第百十九話:病は口より入り禍は口より出ず
俺がトイレから帰ってくると、援軍に席を外されたアントニオは参加者の舌鋒による集中攻撃の的になっていた。
どうも俺と仲良さそうにしていたのが連中の気に障ったらしい。
「中座してしまって申し訳ない。それで皆さんはお互いがお知り合いのようですが特定の組織に属しておられるのですか? たとえば『羊飼い』とか?」
俺の言葉を聞いて会場が静まり返った。おっと「羊飼い」は皮肉を込めた蔑称だったか?
「ミスター影山……その名は二度と使って欲しくない。我々は人間牧場を営んでいるわけではないのだ」
パリス議長が声を一段低くして俺を睨みながら話す様子を見るに、やはり彼等を「羊飼い」と呼ぶのは虎の尾をわざわざ踏みに行くようなことのようだ。
しかし俺には参加者達と今後も仲良くしなくてはならない理由はない。今日のところは上手に挑発して情報を引き出すというのが上策ではなかろうか。
「どうしてです? まさに人間牧場じゃないですか! 神が増やすなと言っている人口を調子に乗って5倍10倍に増やし、こっそり間引いた分を肉にして市場で売ってるんでしょう?」
「黙れ、我々の目的はもっと崇高なものだ……」
崇高ねえ……どうも俺とは違う物差しで物事を測っているようだな。
「目的というのは人類の上位存在を怒らせてカタストロフィを誘発し、充分な準備をしていた自分達だけは助かって新世界の支配者になるということですよね?」
「だとしたら何だ? お前に俺達が止められるか? そしてお前に神が止められるのか?」
さっき「成金がなめやがって……」と呟いていた筋肉質の中年男性が声を荒げて俺に食って掛かった。
「どちらも止められる、と言っても誰も信じてくれないんでしょうね。まあ今晩私が無事にここから生きて帰れたらやってみてもいいんですが」
俺は俺に食って掛かってきた男を半笑いで小馬鹿にしたように見下しさらに挑発した。あー怒ってる怒ってる……。
「皆、あまり物騒な話をしないように。ミスター影山、あなたも挑発じみた行為は控えていただきたい」
さすがにパリス議長は俺の挑発に乗ってこない。乗ってくるのはシェルターさえしっかり作っておけば新世界では支配者層になれるという甘い言葉を信じてしまっている連中だけだ。
「失礼……しかし皆さん、どうして人類を滅ぼしうる上位存在が居ると確信を持っていらっしゃるのですか? オカルト好きの英国人や日本人じゃあるまいし、普通『人類が増えすぎたので近いうち神が手を下す』なんて言っても信じませんよ? いいとこ『ははあ、何かの隠喩かな。まあそういうこともあるかもなあ』って反応です。大真面目に構えてシェルター掘るなんて結論に行き着くのは余程の情弱か心配性のどちらかに思えるのですが」
これは自分で言っておいてなんだが気になっていたのだ。本当にカタストロフィがあると信じて準備をするのならともかく、それを誘発しようとしていること、そのためのアプローチが俺の知る限り間違っていないこと……どこからどう論理を組み立てているのやら。
「我々は神を信じているよ。信じているからこそ、この冒涜的行為だらけの世の中は長くないと思っているのだ。
それに『神が増えすぎた人間にお怒りだ』と言っていたのはシプリアーノ殿だけではない。その前後に現れ、やはり超人的な奇跡を起こす力を持った者達が度々そう言っておったのだ。
彼等が過去に起こした奇跡は疑いようがないほど再現性があり、強大で、超自然的だった。バチカンは認定しないがね」
バチカンには毎年すごい数の奇跡認定申請が来るって言うからその中に埋もれてるだけだろうなあ……。
そもそも「あいつ」に声をかけられて世界の成り立ちを教わった時点でバチカンからどう思われようがどうでも良くなるから自分の能力の奇跡認定なんか申請しないだろうし。
「彼等の人智を超えた能力はいつの時代の科学に照らし合わせても、個人の努力で辿り着けるものではなかった。ということは、やはり我々に見えない上位存在というのは確実に居るのだよ。そう考えなければ説明ができないのだ」
正解は正解なのだが、俺がここで「よく解りましたね」というのもなんだか違う気がする。
「たとえば、奇跡を起こした人達というのは人類の突然変異種とは考えられないのですか? ドン・アントニオが多くの人々の生死のサイクルを早めることで作り出そうとしているような」
アントニオがやおら俺の方をむいて驚いた顔をした。彼がせっかく貴子さんの情報を伏せているのに何故俺が「賢い人類」について話をしているのだ? といったところか。
俺はアントニオの方を向いて軽く頷き、心配しなくてもいいとアイコンタクトをした……つもりだが伝わっただろうか?
「ドン・アントニオがそれについて熱心なのは知っているが、我々は新人類については懐疑的だな。少なくとも新人類が奇跡を起こせるような存在になるという根拠がどこにもない」
やはり連中は他の可能性は捨てて「あいつ」の存在と行動にターゲットを絞っている。
ということは、おそらく過去の担当者の中に人口を減らすことの難しさに絶望して、人を減らすよりも「あいつ」が非常手段に出た後の対策を優先して考えようとした奴が居たのだ。
そいつの作った組織が時代の中で宗教勢力や暴力組織、利益追求団体を巻き込みつつ、今のような有様になっているのかもしれない。その過程で目的や教義がねじ曲がったのだろう。
「あいつ」が自ら手を下し、天変地異を起こして人口を大幅に減らしたりすると「あいつ」自身のアカウントが停止されてしまう。だからそんな大雑把なことはしないと俺には分かっているが、ネットワークゲームの無かった時代、運営だとか垢バンだとか言う概念すら無かった時代の担当者がそれをきちんと「あいつ」から聞き出せていただろうか?
たぶんそんな情報を引き出す会話すらしていない筈だ。
おそらく昔の担当者には「人が増えすぎている。このままではいかん」というメッセージが強く伝わりすぎたのだろう。であれば切羽詰まった担当者の中には「きちんと体制を敷いて対策をすれば人類は絶滅から免れるかもしれない」と考える奴が出てもおかしくはない。
しかし、そもそも「あいつ」は地球人類を滅ぼすとは言ってなかった筈だ。「程良く減らせ」くらいだと思ったのだが……昔は「減らないなら滅ぼす」くらい強く言ってたんだろうか?
ああ、そうなんだろうな……「あいつ」ならそれくらい言ってそうだな……。
「ミスター影山、我々は君もまた、シプリアーノ殿のような存在なのではないかと思っている。先程『なぜ自分がこの会議に招待されたのか』と聞いていたね? 他の者は君の事業が目障りだと答えたが私は違う。君もまた上位存在から奇跡の力を得たのではないかと思っているのだ。君の過去のエピソードはちょっと特殊だからね」
それは以前クロエにも言われたな。
ある日いきなり日本の中古建機を大量にナイジェリアに輸出して資源採掘企業を設立し、最初に試掘した山がたまたま大金山で30兆円以上で売れました……うん、おかしいな。特殊と言われても言い返せない。
「私が奇跡の力を持っているかと言われれば答えはノーですが……私の運の良さが奇跡だと言われれば肯定せざるを得ませんね」
ここにいる参加者達が俺の能力を無理やり発動させてその効果を検証することが出来ない以上、俺自身に能力の存在を否定されたらそれ以上何も出来ないだろう。パリス議長もそれは解っている筈だ。
そう言えば壬生翁は「奇跡を起こす人」には数えられてないんだな。あの人はちょうどバブルの波に乗せた形で壬生グループを成長させたから、奇跡の力を借りたように見えなかったんだろう。当時は日本のバブル経済そのものが世界経済の奇跡みたいなものだったし。
「私がトラブル体質であるのは認めます。おかげでこのような厳かな会議に招待されて普段はご挨拶出来ない方々とお食事が出来た。少々居心地悪くはあるんですがね……
皆さん……私は、偶然とか奇跡とかいうやつは起こる人には頻繁に起こり、起こらない人には一生起こらないものだと思っているんですよ。幸い私もまた数多くの偶然に恵まれた人間ではありますが、パリス議長の言うような奇跡のバーゲンセールが出来るタイプの人間ではありませんよ」
「確認できない以上、これは押し問答になりそうだ。ミスター影山、君が奇跡を自在に起こせる人間かをこれ以上問うのは止めておこう。
そうそう。今さら聞くのもなんだが君と君の会社が積極的に人口抑制をする理由を教えては貰えないかね? 普通は環境問題や人口問題に思いを馳せたとしても自ら策を講じて人口を抑制しようとまでは思わんものだよ。もしかして君は上位存在とコンタクトして、そういったことを依頼されたのではないかな?」
そう来たか。これまでの会話でチクチク刺されてはいたが、やはり影山物産が人口抑制に積極的に動いているというのはバレている、というか誰も意外そうな顔をしていないところを見ると、影山物産の人口抑制策はこの会議体において既知の事実であるようだ。
同じ招待客のアントニオそっちのけでの俺への立て続けの質問。そして核心を突く深い質問―― 開始から1時間ちょいであることを考えると、やはり今日の会議の参加者達が吊るし上げたいメインターゲットは俺か……。ええいしょうがない。
「パリス議長、2つ質問をいただきましたので一つ一つ答えていきたいと思います。まず私が人口抑制に積極的かどうか? これはイエスです。その理由については……」
会議参加者達が全員俺の言葉を聞き漏らすまいとこちらを向いて真剣な顔をしているが、今日のこの流れでまともに答えるのも馬鹿らしい。
「是非とも答えたいところなのですが……その前にお聞かせ願いたい。この会議の最初の30分、何故我々は議事進行もなく黙々と出された料理をついばまねばならなかったのかを」
肩透かしを食らった参加者達が凄い目で俺を睨んでいるがそれはこの際気にしない。
「それは、この裏ビルダーバーグ会議の伝統というやつだな。スープを飲むまでは小腹を満たすのが習わしだからだ。はじめての方は大抵びっくりするがね」
「これが伝統だとすると、おそらく過去のゲスト方々はなぜ自分が大切な秘密をペラペラ喋ってしまったのか、あとで疑問に思っているでしょうね。面白いことに私の前菜の中には強烈な抗不安薬が入っていましたよ。これが体に入ると警戒心が薄れてしまって話さなくて良いことまで話してしまう。ずいぶんと姑息なことをするじゃないですか。これが貴方達のやり方ですか?」
「なっ」
パリス議長の隣に座っている男の顔色がさっと変わった。裏だの悪だのといった組織にいるにしては肝が小さいらしい。転職を勧めたくなるレベルだ。お前か、やったのは。
「30分はその薬の効果開始時間を見込んでいたのでしょう? 私が前菜を食べてから1時間と10分。
アルコールで効果が高まって、そろそろ聞かれてもいないことを調子よく話し出す頃合いだと思ったのではないですか?」
薬剤が盛られたことなどとっくに気がついていたような話し方をしたが、実際に気がついたのは少し前だ。俺はベンゾジアゼピン系抗不安薬を飲むと不安や警戒心がどうにかなるより先に墜落しそうな一過性の眠気に見舞われるやっかいな体質を持っている。その眠気にそっくりな、時差ボケとは明らかに異なる眠気をさっきトイレの中で感じたのだ。
そこで急遽レグエディットで体内チェックをしたところ、抗不安薬と思しき薬剤が体内に見つかった。時差ボケ解消の睡眠薬には良いかもしれないが、他人から相談もなく盛られた薬を放置しておく趣味は俺にはない。
当然、そんな不穏な薬物には体内からご退場願ってから会議場に戻ったのだ。
「根も葉もない言いがかりだ。この会議を侮辱するのかね?」
パリス議長の声を震わせながらの威嚇。今までバレたことなかったんだろう。隣の小者は肩を震わせている。可哀想に。
「なんでしたら先程引き上げた皿を調べるなり私の尿か血液を調べるなりしてみましょうか? ……そうですな、まずは薬物中毒検出キットでも使えば……」
「お客様、料理に何か不手際でも?」
いいタイミングで瞳が話に入ってきた。こういう鉄火場での彼女のタイミングはいつも感心するほど素晴らしい。
「うん。申し訳ないんだけど俺が食べた一皿目か二皿目の皿ってまだ洗わずに残ってるかな? 確認したいことがあるんだけど……」
「しょ、少々お待ちください」
これが連中の俺に対する小細工だったら証拠の皿がまだ洗われずに残っている筈がない。俺もそれを分かっていてわざと確認させろと言い立てているのだ。
細工を仕込んだ人間が見れば俺の一連の発言はクサい芝居と変わりなく、関係者にとっては事実上の挑発にしか聞こえないだろう。その状況が理解できた者はだんだん品のない言葉で俺を攻撃しはじめた。まあ、そうなるよな。
ものの数分で会場は俺を批難する声一色となり一触即発の空気に満ちたが、俺は平然としていられた。単純に英語以外の言葉やスラングが多くて連中が何を言ってるのか理解できなかったからだ。
「ちょっとやりすぎだ、ミスタ。君はもしかしてアホなのか?」
アントニオが呆れた顔をして俺を肘で小突いた。俺もアントニオの言葉に思うところが無いわけでもないが、これくらい挑発しないと誰も口を滑らさないだろう。これは必要な挑発なんだよ。うん。
「まあな。アホにはアホの闘い方があるんだ。仕上げを御覧じろってね」




