第百二十七話:細工は流流
「壬生のホームセキュリティサービスには本当に助かってるんだけどねえ……」
俺は月に2度、ロスアンゼルスにこっそりやって来てはシャーロットと話をしている。お役目のアイデアの相談だったり、ただの世間話だったり、痴話喧嘩みたいなものだったり内容は様々だ。だが残念ながら俺は今日、そういう牧歌的な理由で来たのではない。
俺や市川さんは「羊飼い」との休戦協定前に少しでも相手の勢力を削いでおこうと考えたことがある。同じ事を向こう側でも考えていたとしたら、一番防御が手薄なのは影山物産の一般社員で、次はシャーロットだ。
なので今日は現況のお知らせに来たついでに、ルーカス邸の警備状況について聞きに来たのだが、何か問題があるらしい。
「何か、物足りないことでもあるのか?」
「いや、過剰なんだよねぇ……」
「過剰防衛をするってことか。そりゃいかんな。日本でもそうだがアメリカなんかで過剰防衛してたらあっという間に訴えられて丸裸にされてしまうぞ。俺から言っておこうか?」
「いやいや、そういうことじゃなくて……」
聞けばこの1年、家の敷地に侵入してくる輩が激増しているらしい。近くに警備員の詰め所を作ったおかげでそういう輩は警備の人がすぐに来て処理してくれるし、家屋に侵入されたときは瞳が撃退しているから今のところ大事に至ってはいないが、とにかく数が多く、気が休まる暇がないようだ。
「そうか。侵入者ってどんな連中だ? パパラッチの取材手段が過激化しているのか?」
「それもあるんだけど……その……うーん」
シャーロットが言いにくそうに口を噤んだ。まるで日本人のようだ。米国に住むようになってもう5年も経つのに「アーハン? ちゃんと自分の思ってることは言わないとネ」みたいな感じになってないのは嬉しくもあるのだが、ちゃんと情報が伝わらないのは困る。
「そこから先は私がお話します」
俺達の話を横で聞きながらキッチンでコーヒーを淹れていた瞳が話に加わってきた。
「その侵入者の8割方、目当ては私なんですよ……」
言いにくそうな顔をして瞳が説明をし始めた。「聖杯の光」との抗争が一段落ついた救世聖杯信教が戦後処理の一環として内通者や離反者の粛清を始めたらしいが、その中でもトップクラスの裏切り者として瞳の名が挙がっているらしい。
と言っても「教団の本部をぶっ潰した影山某に付き従っている」という理由ではなく、「教団が一番戦闘要員を必要としている時に姿をくらまし、大量の機密を抱えて抜けた」ことが問題なのだそうだ。
なるほど、瞳は教団のとびきりの暗部を知っているだけに、抜けてどこかで教団のやり口をペラペラ喋られては困るのだろう。
確かに「教団本部の裏手には毒殺用のトリカブトがいっぱい植えられてまーす。初夏には青紫の花が乱れ咲いてとっても綺麗〜☆」とかSNSか何かで写真入りで発言されたら教団もたまったものではない。
「それで、教団からお前の抹殺命令が出てるってわけか?」
「そんなとこです。エイギスのメンバーが来たのは1回だけで、それも影山さんのおかげでしくじったんで、ろくな人残ってないとは思うんですけどね」
瞳の言いようからすると、昨年瞳を殺す寸前までやってのけた暗殺者は教団内部でも相当な腕利きだったようだ。
「そういえば、そのお前を襲ったエイギスのヤツはどうなったんだ? 東海岸支部だとか言ってたが」
「わかりません。ただ、私も無抵抗ではなかったので……」
ふむ。その後の襲撃がないことを考えると、襲撃者もその後死んだか、瀕死の重傷を負って現場を離れている可能性があるということか。
「まあそういうことで、当家は現在瞳さんを襲撃しに来る人で千客万来状態なのですよ。だから私はここんとこ週末はサンセットタワーでホテル暮らしなの。今じゃ壬生の警備員さんも増員して対応してくれてるけど、こんな調子じゃ引っ越さなくちゃいけなくなるかもね」
シャーロットはこの状況にかなり疲れているようで、うんざりした顔を隠そうともしなかった。さっきまで瞳をかばって何も言おうとしなかったのとは対照的だ。
「住所が教団に知れ渡っているのか……困ったもんだなあ」
瞳は申し訳無さそうな顔をしていたが、それでどうなるものでもない。
「ところで瞳、俺はお前さんの肉体年齢をかなり若返らせたし、以前のように変装もしていないのに教団の信徒が良くお前だって判ったな?」
「空港職員かDMV(注1)に教団の人が居たみたいで……ホントスミマセン……」
「ああ……だったらしょうがないな。お前のミスじゃないならもうそりゃ諦めるしかないものな」
宗教がらみはどこに関係者が居るか分からないのが強みであり恐ろしさだからなあ……。
「そういえば、この間服部さんをロスで見かけましたよ。デンバーから帰ってきてすぐくらいのときでした。お元気そうでした」
服部か……懐かしい名前が出てきたものだ。あれから随分と会っていないが、あいつから言ってこない限り俺から会うということは無いだろう。元気ならそれで良い。
「って、そんな話をしに来たんじゃない。今度また『羊飼い』の連中と話し合いを持つことになったんだが、場合によっちゃまたドンパチやり合うことになるかも知れないのでそれを知らせに来たんだ。警備に気を抜かないようにな」
「えー? 話し合いとか面倒くさいことをしてないでパーッと殲滅しちゃいましょうよ」
瞳はどっちかというと戦闘が始まって欲しそうだな、と思いつつ俺はその言葉を飲み込んだ。
「シャーロット、お前も気をつけろよ」
「私? 私は大丈夫だよ。ほらこんな事もできるし」
シャーロットがそう言って顔の筋肉を一瞬歪めると、俺は屋敷の2階に跳ばされていた。
「!」
俺はしばらく混乱して、それからシャーロットが能力持ちなのを思い出した。こっそり練習していると瞳から聞いてはいたが、まさかこんな練達の極みにあったとは……。
こんな1秒かそこらの短時間で能力発動をやってのけられるなら何かあってもすぐ逃げられるだろう。それにしても良く訓練したものだ。
さて、また泊まって行けと言われるまでに退散しなくては。
◆◆◆◆◆
9月半ば、ようやく「羊飼い」との会談の日が来た。休戦協定の申し入れがあってから会談を開くまで、実に3ヶ月以上―― 正直、彼等が本当に俺と話し合いを持ちたいのか疑問に思えたほどだ。
ちなみに、この3ヶ月間十分に警戒はしていたが結局「羊飼い」側からの襲撃はなかった。重畳重畳。
「まさかこんな立派な場所でやるとはなあ……前回のノルウェーが嘘みたいだ」
「羊飼い」から指定された会談の場所は東京汐留、コンラッドホテルの会議室だった。今度こそその場でドンパチが始まってもいいように江東区か大田区の埋立地ででもやるのかと思っていただけに妙に拍子抜けな気分だ。
「12番会議室……ここだな」
爆発物や妙な監視装置が仕掛けられていないか確認するために、俺は指定された時間より1時間ほど早く会議室に到着した。不意に会議室に入ってきた俺を見つけて会議室の準備をしていたスタッフが驚いていたがこれはしょうがない。
会場を忙しく動き回っている彼等は「羊飼い」に雇われた人達のようだ。会議室のファシリティを取り仕切るマネージャクラスは白人の外国人のようだが他は日本人に見える。イベント会社か何かの人達だろうか。
「すいません。あと40分ほどでご案内出来ますので、申し訳御座いませんがそれまでラウンジでお待ちいただけないでしょうか」
スタッフが申し訳無さそうな様子で俺に謝りながら退室を促す。彼等が天井や壁に怪しい細工をしている様子がないのを見届け、俺は言われた通りラウンジに向かった。
「あれ……?」
ラウンジで数十分を過ごした後、俺は様子がおかしい事に気がついた。
会議室にあった座席は20ほど。ということは少なくとも俺を除いて19人は今日ここにやって来ると考えて良い。列席するのがビルダーバーグ会議に出ているような連中だとすると、おそらくは白人で、そこそこの年齢の連中が俺の目の前を通って会議室に向かう筈なのだ。
そして彼等はその身分からして秘書だの随行者だのを連れてそれなりの物音を立てて歩く筈で、ラウンジに座っている俺がそれに気づかないわけがない。
なのに通らないのだ、それらしい連中が。
もしかして会議室へ行く別のルートがあるのだろうか。それにしたってこの時間なら会議室の前で2、3人くらい談笑していても良い筈じゃないか? 何故俺一人だったのだ?
「お待たせしました、影山様。準備が整いましたので会場までご案内致します」
10分ほど後にこの疑問は解消された。それもかなり残念な形で。
引き入れられた会場の席は全て埋まっていたのだ。
俺はその様子に一瞬驚き、そして警戒心と緊張感を最高レベルに引き上げた。
「やあ、ようこそミスター影山。まずはそこに座ってくれたまえ」
「ロ」の字型に配置されたテーブルの、お誕生席とも被告席とも言える場所に俺を案内したのはリクルートスーツを着せられた研究開発用二足歩行ロボット、エリザベスⅡだった。
そして会議の席に座っているのも、全員がエリザベスⅡだったのだ。キュィイという音を立てて19体のエリザベスが一斉に俺の方を向く。つい先日、一緒に晩飯を食ったシャーロットと同じ顔が19も揃って微妙な笑顔でこちらを見ているのはあまりいい気分ではない。
「ああ、これか。申し訳ないが皆忙しくてね。皆のスケジュールを合わせようとすると1年先でも無理だったものだからこういう形にさせてもらった。我々は各自のオフィスでVRセットを装着しているので会議に不都合は無い筈だ。この形で会議を行うことを赦してくれないだろうか」
……だったらリモートミーティングかVRチャットでいいだろうに、どうしてこんな手の込んだことをするのか。猜疑心に駆られた俺はすぐに全部のエリザベスⅡのレジストリを閲覧し、内部に爆発物が仕込まれていないか確認したが、爆発物と思しきものは見当たらなかった。
「どうも君はおかしな顔をするのだね。どうかリラックスしてくれたまえ。今日の我々には敵意はあっても害意はないつもりだ。それにしても、このVRセットとロボットの組み合わせ……遠隔存在と言うのか、これはなかなかに便利だな。ミスター影山、貴方の出資した企業の手によるものだと聞いているが」
19体分、慣れないロボットのレジストリを見ていたせいでアホ面を1分以上も晒していた俺は、参加者の侮蔑のこもった乾いた笑い声を聞きながらエリザベスⅡの群れに向き直った。
参加者の動きをトレースしているのか、エリザベスⅡ達は顔の前で指を器用に動かしたり首を左右に動かしたり、思い思いの動きをしている。ただ、声はおっさんの声なので調子が狂うことこの上ない。
「お買い上げありがとうございます、今後もどうぞお引き立てくださいますよう ――とでも言えばいいのか?」
確かに、貴子さんと市川さんがリストアップした「主」と思しき連中はそれなりに忙しそうな役職を持った連中ではあった。地下200m近いところに広大なシェルターを作るためのカネを稼ぐには、遊びながら資産を転がしたり、いつ後ろに手が回るか分からない闇家業を取り仕切ったりするだけでは難しいに違いない。だから彼等が忙しいのは本当だろう。
だが、ここにエリザベスⅡを持ってきたのは忙しくて参加できないなどという通り一遍の理由ではなく、別の理由があるに決まっている。でなければ参加者全員がエリザベスⅡになっていることの理由が説明できない。
「なるほど、今日の会議の参加者は皆、俺に顔を見られたくはないと見える」
彼等は「あいつ」のリソース欠乏に関する懸念を知っているのだから、過去どこかのポイントで担当者と接触があったことは十分に考えられる。彼等と接触した担当者が自分の能力についてどういう説明をしたかは分からないが、おそらく視覚が重要なキーであることが伝わっているのだろう。
そしてエリザベスⅡ。量産型のベアトリスではなく研究開発用のエリザベスⅡを持ってくるあたり、自分達は欲しいものはそれなりに手に入れられるという意思表示だろうか。それとも「シャーロットのことを知っているぞ」と暗に言っているのだろうか。
「さあてね、君がいくら二枚目でも、顔を見られて恥ずかしいって年でもないんだがね。我々も」
「ヴィル、君の家に娘さんが居ただろう。彼女ならどうなんだい?」
「よしてくれ。娘はまだ7歳だ」
ロボット同士がジョークを言い合い、それをロボットの群れが笑う無機質な空間に不条理な時間が過ぎて行く。俺はそこに何かそら恐ろしいものを感じていた。
それにしても今回の相手は随分用意周到だ。というか、ここまで用意するために3ヶ月もの時間をかけたのだろう。
これは一筋縄ではいかなさそうだが、さて……
(注1)DMV……Department of Motor Vehicles。アメリカの陸運局。運転免許の試験なども行う。




