第百一話:類推は易し
「で、敵勢力って具体的にどんなんだろうな。今までそんなこと考えたこともなかったからまるで想像がつかん」
俺は「敵勢力」の言い出しっぺの相田に若返り施術をしながらあれこれ考えてみたのだが、どうにもイメージが湧かない。こういうのはあれだ。陰謀論とか大好きなやつならすぐにイメージの叩き台を作ってくれるんじゃないだろうか。「俺達の計画がうまくいかないのは巨大な組織による陰謀があるからだ」とか言って、その巨大組織について語ってくれるとか……。いや、巨大かどうかは知らないが。それを細かに実情に合わせて修正していくだけでだいたい把握できるという……
まあ、そんな能力が高くてこちらの都合に合わせて動いてくれる陰謀論者なんて居ないけどね。いたらその能力を発揮してちゃんと自己実現してるだろうからさ。
「さっきから何をぶつくさ言ってるんですか影山さん。影山さん御自身の口からもういろんな情報が出てるじゃないですか」
「何? どんな情報だ」
相田が荒唐無稽な状況から何かを切り出すことの名人なのはこれまでの言動でよく知っているが、今の俺の泣き言のどこに情報があったというのだ。
「まず、今まで懸命に人を減らしていた影山さんや壬生さんなんかの担当者の前に現れなかったことから、こちらサイドへの際立った敵対の意志が無いということ、そして担当者がどれだけ人を減らしてもちゃんと公比を揃えて人口を等比級数で伸ばす優秀さ、担当者に見つからないでそれをやってのけるステルス性、百万、千万人単位の人口をコントロールできる組織規模と資金力……加えて、巨大組織であればあるほど難しくなる隠密性を完全にコントロールするだけの組織統治力……ここから考えて見ればいいんですよ」
言われてみれば俺しか知らない情報で俺が言語化出来ていなかったことばかりだ。これが天才というやつか。ちょっと妬ましいぞコラ。
「巨大組織って言うと、身近だと壬生さんの会社とかそうだな」
「あー……あれは凄いですよね。社員は自分達が何をやっているのかも知らされていないから全く悪びれずに自信をもって、あるいは生きがいを感じながら人口を減らすシステムを作り上げてましたからねえ……あのオジサマはマジでバケモンです……」
「でもなあ……統制の取れた巨大組織か。全体主義国家、軍隊、シンジケート、宗教団体に給料の良い巨大企業、秘密結社に独裁政党……」
「いい感じですね。そんな感じで一つずつ可能性を吟味していけば叩き台くらいはすぐ作れますよ」
「面倒だな。今の条件を唯一の教師データにして逆誤差伝播法で……」
「定性データでそんなことできませんて。出来るかも知れないけど今あるデータ程度では無理でしょう。もう少しデータが集まるの待ちましょうよ」
データと言えば、この件に関するデータを収集すると言ってくれたのは貴子さんだったな。あの会議の後またドイツに行ったようだけど、ただスフヤーンの面倒を見に行くだけというわけではなさそうだ。何か思うところがあったんだろうか。
「そうですね。貴子さんがどういうデータを持ってきてくれるのかは私も興味があります。案外、膨大な食糧の移動・集積に関するデータとか、人の行動履歴データとかそういうのだったりして」
ビッグデータやらなんやらだな。最近では大抵のデータはビジネス・インテリジェンス・ツールとか言うやつであっという間に整形からグラフ化まではしてもらえるが、じゃあ意味のある分析はどうかというとこれだけは自分で仮説を立てながらやるしかない。
そこから先はデータサイエンティストの領域らしいが俺はあまりそのあたりを勉強してこなかったのが悔やまれる。
いやしかし、貴子さんは貴子さんで一種独特の感性の持ち主だ。田辺さんを採用した時の採用基準を聞かされた時は俺も感心させられたからな。きっと相田の予想外のデータを持って来るに違いない。
「統率のとれた巨大組織でカネ持ちでステルスか……もしかしたら組織だった行動じゃなくてあくまで個人の活動にしか見えないような活動をしてるのかもしれないな」
「なかなか面白い視点ですね。しかしそうなると大きく正確な結果を出すのが難しくなるのに彼等はそれを毎年クリアしている……」
相手が毎年きっちり結果を揃えてくるということは、裏を返せばその気になったら簡単に今以上に人類を増やせるということに他ならない。それをわざわざセーブして数字を揃えているのだ。そこに何かメッセージでも潜ませているのか?
「産めよ、増えよ、地に満ちよ……ってのは聖書にも載ってる言葉だけど、神様がわざわざ言ったとは思えない言葉だよな……こっちの神様は減らせ、殺せ、死に満ちよって言ってるんだからさあ」
「影山さん的には『あいつ』さんは神様じゃないってこの間言ってましたけど……他に例えようもない存在という意味ではやっぱり神様なんですかねえ……さっきの言葉は確か、神様がノアを祝福した時の言葉ですよね。神様が地上の生物をあらかた洪水で洗い流した後に言ったような……違いましたっけ?」
「『あいつ』がそんなことをしたら垢バン食らいそうだけどな。聖書か……案外相手はバチカンとかなのかもな」
もし相手がバチカンだったら俺達は勝てないだろう。漫画やアニメを見る限りあそこの闇は深すぎるような気がする。マルタ騎士団とかが相手でも俺達は勝てなさそうだ。
「前の世界大戦の時に彼等はどうしてましたっけ? いや、私も詳しくは知らないんですが、ちょっと違うような気がしますね。とりあえず、私も人道支援とか食糧増産とかのセンでデータを拾ってみます。案外何かわかるかも知れません。影山さんは年間ノルマの企画でも考えておいて下さい」
「わかった、そうしよう。さ、終わったぞ。今日は焼き肉をたらふく食って寝てくれ。あと、明日は必ずトイレとシャワーに行くんだぞ。もし持ってないなら少し若い人向けの服も買っておいたほうが良いかもしれん」
「あぁ、なんかそうらしいですね。貴子さんから聞いてます。めんどくさいけどワクワクするとか、これがなかなか懐かしい感覚で、意外に楽しいんですよ」
◆◆◆◆◆
敵勢力……考えれば考えるほど、その存在を肯定したほうがさまざまな物事の辻褄は合うのだが、全肯定するには今ひとつ抵抗がある。一つには敵勢力の存在肯定そのものが陰謀論に染まる若者の動機、すなわち「俺が今うまく行ってないのは影の組織の陰謀のせい」そのものであり、もう一つはその存在を肯定すると相手が途方もない巨大組織に思え、自分がそれに打ち勝つ姿をイメージできないからだ。
しかし、せっかく敵勢力の存在を前提に皆が結束してくれたんだし、俺がここで「敵勢力なんて居ないよ?」とちゃぶ台をひっくり返すわけにはいかない。ここは俺なりの方法で見えない相手の尻尾を掴んでみせたりしたほうが後々のマウント合戦に有利なのでは……じゃなくて後々の我々の活動にも貢献出来るのではあるまいか。
息を潜めて姿を見せない相手に対抗する方法はいくつかある。挑発を繰り返して我慢できずに攻撃してきたところを捕まえてもいいし、美味しい餌をぶら下げて置いて引っかかるのを待つのも良い。大きな音を立ててびっくりして出てきたところをひっ捕まえても構わない……いや、相手は野生生物ではない。落ち着け、俺。
だが考え方は同じだ。例えばメディアで「人類が増えすぎて環境のバランスが心配」というメッセージを繰り返し発信してみるとか、年間ノルマに勤しんでついやりすぎてみちゃうとか、避妊具の値段を大幅に下げてみるとか、そういうことをやってみてどこでどういう対抗措置が取られるかをじっくり観察すれば良い。
おそらく、ある国で避妊具を安くしたからと言って、連中もまさにその国でセックスドラッグを大バーゲンするような対抗措置を取ることはないだろう。奴らはどこか他の国で停電の時間を増やすとか、そういう地味かつ多彩な状況を作り上げながらトータルで辻褄を合わせに来る筈だ。
何故そう言い切れるかと言うと、これまで連中がやって来た人口の修復手腕があまりに緻密だからだ。あそこまでやろうとすると世界中に細やかなネットワークを張り巡らせておかないと不可能な筈だ。つまり、連中の眼と耳は抜群に良い。だから強い光や大きな音を立てなくても俺がさり気なく立てる雑音や光はきっと奴らの目と耳に届くだろう。
そうと決まればお役目をこなそう。まずは相田の言うように企画でも練らないとな。
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「問題は秘密結社だな。連中は秘密のベールの内側にいて、自分達の本当の規模を知られずにいることで影響力を保持しているところがある」
「その手の連中の手口は山中さんに聞いたらええんとちゃいます?」
瞳は相田と影山のこういった会話を盗聴器を通してではなく、役員室で同席して聞く立場を得た。もう盗聴器を使わなくてもいいのだ。その上求められていることは神の御使いが人口を削減する現場に立ち会うこと。なんとエキサイティングな使命だろう。
自らがカルト宗教団体の諜報・実行部隊として暗躍していただけに、瞳は秘密のベールに包まれた連中のやり口を多少は理解しているという自負がある。この分野で影山の目標達成に貢献を求められるのはまさに適材適所、願ったり叶ったりだ。
彼女は意気揚々と帰宅すると、久しぶりに古巣のデータベースへのアクセスを試みた。
「部外者がこうもやすやすと入れるようじゃぁ駄目だねえ……」
すでに教団は度重なる「聖杯の光」との闘いでボロボロになっており、機密情報の管理も悲惨の一言だ。そのため、瞳はもう何年も管理されていないAPIキーを使って易々と教団のデータベースから望みのデータを抜き出すことが出来た。
「このゴミ溜めで唯一価値があるとすればこれなんだよ……ふふ」
瞳の古巣、救世聖杯信教は「世界には陰謀が立ち込めている」と言って憚らない教団だっただけに、陰謀の主たる秘密結社やマフィア等の組織の情報は常にアップデートされていた。教団幹部はこれをネタに教本を書いて信者から金を巻き上げるのだから、情報の新鮮さや正確さは重要な要素だ。
圧倒的データに基づいて書かれた信者向けの教本は、時に公安ですら参考にするほどのリアリティを持っているのである。
これらの資料の中でも、組織の規模や収益を示す数字や自分達の成り立ちとその正統性を語る歴史などにはかなり誇張が入っているのは周知の事実だったので、瞳はそのあたりは軽く読み飛ばしていた。瞳が着目していたのは組織の長の代替わりの仕方や影響力の保ち方、統治方法、そしてどの組織がどの組織と交流があるかについて書かれた部分だ。
教団のデータには組織の幹部と思しき連中がどこに行って誰と会ったかについて実に細かく書かれている。見る者が見ればかなり正確に組織間の関係が把握できるだろう。
もちろん瞳にはそのあたりのデータを分析するだけの専門性は無いが、影山物産のオフィスにはその手の作業を苦も無くできる頭の良い人間は何人も居る。もしこのデータが役に立てばそれなりに自分の貢献を影山に認めてもらえるかもしれない。
リスクは無いでもない。仮に教団の機能がまだ正常に機能していたとしたら、こんな事をしている瞳には教団からそれなりの強さの刺客が送り込まれてくる筈だ。だが、自分以外のエイギスと戦ったことがない瞳は、あろうことか刺客の到来を少し楽しみにしていた。
「はーやっく来ないっかな」
影山は自分の殺した数はカウントされないと言っていたが、実際に影山の配下になった今は違うだろう。チビチビとカウントを稼げば影山の助けにもなる筈だ。しかも、実績を重ねればそのうちあの若返りとやらの施術も受けることが出来るだろう。ずっと体のキレを失わず闘い殺し続けられる―― 瞳にとってこれに勝る愉悦はなく、しかも多少の努力でそこに手が届くかもしれないとあっては、瞳には自分が張り切らなくても良い理由などついぞ見当たらなかった




