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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~恋の回転木馬篇~
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376話 アニタとニックの結婚式 2


 夕闇が迫ってきて、かがり火はますます存在感を増し、広場のあちこちに火が焚かれはじめた。


「もしかして、夜通しやるんですかね」


 アニタがぼんやり、そう聞くと、ニックが勧められすぎた酒のせいで赤くなった頬を(あお)ぎながら言った。


「まさか! これは結婚式だもの。宴会は夜通しかもしれないけど、花婿さんと花嫁さんは、これから初夜だから」

「初夜!!」


 アニタは大げさに反応した。それを見たニックはあわてて――だが、すこし寂しげに、言いわけした。


「も、もちろんこれはホントの結婚式じゃないから、そこまでしないよ」


 だが、アニタが残念そうな――ニックの錯覚ではなく、ものすごく残念そうな顔をしたので、ニックはびっくりした。


「そ、そうですか……ちょっと残念かも」

 口でも言った。


「え?」

 ニックは耳を疑い、「ええ?」ともう一度聞き直した。


「酔った勢いで言いますけどね、ニ、ニックさんがイヤじゃなかったら、その――初夜までセットでいいんですよ」

 アニタは、どことなく投げやりな口調で言った。

「あ、あたしでよければ――ニックさんがイヤじゃなかったらですけど! も、もちろん記事にはしませんよ? アダルトになっちゃうし――つかなに言ってんだあたし、」


 酔ってますね。

 真顔になっているニックを見て、あわてて言いわけをした。


「だ、だれでもいいってわけじゃないですよ言っときますけど!? でも、こんな経験、もう一生できないだろうし、ニックさんみたいなレベル高いイケメンと、一夜だけでもって、そのくらいは、お、思ったっていいじゃないですかあ……」


 ニックは唐突に気づいた。アニタはそういえば、泣き上戸だった。だがアニタは、いつものように、なにもかもを間欠泉のように噴きだす泣き方はしなかった。


「しあわせだったなあ……今日は」


 しみじみとつぶやき、ちょっぴり涙目で、夜になっても明るい広場を見渡すアニタに、ニックは胸がざわついた。


「たぶん、あたしがさんざん騒いだから、セッティングしてくれたんですよね。来月号の表紙用だって言ってるけど……きっとあたしのためだったんだ。すごくうれしい。雑誌のための結婚式でも、あたし、涙が出るほどうれしい」


 ここまで用意するのが、どれだけ手間のかかることか。父も母も、叔母たちだって、こんなめんどうなことはしてくれまい。

 このあいだ友人になったばかりのアニタのために、ここまでしてくれる人たちは会ったことがないとアニタは言った。


「こんな幸せな想いは、もうすることなんてないと思う。みんないい人だな……あたし、宇宙船に乗ってよかった。ルナちゃんやリサちゃんたちに会えてよかった。ニックさんにも」


 そう言って微笑んだアニタはあまりにも綺麗で、ニックは言葉を失った。


「あたし、好きになる人みんなゲイで、自分はどうあっても、一生結婚できないと思ってたから――」


 結婚式なんて、夢みたいだ。

 おそらく一生無理だろうと思っていた結婚式を、こんな形で体験できて、おまけに、花婿役はこれ以上ないイケメンとくれば。

 さらに、大好きなアストロスの衣装を着て、結婚式ができるなんて――。


「ホントはこの衣装、セシルさんに着てほしかったんです」

 だが、セシルには、「自分で着ろ」と言われたアニタだった。

「セシルさんが着てくれたら、すごく綺麗だろうなって思ってたんで……」


 ニックは、ルナの言っていたことを思い出した。


 アストロス時代、おそらくアニタは、ベッタラとセシルの結婚式に参列していた。次は、自分がセシルのように綺麗な花嫁になることを夢見て。


 だが、それは叶わなかった。ラグ・ヴァダの武神の到来によって。かの武神が不幸にした娘は、こんなところにもいた。


 アニタの夢だったのだ。ニックの花嫁になることは。


 今世のアニタは、結婚をあきらめていた。だからアニタは、セシルに花嫁衣裳を着てもらうことで、もう一度夢が見たかったのだろう――それを無意識下で望んでいたのではないかとルナは言った。


 ニックは、前世は前世、今は今だと思っていた。ラグ・ヴァダの武神のことはともかくとして、今世、アニタはアニタとしての生を生きる。彼女が幸福であればそれでよく、今世も好きになってもらえるかは、また別の話だと思っていた。


 なにせ、自分は結局、アニタを放って死んでしまったのだから。


 ニックの中にも、罪悪感があった。だが、罪悪感で彼女を好きになったのではない。むしろ、罪悪感のせいで、アニタにはっきりと言葉を告げられなかったのだ。


 ひと目見たときから、好きだと思った子に。


(アニーちゃん)


 ニックは、なにも知らないアニタを見つめ、視線を落とした。


(ごめんね)


 ニックは泣きそうだったのをぐっとこらえて、照れくさそうに笑うアニタを、ぎゅっと抱きしめた。


「ニ、ニックさん?」

「本物の、結婚式にしようよ」

「――は?」


 戸惑い気味のアニタに、ニックは真剣に言った。


「さ、さっきの誓いの言葉、僕は、本気で言ったからね?」

「!?」


 アニタが、ふたたび固まった。


 ――比翼連理(ひよくれんり)の誓いをここに告げる。妻とともに、生涯よりそい、羽ばたくことを。


「妻」と「夫」の語句が違うだけで、自分も言った誓いの言葉を思いだし、アニタは沸騰した。


「い、いや、あたし、今日は化粧なんかしちゃってるけど、ふだんはゲテモノですよ!?」

 妖怪おしゃべり女ですよ!? アニタは叫んだ。

「ゲテモノってなに!? アニーちゃんは可愛いよ! 最初に会ったときからそう思ってたんだから!」

「ウッソォ!?」

「ウソなもんか。僕だって、こんなおじいちゃん、君にとっては恋愛対象じゃないと思っ――」

「ニックさんのどこがおじいちゃん!?」

「だって、百六十越えたもの!」

「そ、それは、民族的に寿命が違うだけであって――ニックさんなんか、レベル高いイケメンですよ!?」

「そ、そんなこと言われたの、僕だってはじめてで――僕なんか、いつもしゃべりすぎってみんなに怒られるし、女の子にはモテないし、」


「それは、ニックさんの良さや優しさを、分からないヤツの言う言葉ですよ!!」

 アニタは断言した。

「だれがなんといおうと、ニックさんはステキです! サイコーです!!」


 アニタは身を乗り出して、絶叫していた。ニックが勢いに押され、尻もちをついている。


「ほ、ほんとに……?」


 嬉しさのあまり、半分涙目のニックだったが、ふたりははっと我に返った。妙に静まり返っていると思ったら、広場の皆が、新婚夫婦の席を注視していた。

 アニタの声が、大きすぎたらしい。

 ふたりが広場のほうを向くと、盛大な歓声が上がった。それぞれの原住民の言葉で、祝辞が述べられる。


「そろそろ、時間だな」

 クシラが腰を上げた。

「こっちだ」


「ど、どこにいくの……」


 クシラに招かれ、ニックとアニタは、皆の喝さいを浴びつつ、広場を後にした。一軒のコテージまで歩かされたふたりは、見たとたんにそこがなにか思い当たって、とたんに顔を赤らめた。

 式場と同じく、花とカラフルな布でかざられたコテージ。

 新郎新婦のために用意された部屋だった。


「だれも邪魔はしねえよ」

 大広場は、朝まで宴会が続くだろうとクシラは言った。

「本物の結婚式にしろよ――ここまで凝ったんだから」


「クシラ……」

 アニタのアイラインは、すでに溶け流れていた。


「しあわせになれよ――妖怪赤カバン」

「それホントにいそうだよ!?」


 おまえがゲテモノとか妖怪っていうから、あたしのキャラが固定されちゃったじゃねえか! と叫ぶアニタを置いてクシラは背を向けたが、すぐにアニタの絶叫はやんだ。振り返れば、もうふたりはいなかった。

 両想いと決まって、さすがにのんびり屋のニックも、のほほん顔をつづけるのも限界があったようだ。


(よかったな。アニタ)


 広場にもどったクシラのもとに、二羽のウサギが駆けて来た。ルナと、アルベリッヒだ。


「どうやらうまくいきそうだぜ」


 クシラの言葉に、ルナとアルベリッヒが同じ顔をしてほっとするものだから、クシラは笑った。


「ウサギってのは、同じような顔をしてるもんだなァ」

「似てるかな? ルナちゃんと」

「そうかな?」


 ふたりで同じ方向に首を傾げるものだから、クシラは笑った。


「俺も、久々に楽しい思いをさせてもらった。行かなくちゃ」

「帰っちゃうの?」


 ルナのウサ耳が立った。


「ああ。店を開かなきゃ。こういう場所には来られないヤツらの楽しみの場をつくるのが、おれの仕事だ」

「……」


 アルベリッヒは真面目な顔でクシラを見つめ、「俺も行くよ」と言った。


「なにか手伝う」

「おひとよしの、可愛い子ウサギちゃんだな、おまえは」


 クシラはそう言いながら、アルベリッヒの手を取って馬車のほうへ歩いて行った。ルナは手を振った。


「またね」

「ああ。また屋敷に行くよ。おまえもおれの店に来な。危ないから、昼間にな」

「うん!!」


 ふたりを見送ったルナは、いつしか背後に、レディ・ミシェルとリサと、キラがいることに気づいた。


「ニックとアニタさん、ようやくくっついたのね」


 リサが大あくびをしながら言った。昨夜遅くまで、アストロス風の化粧を考えてくれていたリサは、だいぶ寝不足だった。

 レディ・ミシェルもキラも――今回の殊勲賞(しゅくんしょう)は、この三人だ。

 ルナは振り返り、お辞儀をして言った。


「みんな、今日はありがとね。おつかれさま」


「すごく楽しかったよ!」

 キラが伸びをして言った。


「みんながいなかったら、今日みたいなことはできなかったよ」

 ルナは真剣にそう言った。


「あたしも、嬉しいのよ」

 リサは上機嫌だった。

「こんな形で、あんたの力になれるなんて思わなかったから」


 キラもだ。いままで仲間はずれだった――ルナとミシェルにそんな気持ちはなかったが――手前、活躍できたことがほんとうにうれしそうだった。


「うん。アンジェやサルビアさんみたいなことはできないけど、こういうことだったら、いつでも協力するよ!」

 キラも元気よく言った。

「衣装づくりも楽しかったしさ」

「どうせなら、もっと派手にしたかったんだけど、予算がね」

「キラに任せたら、パンクになるってば!」

 リサの悲鳴に、ルナたちは笑った。


「さ、宴会はまだまだつづくよ! もどろ!」

「うん!!」


 四人は、アズラエルたちの待つ宴席にもどった。まだまだ宴はつづきそうだ。


 空は、大きな惑星を写しだしている。


 まるで、月を眺める子ウサギのように――ニックとアニタの甘い夜を演出しているかのように、ほんのりとピンク色の惑星だった。






「ああ、今日は、アニタさんとニックさんの結婚式だとかで、お屋敷はみんな留守かもしれないわ」

「そうですか……」


 午後八時も過ぎたころだったが、中央役所の派遣役員執務室には、まだ大勢の役員が残っていた。残業がある連中で、これからカフェが混むだろう。

 テオドールは、シシーの席から、使い古した彼女の安物バッグとジャケットが消えていることを確認してから、カルパナの席に行った。


「カルパナさん、残業ですか」

「いいえ。そろそろ帰るわ」


 カルパナは凝った肩を回しながら、席を立った。


「やっぱり、シシーちゃんは、あれから一度もお屋敷にお邪魔してないのね?」

「ええ、たぶん。十五日は過ぎたんですが」

「そうね。心配だわね。あの子、やせた気がするし――あたしのことも、避けているふうではないのよね」


 シシーの様子は、なにも変わっていなかった。テオドールが先日、ひとりで屋敷に行ったとき、シシーはクリスマス以来一度も来ていないという話だった。

 なぜかルナが心配そうに、「シシーさんは大丈夫ですか?」と聞くので、自身もシシーの心中などまったく分からないテオは、「たぶん、だいじょうぶ」としか言えなかった。

 なにが大丈夫なのか、テオにもわかっていない。


「明日あたり、お屋敷のほう伺ってみましょうか。お祝いの品でも持って。テオさんは、あしたでいいかしら?」

「俺はいつでも」


 テオは元気のない返事を返し、シシーの席を心配そうに見つめた。




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