第百二十一話:芸は身を跳ばす
♪ルンタンタン ルンタッタッタン♫
上空のヘリコプターからガガガン ガガガンとリムジンの天井やボンネットに銃弾が打ち込まれること数回、そろそろ反撃の手段を考えようかという時に俺のスマートフォンの着信音が鳴った。市川さんからだ。
「あ、もしもし影山さーん? もしかして今、お困りですかー?」
「ハイ、お困りです……」
「やっぱりね……以前貴子を追跡する時に使ったGPSの追跡サービスをONにしたままだったでしょう? それで見てたら影山さんが凄い勢いでオスロから南下してるから、きっと招待された会議で何か余計なことでも言って会議後にえらいことになってるんじゃないかって貴子と話してたのよ」
まるで見てきたように言いやがって……いや、結構当たってるんで何も言えないけど……。ところでどうしてそんなに楽しそうなんだ市川さんは?
「こちらの追跡情報では今、E6って高速道路を南下してるみたいね。どうお困りなの?」
「怖いおじさん達にヘリコプターで追いつかれて上から銃撃されてるんだよ」
「うわぁ、それはヤバイわねぇ……今、誰か他にいるの?」
「今、アントニオの車に同乗させてもらってる。あと、シャーロットから派遣されてきた瞳も一緒。俺達は今、海沿いにコペンハーゲンまで逃げているところだ。アントニオには途中のイェーテボリってところまで逃げれば逃げ切ったことになると言われてるけど」
「うーん……ヘリで銃撃してきてるんなら死亡確認のために地上部隊みたいなのがおっつけ来る筈だから、ヘリでの追跡がなくなったところで当面の脅威が去ったことにしかならないんじゃないかしら。ま、了解。こちらで対処します。準備するから切るね」
「おい? 対処ってどうするんだよ⁉」
俺の問いかけの叫びも虚しく電話はプツリと切れた。市川さん、一体何をするつもりなんだろうか……。
「それにしても上のヤツ、良い腕してるな。ヘリから乗り出して車に当ててくるなんて相当な腕前だ。頼んだらうちに来てくれないかな? む、電話は終わったかね? どうにかなりそうだったら良いのだが」
アントニオが余裕のある様子で俺に聞いてきたが、今の電話の内容では市川さんが何かしてくれそうということしか分からない。
「ウチの……シークレットサービスがなんとかしてくれるそうだ」
それくらいしか俺にも答えようがなかった。
俺1人なら移動も脱出もなんでもどうにでもなるんだが瞳もいるし、アントニオ巻き込んじゃったし、それにアントニオには俺が特殊能力持ちではないと思わせておきたい。
頼むよ、市川さん……。
★★★★★
午前3時の影山物産役員室では貴子と市川がスマートフォンと追跡画面の前で険しい顔をしていた。
「聞いてたとおりよ、貴子。行けるわね?」
「ええ、こっちは準備出来たわよ。イッチーも準備しておいてね。20分以内に拾いに来るわ」
貴子は冬用の真っ黒なライダースーツに身を固め、これまた黒いフルフェイスのヘルメットで顔を覆っていた。まるでこれから長距離ツーリングか、でなければコンビニ強盗にでも入るのかというスタイルだ。
出発の合図に市川に手を振った次の瞬間、貴子は自分が契約しているデュッセルドルフのセーフハウスに跳んでいた。貴子はセーフハウスに現れるやすぐに窓の外に見える高さ234mのラインタワーを見定め、その展望台の上へと跳んだ。
わずか数秒だけ主を迎え入れたセーフハウスには再び静寂が訪れる。
展望台の屋根の上で貴子はディファレンス・メーカーを起動し、自分と地面の位置エネルギーの差をマイナス値へと設定した。こうすることで貴子の体が重力と逆方向に「落ちて」行くのだ。
貴子は高度を取っては方位磁石で北北東の方向を向き、可能な限り遠くに見えるオブジェクト目掛けて跳ぶことを繰り返した。ライダースーツもヘルメットも、高度を取る時は生身の移動なのでその防寒対策、そして物好きが空の写真を撮っていたりしていた時にうっかり写されないための装備だ。
貴子のテレポート能力の発動時間はすでに影山のそれよりも短くなっていた。たとえ人が見ていようがいまいがだらしのない顔を周囲に晒すのはまっぴらだった貴子は、その発動時間を訓練により極限まで縮めていたのだ。
「もう……ドイツって案外広いわね……まだデンマークにも着けやしない」
ディファレンス・メーカーを使って空へと落ちていく時間を短縮するために貴子は途中から雲が見えたところでは雲をターゲットに移動した。これも影山には出来ない貴子だけの移動方法だ。その場の機転と判断を極限まで活かした結果、貴子は影山達が走行しているであろうE6沿線、スウェーデンはウッデバラ市郊外の巨大家具店の屋上へとわずか15分で辿り着いた。
「さすがに高度2000mや雲の中は寒いわ……これ着てきて良かった……」
貴子は冷めた体を擦りながら巨大家具店の位置をクリップボードに入れると東京に戻り、市川へ報告した。これを受けた市川がすぐさま影山へとヘリコプターの迎撃場所について連絡をする。ついさっきまで東京にあった自分の電話でスウェーデン国内から影山に連絡をするのは機器的には可能でも他にいろいろ説明がつかないので、影山への連絡は東京からするしかないのだ。
「うん。そう、ウッデバラのイケアの近くで待機してるから。うん。大丈夫なのね? じゃあ」
市川が影山への連絡を終えると、貴子と市川は揃ってライダースーツに身を固め、再びスウェーデンの巨大家具店の屋上へと跳んだ。
◆◆◆◆◆
「こんなに派手に銃をぶっ放しても良い国だっけか? スウェーデンって」
十数回目の銃撃に俺は堪らずアントニオに不安をぶちまけた。さっきから着弾音が大きくなっている。上を飛んでいる連中が徹甲弾とかなんとか、そういう強力な弾を使い始めたのではないかと思うと気が気ではないのだ。
「そんなわけがあるか。誰が見ても違法行為だしもうとっくに通報されている筈だ。だが、警察の出動を遅らせるくらいの小技は彼等も使うのだろう。イェーテボリまではあと1時間もない。それまで我慢したまえ」
当然ながらアントニオのリムジンは制限速度を大きく超えたスピードで運転されている。防弾仕様で重くなっているがその分エンジンも化物のようなチューンをされており、リムジンは高速道路が混んでさえいなければサーキットを走るスポーツカー並のスピードで走っていた。
地図アプリが示したオスロからイェーテボリまでの自動車での所用時間は3時間強だったがこの分だとおそらく2時間強で到着するだろう。その前に銃撃か事故で俺達が死ななければの話だが。
そんな不安を抱えていた時に市川さんから再び俺の携帯に連絡が入った。この先のウッデバラというところで貴子さんと2人で何かやってくれるらしい。後はこの車がそこまで持てばいいだけだ。
「チータは元は将来を嘱望されたレーサーだったんだ。チータで駄目なら誰だって駄目だろう」
アントニオは部下と車を信じ切っている様子だ。どうやらこれくらいのトラブルはそれなりの頻度で経験しているらしい。まあ、そうでなければリムジンに最高レベルの防弾装備なんかしないよな。うん。
「ところでミスタ影山、君は連中をどう思った? 率直な意見を聞かせて欲しい」
自分の脇にあるクーラーボックスに入っていたワインボトルを開けながらアントニオが俺に質問をしてきた。眼の前で26人が急性アルコール中毒でぶっ潰れたのを見た1時間後にワインボトルを開けるアントニオの肝っ玉に驚きつつも俺はその問答に乗ることにした。
「うーん……言ってることはわからないではないが、あいつらが新世界のリーダーになる理性の人々、という印象は持てなかったな。彼等の言う『主』はもう少しお上品なのだろうが……」
「そうだな、私も同じ印象だ。どうも組織がかなり古いようだな」
「古い、とは?」
「言葉のとおりだ。できるだけ情報をフラットに展開して有効な意見を下から吸い上げようとするインターネット普及後の組織と違い、上に行けば行くほど情報が集まり、その情報量を根拠に下を統制するようなインターネット普及以前の組織だと言うことだよ」
なるほど。今でも古い体制の会社なんかでは上司が部下にマウンティングをかますために職務上保有する情報量の多さを武器にするなんてのは良く聞く話だ。
「ドン、君の分析は興味深いね。連中の間には情報の不均衡があると言いたいのかい?」
「そうだな。あそこにいた中で、きっちり組織の成り立ちからカタストロフィの発動条件、上位存在の情報まで知らされてたのはおそらくパリス1人だ。他の連中は新世界のリーダーという言葉に釣られて参加はしているものの、あまり情報を貰えていない可哀想な下っ端なのではないかな」
それは俺も感じていた。俺とパリス議長の舌戦を他人事のように遠目で見ていたり理解できていなさそうな連中が結構いたのだ。そもそも、あそこで行われていた裏ビルダーバーグ会議が何日目の第何セッションだったのか俺は知らないが、あそこまで参加者が質問も意見もなく座っていることなど普通に考えてあるわけがない。つまり、連中は連中のご主人様から言われてきたのだ。「迂闊なことは話すな。逆にできるだけ情報を取ってこい」と。
「てことは、ようやく『羊飼い』の尻尾を掴んだと思ったらパリス以外は切り離し可能なトカゲの尻尾だったってことか……」
「そういうことになるかも知れないな」
つまるところ、パリスの主人を始めとした組織の上級幹部と言える連中の知識も戦略もまだまだ底が知れないという事だ。パリスだって自分が持っている情報が全体のうちのどれくらいかは把握していないんじゃなかろうか。
「先は長い……か」
「君が連中を壊滅させるつもりなら先は長いな。我々も今回の件で連中を敵に回してしまったわけだから、君とは共闘させてもらうよ」
アントニオがまるで俺を助けたせいで「羊飼い」と戦うことになったような言い方をした。いやいや……お前、俺がトイレから帰ってきた時集中砲火浴びて怒りで肩震わせてただろう? お前にも戦う理由はあるからな?
「ドン……君は俺がどうであれ敵認定されていたさ。あの会議が始まる前からね。あの会議は俺と君をまとめてやってしまう機会を連中が作っただけなんだよ。きっと」
「私としては君を助けたがためにこんなふうになってしまった、と言った方がうるさい古株の連中に説明しやすいんだがね……」
意外にあっさり本音を吐いたな。素直なやつめ。
「そこはどうぞ御勝手に。俺は組織運営については自信が無いんだ。アドバイスは出来ないよ」
実際、組織の内部にどう説明しようがその場に俺がいない限り否定も訂正もしようがないので俺はそこには突っ込まない。
俺とアントニオはこんな話を十分以上も続け、2人で今日の会議内容の整理を行った。アントニオが言うには上位存在やカタストロフィについての情報は彼の組織に伝わる秘伝の内容と一致していたそうだが、「羊飼い」達がカタストロフィを誘発させようとしていたとは知らなかったそうだ。
「お話中失礼します。今ホグストープを過ぎました。おっしゃっていた44号線の分岐は次です!」
チータの声がスピーカーから聞こえてきた。
さて、市川さんと貴子さんは何をどうしてくれるのか、乞うご期待だ。




