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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百三十三話:縁の下のカネ持ち

★★★★★


「一人で行くですって? 絶対ダメよ。危険すぎるわ」


 影山が囚われている場所を突き止めたシャーロットが単独で現地に乗り込むという。その決意に市川は反対した。武装した警備員達相手ではシャーロットといえど無傷では済まないだろう。市川には、シャーロットは気持ちが先行しすぎて戦力差を考えていないように見えた。


 思えば影山も相手を舐め過ぎていた。相手はこちらの能力発動を理解した上で対策を講じている。シャーロットに影山と同じ轍を踏ませるわけにはいかない。


「どうして? こうしてる間にも影山さんは死ぬかも知れないよ? そこ考えたら単独突入以外に手は無いでしょ?」


「駄目よ。どうしても行きたいなら一旦東京に来て、私達を拾って行きなさい」


 シャーロットは能力獲得以来一度も東京に来ていないため、東京へのテレポートはできない。市川たちを拾うには一日かけて飛行機で東京に行くしか無い。

 影山が命を削っているであろう一日をそんなことに使えと言うのか。


「いい加減にしなよ! アンタ達を拾って行って何か役に立つの?」


 確かに人間一人を幽閉された場所から救い出す手段を持ち合わせているのは東京勢では貴子だけ。その貴子も、アフリカのど真ん中にはセーフハウスを持っていない。


「簡単にブチ切れてんじゃないわよ……。現地に武装した警備員がいるんでしょ? 貴方一人で行くより私達もいたほうがいいと思わないの?」


「若い女が揃って夜中に屋敷の周りをウロチョロしたら怪しまれるか攫われるかよ。結局何も出来やしないわ! どうしてそんな悠長に事を構えてられるの? 平和ボケ? この状況で?」


 貴子や市川が現地に乗り込んでも何の役にも立たないかも知れない。立つかも知れないがそのために2日も現着を遅らせる意味があるのか。激しく詰め寄るシャーロットに、市川は何も言い返せない。


「ただ近くで観戦したいだけじゃないの? それにアンタ達、ほんとにちゃんと探した? 場所だって、アフリカにあるってだけでただのベルンハルトの別邸よ? なんで真っ先にチェックしてないの?」


 言いたい放題だがその通り、東京にいた3人は影山の捜索で何一つ結果を出せていない。挙げ句に影山を単独で探し出し、これから救出に赴くと言うシャーロットを制止している。シャーロットが怒るのも無理はない。


「全員で救い出したって(てい)が欲しいだけなら黙ってて。私は影山さんを救い出せればそれでいいの。アンタ達のプライドまで救ってやるつもりはこれっぽっちもないのよ!」


 市川は何か言い返そうとして止めた。このまま水掛け論をするより、シャーロットの突入の成功率を上げる計画を立てた方がいくらか有益なのだ。


「解ったわ。私もなんとかして現地に行くけど、一人で駄目だと思ったら一旦引くのよ?」


「失敗はしないわ。現地時間で午前2時に突入するから。それまで少し寝るから起こさないで。それと社長室のロッカーにある銃、借りるわよ」


 そう言うとシャーロットは一方的に電話を切った。


「えらい言われようやったけどなんも言い返せへんわ……。アフリカのど真ん中かぁ……ヨーロッパとかインドばっかり探してしもてたわ……面目ない」


「あんなところ、壬生の情報網でも無理よ。それにシャーロットは来るなとは言わなかったし、今すぐ突入するとも言わなかった。突入時間まで言ったって事は、来れるもんなら来てみなさいって言ったのと同じよ」


「そういうもん?」


「少なくとも、間違ってはいないと思うわ」


 言語化したせいで複雑な思考が形を帯びると、人間はそのシンプルさに固執することがままある。今の市川はまさにそれで、彼女は自分の口から出た言葉にすがりついていた。


「貴子、コンゴから一番近いセーフティハウスってどこだったかしら」


「イスタンブールかしらね……」


 貴子は既にライダースーツに身を固めていた。前回の北欧上空の寒さが相当堪えたらしく、今回は冬用のライダースーツだ。


 前回デュッセルドルフからイェーテボリまで跳んだ連続ジャンプは1200㎞。今回はその5倍弱の5670㎞だ。準備をきちんとしなければ上空の低温や空気との摩擦に耐えきれずコンゴに到着する前に命を落としかねない。


 スウェーデンから戻った時、貴子は影山に何度か緯度経度からディゾルブ先の座標を計算して跳ぶ方法を教わったが、そもそも発動原理がレグエディットのディゾルブと貴子の天然テレポートでは何かが違うらしく、計算後の座標には跳べなかった。だから貴子は今でも目で見た場所、行ったことのある場所にしか跳べないのだ。


「あれ? ナポリの方が近いんじゃないの?」


「無理よ。途中に雲がないサハラ上空を飛ぶことになるわ。雲から雲に渡れないと時間の短縮が出来ないのよ。それにコルウェジならイスタンブールのほうが近いわ。車も置いてあるし」


「車? 車が関係あるの?」


「……ううん。こっちの話よ」


 貴子は首を振り、力なく笑った。これまでにない超長距離の移動が不安なのか、冬用の装備をみっちり着込んでいるのに彼女の顔は真っ青で、歯はガチガチ音を立てて震えている。


「どうしたの? 貴子。体調でも悪いの?」


「ううん。む、武者震いっ!」


「そう……いつも大変な役をやらせて悪いわね。気をつけて。今回は時間的には余裕があるから」


 市川の声が貴子の耳には届いている様子はない。相田はそれを見て、貴子が何をしようとしているのかが判ってしまった。


「貴ちゃん! 貴ちゃん聞いて!」


 貴子は今にも泣き出しそうな顔をしている。それでも貴子は行くのだろう……影山を助けるために。 


「移動は夜やろ? ええか? 向こうについたら口は絶対に開けときや? 絶対にやで?」

 

 それを聞いた貴子の顔に苦笑いが浮かぶ。


「……ええ! 行ってきます」


 貴子はヘルメットを脇に抱え、市川と相田に敬礼をするとそのまま消えた。


「口を開けとけって、何……?」


 気にはなったが、追求している暇はない。市川は自分が今、何をするべきかがはっきりと解っている。今は自分が出来る限りの準備と戦術のバリエーションを考え、シャーロットの突入を成功させることに全力を尽くす時なのだ。


★★★★★


 イスタンブール郊外のエイドスの森。貴子のセーフハウスはそこから少し北に行った住宅密集地にある。本格的に住むわけではないので適当なコンドミニアム一室と駐車場、そして中古にしては程度の良いメルセデスが一台置いてあるだけだ。


 車を買った事に特に意味はなく、スフヤーンのような中東系の人間と今後も仕事をするのであればこの辺りを見ておくのも勉強になるかも―― そういった軽い気持ち、言ってみれば衝動買いだった。


「それがまさかこんなところで役に立つとはねえ……」


 貴子は日本から持ち込んだアルミのテープを車の窓や後部座席のドアの接合部などに貼り、入念に目張りをした。メルセデスなどの高級車は様々な外的要因から利用者を守るため気密性を高く保つ構造をしているが、それを補強しているのだ。


 今、イスタンブールは……そしてコンゴは朝8時。コンゴへ最も素早く移動できるルートはアンカラからコンゴの首都キンサシャまで飛行機で12時間かけて……ということになるのだが、テレポートでイスタンブールに来た貴子には合法的な出入国記録が無いからそれは出来ない。ここ数ヶ月で高めたテレポート能力を使ってどうにかするしかないのだ。


「9秒か……まあ、それよりはもつでしょうよ」


 シャーロットの襲撃予定は午前2時だ。貴子は夜に備えて軽く食事を取り仮眠を取った。


「さぁて、行きますか……」


 夕方、貴子はメルセデスをエイドスの森に向かわせた。

 未舗装路が多くて横にそれるとすぐ林道になるこの森の道は細く、夕方の車の行き来は稀だ。だから当然、林道にそれた車がどこに行こうが気にする人間もいない。


 貴子は林道の奥深くで車を駐めると、これから跳んで行こうとする地点をひたすら世界地図で見つめ、頭に叩き込んだ。


 10月終わり、イスタンブールの夕方の森の中、幻想的な夕焼けが終わると空はコバルトブルーに染まり、明るい月が顔を出す。それを確認した貴子はメルセデスのエンジンを止め、日本から持ってきておいた大容量の酸素缶の中身を3本分車内に開放し、さらに一本を片手に持った。


 貴子の顔が緊張と覚悟で紅潮する。次の瞬間、貴子はストップウォッチのスイッチを押し、38万km彼方に光り輝く半円の銀盤を見つめ、メルセデスともども跳んだ。


 月面―― 貴子は、目的地のコルウェジが目視出来る最高到達点へと一瞬でたどり着いた。


「うぉあああああああっ!」


 貴子は叫んだ。何をどう叫んでいるのかは自分でも分からない。だが相田の言う通り口を開けておかなければ肺が破裂するかもしれないのだ。なんでもいいから口を開け、手に持った酸素をぶちまけろ。それからが勝負だ!


 貴子に使える時間は生身で9秒。メルセデスの中の空気と気密性をあてにして20秒と少しと言ったところか。正確に計算したわけではない。NASAの職員だか学者だかが、宇宙空間に生身で放り出されても9秒から12秒は意識があると言う話を鵜呑みにして、それを自分のタイムマネジメントに盛り込んだだけだ。


 9秒の間に夜のアフリカ大陸から地図で見たコルウェジのだいたいの場所を特定し、跳ぶ! 多少の誤差はアリだ! 5秒を過ぎて無理そうなら戻って再チャレンジすればいい。そう、これは失敗が出来るチャレンジだ!


 ラゴス、ナイロビの大きな光、それと直角三角形を作る頂点…… 雲の隙間に見える筈のコルウェジの街の小さな光点を貴子は目を皿のようにして探した。


 ゴゴッ ブブバッ


 窓のパッキンが嫌な音を立て、ストップウォッチの数字は容赦なく進む。


 「そこっ!」


 焦りながら見つけた光点から北東へ少しずらした暗い闇を目指して貴子はテレポートした。貴子がテレポート終了と同時に地球との位置エネルギー差を低くしたおかげでメルセデスはとすん、と軽くサスペンションを沈ませ着地する。


 貴子が涙目で最後にチラ見したストップウォッチの数字は7秒5だった。成功だ。


「ふ……ふふふ……こ……怖かったぁ……」


 貴子が到着したのはルブンバシの郊外だった。コルウェジからは実に270㎞離れていたが、貴子にしてみれば大成功以外の何物でもない。


 キュルルル……ブォンッ!


「うん、さすがベンツ、5秒くらいの真空では壊れないのね。でもきっとあちこち(いた)んでるわよねぇ……」


 貴子はそんなことを一人呟きながら、夜の高速道路を、一般道を、未舗装路をメルセデスで西へ突っ走る。途中銃を持った連中の怪しい検問もあったが適宜テレポートで切り抜け、コルウェジに到着したのは3時間後の夜10時半を過ぎた頃だった。


「ざまあごらん褐色娘。まだまだ負けませんわよ……」


 それは、誰に聞かせるでもない貴子の勝利宣言だった。


 前回やったデュッセルドルフからイェーテボリへの、テレポートとディファレンス・メーカーを併用した移動は貴子にとって心身ともに負担が大きく、かなりの無茶だったのだ。あれの5倍の距離を同じ手段で移動するとなると、おそらくキリマンジャロあたりで引き返すか死ぬかのどちらかだっただろう。


 この負担の大きさを知らない市川が自分に気軽に注文して来るのも無理はない。しかしそれは貴子にとっては死ねと言われるのと同じだった。

 だが、状況的に出来ないの一点張りで固辞するわけにも行かない。結果、貴子には知恵と工夫を凝らした突破口が必要となり、彼女はまさに命がけでそれをやり遂げたのだ。


 事細かにこの計画を市川に説明すれば、シャーロットの突入と同じように止められていたに違いない。失敗のイメージをありありと語られて。

 貴子はその失敗のイメージを脳の片隅にすら置く事を拒否し、何も言わずに一人イスタンブールへと向かったのだ。


 夜一時、日本時間で朝8時――


 貴子は車を置いて一度東京へ戻り、準備万端の市川と相田を連れてコルウェジに戻っていた。


「ようやったなあ。貴ちゃん」


「うふふふふ」


 ペシペシと貴子の肩を叩いてその勇気と成功を讃える相田。ドヤ顔全開の貴子。市川には今ひとつ状況が掴めない。


「あ、そうだ。貴子、疲れてるところごめん」


 下見を終えた市川は貴子に、自分を東京に戻してくれるよう頼んだ。シャーロットに連絡を入れるためだ。


「あー、シャーロット? こっち、もう全員揃ってるんだけど…… 今、目標から2kmの地点。車の中で女子会中〜」


「! ……あは、さすがね。お手伝いは頼めるのかな?」


「もちろんよ」


「じゃ、現地でね」


 短い連絡が終わると貴子と市川はコルウェジに戻り、車を発進させた。もちろん目的地はベルンハルトの屋敷だ。


★★★★★


「はあ? これ着て戦えって言うの? 正気?」


 コクリと頷く市川。彼女がシャーロットに渡したのは通販で買った戦闘服ではなく、日本の大学生が企業の面接行脚で着る、あのリクルートスーツだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] む、無茶しやがって……((((;゜Д゜))))))) 生きてて良かった〜(´;ω;`)
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