第百七話:例によって例の如し
《作者より》このお話では「ギガヨット」がどういうものかを視覚的に知っている方がより楽しめると思います。出来ましたら事前に画像検索か何かで一度見ておいていただけると幸いです
俺達ははやる気持ちを抑え、とりあえず警察や海上保安庁に連絡を入れてみた。しかし状況説明が難しい。拐われた本人がテレポートしてきて居場所を教えてくれた、なんて言っても信じてもらえる訳がないからだ。
あれこれ試みたが、俺達がどう説明しても警察はこの件を単純な失踪事件としてしか扱おうとはしなかった。海上保安庁も同じだ。やはり自分達でなんとかするしかないらしい。
「早まるんじゃないぞ。相手からの接触があってからでも間に合うかもしれん」
壬生翁が念の入った警告をして来たが、身内に手を出されても冷静でいられるほど俺は出来た人間ではない。
「大丈夫ですよ、壬生さん。俺はその気になったら国一つくらい簡単に滅ぼす事ができるんです。拐われた姫様を取り返すくらいなんとでもなりますよ」
「そういう事を言ってるんじゃない。君の能力を見て絶望した人間はそれこそ何をやらかすか分からんと言っておるのだ!」
ああ、相手を追い込んでヤケを起こさせないようにってことか。いいアドバイスだ。確かにネズミを追い込みすぎて噛まれたらそれこそ噛まれ損だからな。
「分かりました。じゃあ申し訳ないんですがヘリコプターをパイロット付きで貸してもらえませんか? 相模湾を航行中のギガヨットに追いつきたいんです」
「ヘリか……分かった。儂の馴染みのチャーターサービスに話をしておく。詳しい話はそっちとしろ。パイロットは元自衛官だから多少の荒事でも大丈夫だろう。
そこからだとアークヒルズが近いな。ヘリポートの使用許可も取っておいてやる」
程なくして壬生翁から連絡を受けたというヘリコプターのチャーター会社から俺に電話が入った。
「ええ、そうなんです。相模湾上空を飛んで、とある船舶を目視できるところまで近づいたら静岡空港へ飛んでもらえませんか?」
地図を見ながら希望する飛行ルートを説明してみたが、焦って話しているのでうまく伝わらない。何度も同じことを聞き返されるばかりで話が前に進まず、焦りは募るばかりだ。ええい、もどかしい。
「貸して」
俺の横で痺れを切らした市川さんに渋々交代したら、彼女はあっという間にルート設定、料金、その他の条件を全てこちらの希望通りに収めてしまった。毎度のことながらその豪腕と交渉技術には舌を巻く。
ついでにヘリポートの使用許可の確認もしてもらったが、そっちは壬生翁がうまくやってくれていた。ヘリは1時間半後に来てくれるらしい。
「アルティミシアが外洋に出る前に捕まえなくちゃね。さ、次行くわよ」
「おう」
掛け声とともに、俺達はディゾルブで市川さんの米国のオフィスへと跳んだ。
オフィスの隅においてある無骨な書類用のロッカーの二段めを開くと、中には拳銃と弾薬を管理するためのガンロッカーが入っていた。本格的な造りだ。市川さんは少し重そうなガンロッカーを持ち上げて机の上に乗せ、扉を開けると、まだ真新しい拳銃を二丁と弾を取り出した。
「ちょっと待っててね」
市川さんは手慣れた様子で弾倉を取り出し中に弾を込めているが、よく見るとその手は震えている。気丈に振る舞っているが、彼女もこの状況を前に冷静を保てているわけではないのだ。
「しばらく向こう向いてて」
市川さんは銃を一旦カバンにしまうと、ロッカーからSWATの隊員が着るような戦闘服を取り出した。着替えるのならば後ろを向くしかない。
シュルン、シュルンと聞こえていた衣擦れの音がぱたりと止むと目の前には立派な女兵士が現れた。
「凄い装備だな……」
「通販サイトで上下セットで60ドルよ。安いジャージと大差ないわ」
いや、服だけじゃなくてブーツとかジャケットとか……ええ、安いんでしょうよ。ただ、いつでも出せる場所にあるってことに驚いただけですよ。まったく、何をどう想定していればそんなに何でもあらかじめ準備できるんだか。
「影山さんも撃つ?」
市川さんは机の上にあるもう一丁の銃を親指で指さした。
「いや、いいよ。どこが安全装置かもわからんし、手間取っている間に撃ち殺されたんじゃ洒落にならない」
市川さんは少し考える様子を見せたが、すぐにフッと笑って俺の方を向いた。
「そうね。私もそう思うわ。でも約束して頂戴。自分に銃口が向けられたら絶対に躊躇しないこと。私もそうするから」
「そうだな。いっちょうナイジェリア帰りの気合の入れ方を相田達にも見せてやるか」
俺はパンと自分の左手の掌を右手の拳で軽く殴り、気合を入れた。
◆◆◆◆◆
市川さんの米国オフィスから戻った後、俺は自宅にあったケプラー繊維の防刃ベストなどを寄せ集め、可能な限りの準備を進めた。木更津で使った装備だ。デルフィノさんが残していったスリングショットも一応お守りがわりに持って来ている。
弾はアレしかない。そう、ちょっと年月を経て嫌な感じの色になったヤドクガエルの毒付き鉄球弾だ。
「うーん……市川さんほどじゃないけどいい感じじゃないか?」
市川さんのオフィスと俺の自宅、2箇所に跳んでも30分ほどで出撃準備は終わり、俺達はヘリ会社と待ち合わせをしているヘリポートへと向かった。
当たり前だがヘリポートは上空に遮るものなど無いので、7月末のこの時期にヘリポートにいると暑い。そして俺も市川さんもそれなりの装備を着込んでいるのでさらに暑い。体中の穴から大量の汗が出吹き出す感じだ。
「そういえば前にこの防刃ジャケットを着たのも7月の終わりだったなあ……」
「感傷に浸ってないで、ちゃんと水分取っておいた方がいいわよ。ほら」
「サンキュ」
市川さんが買ってきてくれたスポーツドリンクを飲むと頭が冴えてきて、なぜか同時に感傷も消え去った。どうもこの気温で頭が煮えていたようだ。熱中症には注意だな。
「トイレに行っておいたほうが良いかな。この後は地獄の一丁目だ」
「こんな時に、変なところに気がつくのね」
なんだかんだで俺達がヘリコプターに乗れたのはそれから40分ほど後だった。搭乗説明の途中、武器や危険物の持ち込みは駄目だと言われてドキドキしたりしたが、そこはある程度のことが壬生翁から連絡が行っているらしく事細かな検査などはされずに済んだ。
何より心強かったのは元自衛官だというパイロットの山岡さんが俺達の服装を見て何かの覚悟を感じ取ってくれたことだ。「ま、出来るだけのことはご協力させてもらいますわ」とボソッと言ってくれたのが背中を押されたようで嬉しい。
とりあえず、サバゲーマニアのいい大人が金にあかせてヘリコプターをチャーターしてるんじゃないということは解ってもらえたようだ。
その後忙しく無線で交信を続けながら離陸前の機体チェックをすること十分、俺達を乗せたヘリはようやく相模湾へと飛び立った。
自動船舶識別装置の出す情報ではアルティミシア号はもう相模湾を抜けようかという位置に差し掛かっている。ちょうど大島と伊豆半島の南端の中間地点あたりだ。追いつく頃には駿河湾沖か、あるいは三宅島の方に行っているのか……。
「すみません。お話があります」
ヘリコプターが相模湾に入った時、俺はヘッドセット越しに山岡さんと話をはじめた。
「どうしました? ご気分でも悪いんですか?」
「いえ、そうではありません。今から私の言うことを聞いて下さい。突飛なことなので信じてもらえるかどうかは分からないのですが」
「……いいですよ。言ってみて下さい。」
「私達は事前に連絡してあったように、下田沖を現在航行している筈のアルティミシア・アブシンティウム号を追いかけています。私達の大事な友人が連れ去られて、その船の中に閉じ込められているんです」
「ええ? 海上保安庁には連絡したんですか?」
ヘッドセットから山岡さんの訝しげな声が聞こえてきた。
まあそりゃそうか。揉め事や面倒事に巻き込まれるのは嫌だよな。
「はい。ただ、すでにその友人からはもう連絡が途絶えてしまって、証拠と言えるものが無いんです。警察には言いましたが根拠が薄いと言うことで相手にしてもらえませんでした。海上保安庁も似たようなものです。
どうして拐われた友人がその船に乗っていると断言できるのか、その点が納得してもらえないんですよ」
「でしょうね。稼働をかけるなら確かな根拠が必要ですよ、普通は」
「で、このヘリコプターでその船の近くまで行って下さいとお願いしているわけですが、今からするのは2つ目のお願いです」
「駄目ですよ! アルティミシア号にヘリポートがあったとしても、強行着艦なんてのはお断りですからね!」
この文脈だとそういうお願いだと思うよね。うん。俺がパイロットでもそう思うわ。
「いえ、そんな事は言いません。とにかく目視できる距離まで近寄っていただくだけでいいんです。
2つ目のお願いというのは、私と彼女がこのヘリから急に消えることがあっても、それは予定事項だと思っていただきたいということです」
「はあ? 飛び降りるとか言うんじゃないでしょうね? ドアはちゃんとロックしてますからね! おかしなことしないでくださいよ?」
「そんな事はしませんよ。それより私達が消えても、私達はこのまま静岡空港に行った、という事にしておいて下さい。お金はちゃんとお支払いしますから」
「……」
山岡さんは少し考えていたが、小さく一度舌打ちをした後にふうと俺達に聞こえるような大きな溜息をついて、ゆっくり口を開いた。
「こんな時期だ。幽霊でも乗せて飛んだんだとでも思っておきますよ。それよりそろそろ下田沖です。船が見えそうな高度まで下げますよ」
少しヤケクソ気味にも聞こえるが分かってもらえたようだ。
俺は引き続きノートPCの画面とにらめっこしながらアルティミシア号の現在位置と窓の外の光景を確認する作業に戻った。
「あ、あれじゃない?」
市川さんが指さしたその先にある船は、船舶航行位置情報サービスで取得できる位置と外観がほぼ一致していた。眼下に白い航跡を流しながらゆっくり進むその美しい船は、俺達が探しているアルティミシア号で間違いない。
「山岡さん、ありがとう!」
「ありがとうございました!」
俺達は山岡さんにお礼を言うと、アルティミシア号の3階後部甲板へとディゾルブで跳んだ。
「ほ、ホントに消えた……マジかよ……山ん中のタクシーじゃねえんだぞ、ハハ」
山岡さんは130㎏ほど軽くなったヘリを静岡空港に向けて一目散に飛んでいった。うん。それでいいんだ。
◆◆◆◆◆
アルティミシア号は1階後部デッキがヘリポートになっており、2階後部デッキがいわゆるパーティースペース、3階後部デッキは3階客室の宿泊客のために開放されるスペースになっている。
要するに長い航海で見飽きた海の景色を少しでも意味のあるものにするために多少眺めを良くするためのスペースであり、潮風にあたって酒を呑むためのスペースだ。
人を拐うような連中だけあって見張りはちゃんといた。しかし、航行中ということで油断していたのだろう。3階のデッキに現れた俺達への反応が遅い。
「だ、誰だっ? どこから入って来やがった?」
黒服のいかつい連中が背広の中のホルスターから銃を取り出そうとするがそうはさせない。俺は一人を南米のコカノキ畑へ、もう一人を上海の鉄道資材置き場へとディゾルブで跳ばした。
「殺したの?」
「いや、とりあえずそれぞれ違う場所に跳ばしただけだ」
跳ばす先はいちいち変更しておかないと、前に飛ばした奴がまだその場にいると原子衝突を起こして核融合爆発してしまう。「あいつ」が毎回出てきてそれを止めてくれるとも思えない。
とりあえず南米へ跳ばした方は死にはしないだろうし、上海の方も当局の拘束は受けるだろうがすぐに処刑されたりしないだろう。
だが、次に銃を向けられたら俺もそいつをどこに飛ばすか分からない。下手したらこちらも死ぬかもしれなのに、相手のことを気遣ってられるか。
撃たれてもいい奴だけが銃を抜いて良い、これは命のやり取りの上での鉄則だ。
「さて……中はどんなものかな」
俺はデッキから鏡を使って中を覗き込んだ。
個人所有のギガヨットは基本的に何百人もの客をもてなすだけの設備は必要ない。オーナーとその招待客せいぜい数十名が過不足無く過ごせれば良い作りをしている。そのため廊下は広く、一人あたりの部屋は世間で言う豪華客船よりもかなり広い。
船内にはレストランもカジノもない代わりに広い会食スペースがあり、エンタテインメント用の劇場がない代わりにゆったり落ち着いてビジネスや悪企みを語れるラグジュアリーな空間がある。
2階は晴天時はそのほぼ全域がすっきり見渡せるような作りになっており、壁や風除けが必要なところには透明で分厚いアクリルのパーティションが置かれていた。招待客はこの見通しの良い2階で思うままに遊び、疲れたら3階の個室で休むのだろう。
そもそも招待客が少ないギガヨットではスタッフ専用の廊下やエレベータは無い。オーナーとその招待客が贅沢を極めるためにはそれ相応の数のスタッフは必要なのだが、その合計50名ほどのサービススタッフのために廊下を狭めたり招待客の部屋を小さくするという発想が設計段階から排除されているのだ。
結果として広々として見通しの良い廊下、入り組まない構造が実現しており、それが警備をより強固なものにしていた。
「つまり、隠れる場所がほとんど無いってことだなこりゃ……」
3階後部デッキから2階に降りる豪奢な飾り付けをされた階段までには身を隠すところがない。もちろん、その廊下を迂闊に歩いたらどこかにある監視カメラに引っかかるのはほぼ間違いないだろう。
「どうする、影山さん……?」
「下手に上から何か落として相田や貴子さんを救出する前に沈没させたりしてもなあ……」
ここから先はディゾルブで移動を繰り返すしかないのだが、できれば船内の記録媒体に俺の能力発動の映像が残るのは避けたい。監視カメラの映像が集まる場所が分かればそこを真っ先に破壊するのだが……。いやいや、そんな無い物ねだりをしていても始まらないし……。
打開策が見当たらない中、デッキでじっと身を潜めている俺達を強烈な西日が容赦なく照りつける。その湿気と高温、そして渇きに俺も市川さんも体力的な限界を感じつつあったが、状況が変わったのはそんな時だった。
「静かに……誰か来る」
廊下を向こうから歩いてきたのはスーツを着た50歳くらいの男性と、その部下と思しき男性が1名、女性が1名だ。元軍人か格闘技の経験者なのだろうか、妙に背筋がしゃんとしていて歩く姿にスキがない。俺の苦手なタイプだ。
男はデッキから20mほど離れた部屋の前で立ち止まり、扉を四回ノックした。ノックは何度か繰り返されたが、中からいっこうに返事は聞こえてこない。
男は「やれやれ」と言いながらマスターキーを取り出し、さっきまでノックしていたその扉を開けた。
「我らの主がお食事でも、とおっしゃっていますが……ミズ・ミブ、ミズ・アイダ」
「いきなり拉致しておいて水着のままで食事ですって? あなた達の主とやらも随分な趣味をお持ちですのね!」
「ええやん貴ちゃん。私ら朝からなんにも食べてへんねんで……」
聞き覚えのある凛とした声とヘタレた声が部屋の中から聞こえてきた。
「これは失礼を。おい、お嬢様方に何か代わりとなるお召し物を」
指示された女性の方が「はい。女性のお召し物、フリーサイズで2つお持ちします」と復唱して何処かへ消えた。その動きは妙に軍隊っぽい。
「お前は厨房へ行って、オレンジジュースか何かをもらってこい。うちのシェフの料理をいきなり空腹に流し込んでは体に障る」
残された男性の部下がそれを聞いて厨房へ駆け出そうとした時だった。
「ああ、そうだ。ジャンに言っておいてくれ。夕食は2名分追加だと」
それを聞いた部下が驚いた様子で立ち止まり、男に向かって確認した。
「え? 2名ですか? お嬢様がたの分でなく?」
「そうだ。そこで見張りをしている筈のマーチンとエリックの姿が見えない。居たら私の姿を見て、何もないなら何もないと報告しに来る筈だからな。どうやらお客様がお見えのようだぞ」
お見通しってわけか……。たぶんマーチンがブラジルでエリックが上海に行ったほうだな。どうでもいいか。
「いらっしゃるのでしょう? お客様。出来ましたらば夕食をご一緒に。主には私の方から言っておきますゆえ」




