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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百十一話:習わぬ防衛は出来ぬ


 アントニオとの会食から戻ってからというもの、俺は考え込むことが多くなった。それまでは架空の存在だった「敵」が実在するという事実に対してどういうアクションを取るべきかを考えざるを得なくなったからだ。


 考え込む内容はほとんどが「いかに影山物産という組織を守るか」だ。敵対組織がメンバーの誘拐や殺害を個々に行えば俺はあっという間に丸裸になってしまう。戦力的には一人になっても十分な気はするが、そうなった時に正気を保てる自信がない。


 実際のところ、相手が秘密組織でいるうちは向こうのやりたい放題だろう。敵が闇の中から矢を打ってきてもこちらは撃たれた痛みにもんどり打つしかない。上手く矢を躱して矢が飛んできた方を見てもそこには闇があるだけだ。


 このような状況では、出歩かない、戸締まりをちゃんとする、といった基本的な防衛策を取るしかない。実際、米国などの度を過ぎた金持ちの一族はそういった生活をしていると聞く。連日自分を褒めそやしてくれる連中を集めてパーティを催しているのは成金ばかりだ。


「こういった組織への防衛策というのはどういうものが考えられるんでしょうか?」


 俺は壬生戦略研究所の対テロ・対組織犯罪のコンサルタントや現場経験者達との会合で素直に聞いてみた。


「まず『うちは万全の備えをしているんだぞ』というポーズを見せておくことです。こちら側に手を出しても無傷ではすまないぞというアピールですね。

 もう一つは実際に何かしらの攻撃を受けた時に『まあ、お前らのしょぼい攻撃はさほど効いてないけどな』とアピールすることです。

 何かされた時に、急にビビって外を出歩かなくなるよりは、今までと同じ様に出かけたほうが良い。普段から気をつけて出かけるくらいがちょうどいいと思いますけどね」


 あらためて聞いてみて、そんなものかと思う。相手の渾身の一撃に「お前今、何かしたのか?」と言ってやるのはさぞかし気持ちが良いだろうな。


「御社の場合、メンバーが少な過ぎることがネックですね。年月をかけてでも一人、二人と減らされてしまうと確実にダメージが見える形で蓄積しますから。三人も殺されるともう社員の募集すら不可能になるでしょう。人員の新陳代謝がない組織は先がなくなります」


 なるほど。まだ16人の会社だと一人欠けても大ダメージだ。実際、瞳が入院していた時のあの心細さというのは心理的に大きな痛手だった。瞳でさえああなのだ。市川さんや相田、貴子さんが敵の手にかけられたらと思うと身震いがする。

 その上、組織として新しい人材が入ってこないとなると老害がはびこりそのうち動脈硬化を起こしてしまいかねない。


 しかし、影山物産うちの場合は相田のシステムが叩き出す運用益と投資先からの配当が利益の大部分だ。今のうちに人を減らしておいても良いかもしれない。

 無策のまま社員の身を危険に晒すことに比べたら、充分な退職金を払って会社を辞めてもらい、スリムになった組織で敵と戦うのも悪くはない……かも?


 いや駄目だ。従業員だけじゃない。影山物産には既に多くの投資対象企業がある。影山物産は野中の一軒家ではなく、多くのスタートアップ企業の株主であり、経営指導をしている立場だ。

 敵が彼等スタートアップ企業を標的にしない理由がどこにもない。影山物産が堅牢になれば C&V twins.やビッディ・ペッソン、「凄塩」などが狙われるだけだ。


 それに、ここで会社を解散したりするのは相手に屈したみたいで悔しいじゃないか。さっきも専門家の人が言ってたように「効いてないぜ」ってフリだけでもしないと。


「敵に荒事(あらごと)専門の部隊がいるかどうかで話は変わってきます。暴力団の抗争のように荒事の専門要員を多く抱えた組織間の抗争が勃発した場合は物理的な壊し合いということになりますが、そうでなければ基本は経済戦争か政治交渉で折り合いをつけることになりますね」


 経済戦争というのは要するに相手の資金を枯渇させるための戦いだ。相手の資金源を絶つためにあらゆる嫌がらせをやり合うってことだな。

 政治交渉は加熱した抗争の終局にありがちな、誰も得をしない不毛な状況に突入してしまった闘いをそろそろやめようと手打ちをすることだと思えばいい。


「組織間抗争は、それが健全な競争でない限りトップは常に止め時を探すべきだと考えて下さい。上手く相手が差し出した手を握って講和に乗らないと泥沼はどこまでも続きます。そこを注意して下さいね」


 少なくとも瞳を襲った奴は荒事士だ。あいつにも所属する組織があるのか、教団が崩壊して路頭に迷った挙げ句フリーランスの殺し屋になったのかが分からんが。


影山物産(うち)は今、『羊飼い(パスター)』という組織に目をつけられているようなのですが、何かご存知ありませんか?」


「えっ?」


「何か?」


「いや……先日、壬生様の方から送られてきた資料、たしか救世聖杯信教の調査資料の中に『羊飼い(パスター)』についての記述はあったように思いますが……あれは確か影山様が出処だと伺っていたもので……」


「ああ、そうですね。それが何か?」


 そんなのを出したような出さなかったような。


「いえね、あの資料は見るものが見ればかなりの情報を含んでいるんですよ。今度分析資料をお送りしましょう」


 専門家の分析で情報が増えるならそれに越したことはない。俺は喜んでその申し出を受けた。結果が出るまでにはそんなに時間もかからないそうだ。


「秘密組織の秘密度が高いほど、組織としての活動は大したことをしていないということは良くあることです。あまり活動が活発だと自分達の秘匿性が薄れますからね。

 そしてそんな活発でない組織が大きな費用のかかる実行部隊を持っているとは考えにくい。それよりはフリーランスを一時的に抱えるとか、軍や警察の中に自分達の言うことを聞く人間を潜ませておいて適宜上手く使うという方が現実的でしょう。

 そうなると、直接攻撃はむしろ宣戦布告時とか、前の攻撃から少し間が空いた時くらいに限られるのではないでしょうか。そうすれば少ない費用でずっとプレッシャーを掛け続けられますし」


 専門家の意見は貴重だし、救いもあった。彼等の言うことが本当なら実力行使の回数や頻度は心配していたほどのものではない。暗殺のような強硬手段を採られない限りは大丈夫だろう……そう信じたい。

 とは言っても影山物産の防御が手薄なのは確かだ。先日もあっさり二人も誘拐されたわけだからそこは真摯に受け止めた上で対策を取るべきだろう。


 相手の正体さえ掴めていれば、うちの社員に手を出した直後にレールを頭上に降らせてやるのに……。それが出来ずに手をこまねいているのがなんとももどかしい。

 早いうちにこの情報不均衡な状況から抜けて膠着状態を作らねば。そうすれば向こうから和解を申し込んでくる可能性も……。


 いや、何を考えているんだ俺は。相手を消し去らない限り世界の人口はまだまだ増加の一途を辿るんだぞ。


◆◆◆◆◆


 この年の8月は海流が変わったため猛暑日が続き、台風が巨大化しやすい傾向にあった。多発狂暴化した台風は、台風銀座と言われる日本列島南西部は言うまでもなく、東南アジア各国にも大きな爪痕を残している。

「あいつ」からこの気候変動について猛抗議が来るかと思いきや、そんなことはなかった。


 そんな暑さと絶え間ない暴風雨にすっかり世間の気分が滅入っていた8月の盆休み前、ようやく瞳が退院してきた。

 例の毒は濃縮されたものだったらしく、俺がレグエディットで取り去った分だけ病状はマシだったがそれでもかなりヤバかったということだ。結果的には高市の初動と瞳の体力が毒を打ち負かした形となったが、一歩間違っていたらと思うと肝が冷える。


 瞳は警備の関係で治療途中に壬生記念病院へと転院したのに、高市は瞳の転院後も何くれとなく瞳の治療に協力してくれた。その様子は壬生記念病院の医師も驚くほどだったそうだ。そんなにCTが嬉しかったのか、高市……?


 そんな高市や壬生記念病院の医師達の努力には大いに感謝したいところだ。しかし、退院してきた瞳の髪は艶を失い、肌もボロボロで見ていて痛々しいことこの上なかった。

 肝機能、腎機能はなんとか正常値まで戻ったようだが、彼女は今後もしばらくは静養が必要だということだ。


 俺がそんな瞳を焼き肉に誘ったのは彼女に若返り施すためではない。別の話があったからだ。


「え? アメリカ?」


 肉の焼ける音と煙の向こうで瞳が素っ頓狂な顔をしていた。


「そうだ。ロスアンゼルスでシャーロットの警護を頼みたい。あいつの家は結構な値段のセキュリティサービスと契約しているが、シャーロット本人の警護ということになると手薄だからな」


「もう、お側に置いてはいただけないんですか……? せっかく入社できたのに……」


 瞳は今回の敵襲を撃退できなかったこと、結果入院してしまい、その間に貴子さんや相田の誘拐があったことまで全部自分のせいだと考えていた。

 本来彼女がそこまで背負い込む必要はないのにここまで責任を感じているのは行き過ぎだ。


 瞳は影山物産(うち)では下っ端だ。下っ端は下っ端の出来る範囲で頑張ればそれで良い、ということを俺は入院中何度も諭したのだが、どうも瞳は下っ端ではあっても戦闘においては第一人者だという自覚が強いようだった。


 俺がそんな事を言われたら大喜びでヒャッハーってなっちゃうのになあ……。


「俺の側に置けないという話じゃない。もう毒での戦闘は限界で、今後は避けたほうが良いという判断なんだよ……アナフィラキシーショックの事を考えるとな。アメリカにも毒殺はあるだろうが、毒を塗った刃物や串での戦闘は日本(こっち)よりはないだろうさ。戦闘行為はやはり銃によるものになるだろう。お前もその方がまだ戦いようがあるんじゃないか?」


「それは……おっしゃるとおりですが」


「シャーロットの警護をしながら米国で銃の扱いや対テロについて学んできて欲しい、そのための費用は全部俺自身が出すし、影山物産社員としての身分も保証する。とりあえず3年、なんとか頼めないか?」


「しょうがありませんね。そこまで言われちゃ下っ端冥利に尽きるってもんです」


 瞳は持っていた竹串を焼き肉の網の上に置き、それが焦げていくのを少し寂しそうに見ていた。


「あ、そうだ。私にも若返りを何卒……」


 まあそう来るよな。肉体労働なんだから、疲労回復とかストレス耐性とかの面でも若い体のほうが有利なのは確かだ。OKしたいところだが、これまで毒や抗生剤の処理をひたすらしてきた内臓に急な負荷をかけるのは宜しくない。


「次の検査で腎機能が正常値に戻っていればな」


 翌9月、肉体年齢18歳に若返った瞳は C&V twins. に出向となり、シャーロット専属の警備員を拝命して米国へと渡った。


 これから彼女にはさまざまな銃器の扱い、コンバットナイフによる格闘術、徒手格闘術なども覚えてもらわなければならない。そのための訓練は壬生セキュリティUSAの訓練に参加させてもらうことで話はつけてあるが、瞳なら楽々こなすだろう。

 南極で平気で銃を撃っていたところを見ると、そういった訓練も初めてじゃなさそうだしな。


「いやあ、瞳さんて面白い人だねえ。すっかりこっちじゃいじられキャラだよ」


 瞳が着任して2週間ほどしたころ、シャーロットが現地での瞳の状況を知らせてくれた。しかし……あんな毒蛇みたいな瞳がいじられキャラだなんて、アメリカ人のマウントは想像を絶してえげつないのか、それとも瞳がキャラを偽装しているのかどちらだろう?


「瞳さんの着任直後かな、うちの近所に小さな男の子がいるんだけど、たまたまうちの家の前にいた瞳さんにその子が挨拶しに来たんだよ。でも、瞳さんの英語じゃちょっとわからなかったらしくて、瞳さん困って自分を指さしてHitomiって言ったんだ。そうしたらその男の子、瞳さんをばちーんって平手で叩いてご近所でちょっとした騒ぎになったの。男の子が言うには『だってこの人、Hit me(私を叩いて)って言ったんだよ? 』だって。以来、瞳さんはうちのご近所の人気者なんだよ〜」


 ……空耳で人気者か。よかったのやら悪かったのやら。


 そういえば大学時代、同級生の菊間明日穂(きくまあすほ)って子が年に何回か、留学生にケツを蹴られていたっけ。

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[一言] きくまあすか…… Kick ……??
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