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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
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番外編 不思議の国のミシェル 5


「――ミシェル、ミシェル!」


 クラウドがあたしを呼ぶ声に、はっとしてあたしは振り向く。

「いい部屋だね」と言ったクラウドの声に、おざなりに返事を返していたところだったのだ。


 たしかにここは、すばらしすぎるコテージだった。


 外に見える大きなプールサイドの周りに、芸術的なデザインのランプが等間隔に飾られている。夜、アレが点灯されたら、とてもロマンチックだろう。


 小高い位置に建てられたこの部屋からは、スクナノ湖の、見事なまでのブルーな湖面が見渡せる。新緑の時期にここへ来たら、最高だったと思う。


 広大な敷地には、ゲストルームもたくさん。シアター・ルームやバーベキューテラスもある。テラスで、スクナノ湖を眺めながらシャンパンを傾けることもできる――この寝室から、ガラス戸を開けてすぐの場所で。


 食事は、すぐ近くのホテルからデリバリーもできるし、シェフを呼んでつくってもらうこともできる。


 あたしは、クラウドの説明も、耳から耳へ、だった。


「うん――」

 頭は、アンジェラのことでいっぱい。


 あたしたちはあのあと、パーティー会場を出て、近くのイタリア料理レストランで昼食をとって、それから、この「グリーン・ガーデン」というリゾート地に辿(たど)り着いていた。


 美味しかったパスタにも(うん、それはまちがいなく美味しかった!)この広くて開放的な、南国っぽい部屋にもあたしは感動したけど、ずっと頭の中は、アンジェラ・D・ヒースのことでいっぱいだったのだ。


 あたしは、ガラス向こうのスクナノ湖を眺めるのをやめて、クラウドに振り返る。


 そこには困惑顔のクラウドと、あたしが見たことのない甘い香りの南国の花がいっぱい敷き詰められた、天蓋(てんがい)つきのベッドがあった。

 もちろん、そのベッドにも歓声あげたよ。

 冬だけど、この温暖な気候なら入れそうな、部屋の外にきらめいているプールにも。小さな森の向こうに、日差しを反射している湖にも。


「――ミシェル」


 クラウドは、ベッドの花をひとつつまんで、それからぽいとベッドに落とした。

 それから、あたしを手招いた。さすがに、アンジェラのことしか考えてなくて、そのあとの返事がおざなりすぎたのはあたしもわかっていて、謝ろうとした。でも、クラウドはべつに怒っていなかった。


「座って」


 あたしたちふたりは、天蓋つきのベッドに座りこんだ。あたしはシルクの質感にビビり、このベッドで今夜することを、考えないことにした。


 クラウドは深々とため息をついたのち、

「――アンジェラって、そんなにすごい芸術家なの?」

 と聞いてきた。


 あたしは、クラウドが彼女を知っていながら、彼女の芸術家としての側面をなんにもしらないことにびっくりして――そこから、アンジェラオタクのあたしの話は、どれだけものすごいおしゃべりになったかは――想像してください。


「――じゃあ、彼女は、ガラス工芸家でもあるんだね」


 あたしの説明が二時間にも達しようとしたころ、クラウドは、やっとあたしの言葉をさえぎって言った。

 勢い込んでしゃべりすぎたあたしに、はちみつ入りレモネードを渡してくれたりしながら。


 クラウドは、ものすごい忍耐力で(彼の言葉を借りれば愛の力で)、あたしの専門的で、あちこちに飛ぶさっぱり分からない話を、ずっとだまって聞き、このひとことにまとめあげた。


「アンジェラは、君のあこがれの、それも相当の――だってことは、十分わかった」

「まあね。アンジェラは、もとは彫刻家なのよ。でも、ガラスをデザインもするし、絵も描くわ」


 アンジェラ・D・ヒース。


 L4系惑星出自だというのは知られている。もう十年くらいまえから、L系惑星群全土に名を馳せている彫刻家であり、デザイナーでもあり、画家だ。彼女のくわしいことは、自伝小説もないのでよくわからない。


 あたしが知っているのは、彼女が美術学校を出たわけでもなく、独学で学び、素人が出店する展覧会に一度出した油絵に、才能を見出したパトロンがいて、そこから彼女の名が売れはじめた、ということだけ。


 あたしがアンジェラを知ったのは、先生の工房で見つけた、「ガラスの楽園」という画集だ。それは、アンジェラのガラス工芸だけを集めた画集だった。

 先生が彼女のファンだったのだ。


 そのときは特に、この人のすごさに感動したとかいうわけでもない。

 だけど、L77で、彼女の個展が開かれたとき――。


 ロビン先生と、工房の仲間と、その展覧会を見に行った。そこで、画集の表紙を飾っていた「ガラスの楽園」を生で見て、もう、魂が飛び出るくらい感動してしまった。


 幅、高さ、三メートルにも及ぶガラスの壁面に描かれた「楽園」。


 壁面いっぱいに鳥が描かれた抽象画に、繊細にガラスを彫った線で描かれたその芸術に、あたしは圧倒されてしまった。


 そのとき以来、アンジェラは、あたしの中で別格扱い。永遠の憧れの存在となったのだ。


「……なるほどね」


 あたしの情熱的なしゃべりに反して、クラウドはクールだった。

 さっきのパスタ専門店でも、少し彼女の話が出たけれど、クラウドの口から聞く彼女は正直、ものすごかった。いろんな意味で。


 アズラエルが、彼女の愛人(この表現正解?)だったのにも驚いたけど、ふだんは強烈な女王様なのに、ベッドではドS男にメチャクチャにされるのがスキって。


 いきなり憧れの人の性生活からプライベートを知るとは思わなかったわ。

 でも、芸術家って、多かれ少なかれ、エキセントリックな部分は持ってるよね。


 そこに関しては、あたしはあまり気にはしなかった。

 クラウドも寝たのって聞いたら、クラウドは彼女の相方として入ってきた、ララというもと高級娼婦さんに気にいられていたらしい。彼女はオトコを必ず三人以上ベッドにあげないと、気がすまなかったそうだ。


 ――世の中には、いろんな人がいるものだ。


「……クラウドも寝たの? そのひとと」


 クラウドがやんわりと笑う。嫉妬されるのがうれしいとでも言うように。


「ノリでベッドには上がったことがある。でも、そっちの役目はほかの二人に任せた。俺は、ワインや果物を食べさせてあげるのが上手だったから」


 これは、いわゆる、はぐらかされた、ということだろうか。

 さらにあたしが聞こうとするのを上手に(さえぎ)って、クラウドは言った。


「ミシェル。アンジェラが君の憧れであることは、よくわかった。だが、けっこう重要な問題がある」

「――うん」


 それは、運命の相手に出会えたあたしののぼせた頭でも、時間がたったことと、興奮を吐き出したおかげで、ようやく認識してきたことだった。


「アンジェラは、宇宙船を降ろされたはずなんだ」

「そう――なのよね」


 アンジェラは、カレンという人や、アズラエルと付き合っていた女性を脅したり、ルナを誘拐しようとした罪で、とっくに宇宙船を降ろされているはずだった。


「君はわからないから言わなかったけど、さっき、あの場にはジルドもいた」

「ジルドって?」

「ルナちゃんを誘拐しようとした張本人さ」

「え!?」


 さすがにあたしの頭は冷えた。


「どうして? ――そのひとって、たしか、中央役所で現行犯逮捕されたひとなんでしょ!?」


「そう」

 クラウドはうなずいたあと、

「どうして、まだ宇宙船にいるんだ……」

 と考え込んでしまった。


 あたしは、気が気じゃなかった。


「やっぱりルナを呼ぼう! いますぐ!」


 バッグの携帯電話をあさりはじめたあたしを、クラウドは制した。


「なんで止めるの? ジルドってやつが宇宙船を降りてないなら、ルナが危ないでしょ!」


 あたしはどうしても、アンジェラ、とは言いたくなかった。

 元凶は、アンジェラなのに。


「そもそも、アズラエルは、アンジェラに別れを告げに行ったんだよね!?」


 あたしは怒鳴った。

 アズラエルは、アンジェラに別れを告げるために、いなくなったはずだ。


「いや。アズは、アンジェラに直接別れを告げに行ったわけじゃない」

「どうして?」

「ストレートな話し合いはすでに拒まれている。本気でアンジェラとの関わりを絶つ気なら、ララに会いに行くだろう」


「ララ――さん?」

 アンジェラの同乗者だという株主さん。


「それに、今、ルナちゃんをここに呼ぶのは逆に危なくなった」

「どうして?」


 あたしは再度怒鳴った。クラウドの説明は簡潔だった。


 アンジェラは、現在、なぜかわからないが、この「グリーン・ガーデン」の近くにいる。このセレブ避暑地に、ララ所有の物件もある。そこに宿泊していたなら、ここにルナが来れば、ニアミスする可能性は高くなる。


 なぜなら、このあたりの物件は、清掃員やシェフなどがホテルの従業員であり、共通で、すべてのコテージに出入りするからだ。

 下手をすれば、彼らを通じて、こちらの情報は相手に筒抜けとなる。


「え」

 あたしは、青くなった。


「だけど、心配なのはルナちゃんだけじゃない。もしかしたら、君の顔も見られたかもしれない」

 クラウドは言った。


 あの距離だ――アンジェラのいた場所は、ミシェルからもはっきりその美貌が分かるほど、近かった。アンジェラでなくとも、そばにいたジルドが気づいたかもしれない。

 クラウドと、「その恋人」の存在に――。


「俺も、アンジェラやジルドとは面識がある。つまり、ミシェルがルナちゃんやアズラエルとつながりがあることも、相手は知っているわけだ」


 さらに、あたしの顔は、湖面くらい青くなったかもしれない。


「あたしを人質にして、ルナを出せとか言われるかな!? それとも、あたしが降りろって?」

「さすがに、もうそんなことはしないだろう」


 厳重注意はされているんだから。クラウドは肩をすくめた。


「でも、降ろされたはずが、降ろされていないというのはおかしい」

「そうよね」

「原因がわかるまでは、油断はできない」

「……」


 あたしは、携帯電話を見つめた。ルナからは一通のメールがあり、ルナはルナで、旅行を満喫しているようだった。


「心配しないで」


 クラウドはあたしの目を見つめて言った。


「あとで警察に問い合わせてみる――降ろされたはずの乗客は、まだ船内にいるんですけどっていう話をね」

「う、うん――」

「いくらアンジェラだって、ムスタファ所有地に、無断で入り込むことはしないだろう――ここはセキュリティも強固だし」

「……」

「俺たちは俺たちで、楽しもう」

「……うん」

 



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