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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百三十話:目に入れて痛くないわけがない

★★★★★


「相田さん、ヤバイってどういうこと? 影山さんがヤバいの?」


「うん、思いすごしやったらええんやけど……ちょっと前からフェイストラッカーが動いてるみたいやねん」


 フェイストラッカーはコミュニケーションロボットに良くある機能で、人間の顔を見つけたらそちらの顔をじーっと見続け、視線でその人を追いかける機能だ。エリザベスⅡの基本機能の一つで、エリザベスⅡどうしは互いを見つけても視線で追いかけない事が特色だと狭山社長が言っていたのを相田は覚えていた。


「それの何がおかしいの?」


「え、何がってそら……あれやん。エリザベスの首の角度は本来、中の人のVRセットに連動してるんやろ? せやったらロボットの方で勝手に首をギュンギュン回したら中の人困ってまうやん」


「言われてみれば……。どういうことかしら……」


「それとな、こいつマイクで拾った音声を音声区間検出(VAD)で区切ってGoogleに投げて、音声認識結果をテキストで拾ってきてるねん……これも開始20分くらいから急に立ち上がったプロセスやねんけど……」


「どういうこと?」


「VRで会議に参加してるんやったらこれもいらん機能の筈やん。わざわざ音声から文章に変換した結果を取ってきてるんやで? VR会議の参加者やのうてロボットが。何かの合図でも待ってるんとちゃうかと……」


 相田の中でどんどん仮説が構築されていく。この機体だけか、他のエリザベスⅡもそうなのか―― 相田はそれまで調べていた機体からログアウトして次々と別の個体にログインを試みた。結果、どの個体を見ても全て同じプロセスが立ち上がっているのを見て、相田の違和感が確信に変わる。


 これはシステム設定のミスではない。何かを狙っている。しかしそれは何だ?


 エリザベスⅡはほぼ完璧な二足歩行ができるロボットだ。とはいえ、人間を追いかけ回して組み伏せることが出来るほどパワフルなロボットではない。人型ロボットには2種類あって、人間の形のシーケンサー付き作業機械か、AIの人型インターフェイスかのどちらかに分類される。当然、エリザベスⅡは後者だ。


 相田は影山のAI開発を手伝っていたおかげでエリザベスⅡのソフトウェア構成やハードウェアの仕様にはそこそこの知見がある。


その知識を経験をフルに導入して、相田はエリザベスⅡのシステム奥深くに潜んでいる筈の敵の狙いを探り続けた。


 会場の映像は落ち着きを取り戻しつつある。左右の席のエリザベスが影山の顔をじっと見つめている中で影山だけが前を向き、ベルンハルトの映し出すプレゼン資料を見ていた。


「何か判りました?」


「まだ判らん。もうチョット待ってて。今からUSBデバイス見てみるわ」


 そう言うと相田はlsusbコマンドを叩き、出てきた文字列を眺め始めた。貴子も市川も何も手出しは出来ない。ただ相田の必死の形相を見守っていた。


「あれ? これは……」


◆◆◆◆◆


 俺は失笑を禁じ得ないところをなんとかこらえてベルンハルトと会話をしていた。俺ではなく貴子さんこそが能力者だという説。貴子さんは壬生翁直系なのだし、俺が起こした様々な超常現象を貴子さんのせいにしても矛盾が無いのであればそういう考え方も出てくるかも知れない。


 しかし、ことここに至ってベルンハルトは上位存在、すなわち「あいつ」の存在の否定ともとれる珍説を俺にご披露してくれた。


 オスロの裏ビルダーバーグ会議でパリス議長は、俺こそが能力者で、「あいつ」に会ったことがある筈だと詰め寄ったのだ。俺は否定したがそれは正解だった。後は俺が頷けば良いくらいのところまでは来ていたのだ。


 それがまた、なんでそんなにとっちらかってるんだ?


「随分コロコロと見解が変わるんだな、あんた達は。パリスって奴は『上位存在は確実に存在していて、影山は上位存在と会ったに決まってる』って言ってたぞ」


「パリスか……汚いビジネスは得意なようだが彼等もしょせんはただのブラックマネーの集金装置だ。我々が安心して眠れるシェルターを作るためのな。我々との立場逆転を夢見て大胆な仮説を君にご披露でもしたかね?」


 いや、大胆な仮説を俺にご披露して下さってるのはあんたなんですが……ベルンハルトさん。


 俺の心の声が侮蔑の笑みとなり、こらえきれずに顔に出そうになったあたりでプレゼン資料のページが進んだ。そこには何らかの生体組織の写真が映し出されていた。


「我々は過去の人口削減論者達の遺体を掘り起こし、足の先から脳に至るまで全て調べあげたのだ。もちろん壬生由武の脳の悪性腫瘍もな」


 ベルンハルトは今日一番のドヤ顔だ。これだけ話が右へ左へポンポン跳んでいるのにしっかり食いついてきたのは、ここで今まで隠していた、大きなインパクトのあるカードを出すためだったのか。


 しかし他人の墓を暴いたことをこんなドヤ顔で言われても、俺は反応に困ってしまうだけだ。壬生翁もまさか自分の脳腫瘍が「羊飼い」の手に渡り、彼等の調査対象になっていたとは知らなかっただろう。


「我々は過去の人口削減論者達の脳に異変を見つけたのだ。そしてその構造を可能な限り探った。医学が、科学が進むたびに我々は何度も調査結果を見直したよ。そして最近ようやくわかったのだ。人間の小脳がある種の構造をとると、通信機器のような働きをすることを。どこと繋がっているのかはまだ定かではないが」


「ほう……」


 凄い。田辺さんは秘密結社の連中は科学技術に理解が無いって言ってたけど、とんでもない。物理的に変異した脳の構造を部分的にとは言え解き明かしてるじゃないか。


 俺の驚いた顔を見たベルンハルトは興が乗ったらしく、気分良さげに話を続けた。


「つまるところ神とは、異常を起こした小脳がどこかと通信した時に起こる混乱を、理性が合理化するために見せた幻に過ぎないのではないかね?」


 あう……いいところまで行ってたんだが、惜しい。間違い。どうしてビルダーバーグの連中は最後のピースにたどり着けないんだ。詰めが甘い。敵ながら本当に残念な奴らだ。


 俺は少なくとも「あいつ」に6回遭遇している。しかも6回目は俺以外にも4人の人間が「あいつ」に遭遇してスキルまで付与されているのだ。そこにいた5人全員が白昼夢を見たのだとしても、内容までが同じということはあるまい。


 「あいつ」は実在するのだ。


 レジストリに触れたくらいで俺の脳が混乱して「あいつ」が見えるなら俺は千回以上も「あいつ」と会っていなくてはならないではないか。そういう点からも最後のベルンハルトの主張は完全に間違いだ。俺から正してやることは決してないが。


 いやちょっとまて……なぜ、あいつらは苦労して突き止めた俺の弱点とやらをわざわざ俺本人に説明しているんだ? 有用な情報であればあるほど交渉相手の俺には隠しておくべきだろう。それとも全部話さないと俺から何か条件を引きずり出せないと思っているのか? こんなに自信たっぷりなのに?


 ここで俺は変なことが妙に気になった。思い出したと言ってもいい。それはベルンハルトと孫娘のアンネリーゼがこの会議室に入ってきたときからずっと着用しているサングラスについてだった。今になってその違和感が頭から離れない。


 思い出せ。この会談が始まる時、ベルンハルトは何と言っていた?


『まあ、確かに君の目で直に見られることを私達は恐れているよ。それで最悪命を落とすのだからね。北米の同志達のように』


『我々は今までの、君に知られたと思しき拠点は全て引き上げた』


『我々のシェルターはカタストロフィを起こす側の先鞭(せんべん)たる君の攻撃を(しの)ぐことが出来なかったんだ』


「――っ!」


 やられた! ベルンハルトは最初から貴子さんが能力者かどうかを問題にはしていない。拠点を襲撃したのも、オスロでやつらの手下を急性アルコール中毒にしたのも最初から俺だと判っていやがる。


 だとしたらどうしてこんな、無意味でトンチンカンなプレゼンをしたんだ?


 時間稼ぎ? 何の?


 迷い焦る俺を横目に見ながらアンネリーゼが一旦PCの画面を消し、プロジェクターのスイッチを切った。エリザベスⅡ達の視線がアンネリーゼの顔を追いかけ、それを不快に思ったのかアンネリーゼは足早にベルンハルトの脇へと戻る。


「どう思うかね?」


「どうもこうもない。あんたらは今自分で話したことを自分でもデタラメだと思ってるんだろう? 今の説明ではさっき顔が挙がっていた人達が起こしていたという超常現象の説明にもなっていないじゃないか」


 俺は精一杯の虚勢を張った。連中の狙いが今ひとつ見えない以上精神的には互角以下の戦いになっている。しかも戦いの焦点は休戦協定の条件ではない何かなのだ。


「影山さん、敵が何かを狙っています。今、相田さんが必死で探っていますので、話を進めず引き伸ばしてください」


 貴子さんからの通信が頭に響く。相田もこの状況に気がついてくれたのだと思うと俺の切迫していた気分はいくらか軽くなった。仲間がともに戦ってくれているというのはなんとも心強くありがたいことだ。


 いかん。涙出そう。


 俺は貴子さんからの指示通り、盛大に話をとっちらからせて引き伸ばしてやることに決めた。


「で、これのどこが俺達の弱点だって? 適当な事を言って休戦交渉の条件を引きずり出そうったってそうはいくか。まったくあんた達『羊飼い』は――」


 俺がそう言った瞬間、それまでアンネリーゼを目で追っていたエリザベス達が首をぎゅんと音を立ててこちらを見た。


「!!!!!!!」


 目に強烈な痛みが走り、視界が次々に欠けていく。何が起こった? 口の中に何かドロっとしたものが押し込まれ、極大音量のヘッドフォンが俺の耳に装着された。俺は喉の奥に詰まりそうな異物を飲み込むわけにもいかず、舌と咳でなんとか押し返しながら集中しにくい意識をなんとか束ね、この場を逃げ出そうとした。


 クリップボードにアクセス。役員室へディゾルブを発動―― できない!


★★★★★


「ああっ⁉」


 相田と市川がほぼ同時に声を上げた。相田は打ち込んだコマンドの出力結果を見て、市川は盗撮カメラの画像が急にホワイトアウトし、その後映像が来なくなったことに驚いてだ。


「どういう事? 何が起こったの?」


 貴子が予期せぬ状況に困惑している双方に聞いた。先に答えたのは市川だ。


「影山さんが『あんた達羊飼いは』って言った瞬間ロボットが全員、すごい勢いでこっちを見て、カメラが壊れたのよ。音声からはドタバタっとした音が聞こえて、その後はずっと会場を片付けるような音がしてるわ」


 それを聞いた相田が顔を手で覆った。


「やられた! 一瞬遅かった……っ! 『羊飼い』が起動キーワードやったんか」


「そっちは何かわかったの?」


「うん。エリザベスⅡの距離センサーがメーカー純正の北陽のやつから、イスラエルのインツイティブのに変わってんのよ。これ、去年のCOMPUTEX台北で話題になってたレーザーセンサーでな、出力と周波数が変えられるねん。アホみたいに出力上げられるし周波数も変え放題やからヤバいて言われてたヤツなんや」


 移動能力があるロボットにとって、自分の周りの地図を作り、自己位置を推定しながら目的地まで移動するSLAM機能は無くてはならない機能だ。当然、地図を作るための距離センサーも必須のデバイスということになる。


 距離センサーに使われるレーザーは通常、出力が低く抑えられ、目に入っても網膜に到達しにくい周波数が選択されている。しかし、この日エリザベスⅡに搭載されていたレーザーセンサーは出力も周波数も変更可能な代物だ。わざわざそんなものに換装した理由を考えれば、出力も周波数もそれなりに変更されているに違いない。


「じゃあ影山さんは……」


「エリザベスⅡはレーザー照射器が眼球の奥にあるさかいな……瞬間10体以上のエリザベスから出たヤバめのレーザーが影山さんの顔面を走査(スキャン)することになるわ……。そのレーザーが目にカッと飛び込んだ場合、影山さんの網膜はジュッと火傷してしばらく視覚がイカれてしまうかもしれん。網膜の火傷は治るって聞いたことあるけど、治っても視力は前のようには戻らんかもな……」


 冷静に状況を述べる相田とは逆に、市川と貴子の顔面からは血の気が失せていた。地震で半分近いエリザベスが椅子から落ちていなかったら影山は完全に失明していたかもしれない。


「じゃ、盗撮カメラがいかれたのも……」


「高出力のレーザーが盗撮カメラのCCDをイワしてしもたんやな。実際デジカメのCCDがレーザーでイカれることはたまにあるねんけど……まさかここでやってくるとは」


「敵の狙いは影山さんの目を潰すことね。でも影山さんは視覚がなくてもテレポートは出来るわよね?」


「私、汐留に行って見てきます。可能であれば影山さんの救助を」


 貴子がゆらりと立ち上がる。その顔には意を決したような表情が浮かんでいた。しかし貴子の顔にも態度にも、余裕と呼んでいいようなものは見当たらない。


「落ち着きなさい貴子。まずは会社の役員室へ行って、影山さんが居ないか見てきて。居なければちょっと考えないといけないわ…… 私達まで捕まったらお終いだもの」


 相田が悔恨の念に囚われて口が開けなくなっている傍らで、市川は努めて冷静になろうと努力していた。


 連中は影山を殺さずにレグエディットの発動起点である視覚を奪おうとした。しかし1ヶ月もしたら奪った視覚も治るかも知れない。普通、そんな爆弾を抱え込むだろうか?


 様々な思考が市川をかろうじて正気に押し留めていた。

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