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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百二話:おバカさんの団体


 6月に影山物産は新たな人事を発令した。


 ドイツでのデータ取りから帰ってきた貴子さんと相田が執行役員に任命されたのだ。だが一般社員は誰も驚かない。むしろ当然だろうと皆が口を揃えて言っていた。


 影山物産は社長が俺……朝から晩まで数式を前に唸るかコーディングをしているかの二択、時々海外に行って2,3週間帰ってこないという意味不明の男だし、副社長は自分が始めたアパレル企業を経営しながら全体を統括している有能美魔女という特異な会社だ。


 自社の経営にさほど興味がなさそうな行動が目立つトップ2人に比べ、貴子さんと相田の実績は一般社員にも分かりやすい。実質的に実務を回しているのは貴子さんと相田であり、市川さんや俺は別に居なくても会社は回るんじゃないかとさえ思われているようだ。

 俺はともかく市川さんは未だにこの会社経営のかなりの部分を担当しているのだが、そこはあまり分かってもらえていないらしい。


 実は貴子さんと相田が執行役員になったのは一般社員が言うように、その実績面を買ってのことではない。いやもちろん普段から2人の活躍には大いに感謝はしているのだが実績に対しての報酬は年俸にきちんと反映させている。にもかかわらず今回2人に新たなタイトルを加えたのは、2人に役員室を自由に出入りさせるための方便なのだ。


 影山物産の役員室はいわばテレポート・ハブになっており、テレポート能力者とその同行者はどこにいようがいつでもこの部屋に戻って来られる。これにより、電話回線やメールの盗聴を避けながら情報の共有ができるようになるのだ。


 もちろん出国履歴に矛盾があるような行動を他人に見咎められることがあってはならない。なので海外から役員室に跳んで来た者が部屋から出て行けるのはそのフロアのトイレまでと決められている。国内移動に関してはこの限りではないのだが。


 そのディゾルブによるテレポートは前の「告白」会議で実演しなかったせいか、相田だけはそんなことが出来る筈はないと懐疑的だった。貴子さんが椅子を跳ばしたくらいでは人間が跳べるという証拠にならないというのが相田の論拠だ。


 そこである日、俺は相田をディゾルブで俺の家に飛ばし、返す刀で役員室へと飛ばしてみせた。

 物質変換は目の前でやってみせたし、若返りも身をもって体験してもらったため、相田のレグエディットに対する「ほんまかいな」的な言説は徐々に薄れてはいたのだが、ディゾルブについてもその懐疑的な態度を改めてもらわないとな。


「うーん、あんまり気持ちのええもんやないなあ……」


 ディゾルブは相田のお気に召さなかったようだ。くそ。


「いや、だからもっとこう『すごーい! 』的な感想はもうないわけ? お前物質変換の時とかアホみたいに喜んでたし若返りの時はなんか一日中涙ぐんでなかったっけ?」


「影山さん、そんないらんこといつまでも覚えとかんでいいですよ。影山さんと一緒に行動するのにいちいち驚いてたら身が保ちませんからね、少しずつ耐性をつけているだけです。今は『敵』の分析の方に集中してますんで、正直便利やなあとしか……満員電車とかで痴漢にあうの気にせんで良うなるならええかもなあとか」


 俺は相田の順応性の高さを若干見くびっていたようだ。もうこいつは俺のことを便利な輸送機関としてしか見ていないフシさえある。


「お前んちはどこだっけ?」


「え? 今は日本橋に住んでますけど」


「銀座線か、確かに満員電車は辛そうだな」


「え? 送り迎えしてくれるんですか?」


「いや、聞いただけだ。お前も若返ったんだから少しは人波に揉まれてこい」


「えー……なんやねんケチ」


「あら?」


 俺と相田がいじましい神経の削り合いをしていると、音もなく貴子さんが現れた。現れたと言っても扉を開けて入ってきたわけではない……電気をつけたようにパッと現れたのだ。現れた貴子さんは手を伸ばしたり身体をくねらせたりして、自分の体や服に異常がないかをチェックしていた。


「ん……特に異常はない……ようですわ……ねっ……うん」


「え……貴子さん……?」


 俺と相田は眼を丸くして貴子さんを見ていた。


 貴子さんは先の会議で会議室の椅子をディゾルブしてみせた事があった。つまりもともとディゾルブ能力はあったのだが自分自身を意図的に転送したことは無いという話だったように思う。それがどうやら、俺達の目の前で成功したようなのだ。


 貴子さんは折りに触れ、レグエディットの理屈やレジストリの概念などを俺から根掘り葉掘り聞き出し、その能力の発動が身体知に依るものだと知ると週末はかなり練習に励んでいた。その練習には俺も何度も付き合い、貴子さんに頼まれて彼女自身を何度かディゾルブもしてみたのだが、なんというか自分以外の人間の能力発動を見るのはなかなかにショックだ。


 身体や衣服に損傷がないことを確認した貴子さんは大きく息を吐き出し、周りを見渡してからようやく俺達に気がついたようだ。


「な……なんだ。私にも出来ましたわぁ。でも、できたらあっけないものですわね」


 貴子さんは顔を真赤にして照れながらも笑顔全開で、嬉しそうにそう言った。


「そんな……逆上(さかあが)りとちゃうんやから……」


「いや相田、あれが正しい人間の反応というものだ」


 まあ、実際逆上がりみたいなものなんだけどな、レグエディットって。でもやっぱり俺以外の人間がそんな事してるの見るとびっくりするわ。あ、相田が「練習」とか言って自分の送り迎えを貴子さんにさせようとしている。汚いなさすが相田きたない。


 ま、そんなこんなで相田と貴子さんが役員室に出入りするための妥当な理由が必要になったというわけだ。


★★★★★


 執行役員になってからの貴子と相田はともに傍から見ると凄まじい働きを見せており、その集中力と手の速さには一般社員も舌を巻いていた。


「おニ人とも凄い働きっぷりだな……朝から晩までずっと何かの分析をしている……」


「でも……いったい何を分析しているのかしら? いくつか私達にまわってくる仕事以外は何をやってるのか殆ど解らない事ばかりだわ」


「いくつもの投資先の業界情報や学会の動向などを分析しているんだと思うよ」


「それをやるには分析者自身がある程度その分野に関するリテラシが無いと……と言っても相田部長ならそれくらいはやってのけそうなんだよなあ……」


 社員が自分の上司達の働きっぷりを見てコショコショ何かを言っているのだから悪口かと思いきや、皆、相田や貴子の働きっぷりに感心しているらしい。相田が知れば「アウトプットを見もせんと感心しているあたりが微笑ましいわ」と毒を吐くことだろう。


 相田と貴子は例の敵対勢力の分析をしているのだ。相田は主に、何か大きな数の人間が死んだ時の世界の企業・団体の動きを過去のデータから割り出す作業をやっており、貴子は第一次世界大戦前後の世界経済の枠組みと主要プレイヤーの決算データをチェックしていた。


 2人とも一般社員からの報告や稟議は秒殺で処理していたが、これはほとんどの仕事について田辺さんに決裁権限を与えているからで、実際に会社の業務を回しているのはここ数週間は田辺さんなのだ。その事を一般社員が知るのはもう少し後のことになるのだが。


 貴子が少し前に再びドイツに赴いたのは、彼女が第一次世界大戦前後にドイツで人工硝石や化学肥料など人口の増減に大きく関わる発明が多くなされていたことに着目したからだった。


 敵勢力がある程度の歴史と規模を持った団体だと仮定するなら、会計基準が緩かった昔のほうがよりガードが低かった筈だ。だからこれらの数字を拾い上げ分析することには必ず意味があると貴子は考えていたのだ。


 この見地に立って、貴子は「当時の経営データを数理的に分析することで敵対勢力の規模や経済力について何かしらの仮説を立てられないか」と相田に相談を持ちかけた。


 もちろん、当時は電子化されたIR資料など無いから、そういった記録をきちんと保管している機関にお願いして写しを貰ってこなければならない。貴子はそれらのデータを取得するため、自分の人脈と語学力をフルに使い、ドイツだけでなく、フランスやイギリスあたりの古い経済データも片っ端から拾ってきたのだった。


 それらのデータを一定数揃えて相田に渡すまでが貴子の直近のミッションになっていた。立てた仮説が空振りならまた別の仮説を立てて自分の足でデータを揃えなければならないが、今や20歳近くにまで若返った肉体と、三十路を超えた要領の良さを合わせれば一度や二度の空振りはそうそう耐えられないほどキツいものでもない。


 いくつもの仮説を立て、分析の切り口を変えて、貴子と相田は検討を繰り返した挙げ句どうやらここまでは間違いないだろうという最初の橋頭堡的な結論に達した。それは貴子がドイツから帰ってきて2ヶ月ほど経った頃だった。


「相田さん……これって、なんとも微妙な結論ですわね?」


「うーん……これは他の変数をいくらいじっても変わらず出てくるから、ある程度確定なんだと思いますけどね……」


「でも……もう少し分りやすいどーんとした悪の組織があると思ってたんですが……」


「いや、悪の組織というなら多分私達の方こそ悪の組織だって向こうは言うと思うよ、うん……。さて、まとめるね。指揮系統は不明だけど、人口について意思決定をしているのは中国政府、米国政府、EU、国連の中の2つの理事会、そして……」


「他にどうやら最低でも5つの意思決定機関が人口を増やすか減らすか、どちらかに(くみ)しているんですのね……それがせめぎ合って人口増加の公比を結果的に安定的なものにしている……」


「私達……というか、今までの影山さんとこの影山物産がその1角を示すということになると、他に4つの機関があって、うち一つは壬生グループだよね。残りは3つ。その正体となると……これ以上は影響度、規模、地域的なことはわかるけど、それが誰だかまではちょっとわかんないね」


「問題はその影響度ですわ……その正体のわからない3つのうち2つが国連よりも人口増に寄与しているんですもの」


「そうなんだよねえ……だけど、言われてみれば国連って人口増についてのリスクは一応触れてはいるものの減らせって言わないよねえ……」


◆◆◆◆◆


「だから社長、そうではなく、世界の秘密結社には共通して見られる点がいくつかあるんですよ。そこを考えると面白いんですってば」


 俺は昼休みに田辺さんに「秘密結社について面白い漫画を読んだが、田辺さんが秘密結社についてなにか知るところがあれば教えてくれ」とお願いをしたのだ。そうしたら田辺さんが案の定、誰にも否定できないが誰も気の毒で今まで言わなかったことを言い出しそうだったので俺はワクワクしながら彼の意見を聞いていた。


「共通して見られる点?」


「ええ、まずは秘密ってことです。これはいいですよね」


「うん」


 それは前に相田とも話した。新興宗教と戦った時も学んだぞ。秘密組織は秘密であることそのものを存続のための方便や敵対勢力に対する抑止力にするという。


「次にあるのが、全部その……頭が悪いってことなんですよ」


「へ? 頭が悪い? それはおかしいだろう。世界を裏から支配するなんて言われている連中だぞ」


「うーん……例えばその、影山さんが読んだ漫画だと世界的な秘密結社は過去から受け継がれた大いなる知恵と知識を持って世界を裏からコントロールしたりして、時にはUFOを飛ばしたり世界の気候を変えたりしているんですよね? 月の裏に基地があったり……」


「お……おう」


 改めて、確認されると恥ずかしい内容だなおい。


「実際にこれまでの歴史において、秘密結社なるものが超絶と言えるほどのテクノロジーを用いて、世の中の人間の理解を超えた結果を生み出し、アドバンテージを得た事が露見した例はほぼありませんよ。

 まず、テクノロジーというのは工業力と二人三脚で、多くの人が関わらないと進歩できないものなんです。科学者達の長い間の努力と偶発的な発見、そして技術者達が到達した工作精度に加え、為政者達のお目溢(めこぼ)しの上に現代テクノロジーは成り立っているんです。


 すさまじい科学力を用いて作ったCPUの設計図を持っていても、それを実際に作るには高度な半導体の材料の生産技術と加工技術が必要です。これらが揃ってやっと作られたCPUを使って、さらに優秀なCPUと半導体技術を作り上げていく……テクノロジーはこの繰り返しですよ。科学力だけが突出していても何も産み出せないんです。


 人類を裏からコントロールするような超科学力があるのだったらさっさとその超科学力で大儲けするなり敵を大量虐殺するなりして表から支配してしまえばいい。それが出来ない以上、超科学力は無い、すなわち数学や物理は苦手で金勘定くらいしか出来ない可哀想な人達の集団と考えたほうが良いんです」


 おいやめて差し上げろ。「数学や物理が苦手で金勘定くらいしかできない可哀想な人」と聞いて会社の中でビクビクしてる連中が何人かいるじゃないか。


 それに、一夜にして支配できたはいいが寝首をかかれる可能性を考えて夜も眠れなくなるのも嫌なものなんだぞ?


「なんだかわかったようなわからないような……そんな連中、日本の企業には死ぬほど居るだろ。いや、日本だけじゃなくて世界中にだ。分数の割り算が出来ない上級管理職なんか珍しくないらしいぞ」


「そう。つまり秘密結社の人達も普通の、理系科目の偏差値が低い文系人間だってことですよ。

 僕が思うにですが、その世界を裏から支配するような秘密結社ってのがあったとしてですよ……? 彼等がもし表の社会に対して隠然とした影響力を持てているのだとしたら、それは巨大な経済力を背景にしていると考えられますが、逆に、経済力しかないとも考えられます。


 だって彼等は優れた科学知識も技術力も持っていない。科学技術に対して多少なりと理解や憧憬があればどんな形であれ科学技術への投資をして、アドバンテージを得ようとする筈なんです。ところが彼等はそうしない。科学技術に対するリテラシが徹底的にないので投資すら出来ないんです。

 だがそれが有用に働くこともあります。科学技術に投資し、特定の分野に長けたことで結果的に巨大な経済力を得ていたとしても、世の中にパラダイムシフトが起きればパワーバランスはガラッと代わってしまいます。こうなると組織や裏から表社会を操る力とやらを維持出来なくなります。

 例えば、それまで重工業や石油産業を支配することで社会に影響力を持っていた企業があったとしましょう。それらの企業が稼いだカネを元手に情報技術の世界でもトップを走れるでしょうか? 彼等はそれまでの影響力を保持できるでしょうか……? 日本では多少そういう例もありましたが、世界的に見ればノーですよね?」


「何が言いたいんだ?」


「彼等は事業を持たず、純然としたカネを持っている。溢れるほどのカネを使ってキーパーソンの人心を把握するという、贈賄を教義(ドクトリン)にしたような組織で、それしか出来なかったが故に今まで組織を維持できているんだと思うんですよ。何度も言いますがそんな組織があればですがね」


「しかし、何らかの意志はあるわけだよな。組織なんだし」


「僕に言わせてもらえばそれも怪しいものです。道徳や価値観なんて時代によって変遷するのが当然です。

 何世紀も前に結成した秘密結社が当時の価値観に根ざした行動原理を持ち続け、活動を続けているとしたらそれは普通の人から見て相当奇異な団体の筈で、秘密を保持できる筈がありません。

 ですから、もし彼等の意志があるとすればそれは宗教のようにかなり普遍的な価値観に近いものなのではないでしょうか。『お腹を空かせている人にはパンをあげる』と言ったような……」


「つまり……世界を裏から操る秘密結社は数学と物理が苦手でカネだけは異様に持っていて、行動原理ときたらまるでつまらないという……」


「ね? そんな組織が存続できるんですかね?」


 田辺さんの意見はいつ聞いても面白い。確か瞳が秘密結社関連のデータを教団のデータベースからぶっこ抜いてきたとか言ってたから今の田辺さんの意見と照らし合わせたら何かわかるかもしれない。


 あ、でも……レグエディットという現代科学を遥かに超えた能力を持っている俺をトップとした影山物産はどうなるんだ? この能力を人類に委譲・継承しようとしてもテクノロジーギャップがありすぎて無理だ。だが科学技術にはそれなりのリテラシを保有しているし、実際に投資もしている。決して表に出ることもなく裏でやっているのは、表に出てしまえば人類に裁かれてしまうからだ。教義は簡単で「人口を減らせ……」。これなら長い時間経っても分りやすいな。そしてカネは持っている。


 ということは、敵って案外「能力のない影山(オレ)がトップの影山物産」のような存在なのかも知れない……。


 ふと、前にジョージア・ガイドストーンを前に考えたことが俺の頭に蘇ってきた。




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[気になる点] 敵がすごいようで凄くない集団って事かな? しゅーん(´・ω・`)
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