第百三十五話:元の鞘へ
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「え……?」
エレベータを降りたシャーロットの眼前に広がっていたのは、そこが本当に地下なのかと疑いたくなるほどの空間だった。
良くある薄暗くジメジメして狭い地下室といったものではない。長い廊下にいくつものドア、高い天井にシャンデリア、上品な白壁 ―― ここが地上階と言われればそのまま信じてしまいそうな内装だ。
警備の人間の姿はなく、代わりに廊下に立っていたのはシャーロットそっくりのロボット、8体のエリザベスⅡだった。
だがこのエリザベスⅡはシャーロットが良く知る接客用ロボットではない。こいつらは人間を見つけると顔認識を行い、侵入者と判断すると目を焼くレーザーを相手の顔に照射する物騒な自律型警備兵器なのだ。
エリザベスⅡの部隊は、今やベルンハルトにとって最も頼もしい存在と言っても過言ではない。何より、エリザベスⅡは影山を一時でも無力化したという大きすぎる実績がある。
最終防衛ラインとも言えるこのフロアに配備されている事実こそが彼のエリザベスIIへの信頼を表していた。
だが、シャーロットにとって眼の前の8体のロボットは自分に似せて作られた障害物でしかない。彼女は大きく息を吸い込んで、市川の提案した作戦を迷うことなく実行に移した。
「全員注目!」
廊下に響き渡るシャーロットの号令。その音源に向けてエリザベスⅡが一斉に振り向いた。一定以上の音量の肉声に顔を向けるのはエリザベスシリーズの規定動作だ。
「よし、規定動作は生きてるわね」
エリザベスのソフトウェア構成を正しく理解していないと規定動作は無効化出来ない。ベルンハルト陣営は規定動作を応用する方に知恵を絞ったが、無効化はしなかったようだ。
知恵を絞った結果が、目を焼く高出力レーザーなどという鬼畜仕様なのは笑えないが――
シャーロットはエリザベスⅡ達がどのようにレーザーを使うのか、相田と市川から情報を得て理解している。
対策は簡単。レーザー避けのサングラスをきっちりかけて、こちらの大声に反応してレーザーを照射して来た個体を全部ぶっ壊せばいい。
「さて……どうなりますか」
キュィィ……
静かなモーター音を立てて動きを再開したエリザベスⅡ達は、シャーロットがまるでそこにいないかのように無視し、廊下を歩き始めた。シャーロットの存在を認識してはいるが、レーザー攻撃に必要なフェイストラッカー(注1)は作動していない様子だ。
「ビンゴ!」
リクルートスーツを来たシャーロット、それは廊下に配備されていたエリザベスⅡの姿そのものだ。「多頭飼い」の際の混乱を避けるためにエリザベスシリーズの顔認識機能は同じエリザベスを無視するようにプログラムされている。
であれば、エリザベス達の原型であるシャーロットもまた、無視される筈――そう考えて市川はメーカー純正のリクルートスーツをシャーロットに渡したのだ。
屋敷内にエリザベスⅡが多数配置されているかも、という市川の予想は見事的中。対策もほぼ完璧に近い。
あとは簡単。いつレーザーが飛んでくるかも知れないエリザベスⅡの顔を注視せずに破壊して行けば良い。彼女は一体ずつ慎重に、エリザベスⅡの耳から目に抜けるように弾丸を撃ち込んで機能を停止させていった。
「これで全部ね」
数分後、撃たれたエリザベスⅡの大半は機能を停止していた。
シャーロットは自分と同じ姿形をしたロボットを撃つことに何のためらいも無い。少し生まれた複雑な気分も、いくつ扉を開けても影山達が見つからない苛立ちを前にだんだんと薄れていく。
いつ地上から増援が来るかも分からない。今となっては貴子達を信用するしかないが、自分がヘタを打つのはなんとしても避けなければ――
目についた扉を次々に開けていくシャーロット。しかしどの部屋にも人の気配はなく、扉を開けるたびに溜息が漏れ、それが舌打ちに変わって行く。
最後に残った廊下の突き当りにある扉を開けた時、ようやく人の姿らしきものが見えた。仄暗い部屋の奥で一心不乱に金塊をカバンに詰め込んでいる老人と若い女。映像で見たベルンハルトと孫のアンネリーゼで間違いない。
その隣で、廃人のように座り込んでいる男を見つけた瞬間、シャーロットの瞳は大きく見開かれた。
「……っ!」
影山だ! 髭が伸び放題でやつれ果て、中空を見つめてブツブツ言っているが、間違いなく彼だ! シャーロットは心の中で快哉の声を上げた。間に合った! 間に合ったのだ!
そんな喜びもつかの間、シャーロットは部屋に漂うツンと鼻につく異臭に気がついた。医者の卵のシャーロットには覚えのある匂い。怪我をろくに治療せずに放っておくと傷口が腐敗して化膿し、こんな匂いになる。
腱を切られ、関節を破壊された痕―― それを影山の手足に見つけたシャーロットの怒りは頂点に達し、当然、その矛先は目の前にいた2人に向かった。
「だ……誰だっ⁉」
侵入者に気付いたベルンハルトは金塊をカバンに詰めるのを中断し、同じカバンから拳銃を取り出した。アンネリーゼもベルンハルトの声に手を止め、不安そうに周囲を見渡す。
緊張した面持ちで銃を構えたベルンハルトだったが、扉の方に見慣れた影を見つけるとホッと胸を撫で降ろした。
「なんだロボットか。脅かすな……」
ドゥンドゥン!
銃声。次の瞬間、アンネリーゼは頭部から鮮血を幾筋も出して倒れ込んだ。
「なっ……?」
「おいジジイ……このひとに何をした……?」
声も上げず血の海に倒れこむアンネリーゼ。驚愕の表情でベルンハルトが再び扉の方を振り返ると、そこには怒りの表情で銃を構える、ロボットとは似ても似つかない女の姿があった。
「お、お前はロボットじゃないのか!?よくも孫を!」
慌てて銃の引き金を引くベルンハルト。だが震える手で撃った弾はそう簡単には当たらない。
「答えろ。この人に何をした」
「ヒッ……」
「何をしたと聞いているッ!」
「うわああああ!」
ベルンハルトはもう一度引き金を引こうとしたがその指は虚しく空を切った。銃はベルンハルトの手から消え失せていたのだ。
「なっ?」
状況が整理できず混乱するベルンハルト。その腹をシャーロットは間髪入れず手加減無しで蹴り上げた。
ベルンハルトはもんどりうって倒れるが、シャーロットの追撃は止まない。ベルンハルトの膝は逆方向に力いっぱい踏み抜かれ、べキッという嫌な音とともにその関節はあらぬ方向に曲がった。
「あががが……ぐひっ……」
既に命の取り合いは始まっている。シャーロットには相手に立て直す余裕を与える気などさらさらない。
激痛に悶えるベルンハルトの頭上に振り上げられたのは近くにあった金属の棒だった。普段、影山を打ち据えるために使われていた棒だ。その棒が振り下ろされるとベルンハルトの鎖骨は簡単に折れた。棒が2度、3度と振り下ろされる度にシャーロットは的確に、そして精密にベルンハルトの躰を壊していく。
交渉も無駄話もしない。シャーロットには相手の都合や動機など徹頭徹尾どうでも良いのだ。
散々に壊されたベルンハルトはあまりの痛みに呼吸をするのさえ難しくなっていた。金塊が転がる独房にはアンネリーゼの血が流れ、ベルンハルトの嗚咽がか細く響いたが、それも鳴り止まぬ雷鳴にかき消されていく。
シャーロットはベルンハルトを視界の端に捉えながら、慎重に影山の周りを見て回った。何か薬物を注射されているなら、それを特定しなければ治療が遅れてしまう。薬品の手がかりだけでも見つけなければならない。
「あった……これね」
部屋の片隅の引き出しの中に綺麗に置かれた注射器と粉包みをいくつか回収すると、シャーロットは再び影山の傍に転がるベルンハルトの腹を2,3発無言で蹴り飛ばし、目の前の床に2発銃弾をぶち込んだ。
「ヒィィィっ!」
恐怖に失禁するベルンハルト。シャーロットは彼の顔を力いっぱい踏みつけると、銃でベルンハルトの股間を撃ち抜いた。
「あああああああああああ!」
「もういらないだろ、それ」
シャーロットが凍てつくような目で最後の銃弾をベルンハルトの腹に撃ち込む。ベルンハルトは短い悲鳴を上げ、白目を向いて転がった。ここで意識を失ったのはベルンハルトにとって最後の幸運と言って良いだろう。少なくとも彼がこれ以上苦痛を感じることは、ない。
弾を撃ちきった拳銃をベルンハルトに握らせたシャーロットは、最後にもう一度だけ彼の頭を蹴飛ばすと、影山の方に向かった。
「迎えに来たよ。遅くなってごめんね……帰りましょう影山さん」
放心している影山の頭をそっと抱き寄せるシャーロット。その顔には、先ほどの夜叉の如き顔とは似ても似つかない聖女のような笑みが浮かぶ。
目の前の凄惨な光景にさえ心ここにあらずといった顔の影山を抱き上げると、彼女はディゾルブを発動し、影山とともにその場を後にした。
「相田さん、影山さんをお願い。ひどく衰弱してるけど命に別状は無いと思う」
「お疲れさん! さすがやな!」
「薬物中毒の疑いがあるわ。暴れるかもしれないからしっかり見てて」
停めてあったメルセデスの後部座席に影山を寝かせると、シャーロットは影山のケアを相田に任せた。自らは無線機を手に取って、今、この場で生きている誰にとっても待望の一言を放つ。
「要救助者の救出に成功。これより事後作業に移って下さい」
それを合図に貴子が手はず通り市川を空に放り上げた。市川の視界いっぱいにコバルトと銅の露天掘鉱山の採掘現場、そしてその現場を眼下に望む小高い丘が広がる。
「ンッ……」
市川の気合とともに、丘全体に地鳴りが響き渡った。地滑りだ。丘はそのまま土石流へと変わり、鉱山の方へと滑り落ちて行く。雨降る夜の闇の中、土石流は巨大な質量の奔流となって山肌の全てを巻き込んで麓の鉱山へとなだれ込んだ。
作業員達の悲鳴、怒号が夜陰に響くが、それも雨と地響きにかき消されていく。小半時もしないうちにすり鉢状にえぐられた露天掘り鉱山は4分の1が土砂で埋まってしまい、丘の上にあったベルンハルトの屋敷は跡形もなく地中に没してしまった。
「仕上げを御覧じろ、ですわね」
そう言うと貴子と市川は強力な磁力と電磁波を一帯に展開した。地中のどこかにあるであろう電磁記録を葬り去るためだ。
「こんなものかしらね」
およそ2分の作業の後、市川と貴子は軽く手をパンパンっと鳴らし帰路についた。二人の心中には感傷も達成感もない。ただ影山の体調への憂いと焦りがあるのみだった。
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「あーあ、どうすんだこれ……」
地滑りから難を逃れた鉱山の作業員達は呆然と立ち尽くしていた。職場は埋もれ、雇い主はおそらく屋敷ごと土砂の中。諦めと混乱、そして明日からの生活への不安が現場を渦巻いていた。
「ん?なんだそれ」
「お屋敷の中にあったもんだろう。もらっとこう。なんかの足しにでもなりゃいいが」
「お……俺も探すぞ!」
すぐに救助活動が始まることはなかった。救助そっちのけで壊れた屋敷の残骸の中から金目の物を持ち出す作業員が続出したのだ。救助活動らしきものがまるで行われず、作業員同志がパワーショベルの座席をめぐって争い、掘り出した物を奪い合うだけの時間が延々続いた。
救助隊を呼ぶと自分達の火事場泥棒の所業がバレてしまう。現地の作業員達は一致団結して救助隊への通報を遅らせに遅らせた。それが原因でこの地滑りでの死亡者数は跳ね上がる結果となってしまった。
「だからあんまり木を切りすぎちゃなんねえってあれほど言ったんだ」
誰かがそう言ったせいで、地滑りは木を切り過ぎて保水力のなくなった山で起こりがちな自然からの反撃ということで片づけられた。
また、半腐乱・細切れ状態で発見されたベルンハルトとアンネリーゼの死体を見た捜索隊と地元警察は、ヘロインの依存症だったベルンハルトが禁断症状を起こして狭い室内で銃を乱射した結果、アンネリーゼを射殺し、自分も跳弾を受けて死んだと結論付けた。
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影山は鎮静剤で寝かされた後、シャーロットによってロスアンゼルスのルーカス邸に運ばれた。東京勢もシャーロットのピストン輸送で同じくロスアンゼルスへ。相田と貴子にとっては初めてのルーカス邸訪問になる。
面々がずぶ濡れになった服を乾かし、シャワーを浴びた後に影山の様子を恐る恐る確認する。壊された影山の心身の状態はお世辞にも無事とは言えない有様だ。拉致されたからにはある程度の事はされているだろうと覚悟していた彼女達でさえ、正視に耐えない状態だった。
「とりあえず、まずは取り返したわね」
全面的な大成功ではないことは助け出された影山の姿を見た全員が理解していた。だが、これ以上状況が悪くなることはない。それが救いといえば救いだった。
「さあ、お祝いだ!」
シャーロットのリクエストで瞳がピザとオードブルの出前を頼み、全員が食卓を囲んで影山奪還の成功を祝った。
影山の治療、そして復活には時間がかかることが予想される。彼女達はこれからの事についてじっくり相談した。
瞳の植物性アルカロイド(注2)中毒についての知識が今後役に立ってくれることは間違いない。外傷についてはシャーロットが「勝算があるから大船に乗ったつもりでいろ」と胸を叩いている。
2人の頼もしい知見を信頼することにした市川、貴子、相田の3人はロス勢に影山の治療を任せ、翌日東京へ戻った。自分達に何も出来ないのであれば、せめて足を引っ張ることはやめよう。そう3人で申し合わせての行動だ。
「ところで貴子、なにそれ?」
「い、いえ、なんでも無いのよ。なんでも……」
「だって、言えばイッチー絶対怒るんだもの」
貴子の腕に抱えられていたのは日本に帰るなり大量に買い込んだ自動車雑誌やDIY雑誌だ。
頑なに回答を拒否する貴子を見て、相田はウンウンと頷いていた。
(注1) フェイストラッカー……読んで字のごとく、近くにいる人間の顔をできるだけ追尾する機能。
(注2) 植物性アルカロイド……窒素原子を含み、ほとんどの場合塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称。植物毒やカフェイン、麻薬の成分はここ分類されることが多い。




