていたのだろう。


 その「羊飼い」達の活動が無くなった今、増殖願望をドライブするための油が切れた地域や住民が理性を取り戻した地域では人口の増加が緩慢になってきているというわけだ。


「なんか全体的に……いい感じに進んでいるな」


「そうね。あとは『羊飼い』の残党をどうするかなんだけど―― 殲滅しとく?」


「う、殲滅かぁ……うーん……」


 荒事の結果として自分がこれだけ周りに迷惑をかけ、なんとか復活した直後に別の抗争を始めるとかどうなんだ? いったいどこの武闘派組織なんだよ影山物産は……。


 ピ――――――――――


 ピ――――――――――


 ピ――――――――――


 そんな悪の秘密結社の作戦会議の最中、一本調子な警告音が大音量で頭に鳴り響いた。ビルの入口でよく聞こえる犬よけのモスキート音を何倍にもしたような不快さだ。


「うわっ!」


「きゃぁっ!!」


「なにこの音!」


「どうしたんですかっ? 皆さん!」


 市川さん、貴子さん、相田にシャーロットは耳を塞いで苦しんでいる。一方で瞳には聞こえていないようだ。


 ということはこれは「あいつ」から能力付与された人間に起こっている現象か。

 なんだ?

「羊飼い」がまた能力者封じの奇策でも考えてきたのか?


「あ、止んだ」


「あ、ほんとだ。良かったわ。うるさいったらありゃしない」


「『羊飼い』の新たな超音波兵器かなにかかと思いましたわ……」


 気がつけば皆が俺の周りに集まって、俺を守るような体制になっていた。それに気がついた俺はこっそり感動していた。守られているという事も嬉しいが皆の心根がさらに嬉しい。


 数分しても外部からの敵の侵入がないことから、俺達は警戒態勢を解いてまた会議のテーブルに着いたが気になるのは先程の音だ。耳というより脳に直接響くような大音量が数十秒も続いたのでちょっとくらくらする。きっと皆も同じだろう。


「今の音、何だったんだろうね、瞳さん?」


「いえ、私には何も聞こえませんでしたが?」


 シャーロットにも瞳にも、もちろん他の誰にもその音の正体には見当がつかなかった。


「あ……」


 貴子さんが何かを見つけたようだ。皆の視線が集まる中、貴子さんの顔は困惑の色を隠せないでいる。


「皆さん、ちょっと能力を発動しようとしてみて下さいな。実際に発動しなくてもいいので……」


「?」


 貴子さんの言う通りに目の前のコーヒーカップをターゲットし、レジストリを展開しようとした俺の頭の中に現れたのは、システムメッセージとでも言うべきものだった。


────────────────────────

 

【運営より】 バージョンアップのお知らせ


お客様へ


 日頃のシミュレーションへのご参加ありがとうございます。かねてよりのアナウンスどおり、運営母体の変更に向けて、現開発陣による最後のアップデートを行います。


これに伴い、◯※▶ にシステムを一時停止します。進行中のシミュレーションはシステム側で保存し、アップデート後シミュレーションは自動再開しますが、アップデート前のセーブデータは今後利用出来ませんのでご注意下さい。


 詳細なアップデート情報は後日お知らせします


────────────────────────



 ……なんだこりゃあ……?




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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 私も、酒勧められて遠慮したのはなんでかなぁ?(リチウム電池でやらかした時、酒入ってて寝ぼけてだっけ…?)と思っていたのですが、下感想のやり取りで解決しました。 …
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