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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百二十八話:昨日の敵は今日も敵


 青筋を立てて怒鳴ろうが、余裕ぶって見せようが眼の前の遠隔存在(テレイグ)端末達相手だとこちらが人形相手に百面相をやっているようで、滑稽なことこの上ないに違いない。こんな無礼極まる奴らとの交渉なんかとっとと打ち切ってこの部屋を出て行ってやる。


 「羊飼い」の重鎮達がわざわざ日本に来るならこちらも誠意ある態度を見せなくては―― そう思ったからこそ危険を顧みずにやって来たのだ、俺は。だが現状、その重鎮とやらはロボットのスカートの中に隠れて出てこない。そんなんでどうやって誠意ある話し合いが出来るというのか。


「この形での会議を赦してくれと最初に聞かれたが、答えはノーだ。席につくのも御免こうむる。とても付き合いきれん。あとは勝手に内輪で話してろ」


 ちらりと会議室の端に置いてあるテーブルに目をやると、クッキーをたくさん載せた皿やコーヒーを入れたポットがある。いったい誰に飲ませるつもりのコーヒーなのか。


「……休戦協定の席を蹴るということがどういうことか解っているのかね?」


「この場合、席を蹴ったのはそっちだろう。俺が自らここに出向いたのは少しは礼儀ってもんをわきまえようとしたからだ。一応、トップ同士の会談なんだからな。

 それが何だ、この有様は? 全員がリモート参加ならネットミーティングか何かでやれば良かったんじゃないか?」


「……そういうのには疎くてね。生身の人間がそちらにいないことで気分を害しているのなら謝罪しよう。交渉内容にしても譲歩を以て非礼への詫びにしようと思うが……」


「事前通告無くこのような形で会議が開催されるのは遺憾という他ない。俺は帰る」


 俺が会議室の扉に手をかけたまさにその時、誰かが扉を開けて入ってきた。


「遅れてすまなかった。ベルンハルトだ」


 入ってきたのは車椅子に乗った老人だった。濃い色のサングラスをかけていて表情が読み取れない。見事なブロンドの髪をした秘書らしき女性がその男の乗った車椅子を大事そうに押している。


「ささ、君も席についてくれ。しかし……やはりロボットなどという小細工は私の趣味には合わんな。会議は顔を合わせんと」


 ベルンハルトと名乗る男に気圧され、俺は会議室に戻った。カバンからノートPCとスマートフォンを取り出し、テザリング環境を急ぎセットする。

 いきなり現れた老人の言うことになんでただ従ってるのか? はたと気がついた俺はさっきから気になっていたコーヒーを一杯取りに行くためにまた席を立った。


 たった1人でも人間相手なら会議になるか……まともな話し合いが出来るならそれに越したことはない。


「君はこの会議にPCが必要なのかね?」


「英語は得意ではないのでね。翻訳アプリのアシストが必要なんだ」


 ベルンハルトの登場は他の参加者には知らされていなかったらしい。エリザベスⅡだらけの会場がにわかにざわついた。「ミスター」や「サー」ではない、あまり聞かない敬称が聞こえたので、ベルンハルトの地位爵位はポピュラーなものではないことが推察できる。


「さて、俺はあんたを何と呼べば良いんだ?」


 この時の俺は、敬語を使いたくなくなる程度には気分を害していた。だから、目の前にいる老人がどんなに偉かろうと「あんた」扱いだ。

 不敬だという陰口がどこからか聞こえてきたが、自己紹介に地位も爵位もなかったのだ。俺の知ったことではない。


「『あんた』でいい。私も君のことは『君』と呼ぶ。皆も、つまらぬことで波風を立てないように」


 一連の会話を前に、議長席にいたエリザベスⅡが首を横に振っていた。呼び方にすらそこまで気を使わなくてはならない相手なのだろうか。エリザベスⅡは小さなモーター音を立て、器用に議長のうろたえっぷりを再現していた。


 見渡すと何体かのエリザベスⅡの耳たぶのLEDが赤くなっている。エリザベスⅡはWi-Fiネットワークに繋がっていると青が、5Gモバイル回線だと緑が、LTE回線だと紫色が光る仕様だ。そして赤は回線断……つまり、ネットワークが繋がっていない状態を示している。

 コンラッドホテルの階下はもともと携帯電話会社が入っていたテナントビルだし、輻輳や何かでモバイルネットワークが切れるほど貧弱なアンテナしか設置されていないわけではないだろう。エリザベスⅡの向こう側にいる奴が回線を切ったのだ。


 当初の筋書き通りに行かなくなった会議に出席することそのものをリスクと判断し退席したのか、それともベルンハルトが生身で出ている以上、自分達も生身で会議に出席する必要性があると感じて今からでも車を飛ばしているのか……。

 だとしたら数名は東京には来ていながらこの会議には参加したくなかったと見える。


 まったく、バカにされたものだ。


★★★★★


「ほんとに馬鹿にしてるわね」


 飯高町の倉庫のリビングで市川、貴子、相田の3人は憤慨していた。3人は影山がカバンに仕込んだ盗聴盗撮セットで、この会議が始まる20分前から影山が遭遇した状況の一部始終を見ていたのだ。


「相田さん、ベスⅡの今日のマスターパスワードを影山さんに送ってあげて。影山さんはパスワードを受け取ったらブルートゥース経由でログインできないかどうかチャレンジ。やり方は解るわね?」


 初期型エリザベスは外からの制御を受け付けなくなったときに有線接続で復帰できるようにLANポートがあったのだが、Ⅱ型では有線で繋ぐLANポートはなくなり代わりにブルートゥースでログインする仕様になっている。


 ちなみに、このログイン方法はマニュアルには載っていない。

 この機能をオフにされるとエリザベスが不法なことに使われた際に外部から強制シャットダウンが出来なくなる。そのため情報の公開は控えられていて、知っているのは製造側の人間だけなのだ。

 そしてエリザベスⅡは動き出せばロボットだがコンピュータの部分はDSPやFPGAがPCIバスに多少多くぶら下がっているだけの普通のLinuxシステムに過ぎない。

 ログインさえ出来ればシステム内部を探索し、これを作ったり使ったりしている連中の情報が少しは手に入るだろう。


「いや〜それにしても、よくもまあこれだけのエリザベスⅡを一箇所に集めたもんだ」


 画面の向こうでは影山が適当な話をしながら手近なエリザベスⅡに歩み寄り、人間だと第四頚椎の脇、人工皮膚の下にあるブルートゥーススイッチを入れて機能をONにしていた。


「これってsyslogや/procの状態表示には反映されないわよね?」


「ですね。ブルートゥース経由での侵入はメーカー特権ですから」


 VNCを経由して影山のPC画面が共有されてくる。先程送ったマスターパスワードで影山が幾つものエリザベスIIにログインしている様子が映し出されていた。


「じゃ、まず影山さんにはプロセス名一覧を見てもらって。相田さんはそのプロセス名に似たテレイグ系のプログラムがないかgithubで探してみて頂戴」


「ほいおー」


「次に、netstatの出力を5、6回、こっちに回してみてもらえる? iptablesなんかも見たいわ」


 影山がターミナルでnetstatコマンドを叩き、出力をコピペして送ってくる。ベルンハルトとやらと話をしながらこれだけやるのはそれなりに手間だろうによくやるなあと相田は感心していた。


 そして影山が相手と凄まじい腹の探り合いをしているのを知りながら次から次へと指示を出す市川の遠慮のなさ。やはり市川は自分と何処か違うと考えざるを得ない相田だった。


「ベルンハルト……ベルンハルト……これかしら」


 エリザベスⅡの中から情報を引っ張り出すことに夢中の市川と相田を横目に貴子はこれまで作ってきた資料を漁っていた。

 影山が割り出した15箇所の欧州拠点、その土地に縁が深かったりビルを所有していたりする元貴族・王族―― 貴子はそのリストの上から3番めを指した。


「影山さん、そろそろヒナゲシの種まきの季節ですね、って言ってみてください」


 貴子の指示が影山の鎖骨につけられた骨伝導式のインカムを伝って影山の頭に小さく響く。影山はそれを忠実に、さも世間話のように話した。


「ヒナゲシかね。あんなものは雑草だよ」


 ベルンハルトの(いぶか)しげな返答が貴子の推測をより強いものにして行く。影山はこの会話の意味が解らないから「そんなものですか……」と返すだけだ。しかし貴子にはその応答が意味する地域を推測し、相手のフルネームさえ確定する重要な手がかりになる。


「netstatからサーバー位置特定できました。英国、ロンドンぽいですがここから先はよくわかりません」


「IPアドレスから住所割り出すサービスあったでしょ? 精度良さそうなところと契約しちゃって! 今すぐ!」


「これ、経費で落ちる?」


「いいから!」


 相田も市川も貴子も、それぞれが影山の幕裏で必死に情報を漁っていた。


◆◆◆◆◆


「それにしても随分待たされたもんだ。この大仕掛けなロボットを揃えて会議システムを作るためかい? 俺に顔を見られたくないからと言っても、これじゃあ『ビビってます』って言ってるようなもんだよ。あんたもそう思うだろう?」


 嫌味に聞こえるかも知れないが俺が話していることには無駄も誇張もない。タフな交渉の前の神経の削りあい。言ってみればジャブみたいなものだ。


「さて、世の中便利になってるからな。こういう先進的なこともしてみたかったんだろうさ。

 まあ、確かに君の目で直に見られることを私達は恐れているよ。それで最悪命を落とすのだからね。北米の同志達のように」


「あれは言っちゃなんだがあいつらが悪い。スウェーデンでもヘリや装甲車に追いかけ回され随分銃弾をぶち込まれたし、ようやくアメリカでゆっくり出来るかと思えばホテルが爆破されると来た。

 まさかあんた達は自分が殴っても相手は殴り返さないと思ってたんじゃないだろうね?」


 妙にそわそわした動きをしたエリザベスがいるが、おそらくあいつがスウェーデンで俺達を襲った奴なのだろう。あとで首のスイッチ押しに行ってやる。


 それにしてもこのテレイグはロボットの向こう側の人の動きを実に上手く再現している。こういう日常の動きのライブラリを作る時のサンプルデータ採取手段として欲しいくらいだ。


「殴り合いか……もう長いことやっとらんね。殴るのも殴られるのもしばらくは御免だ。だから我々は今までの、君に知られたと思しき拠点は全て引き上げた。作りかけのシェルターもな。

 ビルのオフィスはともかく、シェルターはそのうち核戦争なんかがあった時に使えるかもしれんからそのままほっといてある」


「何だと……」


 ベルンハルトの顔にうっすらと笑みが浮かぶ。


「何、簡単なことだ。我々はカタストロフィに備えてシェルターを作っていたが、我々のシェルターはカタストロフィを起こす側の(せん)(べん)たる君の攻撃を(しの)ぐことが出来なかった。だったら作り直しだ。それしかないだろう」


 言っていることに筋は通っている。俺の攻撃を防げないんじゃ、人口が100億を超えた時に送り込まれるという「まさに殺人鬼とでも言うべきエージェント」の攻撃なんか防げるわけがない。


 この3ヶ月、「羊飼い」達は徹底的に誰が、どうやって北米拠点を壊滅させたのかを調べ上げたに違いない。そのために公的な調査を極力遠ざけたりしたのだろう。


 オスロでの会議やスウェーデンの高速道路での様子も全て分析をされ、奴らが出した結論が「拠点には、俺が見た可能性のあるものを置かない」だったのだとしたらその分析班はかなり優秀だと言わざるを得ない。まあ、実際はどういう結論だったかは知らんが。


「シェルターを作り直してる間は人口が増えたら困るんじゃないか? 建設途中にカタストロフィがうっかり始まっても困るだろう?」


「なに……君を怒らせるだけでカタストロフィと同じようなことが起きるからな……恐ろしくてアフリカにトウモロコシの粉など運べる筈もない」


 よく言う。休戦とは名ばかりで、結局は立て直しの時間が欲しいんじゃないか。あちらさんはこちらをアホの集まりだとでも思っているのか。


「ベルンハルトさん、あんたの担当はインドだろう? アフリカ担当は別にいるだろうに」


 ベルンハルトの顔が一瞬歪んだ。さすがによく訓練されている練達のビジネスマンだ。相手の下調べを前に大げさにうろたえたりはしないということか。救世聖杯信教の連中は面白いほどうろたえたのにな。


「さて、そうだったかな。この年になると物覚えも悪くてね」


「そんな年かい。だったらそろそろ家督はヘンドリック君にでも譲ったらどうだ? 命を投げ出してここに来たことは『羊飼い』に対する最後のご奉公と言ったところかも知れんが、俺には老人とロボットの影にこそこそ隠れてる連中なんて助けるに値するとも思えんのだが」


「黙らっしゃい!」


 ベルンハルトが会議室に響き渡る声を上げた。ベルンハルトの後ろに控えているブロンドのお姉さんが俺を射すくめるような目で睨むのが恐ろしい。


「黄色いサルがコソコソと、我々の何を嗅ぎ回ったのか知らんがカタストロフィは我々の悲願なのだ! お前ごときがどれだけ頑張って無い知恵を絞ったところで、正体を明かさない条件下では世界人口の1割も減らせておらんのはこちらもとうに解っておるわ!」


 ベルンハルトが肩で息をしている。おそらくヘンドリック君あたりの話が逆鱗だったのだろう。1割も減らせていないのはそのとおりだ。悔しいが、悔しいが、ああ悔しいがそのとおりだくそったれ。


「我々の計画は遠大なものだ。なんだったらお前が死んでから改めて始めても構わんのだぞ!」


 爺さんスパークが止まらない。あれだ。年齢が年齢なだけに前頭前野の押さえが効かなくなってるんだな。最初に見せたポーカーフェイスは何処へやらだ。


「ミスター影山、挑発は止めていただきたい。ベルンハルト卿ももうお年なのでね」


 さすがに介入するべきだと思ったのか、さっきまで所在なさそうにしていた議長席のエリザベスⅡが口を開いた。そういやお前何してたんだよ。


「何が挑発だ。俺はお前らの謝罪を受け入れてこんな状況でも話し合いに乗ってやってるのに黄色いサル扱いされるわ怒鳴られるわ一体どういうことなんだ?」


 俺はベルンハルトの隣に座っている議長席のエリザベスⅡの髪の毛を掴み、前後に揺さぶるように恫喝するフリをした。もちろん狙いはブルートゥースの起動ボタンだ。


「しかし、新たなシェルターの建設か。地下深くにそんなものを作るにはさぞかしカネがかかるだろうな。そんなカネが出せる『新世界の支配者』はカネの出所さえ洗えばいくらか判ってくるぞ。たとえばー」


 俺は貴子さんが作ったリストのうち、確度の高いと思われる4人分くらいを読み上げてやった。


 エリザベスⅡ達は、そして俺が挙げた名前を聞いていた筈の「中の人達」は動かない。なるほど、こういう時に向こう側でVRセットを外すと少なくとも動揺はこちらに伝わらない。便利なものだ。


 だが、応答がないことそのものがこちらの弁説を肯定することもある。今回のケースがまさにそうだ。


「図星かよ」


 今の所、十分に準備した俺達の策略がうまく機能してはいる。だが、向こうが何もして来ない筈もない。


 トゥルントゥルン……トゥルントゥルン……


 睨み合う俺とベルンハルトが作っていた静寂を切り裂くように、あの嫌な音が鳴った。地震警報だ。


 ズン


 いやな衝撃音とともに会議室が揺れた。




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