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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百三十二話:地獄に仏

★★★★★


 現れた人物……「あいつ」をシャーロットは微動だにせず立ちすくんで見ていた。ブレーキサービスとはなんのことはない、「アブソリュート」を発動する際の注意書きを口頭で教えてもらうサービスだったようだ。

 意を決しての脱・日常行動だっただけに、シャーロットはその凡庸な展開に落胆していた。


 今更チュートリアルに用はない。さっさとお引取り願って、影山の救出策を考えなければ――。


「ごめんなさい。つまらないことで貴方を呼び出してしまったみたい。『アブソリュート』の起動に関するリスクについては影山さんからきちんと説明を受けてるんだ」


「そうか。では失礼することにしよう。気長に頑張ってくれたまえ」


 「あいつ」が身を翻して去ろうとした時、シャーロットの頭の中を直感めいた何かがよぎった。このまま、はいさようならと別れて良いのか……? 直近の自分の最大の課題に、この超強力な存在の協力が得られる可能性は?


 次の瞬間、シャーロットは全身全霊で叫んでいた。


「待って! 待ってください!」


「何か?」


 その声の真剣さに「あいつ」は足を止め、(きびす)を返してシャーロットに向き直った。


「影山さんが、その……姿を消して、もう1ヶ月以上も行方不明なんだ。貴方は彼がどこにいても、こうやって白い部屋に呼び寄せられるんでしょ? だったら、どうか彼をここに……! お願いします」


「ふむ。どこぞの団体と闘うと言っていたが失敗して(かどわ)かされでもしたか。彼も存外情けないな」


「……逆に向こうの組織に貴方からもらった力を利用されてるみたい……」


「なるほど、しかしそれは難しい。こうやって私が君の前に現れる事が出来たのは、もともと君の能力付与の際のアフターケアとして事前にマナを吸い上げられているからできた話だ。前にも言ったかもしれんが、君達に何かするには結構なマナを消費する。そして残念だが、彼をここに召喚するだけのマナを私は持ち合わせていないのだ……」


 マナが足りない―― 前回、4人にガチャを引かせたのが大きな負担になっているようだ。


「それなら、私を影山さんのいる場所に送り届けて貰えませんか? 元の私の家ではなく。それならできるでしょ? どうせ私の送還先の座標は再計算しなければならないんだし」


「む……」


 シャーロットはこのやり取りの中でも凄まじい勢いで思考を加速させていた。例えばこの送還先の座標についてもだ。自分をロスの自宅に送り返すのが単純な作業である筈はない。「あいつ」と自分とでは使用している座標系も距離の単位も異なるのだから。


 14の銀河をシミュレートしている「あいつ」が普段から座標計算の原点を地球にしている筈がない。となれば、自分が送り返されるべき場所の座標は「あいつ」が裏で面倒な計算をしているに違いないのだ。地球は自転し、公転し、太陽ですら銀河系の辺縁部を高速で動いている。「あいつ」にとって自分を元の場所に戻すという事はとんでもなく面倒で複雑な計算が必要な作業の筈だ。


 であれば、その複雑で面倒な計算をするのか、「あいつ」が感知できている計算いらずの影山の座標をそのまま入力するのかでは後者の方が楽に違いない。そうシャーロットは判断し、その判断に賭けてみたのだ。


「しかしだな、一応……」


「お願い!」


「召喚された者の利便を優先し、元の座標に戻すというのが……」


「私にとっての利便は送還場所の変更です!」


「困ったな……そういうのはやったことがない。出来る出来ないで言うと出来るんだが、その……」


「私は! あの(ひと)が困った時に! 絶対に! (そば)に居なきゃいけないの! お願いだから! これっきりでいいから! 何なら、これが終わったら私の命を捧げてもいい!」


 シャーロットは涙ぐみながら絶叫し、膝を付き、「あいつ」に懇願した。シャーロットにとってはラゴスで当たり屋をやっていたころに演技で散々やったポーズ。だが今回は演技ではなく本心からの行動だった。


 「あいつ」の価値観や心情(メンタリティ)が地球人類のものと同じ保証はどこにもない。民族や宗教が変わるだけで人間はまるきり違う行動原理を持つものだ。まして次元の違う、人類ですらない存在が自分の心情を理解し、願いを受け入れてくれるのかどうか。


 しかし、シャーロットにはこうするしか無かった。こうすることしか出来なかった。「あいつ」がこの白い空間で人間に寄せたアバターを現出させていることから、そして前回、市川の願いを聞き届けたことから、彼は少しでも地球人類(こちら)を理解しようとする意志はある、その仮説にシャーロットは賭けたのだ。決して打算からではなく、祈りにも似た何かがシャーロットに膝をつかせたと言っていい。


 1~2分ほどだろうか。白い空間の中でシャーロットと「あいつ」、お互いが微動だにしない静かな時間が過ぎた。シャーロットの目からこぼれ落ちる涙が白い床に作った小さな水たまり。それを見た「あいつ」はふぅっと溜息をついて頷いた。


「やれやれ……ちょっと待っていなさい。そのまま彼の座標に君を送ると君と彼が原子衝突をおこしてしまう。少し離れたところに送るが文句はないね?」


 根負けした「あいつ」が小さなスマートフォンのようなデバイスを取り出してなにかの操作を始めた。「あいつ」の優秀な翻訳機がシャーロットの心情やロジックを完璧に翻訳して「あいつ」に伝えたため、「あいつ」も知的生命体として首を横に振ることなど出来なかったのだ。


 シャーロットは山が動いたことを理解した。


「あ……ありがとうございます……! ありがとうございます!!」


「君の言う通りこれっきりだ。あと、他の者には黙っているように」


 そう言うと「あいつ」はオタクの値切りに根負けした電気屋の親父のように、若干の不機嫌さを顔に出しながらシャーロットの送還シークエンスを起動した。白い空間の中で柔らかな光が明滅し始める。


「ありがとうございます!! 神さ……」


 次の瞬間シャーロットは白い空間から消え「あいつ」だけが遺された。行き先はもちろん、影山のところだ。


「神様……か。もうじきそういう立場でも無くなるんだがなあ。そのためにも彼女にはうまくやってほしいものだ。早くしてくれないと運営どころの話じゃ無くなるんだぞ……」


 「あいつ」は独りそう呟いた。


★★★★★


「お祖父様、いつまでこんなところにいらっしゃるの? 私もうたくさんです! 早くお家に帰ってお友達とお出かけだってしたいのに」


 アンネリーゼは、ベルンハルトの持つ鉱山会社の採掘現場からほど近い丘の上にある、洒落た洋館の中でヒステリーを起こしていた。家の中こそ欧州風だが外を見渡せば熱帯雨林とそれを切り崩した禿山しか見当たらない。そんな所で何週間もじっとしていろと言われれば彼女ならずともヒステリーくらいは起こしてしまうだろう。


 屋敷近くに市街地はあるが、その大半がスラムだ。アンネリーゼのような若い白人女性が気晴らし目当てに足を踏み入れたりしたら、多少の準備と予防があったとしても生命と財産双方に危険が及ぶのは確実と言って良い。

 そんなことはアンネリーゼにも当然分かっている。が、分かっていても、家でじっとしていられるかどうかは別問題だ。


「ほんとに……まったく毎日毎日うるさいったらありゃしない。お祖父様もお祖父様よ。よくもこんな環境で平然としていられるものだわ」


 鉱山から流出するカドミウムや少量のウランが土地の土壌を汚染し尽くし、屋敷やオフィスの外ではひっきりなしに謝罪と賠償を要求するデモが行われている。これを何十年も無視し続けられる自分の祖父の無神経さ、豪胆さがとてもアンネリーゼには信じられなかった。


「まだ……まだだ。影山にはまだ壬生貴子がいる。いつ、壬生貴子が影山を取り戻しに来るか判らん以上、ここで陣頭指揮を取るしか無い」


「壬生貴子は今、東京にいるんでしょう? だったら今そんな怖い顔をなさっている必要は無いのでは?」


「お前はあの女を知らんからそんな事を言ってられるのだ……アレは魔女だ。場所を知られたら東京からここまで一秒足らずで跳んでくる……だから、ワシはあの女が(トラップ)に引っかかってくれるまではここを動けんよ」


 ベルンハルトは貴子の幼い頃の神隠しに関する記事や冬山遭難からの奇跡の生還の記事など、一通り目を通していた。アントニオの船にいた給仕にカネを掴ませ、貴子がテレポートを始めとして物質変換や温度操作などを同時にやってのけたという事も聞いている。


 裏ビルダーバーグ会議直後のヘリコプターによる銃撃失敗も、高速道路脇に現れた謎の黒い影のせいだと言う報告があったがベルンハルトにはそれが貴子の仕業にしか思えなかった。

 影山はコンラッドの会議でベルンハルトが貴子の話を振ったのはただのカマかけだと判断したがそうではない。ベルンハルトは未だ姿を現さぬ貴子を酷く恐れていたのだ。


「で、罠って……あの不気味な人形達のこと?」


 アンネリーゼが指を指した先にはエリザベスⅡが2体立っていた。19体のエリザベスⅡは東京からこちらに持って来る途中ソフトウェア改修とハードウェアの修理を受け、ベルンハルトの屋敷を警護する警備ロボットとして配備されていたのだ。


 緊急事態の信号を受信するとエリザベスⅡはレーザー距離計の出力を十倍以上に上げる。侵入者をフェイストラッキングで認識した後、顔、特に目に向けて集中的にレーザーを跳ばし相手の視覚を奪い無力化する警備兵器だ。これを使えば貴子が侵入してきても影山と同様に視覚を奪い、動揺したところで捕らえられるだろうというのがベルンハルトの目論見だった。


「そうだ。対人間で見てもあれはなかなか優秀だ。屋外では使えんがな。影山のいる地下牢までの通路には10体以上のエリザベスが配置してある。侵入者を探知したと同時にエリザベスはレーザー出力を上げるから、常に渡しておいたサングラスを忘れないように」


「ああんもう! それが鬱陶しいのよ! さっさとこんな趣味の悪いサングラスを持ち歩かなくてもいいように家に帰りたいのに!」


 アンネリーゼが胸にぶら下げたサングラスを忌々しそうに絨毯に叩きつけたが、さすがに上等な絨毯だけあってサングラスは少し跳ねただけで傷一つつかなかった。


「アンネリーゼ……ワシらはもう『羊飼い』を裏切ったことになっとる……ベルギーに帰ってもしばらくは平和な生活は送れんぞ。ここで連中を唸らせるほどの財を成すしかワシらの生き残る道は無いのだ……」


「……分かってるわよ」


 アンネリーゼは自分が我儘を言っていることがよく判っていた。祖父の計画に乗ったのは自分の意思だ。レーザーを目に食らって狼狽える影山の口を塞ぎ、ヘッドフォンをかぶせて縛り上げたのも自分なのだ。


「自室に戻ります。今日はそのまま寝ますから。おやすみなさいお祖父様」


 そう言ってふてくされて自室に戻ろうとしたアンネリーゼがふと窓の外を見ると、夜道に自分と同じくらいの年齢の白人女性が塀の外に(たたず)んでいるのが見えた。屋敷から漏れ出た明かりに照らされているだけなのにはっきりと顔立ちが分かる。ここに友達は一人も居ない筈なのに、妙に見覚えのある外見だった。


「誰だったかしら……」


 思い出そうとしても思い出せない。少しして、アンネリーゼは自分が疲れているのではないかと考えた。あの女性が知り合いだなんて思ってしまうのはきっとデジャ・ヴとかいうやつだろう。ストレスで疲れた神経が見せる偽りの記憶か何かだ。自分はもともと彼女なんて知らないのだ、と。


 アンネリーゼが自室からもう一度窓の外を見た時にはその女性の姿は消えていた。物売りかバックパッカーの類だったのだろう。


「ほら、やっぱりデジャ・ヴじゃないの」


 アンネリーゼは独りそう呟くと、ベルンハルトに宣言したとおりその夜は自室から出てこなかった。デジャ・ヴの起因はストレスとも言われるが、まったくここは彼女にとってストレス源だらけだ。特に、影山が作った金塊を毎日引き取りに来る下品な男達が自分に向けるゲスな視線を思い出すたびアンネリーゼは震え上がるほどの嫌悪感とストレスを感じていた。


 アンネリーゼは自分のストレス源を思い返すたびに「早くこんなところから出ていきたい」と願い、涙ぐみながら何度もクッションを壁に投げつけるのを寝るまで繰り返したのだった。


★★★★★


「ここは……」


 「あいつ」が願いを聞いてくれたらしく、シャーロットは自分の部屋と全く違う場所に送り出されていた。見慣れた熱帯の植物と鉱物資源目当てにほじくり返された山、違法伐採業者の餌食になった禿山達、立ち込める水蒸気と砂埃。それはシャーロットにとって見慣れた景色でもあった。


「……この暑さ、この景色……アフリカかな? 間違ってもアメリカじゃないよね」


 シャーロットが夕方前に「あいつ」と会ったのに、出てきた場所はすっかり真っ暗だ。相当な時差のある場所なのは間違いない。


「んで、この家のどこかに影山(あのひと)はいるのか……」


 シャーロットは送り出された場所の眼の前にあった屋敷の前をしばしうろついてみた。なるほど、確かに人一人を隠しておくには十分な屋敷だ。何より「あいつ」が見つけ出したのだからこれほど確かな根拠はあるまい。


 屋敷の門の近くには警備員の詰め所や運転手の詰め所があり、軽機関銃を持った物騒な輩が庭で警備に当たっている。警備員の一人がシャーロットを警備員目当ての売春婦と間違えて近寄ってきたが、シャーロットが自分は売春婦ではないと告げるとその警備員は残念そうに持ち場に戻って行った。


 いつまでもジロジロと屋敷を見ているとカメラか何かでこちらを捕捉されかねない。そう気づいたシャーロットは屋敷の座標を頭に叩き込み、物陰に隠れた後、自分の家に跳んで戻った。闇雲に突っ込んで行って失敗したら目も当てられない。用意を万全にするためにはせめて計画らしい計画を練らねば。


 家に戻ったシャーロットはPCを起動して地図を開き、頭の中に叩き込んだ地点がどこなのかを特定する作業に没頭した。使用されている座標系の軸方向と地球儀の緯度経度との違いを算出する。いくつかの地点を計測することでアフィン変換の行列のメンバーが特定できるので、その行列を使って頭の中に入れてあった座標を変換するのだ。


「ここね……」


 場所はコンゴ。ルアラバ州コルヴェジ―― それが影山が幽閉されている場所だ。


「今行くからね、待ってて……それまで生きていて……」




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