第百十四話:海のものとも山のものとも
「そうだな。せっかくこちらに招待したのにいつもと同じでは芸がない。どれ、今日は時間の許す限り、君の協力者達との話に花でも咲かせようか」
俺に紹介をせがむ市川さんに気づいた「あいつ」は市川さん、貴子さん、相田へと目を移し軽く会釈をし、次に俺の後ろの方を覗くように首を伸ばした。
「あれー?」
俺の後ろ、感覚的に3mくらい後ろにシャーロットが現れた。この空間はあまりに真っ白すぎて距離感が掴めないのであくまで目安だ。てっきり役員室にいたメンバーだけかと思ったら、シャーロットまで連れて来るとは……「あいつ」は俺の協力者が誰と誰なのか、きちんと把握しているということか。
俺はシャーロットに、ここが例の白い空間だという事、今日は自分の協力者が集められている事、話はまだ始まってない事などを説明をしたら意外にあっさり理解された。さすが若い者の順応性は高い。
「揃ったな。座ってくれたまえ」
いかなるテクノロジーによるものか、俺を除く面々の前に椅子のようなものが4つ現れた。ちょっと待て、今まで俺は椅子なんか出してもらったことがないぞ……?
扱いの違いに言いたいことはあるが、今日は4人はお客様だ。下手に噛み付いて「あいつ」の機嫌を損ねるよりは上手くおだてて何か譲歩を引き出したほうが建設的かもしれない。
4人は椅子のようなもの……もう椅子でいいか……に座り、俺は「あいつ」に手招きを受けて「あいつ」の隣に立たされた。これではまるで俺が「あいつ」の執事のようだ。
各々、この空間への転移の興奮が収まり、椅子にも座ったところで「あいつ」は口を開いた。
「イチカワ、ミブ、アイダ、ゴールドウィン、の4人だね。いつも彼を助けてくれてありがとう。こうやって顔を合わせることにした理由は複雑だが、君達も一言二言、私に言っておきたいことがあるんじゃないかと思ってね……こうしてお招きした次第だ」
市川さんの目は期待でキラキラしていた。貴子さんは壬生翁の因縁もあって懐疑的な目、相田は将来に資する何かを掴み取ろうと言う目をしている。シャーロットはどちらかと言うと俺の方ばかり見ているが、もしかして夢かなにかだと思ってるのか? 寝てたところを転移されたみたいだし。
「私達のお名前は既にご存知のようですね。私達も貴方のお名前を伺っても?」
先ずは市川さんが斬り込んだ。とは言っても喧嘩腰ではなくごく当たり前の会話のアプローチだ。
名前か……気にしたことなかったなそう言えば。いつも二人だったから一人称と二人称で済んでいたんだよなあ……。
「『あなた』でも『お前』でも良い。好きなように呼んでくれたまえ。私の名前は君達にとって意味がないものだ。イチカワと言ったか。察するに私に何か要望があるのだろう?」
「お話が早くて助かります。ではその要望を……私にも、影山さんと同じような能力を授けていただけないでしょうか? 授けていただけるならあなたの地球人類に対する懸念を払拭するために努力できると思います」
おお、言った。言っちゃった。市川さん、俺と同じ能力を前から欲しがっていたものね。
しかしそれを聞いた「あいつ」は意外にも即答をせず、しばらく考えてから市川さんの方を向いて答えた。
「駄目だな、それは」
「どうしてですか?」
一言目が否定になることは市川さんは想定していたようだ。すんなり要求が認められるわけがないことは薄々分かっていたのだろう。だが、それにしたって否定から入られれば少しは感情的になるのが人間というものだ。市川さんの目が先程のキラキラした目から一転、戦う人の目になっているのがそのいい例だ。
「彼からどこまで聞いたか知らないが、私は知的生命体の虐殺をしてはならないんだ。私は、ただ彼に人口の調整の依頼をした、という体で能力を付与している。その結果彼が自分の判断で人口の削減をしている、という建前だ」
「なっ!」
よくもぬけぬけと! 欺瞞もいいところじゃないか! お前、最初にガッツリ40億人減らせって俺に言ったじゃないか。もしかして自分で言っておいて忘れてるのか?
俺が怒っているのを気取ったのか「あいつ」は俺の方を向き、軽く目配せをしてきた。たぶん自分でも都合のいいことを言っているのが分かっているのだ。やるせない怒りが俺の肩を震わせていたが「あいつ」は構わず説明を続けた。
「実際、彼は他人を享楽的に虐殺すること無く、資源や生物の実験を繰り返しているうちに人が減っているというのがこちら側の認識だ。他人の殺害については例外も多々あるが、多くは自衛手段だったろう?
私はこういう奥ゆかしい手段を取る彼に声をかけることが出来たのは至極幸運だったと思っている」
「それは……わかります」
「分かるかね。彼に能力を付与したら彼は人をいくらか減らした。ここまではいい。しかし、人に能力を付与すると他の人を沢山殺すということを知っていて同時に何人もの人間に能力を付与するのは虐殺と変わらないと判断される可能性もある。それは避けたい」
「あなたは今まで数百年、絶え間なく人を間引く『担当者』を選んできている。それは虐殺と判断されていないのに?」
「彼に付与した能力や遺伝子操作プラグインといったものは、私ではなくシミュレータの開発元がリリースしているものだ。ゆえに、開発元も使うなとは言えないだろう。一人や二人になら付与しても大丈夫な筈だ。しかしこれが四人五人となると、別の星の話だが実際にアカウントを抹消された者もいてな……」
気の毒に。その人もきっと知的生命体の数が増えすぎて、担当者をたくさん投入せざるを得なかったんだろう……。設計自体に根本的なミスがあるばっかりに、真面目なプレイヤーが損をするとか酷い。某社のMMORPGみたいだ。
「他にも理由はある。君は既に彼から能力の使い方を聞いているわけだが、もし実際に彼と同じ能力を得たとして、彼のように器用に能力の使い方を発見したり工夫できたりしたと思うかね?
君は彼から前知識を仕入れているから大丈夫だと思っているのかもしれないが、知っての通りこの能力は身体知に由来する。君もまた君自身の知見に基づいてこの能力を操らなければならないのだが ……私には君に彼ほど、この能力に対する理解や適正があるとも思えんのだ」
「あ……」
そうだな。他人が自転車に乗っているのを見たからと言って自分が乗れるわけではない。まして俺はレグエディットの使い方で言うと既にかなりのベテランで、曲芸乗りまでやっているような状況だ。
その武勇伝を聞いたからと言って市川さんに使いこなせるわけがない。
加えて、俺がこれまでレグエディットをなんとか使えてきたのにはコンピュータやプログラミングの知識が結構あったからだ。市川さんにそういった知識が無いとは言わないが、俺ほどの理解があるとは思えない。思ったような結果を出せないままモタモタとレジストリをただ眺め、長時間アヘ顔を人に晒し続けることに市川さんは耐えられるだろうか?
「私ならなんとかなるかもって話ですかねえ……」
相田が、若干目が死んでいる市川さんに変わって受け答えをはじめた。確かに相田のコンピュータサイエンスの知識は俺の知識を軽く上回る。しかし「複数投入によるアカウント消滅のリスク」に関しては何の解決策も提示できない。
「ふむ。能力的には君ならやれるだろうな、アイダ。だがやはり君に能力付与した場合の私のアカウント保全の問題は残ったままだ」
「あのっ……私に、影山さんと同じソフトウェアをインストールしてもらえませんでしょうか……ソフトウェアだけなら……その……」
貴子さんが行った。なるほど、遺伝子改変の部分はしなくていいからソフトウェアだけ、ということだな。自分の父がかつて会っていた相手に自分が向き合うことになるというのはどんな心境なのだろう。
「君は……何代か前の担当者の娘なのか……これは驚いた。小脳のアクセラレータは劣性遺伝になるように設定しておいたのに形質が発現している……しかも発現したアクセラレータがドライバもソフトもなしで利用された形跡がある……これはソフトが欲しくなるのは道理だな。だが、ソフトを渡すということは能力を付与することと変わらない。申し訳ないがやはりお断りする」
珍しく「あいつ」が驚いていた。まあ、仕様書がないのにバスだけ繋がれているアクセラレータをカンだけで使いこなしている人間はそういないだろうからな。どうやら貴子さんのやっていることは次元を超えて驚嘆すべき事のようだ。
だが、考えてみると人間は自分の手足や内蔵の動かし方を最初にマニュアルを読んで理解したわけでもないのになんとか動かせているわけで、理屈は分からなくてもなんとかなっちゃうものなんだな。身体知とか本能とか、本当にわけが分からん……。
もしかするとこういう部分が俺の開発する人工知能に欠けているところなのかもしれないなあ……。
「私達は影山さんの役に立ちたいんです。そのためには何かしら、彼のような超常の能力を獲得したいんです……どうか聞き入れては貰えないでしょうか」
市川さんが死んだ目に無理やり光を取り戻して再交渉を開始した。
「あいつ」に会うという、自分の能力ではどうしようもないハードルを偶然にでもクリアした以上、自分の要望を相手に伝え、望む結果を獲得するのに必要なのは自身の努力と才覚だけだ。今この機会を失ったら再びこんな機会が訪れる保障はどこにもない。
「君達は少し何かを間違っているな。まず立場的に言うと私が彼に願い事をして、彼はそれを聞いてくれているという関係だ。彼の能力は、その願い事を達成してもらう為のこちらからの支援であり報酬なのだよ。君達のように、まず能力をくれ、そうすれば達成してやるというのは私には主客逆転しているようにも思えるが……」
うーん……間違ってはいないけど、俺にはこいつの願い事をお断り出来る余地はなかったと思うんだがなあ……
「い……今、私達は人口を好んで増やそうとしている団体を特定しています。その団体を無力化すれば人類は向こう200年は100億人の大台には乗らない筈なんです。どうか、その団体との闘いに勝つための能力を下さい!」
相田も必死で訴える。まあ確かにチート能力なんか貰える時に貰っとかないと、とは思うよな、普通。そのための交渉材料として「羊飼い」について触れたのはグッジョブだ。何も手土産がない状態で交渉したって空を掴むようなものだからな。
さて、ここでシャーロットが行くかと思いきや、退屈そうにしているだけだ……。眠いんだろうな。
「ふむ……彼女達が何とかして君を助けたいと思う意思は理解できる。しかし、私のアカウントが抹消されるのは困るしな……お、そうだ」
「あいつ」は俺の方を見て、俺の人望が意外にあることに感心したような顔を見せ、次に彼女達に向き直ると胸元から正十二面体のサイコロを取り出した。
「これを今から皆に振ってもらう。いわゆるガチャというやつだ。君達ホモサピは収入の7割を突っ込む者もいるくらいガチャが大好きなんだろう? これで、君達自身が獲得する能力を選びたまえ。
そうすれば私が君達に意図的に虐殺能力を与えたとは言えなくなる」
俺はそのサイコロのレジストリを見てみようとしたが、例によって弾かれた。この空間ではレグエディットは発動出来ないらしい。
「どうした? 振ってみたまえ」
「いや、どんな能力があるのか……スカとかも怖いし」
「所謂罰ゲーム的な、使うと自分に損になるようなのは無いと聞いている。聞いている、というのは一度も使ったことがないからだが ……一回振ると10億人が1年かけて私に捧げるマナが減るから一人一回で頼むよ」
一人一回……おそらくこの一生で一回きり。しかもどんなものが出るかわからないガチャを引きたがらない皆の心理はわからないでもない。誰だって怖気づく筈だ。
「はいはーい。私回します。回したら眠いからもう帰っていい?」
シャーロットが手を上げた。前の嫁さん会議といい今回といい、真っ先に手を挙げるのに躊躇がないのはいつも通りという訳か。それともやはり、今のこの場をただの夢だと思っているのか。
「えいっ」
シャーロットは軽く上にサイコロを放り上げ、落ちてきたそれを膝でポンと蹴った。コロコロとサイコロは俺の方に転がり、止まった時には9番を指していた。
「9番……おめでとう、彼と同じキーバリューエディタだ。地球のオフセット座標を渡すからちょっと待っておくれ」
「ふーん。なんか分からないけどありがとう」
いきなりアタリかよ……さすがだなシャーロット。今までの不幸な人生の分だけ揺り返しがでかいってことなのかな。でもシャーロットはまだ状況が飲み込めていないようだ。大丈夫なのかあんなのに能力使わせて……?
「おい『アブソリュート』初回発動のブレーキサービスは付いてるのか?」
「それは勿論」
一番危ない使い方には初回チュートリアルがあることを確認しておかないとな。
「じゃ、次は私が行くわ」
シャーロットの大当たりに勇気をもらった市川さんが手を挙げた。
もしアタリが次々無くなっていく形式だとしたら早めにガチャを回したほうが得だということに気がついたらしい。
「1番……おめでとう、空間情報エディタ。最強にして最難関の能力だ。上手に使いこなしてくれたまえ」
「空間情報エディタ……? 何それ?」
何だろう。俺も聞いた事が無い。レグエディット……「あいつ」がキーバリューエディタと言っていたもの以外にもこの世界の情報を改編するエディタがあるのか……。
「ほな次、私ー」
相田が9番を上にしてコマのようにサイコロを振ったが9番が出る筈も無く、サイコロは12番で止まった。
「チッ」
「12番、カウンター&フェイトチェイサー。人口の増減など、今現在のシミュレータ上の知りたい数値を知るだけでなく、その数字に至るまでの要因のうち影響の大きいものをいくつか見ることが出来る。私が彼の減らした人口数を正確に知ることができるのと同じ能力だ」
そんな便利能力あるならなんでもっと早く言ってくれないかな。あればあったで何かと便利だったろうに……あ、いや、ノルマに追い立てられて生きた心地がしなかったかも知れない……。
これ、相田には良いんじゃないか? 株価が上下した原因なんかも全部分かるんだろうか? いや、株価は社会情報だし無理かな……?
それにしても、どうして能力の名前は全部英語なんだろう?
「では、最後が私ですわね。どうせ何が出ても良く分からないんですもの。出たとこ勝負よ」
貴子さんがサイコロを振ると、しばらくサイコロは回転を続けなかなか目を出さなかった。シャーロット以外が注視する中、サイコロはようやく停止した。
「4番、ディファレンスメーカーだ。二つの認識したオブジェクトに対して『差』をつけるという変わり種だね。電位差、エネルギー差、なんでもいいから差をつけてしまう能力で、使い所は難しいが面白いぞ。ああ、君はちょっとインストールが難しいな……既存のディゾルブ能力を消さないようにしないと……」
シャーロットと貴子さんは俺の時と同じく地球のオフセットデータを脳に押し込まれ、少し混乱したようだがすぐに立ち直った。そういえば、彼女達もメンタル補強は必要ではなかろうか?
「彼女達にメンタル補強は施さなくていいのか?」
「必要ないだろう。君は突出してメンタルが弱かったから十割増しにしておいたが、君の今のメンタルとイチカワやアイダのメンタルで言うとまだ向こうのほうが強いくらいだ」
しれっと酷いことを言う奴だ。俺のメンタルって昔はそこまで豆腐だったのか。
「さて、結構なマナを使ってしまった。私にも少しばかりマナの補充と休息が必要だ。聞きたいことはいろいろあるだろうが今日はこれくらいで勘弁してくれたまえ」
一応全員何かしらの能力を得たし、これ以上質問攻めにして引き留めるのはやめておこうと言う空気が流れたところで白い空間は「あいつ」ごと消え去った。おそらくシャーロットもそれまで居た場所に戻ったのだろう。
結構な時間が経過したと思っていたが時計を見ても数分も経っていないあたりはさすがと言うか無茶苦茶と言うか……。
「あああもう! 空間情報って……何よ……?」
オフィスに大きめのヒステリックな声が響いた。見ると市川さんがかなり切羽詰った顔をしている。そう言えば空間情報エディタについては細かくレクチャーされていなかった。というか今日は全員、そんなに丁寧なレクチャーを受けていなかったように思う。疲れていたのか四人分だと面倒なのか、「あいつ」も随分と手間暇を惜しんだものだ。
「落ち着いてみんな。分かることなら教えるからさ、ゆっくり一つずつ思いついたことを試していけば良いんだよ」
これから数日はみんなのアヘ顔が見られそうだ。




