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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百二十話:蒔かぬ薬は効かぬ


「仕上げを御覧(ごろう)じろって言ってもなあ……君は既に自分の命が危険に晒されているということを理解してるか?」


 アントニオが困ったような顔をしながらも、まだ俺の世話を焼いてくれそうな様子だ。いいヤツなんだなアントニオ。


「静かに! 会議の品位を貶めるような発言は控えるように!」


 パリス議長が騒ぐ参加者達を鎮めにかかったがこれも茶番だろう。本当に鎮めたかったらこれほど下品な声が上がる前に動く筈だしな。ひとしきり参加者を煽り立て、俺に恐怖心を与えた上で恭順させるためのパフォーマンスなのはもうバレバレだ。


「ミスター影山、もし君の皿や血液から君の言う薬が発見されたとしてもそれは我々の関知するものではない。君自身が服用したものかも知れないし、誤ってシェフが服用しているものが料理に入ってしまったのかも知れない。君が盛られたという薬と我々の意思とを結びつける証拠など何もないのだからね」


 この場を支配しているパリス議長が黒と言えば白いものも黒だ。薬はあったのかもしれないが自分達とは無関係だと言われればこれ以上は突っ込めない。


 やれやれ、随分いじましい舌戦になったものだ。この会議体のレベルが伺える……。しょうがない。これから先はチマチマ譲歩して時間を稼ぎつつ、奥の手を使って情報を引きずり出すしかないようだな。


「……いいでしょう、世の中は、特に私の周りは偶然で満ちていますからね。パリス議長のお言葉を信用して、先程の私の発言の非礼はお詫びしましょう。さて、私が人口抑制に積極的な理由ですが、まだ気になりますか?」


「……聞かせていただこう……」


 俺はナイジェリアで過ごした1年について語った。彼の地での人命の安さ、儚さ、その中で潰えた多くの人の夢、自分の命さえ狙われたことなどをだ。人口爆発地帯では欲の前に人の理性が十分に働かない、だから俺は人々の欲望に理性という薄皮を貼り続けるのだ―― そんなストーリーを俺は恥ずかしげもなく朗々と十分以上も語ってみせた。語ってる最中、自分でも本当にそう考えてるような気がして何かがこみ上げてきたのは内緒だ。


 だが、そんな俺だけが気持ち良いスピーチを延々聞かされた方はたまったものではない。聴衆の表情はおしなべて苦く、退屈を隠す者さえ居なかった。


「つまり君は、ナイジェリアでの自身の強烈な体験が原因で人口抑制を考えるようになった……と?」


「真ん中を全部飛ばせばそれで間違いないですね」


「上位存在とのコンタクトは?」


「ありません」


 というか、俺は「あいつ」を高次元知的生命体であることは認めているが上位存在だとは認めていない。忙しい俺を捕まえてややこしい能力と頭の痛いミッションを押し付けてきたシミュレーションゲームマニア、それが「あいつ」だ。上位存在などでは断じてない。


「本当に……? 信じられない。上位存在とのコンタクトがないのにこれまでの我々の会話についてこられたのがそもそもおかしい」


「それは議長の質問と誘導が適切だったからですよ」


 案の定いじましい会話になってきた。この場には証拠や検証という概念が無い。パリス議長が「自分達が薬を盛ったという事実は無い」と言えば無いし、俺が「奇跡は起こせない」「上位存在とのコンタクトは無い」と言えばそれを鵜呑みにするしか無いのだ。


 参加者達はまたぞろパリス議長の尻馬に乗って本当の事を言えと騒ぎ始めた。自分達が期待した答え以外は認めないなんてまるで小中学生のいじめの現場のようだ。


 おそらく薬がバレない前提で質疑の想定をしていたので、ここまでグダグダになるとはあちらさんも思ってもいなかったのだろう。


「私からもお尋ねしたいのですが、なぜ、この会議は『裏ビルダーバーグ』なのですか? ここにはビルダーバーグ会議に出席しておられるような方はいないでしょう?」


 場は荒れてしまったし、もう聞きたいことだけ聞いて帰りたい。これくらいの質問なら許してもらえるだろう。


「我々にはそれぞれ仕える(あるじ)がいる……新世代の世界のリーダーとなる主が。主達は勿論ストックホルムに呼ばれておるよ。我々はその主のために場を整え障害を排除する影に過ぎん」


「なるほど、大きく頑強なシェルターを作るような方達ですからこちらの参加者の皆様の雇用主はさぞかし資金力のある方なのでしょうな……しかも、政治家というよりは資産家、実業家に近い方達なのでしょうか」


「ふん、政治家は落選すればただの小金持ちだからな。我らの主は人類の次の支配者に相応しい歴史と家柄と財を併せ持ったお方ばかりなのだ……」


 ペラペラと俺の問いに答えるパリス議長を見て一部の参加者はあっけにとられていた。無理もない。一介の招待客には絶対に話してはならない事をパリス議長は躊躇なく話していたのだ。


 実は抗不安薬を盛られたことが判った時点で、俺は対抗措置としてサーモンのコンフィ以降の全ての料理にレグエディットを使って抗不安薬を混ぜてやっていた。そして各自が飲んでいる酒のアルコール度数も少し上げておいたのだ。


 酒が回っているとベンゾジアゼピン系の薬品は中枢神経の抑制作用が増強されるので警戒心がますます薄くなり、今のパリス議長のようになる。下手をすると彼等は今日俺と会話をした内容すら忘れてしまうだろう。


 パリス議長はうまく口を滑らせてくれた。ここにいる連中はビルダーバーグ会議の参加者のうち、裕福な企業家または「そういうご身分・ご家庭」の方々のカタストロフィ誘発作戦の実行部隊らしい。この情報一つとってみても今日この場に来て嫌な思いをした甲斐があったというものだ。


 そしてカタストロフィ誘発作戦の指導者側メンバーにビルダーバーグ会議に出るような政治家は入っていないことも判った。

 考えてみれば政治家が自分だけ入れるシェルターを掘っているのをマスコミに嗅ぎつけられたら次の選挙が危ない。まして掘った理由が「神の怒りに備えて」だと落選する可能性が大きくなる。

 それにそもそもカタストロフィが起きるのが1年後なのか100年後なのか分からない作戦なので、いくら世襲の議員や首長がいても国の政治体制が変わるほどの時間がかかるかもしれない陰謀のお誘いには乗れない筈だ。


 うん、上出来だ。さて、後は参加者達の情報だな。


 俺は参加者達が身につけている高そうなメガネや腕時計、指輪なんかのレジストリを全コピーしておいた。後日リファレンス元の座標から参加者達の「主」を割り出してやればそれぞれの拠点は割り出せるからだ。


 よし、俺の方の用は済んだかな。後はどうやって穏便に帰るかだなあ……。


 とりあえず俺はアントニオ以外の参加者全員の血中アルコール濃度をぐんと上げておくことにした。0.4%。死なないがそれなりにダメージがあり、肝臓が強い人でも昏睡は免れない濃度だ。酒に弱い人なら呼吸麻痺くらいは起こるかもしれない。


 2分も経つとあちこちで床に崩れ落ちたりテーブルに突っ伏したりする参加者が続出しはじめた。パリス議長もまっ先にテーブルに突っ伏した一人だ。


「ミスタ、君はいったい何をやったんだ?」


 アントニオが信じられないものを見るような顔で俺を見た。無理もない。

 

「見てただろ? 何もしてないぞ俺は」


「そうだな、君はずっとおかしな顔をしていただけだ……」


 ……それを言うな。


「どのみち、これでは会議はもう続けられないな。お開きということで帰らせてもらおう」


「そうだな。帰りも私の車で送っていこう。乗っていくだろう?」


「悪いな」


 俺達は会場スタッフが血相を変えて参加者の救護や救急車を呼ぶ電話をしている横をゆうゆうと去っていった。


 レストランを去る前に、俺はアルコール中毒で倒れた人達を心配するふりをしながら参加者26人中24人の顔写真を撮っておいた。入場時に取り上げられたスマートフォンを瞳が混乱に乗じて取り戻してくれたのだ。撮れた写真をストラトマインドのシステムに食わせれば面白いことになるだろう。教師データの方はちょっと集めるのが難しいかも知れないけど。


「うん? 彼女も乗せるのかね?」


「悪いが頼む」


 俺は瞳を連れ帰ることにした。どう考えてもこの事態の真相を追求する上で一番怪しいのはつい最近この店のスタッフになった瞳だ。悪ければ証拠のあるなしにかかわらず拉致され、拷問の果てに殺されてしまうだろう。ここは連れて帰るの一択だ。


「ミスタ影山、ホテルに置いてある君の荷物の中に手放すには惜しいような物はあるかね?」


 例によって荷物は飛行機に乗る時に怪しまれないためのダミー。退屈しのぎの雑誌が少し入っていたくらいだ。


「特に未練のあるものは無いよ」


「よし、では回収しないということでいいな? ホテルはもう危険だと思ったほうがいい。このままオスロから脱出するぞ」


 リムジンがアントニオの合図で一気に加速した。同時にオズワルドが窓を開け、サイレンサーを装着した銃で上空を追いかけてきているドローンを叩き落とす。こうなると俺達はもう何も出来ない。


 北緯59度と高緯度のため、午後9時を過ぎているのに周囲はまだ夕方前のような明るさで、運転手のチータは遠慮なくアクセルを踏み込んでいる。俺達を乗せたリムジンははあっという間にオスロ市街を脱出し、見晴らしの良い高速道路に辿り着いた。


「E6を南下して国境を越える。中間地点のイェーテボリまで行ったらもう連中は手が出せない筈だ。『表』のビルダーバーグ会議をストックホルム郊外でやっている以上、コペンハーゲンからストックホルムへ続くルートは対テロシフトが組まれている筈だからな。コペンハーゲンにウチの飛行機を駐めてあるからそれでアメリカに飛ぶぞ」


 アントニオが大きなタブレットに地図を表示させて逃走計画を俺達に説明した。オズワルドがさっきまで撃っていた拳銃をしまい、アサルトライフルを取り出していることからも追撃が来ることはおそらく確定事項なのだろう。


 俺は瞳の方を見たが、彼女もこんな闘いは専門外らしく肩をすくめてお手上げのポーズだった。


「瞳、もういいから変装を解け」


「いやあの……マスクの下はすっぴんなので……」


 アントニオは忙しそうに空港にいる手下に連絡して給油やフライトプランの提出を指示しているが、ゲストの俺と瞳にはアホな会話くらいしかやることがない。



ぶぁばばばばばば


 すごい勢いで高速道路脇の木々が後ろに吹っ飛んでいく中、エンジン音とロードノイズ以外の大きな音が上空から聞こえてきたのは30分程経った時だった。


「おいでなすったな……」


 俺達の車を追いかけるように飛んできたのはヘリコプターだった。幸いなことにアパッチやコブラといった軍用の武装ヘリではなく小型の汎用機のようだ。


「ふぅ、エアバスか。通行中の他の車や道路を巻き添えにして私達をひき肉にする気は無いらしいな。『主』達もそこまでは許可できないのだろう」


 アントニオがそう言い終わったと同時にリムジンの天井から「ガガガン」という音がした。


「……何の警告も口上もなく撃って来たねえ……、アントニオ、大丈夫か? これ」


「一応EN-B7(注)は余裕でクリアしているから、相手が余程のものを持ち出してこない限り大丈夫だ。A8Lベースで作ってるから重い分、エンジンにもちゃんと手を加えてある。ヘリコプター相手じゃ逃げ切れないがな」


 防弾規格には詳しくないが、アントニオが乗るくらいだ、米国大統領専用車くらいの防御力はあるんだろう。


「とはいえ、これを何時間もやられるのはキツイなあ。こんなんじゃそのうち警察も動き出すだろうが……警察が連中に鼻薬をかがされてないとも限らないしな」


「ミスタ影山、何か手はあるのかい?」


 さっきの会議で「奇跡を起こす力は無い」と言った舌の根も乾かないうちにレグエディットを使うのなら、それっぽく使わないとバツが悪い。


「さて、どうしたものかな……」


 横で瞳がワクワクしているのがありありと分かる。アトラクションじゃないから、ね?

(注)EN-B7……防弾車の民生用規格のうち最高レベルのもの。国家元首なんかが使う。これでも重機関銃なんかの火器を使われると厳しい。

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