376話 アニタとニックの結婚式 1
「どちらさまで」
「アニタだよ!!」
アニタがようやく浴室から出て応接室にやってきたのは、髪を整え、顔は化粧をし、爪という爪が美しく彩られたあとだった。
廊下にはクシラとアルベリッヒが立っていた。
ペディキュアを汚さないように、へっぴり腰でやってきたアニタの姿を見て、アルベリッヒは、「うわあ! すごくキレイだよ! アニタさんってキレイだったんだね!」と天然直球すぎる発言をし、クシラは初対面の挨拶をした。
クシラのはじめましての挨拶に突っ込んだアニタの声はやっぱりアニタで、中身はこれっぽっちも変わっていなかった。
「男のひとたちはちょっと待ってね。できあがったら、入ってもよいよ!!」
応接室で待機していたルナが叫んだ。
アニタが応接室に入ると、テーブルやソファにずらりと並んだきらびやかな装飾品の数々。
真ん中には、アニタがアストロスで購入した花嫁ドレスが、さらに華やかになって、そこにあった。
「う、うわーっ! うわーっ! すごい! すごい、コレ!!」
アニタは、衣装を手に取って歓声を上げた。
「材料は、雑貨屋とビーズショップ回って。デザインは、アストロスの観光パンフレットやネット見ながら、あたしとミシェルでデザインしたの」
キラが得意げに言った。
きのうから女性陣は、ミシェルとキラの指導のもと、これらを手づくりしていたのである。
そう――プランWとは――プラン・ウエディングの略である。
「ちょ、マジすごい! すごすぎる!!」
アニタは感激のあまり、涙目だった。
「化粧くずれるから、泣かないでよアニタさん」
「そうだよ。まだ、号泣には早いよ」
リサが言い、ネイシャも言った。
ルナが、金色の透けるベールが付いた冠を、アニタに差し出して言った。
「アニタさんは、およめさんになるのです」
アニタではなく、周囲の女性陣が、うっとりと、女の子の夢がつまったベールつきの冠を見つめた。
これでもかとゴージャスさを増したアストロスの花嫁衣装のドレスを着、ベールつきの冠や、あらゆる装飾品を着けられるだけ身に着け、アストロス風の化粧をし、リサがつくったフラワーアレンジメントのブーケを手にしたアニタは、まさしくアストロスの花嫁と化した。
やっと応接室に入らせてもらったクシラとアルベリッヒは、今度は同時に、「だれ!?」と叫んだ。アルベリッヒは天然――クシラはわざとだ。
「あたしだよ!!」
アニタの泣きそうな絶叫が轟いた。
アズラエルたちは、先にK33区に向かい、式場の用意をしている。
女性陣と、クシラとアルベリッヒに連れられ、シャイン・システムでK33区に到着したアニタの姿を、一番に見た区役所待機組のベッタラとバジは、口をまん丸に開けた。
「アーニタですか!?」
「うっ……わあ――見違えたよ!!」
バジの興奮ぶりは相当なものだった。いつものアニタとは、百億光年ほど隔たっていたことはたしかだ。
「今日は美しいですね! ワタシは、アーニタが花嫁はゴメンですが!!」
ベッタラの正直な言葉に、「だれがおまえのところに嫁入りするか!!」とアニタが叫んだ。
「今日は、俺がカメラマン」
バジはカメラを手にしていた。
「まずは、花嫁さんを一枚――」
カメラのシャッター音がする方向に笑顔すら向けられず、アニタは口元をヒクつかせて微笑んだ。すさまじい緊張のために、いつもの彼女とは思えないほど、ツッコミ以外は無言だった。
「よう、来たか。妖怪おしゃべり女」
「だれが妖怪だ!!」
ペリドットの言葉に、アニタはふたたび叫び――ようやく緊張がほどけたようだった。
「もういい――あたしのキャラは、半永久的にこうなの――いくらこんなカッコしたって、中身までは変わらない――」
「よくわかってんじゃねえか」
「うるさいバカクジラ!!」
区役所の外に出ると、いつもの荷馬車も、結婚式仕様に、華やかに飾り付けられていた。荷台が色鮮やかな花束でいっぱいだ。
三台の馬車で、中央広場へ向かう。
ゴトゴト揺られながら、アニタがつぶやいた。
「ほんとにすごい――なにもかも本格的で――」
「K33区の住民総出で結婚式をするんだ。L02の式にのっとって」
同乗しているバジが言うと、アニタは驚いた。
「ええっ! L02の結婚式がそっくり再現されるの」
「そう。かなり盛大だよ」
「バジさん、バジさん! なんでもかでも、できれば写真に納めといて! あたし買うから! ぜったい買うから!!」
「ハイハイ、まかせといて」
来月号の特集は決まった、と目を輝かせて案を練りはじめたアニタを見ながら、ルナとバジは顔を見合わせた。
「自分が花嫁って自覚はないみたいだね」
「そうなのです。たぶんアニタさんは、花婿さんがだれかってことも、まだ知らないです」
「マジで!?」
今度は、バジが目を剥く番だった。
「アニタさんは、かんたんにはゆかないのです」
「どうりで、こんな大掛かりなことをすると思った……」
バジが呆れ声で言ったところで、アニタがやっと気づいたように聞いてきた。
「ところで、花婿役のひとはだれ?」
「「聞くのが遅いよ!!」」
ルナとバジは、同時に叫んだ。
中央広場は、すでにたくさんの住民が集まってかがり火が焚かれ、フィフィ族が賑やかな音楽を奏でていた。カラフルな布や花でかざりつけされた新郎新婦の席が見えてくる。
花嫁の到着と同時に、音楽が鳴りやんだ。
広場の中央に、花婿はいた。
ルナがアストロスで見た天使と同じ格好をしている。真っ赤な花の模様が刺繍された純白のマント――内側は銀色の鎧であることをルナは知っている。同じ色の長い長い槍をたずさえ、背中には、目が覚めるような真っ白な羽根を羽ばたかせて――。
「ホゲエエエエエエかっこいいいいいいいい!!!!!」
アニタが卒倒しかけた。ふだんより厚い化粧で固められた顔面のせいで、なにもかもが噴出しなかったのはさいわいなことだった。
「な――なにアレ天使――ちょ、ヤバ、マジかっこいいなにあれだれどこのひと――え!? 天使? 花婿役!? そ、そっか、L02の結婚式って言ってたもんね――L02!? 天使!? マジ!? ウソでしょ冗談でしょだれあんなイケメン連れて来たの」
アニタは引き腰になった。いつでも逃げられる態勢に入っている。
「あ、アニーちゃん!!」
ニックがアニタに気づいて、満面の笑顔で振り返った。
「ニックさんだああああああああああ!!!!!」
今度こそ、アニタの目が飛び出た。
「うるせえ女だ」
クシラの呆れたつぶやき。アニタは一目散に逃げ出した。
「!?」
「アニタさん!?」
リサとキラがあわてたが、アニタは猛然と反対方向へ逃げ出した。
「ホゲエエエエ!! ムリムリムリ無理!! どうやってあんなイケメンとならべっていうの!? あたし笑いものじゃん、かっこよすぎる!! ブスが多少レベルアップしたってあれには及ばないよ!! 花婿さん、もうすこしレベル落としてくださいフゴアアア!!!!!」
「ま、待ってよ、アニタさん!!」
叫びながら、動きにくいドレスの裾を持ち上げて走るアニタを追いかけようとしたアルベリッヒを、クシラが止めた。
クシラが止めた理由を、皆が理解したのはすぐだった。ニックがアニタを追いかけ、真っ白な翼を羽ばたかせて、空を飛んでいたからだ。
「フゴオオオオオオオ!!!!」
せっかく綺麗にしてもらった化粧も台無しだ。アイラインが黒々と、涙に溶けて頬を流れ落ちた。
「かっこよすぎて死ぬ! 直視できない!! 目がつぶれる!!」
「アニーちゃん!!」
アニタの逃げ道はふさがれた。アニタは、美しい天使がめのまえに舞い降りて来たのに真顔で見とれ――相手が自分の名を呼んだことに対して、「ホゲアアアアア!!!!」と絶叫した。
ニックがビクッと怯んだ。
「あ、あたし無理!! こんなイケメンは無理!! 天使様だもの拝むだけで、もう腹いっぱい! ――ナムアミダブツ!!」
「えっ君、仏教徒!?」
「なんとかしろ、またあのまま天然な会話をつづけさせる気か」
ペリドットが言ったので、クシラがしかたなく一歩踏み出しかけたが。
「アニタ!!」
無理だの帰るだの言い続けるアニタに、いきなりニックの叱責が飛んだ。アニタも驚いて顔を上げたが、皆も驚いていた。ニックの厳しい声など、ここでビシバシ鍛えられたアズラエルとグレン以外は、聞いたことがなかった。
ニックは、とにかく騒ぎまくって自分を見ようともしないアニタを振り向かせようとしただけなのだが、思いのほか大きな声が出てしまったことに自分でも驚き、一度咳払いをした。
どうしたら、アニタを引き留められるかわからなかったニックだったが、口調を押さえ、彼は言った。
「君、取材を途中で投げ出すの」
「え?」
「花嫁役は、君の望まない形だったかもしれないけれど、こうして、K33区のみんなや、お屋敷のみんなも君の取材に協力してくれてる! それなのに、君は中途半端で投げ出すの」
「……!!」
急にアニタの表情が引き締まった。
「いいえ!!」
アニタの背筋が伸びた。
「取材はキッチリ、やらせていただきます!!」
「それでこそ、アニタちゃんだ」
ニックの顔がほころんだ。アニタの顔も同時に真っ赤になる。ともかくも、アニタは冷静になったようだった。
花嫁役というのはアニタにとって照れくさいが、L02流の結婚式を取材し損ねることのほうが大ごとだった。
「アニタさん、化粧直すよ」
リサは、メイクボックスを持参してきていた。
「うん!! お願いします!」
今度こそアニタは、泣きごとを言わなかった。
月刊「宇宙」の編集長の顔にもどったアニタは、L02の作法に則ったすべての儀式を、泣きごとを言わず、文句も言わず、抵抗もせず、やり遂げた。
さすがに、誓いの言葉とキスのときは、ずいぶん挙動不審に、しどろもどろになっていたが、それも無事にクリアした。
ふかふかの羽毛が敷きつめられ、花で彩られた新郎新婦の席は、祝いの言葉を持ってくる原住民たちでごったがえしていた。
バジはその様子を、休む暇もなくシャッターに納めつづけている。メンズ・ミシェルとセルゲイも撮ってくれているようだし、ロイドは動画に納めてくれているようなので、写真には不自由しないだろう。
「ルゥ、口から出てる」
「ぷ?」
ルナは、美しい花嫁に見とれて、口の端からナッツをこぼしていた。アズラエルが拾っていく。
たしかにアニタは美しかった。口を開けばいつものアニタだが、今日は、ルナも見とれてしまうほど綺麗だ。
セシルにも、サルビアにも負けないくらい。
(アニタさん、幸せそうだな)
ルナはほっとしていた。プランWなんて言って、かなり強引にコトを進めて来てしまったが、アニタが本気で迷惑がったらどうしようと、内心、ずっとハラハラしていたのだ。
「ルゥ。食うときは、食い物に集中しろ」
「うん」
今日は帰りが何時になるかわからないし、ピエロとキラリは、ツキヨおばあちゃんたちに預けてきた。
ルナはちょっと上品なワンピース姿だが、アズラエルとグレンは、アストロスの兄弟神の格好をしていた。誓いの言葉のときに、夫婦ふたりの上からバラの花弁をまき、誓いの言葉を遂げさせたのは、兄弟神だ。
特にグレンは、アストロス時代、ふたりの結婚を提案したのに進められなかった手前、やたら神妙な顔をして儀式に参加した。
「プラン・ウエディングか。よく思いついたな」
スーツ姿のクラウドが、銅製のカップにそそがれた酒を味わいながら笑った。
ルナが計画したのは、アニタとニックに、アストロス時代にできなかった結婚式を挙げさせることだった。だが、古代アストロスの挙式のやりかたは、ネットを調べても出てこず、それならばと、L02のやりかたで、式を挙げることにしたのだ。
キラたちが衣装をつくってくれているあいだ、屋敷の男性陣に、アニタとニックの結婚式を挙げよう、とプランWの正体を明かしたら、みんな途端に張り切ってしまって、結局、K33区を貸しきっての大騒ぎとなったのだった。
K33区の住民は、祝い事ならなんでも大歓迎の気のいい人間ばかりで、知らない人の結婚式に呼ばれていいのかとか、ややこしいことは考えない連中ばかりが集まっているのでよかった。
ちなみに、ハンシックの皆もこれから合流予定だ。結婚式には間に合わないかもしれないけれど、お祭り騒ぎには参加するだろう。
最初は屋敷で結婚式を行う予定だったが、結婚式をしようといっても、あのアニタが素直にうなずくわけもない。どうせなら、取材がてらK33区も巻き込んで、L02流の結婚式を行うという名目にすれば、アニタも参加するのではないかとクラウドは言った。
彼の予想は当たった。
ニックが花婿だと知ったときのアニタのうろたえようを見たら、ルナはこういう形にして、本当によかったと思った。
ルナの感覚としては、結婚式をして、前世の記憶がよみがえって、ふたりが愛し合っていたことを思い出し、結ばれてくれたらなあというのが希望だったが、なかなかうまくはいかないようだ。
「そもそも、アニタさんもニックさんも、自分たちが『結ばれる』ことが、信じられていないみたいなのです」
ルナは、肉とトマトの入ったシチューをすくいながら言った。
「アニタさんの前世は、ニックが自分より部下を愛してるんだって思い込んでるし、ニックはニックで、結婚したくてもできなくて死んじゃったから、あきらめてるし」
「それで、一見仲よさそうに見えるのに、なかなかくっつかねえのか」
アズラエルは呆れ声だ。ものすごくめんどうくさいと思っている声だった。
「だから、じっさいに、結婚式してみることにしたの」
「勝算は?」
クラウドが聞いた。
「ないです」
ルナはアニタとニックのほうを眺めながら、言った。
「これでだめなら、のんびり待つしかないんだけど、……」
「のんびり待ってもいられねえから、急いだんだろ、おまえは」
アズラエルは言い、ルナはこくりとうなずいた。
「アニタさんは、ニックと結ばれるかどうかで、このあとの人生が、だいぶ変わっちゃうみたいなの」
ルナは、なぜこのあいだ回転木馬の夢を見て、そこにアニタとニックが出てきたか、アンジェリカと一緒にZOOカードを見て、やっと分かった。
もうすぐ地球に着いてしまう。アニタはニックと結ばれなければ、おそらくL56にもどり、また出版社勤めをし、三度の離婚を経て、老後にもう一度、叔母の遺産で地球行き宇宙船に乗るだろう。
そう――最初に地球行き宇宙船に乗ったときに役員になっておけばよかったという後悔を抱えながら。
「アニタさんが無事ニックと結ばれたら、役員になるから、そういう未来はなくなるそうなんだけど」




