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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百十二話:楽せずして楽知らず

 セキュリティの専門家に聞いた通り、影山物産(うち)への直接的な攻撃や業務妨害といったものは長くは続かなかった。全く無くなったわけではない。しかし、海賊に輸送中のコンテナをまるまる強奪されたり、社員が拐われたりといった大きな事件は見られなくなった。


「やっとひと息つけるわね」


「だな。色々あった後だ。平和な日々が少し続くだけでもありがたい」


 だが専門家が言っていた通り、敵の存在を忘れかけた絶妙なタイミングでの嫌がらせが何度かあった。「凄塩」の仙台店に無人のトラックが突っ込んだり、市川さんが視察に行っていた間に C&V twins.シカゴ店が銃撃があったりしてそれなりに肝は冷やしている。相田は相田でシステムへの執拗なハッキングトライに神経を尖らせているようだ。


 心の底から安心できる日はまだ遠い。


「国境を気にしないで嫌がらせをするこのスケールの大きさと、嫌がらせそのもののセコさのギャップに驚くわ」


 とは市川さんの弁だ。


「ふむ……ところで、俺もそろそろ何かやらんとな」


 緊張と弛緩が小刻みに押し寄せる中、今年のノルマが達成できていないことが俺の頭に重くのしかかっていた。世界で絶賛拡散中の性具や添い寝までできる高級なお友達ロボットが人口の抑制には一役も二役も買っている筈だが、やはり目に見えるスコアというのは重要だ。


 俺は一計を案じ、2ヶ月ぶりに車を飛ばして扇町の病院へと向かった。


「高市ぃ、こないだはありがとな。(あいつ)、退院して元気になったってよ」


「おおう、影山。こっちこそCTありがとうな。毎日使ってるぞ。最新式は凄えよな。早いし被曝量が少ないし寝台も動かん……俺が研修受けてた頃とは大違いだ」


 高市は大学時代もともと工学部にいたが、工学部の授業があまりに緩慢でくだらないとかで医学部への転部を大学に願い出たが断られ、その場で大学を辞めてもう一度医学部を受け直したという逸話の持ち主だ。

 もともと好きだったこともあり、趣味でCT画像の読影を自作の画像認識AIにやらせてしまうほどコンピュータの扱いには長けている。そんな奴に最新CTを与えてしまったのは良かったのか悪かったのか。


 ま、地域医療に貢献できたと思っておこう。ネットではここの病院は最近評判良いみたいだし。


「はは。まあ可愛がってやってくれ。それより今日は頼みがある。いつもエチゾラムを処方してもらってるよな。あれ、一回ジアゼパムに変えてもらえんか?」


「なんだ。エチゾラムじゃ駄目なのか?」


「うん。エチゾラムはここのところ結構続けて飲んでいるからな。間を置きたい」


 ジアゼパムはベンゾジアゼピン系、エチゾラムはチエノジアゼピン系。同じような効能だが短期の抗不安薬としてはジアゼパムのほうが効能が高い。


「依存性はそこそこ強い薬だからな……気になると言われればしょうがない。処方箋書いておくから下の薬局に行ってくれ。

 でも、お前くらいだぞ。医者に薬の指定してくるのは」


「説明の手間がなくて助かるだろう?」


「間違っていない分には大いに助かるが、あまり自己診断を過信するなよ」


「わかったわかった。あまり我儘を言うと今度は何を買わされるか分からん。退散退散っと」


「チッ」


 あの様子だと、本当に何かを買わせようとしていたのかもしれない。俺は早々に病院を出て行き薬局でジアゼパムを調剤してもらった後、隣接するホームセンターでバケツを3つほど買って帰った。


 家に帰って俺がやることはいつもと同じ。バケツに水を入れ、それをレグエディットで凍らせ、個体になったところで目的の元素や化合物に変えてしまう作業だ。

 今回それで作るのは高市に処方箋を出してもらったジアゼパム。テムズ川にいる魚の警戒心を薄れさせたという、人間以外の脊椎動物にも実績を持つという向精神薬だ。


 俺は次々とバケツの水をジアゼパムへと変え、それを砕いてはゴミ袋やお茶の葉を包んで急須に入れるためのお茶パックへと詰めていった。こういうちまちました作業は蚕の卵の遺伝子を書き換えた時以来だろうか。無心になれて妙に楽しい。


 認めたくないが俺はお役目が楽しいんだろう。さて、このジアゼパムをどうしてくれようか。


 シャーロットは人の迷惑を顧みずに危険なマリンスポーツや違法な漁猟、埋立工事の妨害なんかをやっている人達のいるところの沖にばらまけば、警戒心が薄れた肉食魚がそれらの迷惑な人々を襲うんじゃないかとか恐ろしいことを言っていたな。

 クマが出るところの水場に撒けばクマが人を恐れなくなるから、観光気分でうっかりクマに近寄って餌あげようとした人がああなってこうなって……


 ちょっとまて……


 いや、駄目だろそれ。迷惑を撒き散らすアホには違いないが、クマやサメをけしかけられて死ななきゃならんほど悪いことしてるかなあ……? してないような気がする。うん、どんどんそんな気がしてきた。


 やっぱりこれは刑務所にネズミを放つ時に使おう。動物による直接攻撃の誘発は世代を超えた無差別殺人になりやすいのにもっと早く気づくべきだった。あ、そういえば逃げたダツってどうなったんだろう……?


 何というか、シャーロットの他人に対する生殺与奪基準が今ひとつわからんな。ナイジェリア育ちって事もあってかなり死に対してドライなのは分かるんだが……。


 俺はせっかく作ったジアゼパムを全部台所の床下収納にしまいこんだ。ゴキブリがこれをかじって無鉄砲にならないように願いながら。


★★★★★


「うーん。わかりませんねえ……」


 昼の役員室で、相田が昼食を食べながら頭を捻っていた。


「どうしたの? 相田さんが頭を捻ってるのを見るのは久しぶりね」


「そうね。何かといつも自信たっぷりなのにね」


 市川と貴子が心配しているようでそうでもない、という微妙な受け流し方をする。最近は見た目の年齢も揃ってきたせいか、あまりお互いに遠慮がないようだ。


「いえね。影山さんのアレですけど、例えば石が金になるわけですよね?」


「いきなり何を言い出すかと思えば……まあ、アレについては興味深いから私も良く考えるけどね。そうね。石が金になるわよ。眼の前で実演見たわよね?」


「それはまさに、私がこう、テキストの文字を書き換えるように、物質が置き換わるわけですよね……」


「そうね」


「今までがどうだったかは関係なく。また、エネルギー保存則とか質量保存則とか関係なく、重くなろうが軽くなろうが」


「そうですわね。暖かくも冷たくもなるらしいですわ」


「その『今までがどうだったかは関係ない』、つまり状況の強引な上書きってどこまでやれるもんなんでしょうかね?」


 相田の疑問がどのあたりにあるのか、市川も貴子も的が絞れない。相田自身は明快に疑問を呈しているつもりなのに2人に理解されないのはおそらく自分の表現が悪いのだ。そう考えた相田は何度も例を変えて話してみるものの、やはり2人には分かってもらえない。


「うーん。つまりこういうことかな。ここにトランプがあるとして、シャッフルして一番上にスペードのエースが来る確率は53分の1よね。影山さんはそれを100%に出来る。でも、シャッフルの段階ではスペードのエースは必ずしも一番上にあるわけではないのに、影山さんがシャッフル後に『一番上がスペードのエースだ』と確率を書き換えるとスペードのエースは一番上に来るのか? こういうこと?」


「そそ! やっと伝わった!」


「どうなんだろう……考えたこともなかったわ。確かに物質の変換にしても移動にしても現実的にはありえないことを、どこかにある変数を書き換えて達成してるんだものね。貴子、どう思う? 影山さん程じゃないにしてもあんたも一応能力者でしょ?」


「一応は余計です。うーん……私と影山さんでは能力発動のロジックが異なってるから分からないのが正直なところですわ。本人にやってもらうのが一番手っ取り早いんじゃないかしら。

 でも相田さん、どうしてそんな事が気になるの?」


 相田もまた、影山物産の防衛体制を強化するために何か策はないかとあれこれと考えていた。

 彼女は影山のレグエディットにはまだうまく使われていないところがあって、それを発掘して利用することで何かしらの効果を期待できないかと考えていたのだ。


「宝くじの場合は少なくとも抽選日より前に確率を操作していたって言ってたから、今の例だとシャッフル前にってことになるわよね。でも、その時影山さんはトランプがシャッフルされることを知らないわけだからシャッフル後の順番に関する確率なんて、いじろうとしてもいじれないわよね」


「うーん……確率を操れる、という割に一般事象の確率を書き換えるのはかなり難しいってことなんでしょうかね……惜しいなあ…… 何か凄いことに使えそうなのになあ……マルコフモデルからこう……うまーいこと……」


「私もいろいろ考えたけどそのあたりは『観測レイヤー』の挙動が謎すぎて考えるの諦めたわ。他にも、アレは重力とか電磁気力とかそういう力への干渉にも相性が悪いっぽいのよね。やっぱり先端物理特有の、量子領域での観測をはじめられると嫌だからなのかしらね」


「謎ですねえ。まあアレは移動に力も時間も要しませんからそもそもエネルギーとか加速度とかと無縁になるのは分かる気もしますが……」


「あ、加速度と言えば、今日は午後から壬生重工の技術スタッフが何人かいらっしゃるのよ。影山さんが以前に宇宙船の設計について聞きたいって言ってたのでなんとか話をつけたんです」


 30分後の来客を思い出した貴子が会議室の確認にと席を立ち、市川も相田もそれに合わせて各々の行動を開始した。その動きは互いの動きを高いレベルで理解し合っているスポーツチームのようにも見えるほどだ。


 3人の、正確にはこの3人にシャーロットを加えた4人の左手の薬指にはシンプルな指輪が光っていた。影山がこの間の誘拐事件で相当肝を冷やしたため、いつでも追跡出来るようにタグとして渡した指輪だ。


 影山はまさか全員がその指輪を左手の薬指にはめられるとは思わなかったが、4人が自分の配偶者になりたいと手を挙げたことを考え、はめる指については特にコメントするのを避けた。

 何より、指輪を渡した時に全員がとても嬉しそうだったし、喜んで装着してもらえるのならそれ以上に何かを言うのは無粋かな、と影山は思ったようだ。


「ふー。もうみんなメシ食ったー?」


「影山さん、あと30分で来客ですよ!」


「あー……今日は重工さんが来てくれるんだったか! 悪い、急いでメシ食うわ。コンビニで買ってきたんだ」


「あああガーリックたっぷりペペロンチーノ! それ、食べるなら社長室で食べて下さい! ここでは開けないで下さいよ!」


 こんな毎日が続けばいいな、とその場にいた全員が考えていた。

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[気になる点] 終わり方が不穏……((((;゜Д゜)))))))
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