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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~恋の回転木馬篇~
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374話 真砂名神社で元気じゃない白ツル 2


「オボエっ……ヤバい、もう動けない……」

「なにが欲しい? 水か、食い物か」

「降りたい……」

「却下――おい、水くれ!!」


 クシラが、階下に向かって叫ぶ。クラウドより先に、アルベリッヒが動いていた。自動販売機で水を買い、階段を駆け上がろうとするが、いきなり止まった。思うように足が動かないようだ。


「アルも、もしかしてはじめてか?」


 それを見て、クラウドがつぶやいた。

 アルベリッヒは減速したが、息を切らせつつも、大股で階段を駆け上がる。


「あの兄さんは、体力も根性もありそうじゃのう」

 ナキジンが口笛を吹いた。


 アルベリッヒは、肩で息をしながらも、あっというまにアニタが倒れ伏している場所まで駆け上がった。アニタは、なんだかんだ言いながらも、真ん中あたりまで上がってきている。


「アニタさん、はい、水。飲んで」

 ヘトヘトで倒れ伏しているアニタの口元に、ふたを開けて持っていく。

「アル~……やざじい……」

「俺が支えるから、がんばって上がろう?」

「う、うん……!」


 アルベリッヒは、アニタに肩を貸した。フラフラのアニタを立たせ、彼女の左腕を自分の肩に回し、完全に支える形で立ったが――足を一歩踏み出したとたん、「ウッ!」と呻いた。


「ど、どうしたの、アル……」

「え? あ、いや、」

「重いんだろ?」

 クシラがニヤリと口端を上げた。

「え!? あだじ、ぞんなにおぼい!?」

「だ、だいじょうぶ――軽いよ」


 アルベリッヒは強がったが、顔は歯ぎしり寸前だった。アルベリッヒは、呻きながら、アニタを支えて五段上がる。


「なんだか、アズたちがこの階段を上がったときと似てないか?」

 クラウドが、ちょっぴり真剣な顔になってきた。

「アストロスに、アニタの百メートル級石像があるってのか」

 グレンが苦笑したが、クラウドは言った。


「君のせいでニックとアニタの結婚が遅れたんだから、責任とって助けに行きなよ」

「は?」


 グレンはなんで俺がという顔をしたが、アズラエルもメンズ・ミシェルもグレンを見ている。


 グレンはしかたなくコートを脱いだ。Tシャツとジーンズ姿になって、軽く足踏みしてウォーミングアップし、一気に階段を駆け上がろうとかまえたところで――真っ黒な壁に(はば)まれた。


「ぶっ!!」


 大柄なグレンを壁となって阻める男など、バーガスがいなくなった今、ここにはひとりしかいない。

 そう――真っ黒な壁は、よりにもよって、セルゲイだった。


「な……え!?」


『ひとりで上がらせなさい』


 セルゲイの口から、だいぶ低い声が出た。その声に聞き覚えがあったのは、古くからのルーム・シェアメンバーのみだ。


「でも、だいぶ辛そうだぞ」

 メンズ・ミシェルが、階段を見ながら言ったが。


『ただの二日酔いだ』


 夜の神の口から二日酔いという言葉が出てくる日を、だれが想像しただろう。


「うん! アニタさんがきついのは、二日酔い! 二日酔いじゃないときに上がればよかったんじゃないって、うさこがゆってた!」


「「「「「「いまさら!?」」」」」」

 ルナの台詞に、階下の全員が突っ込んだ。


『いいや?』


 シャツこそ白いカッターシャツだったが、ジャケットもパンツも革靴も真っ黒のセルゲイは、不気味な笑みをこぼした。普段、黒はほとんど着ないし、腕時計以外はまったく装飾品を身につけない男が、ネックレスや腕輪などをつけているから何事かと思っていたが。


『“今”上がらねば、罪は消えん――おもしろいものを見せてやろう』


 夜の神は、ルナに言った。


『ルナ、“黄金の天秤”を持っておいで』





「は、は、はあっ、……ううっ!」


 アルベリッヒが、膝をついた。ようやく、十段上がることができた。アルベリッヒの真っ赤な顔を見て、さすがにアニタは言った。


「アル、もういいよ――ありがとう。あとはあたしひとりで上がるから」

 あわてて礼を言い、アルベリッヒから離れた。


「アル、おまえ、この階段上がったことないんだろう」

 アニタに対する声とは百八十度違う柔らかな声音で、クシラが聞いた。

「え? う、うん……そうだけど、なにかまずかった?」


 アニタを降ろしても、身体の重さは変わらない。アルベリッヒは膝に手をつき、荒い息を整えていた。


 アルベリッヒも、この階段を上がるのは、今日が初めて――つまり、アルベリッヒには、アニタプラス自分の分の罪過の負荷がかかっていたわけだ。


 サルーンが心配そうに様子を伺い、上空を旋回していたが、やがて、階段ではない脇道へ羽根を降ろした。サルーンに向かって、クシラは微笑んだ。


「おまえは賢いタカだ。あとでアルベリッヒがおまえを肩に乗せて上がれるようにしてやるからな」


 言いながら、クシラは、ひょいとアルベリッヒを抱え上げた。横抱きに――つまり、お姫様抱っこというやつである。


「!?」


 アルベリッヒも口を開けたが、アニタも口を開けた。

 クシラは、自分の倍もありそうなアルベリッヒを横抱きにしたまま、軽々、階段を上がっていく。

 その様子を、階下にいた者たちも、呆気に取られて見つめた。


「力持ちの兄さんじゃのう……!」


 ナキジンがほえーっとおかしな声をあげて叫んだのに、「突っ込むとこ、そこじゃないと思う!」と叫び返したのはキラだった。


「ちょ、ちょおおおおおおそれはないでしょおおおおおお」


 アニタの口と目と鼻から、やはりいろいろなものが間欠泉(かんけつせん)のように噴きだした。


「あんた! あたしのこと足蹴(あしげ)にしておきながら、それはないでしょ!!」


 アニタの絶叫もよそに、クシラはアルベリッヒを抱きかかえたまま、足取りも軽く頂上まで上がった。

 クジラにとって、ちっぽけなウサギを運んで上がることなど、造作(ぞうさ)もないというわけか。


「ク……クシラ!?」

「小鳥の羽根より軽かったぜ、ハニー?」


 拝殿にアルベリッヒを降ろしたクシラは、そう言ってウィンクしてみせた。


「ず、ずるうううういいいいい!!!!! なんであたしは蹴飛ばしといて、アルはお姫様だっこなのおおおおお!?」


 アニタが階段半ばでのたうっていた。


「あたりまえだ。アルはおれの恋人、てめえは未確認生命体」

「ホゴオオオオオオオオ!!!」


 アルベリッヒがすぐさま助けに行こうとするのを、クシラが止めた。


「おまえは、あとでサルーンを抱えて上がらなきゃならない。だから俺が運んだ。体力は妹のために温存しておけ」

「……!」

「あの根性ナシ女は、ぜったい自分で上がらなきゃならねえんだよ」





「オグオ……ブヘホ……オボエエエ……」


 アニタは、階段に手をついた。泣きすぎか二日酔いかどちらか分からないけれども、吐きそうだった。しかし、ここに来るまえ、トイレで盛大にリバースしてきたので、余分がまったく残っていない。


 昨夜の失恋から、なんだかいろいろと踏みにじられるような思いばかりしている。


(やっぱり、いいことがつづくと、悪いことも起きるよね……)


 これでもアニタは、クシラが好きだったこともあるのだ。クシラがゲイだと知るまえは、親切なお兄さんだと思っていた。いつも励ましてくれ、愚痴を聞いてくれ、からかわれもするけれど、本気で落ち込んでいるときは寄り添ってくれる――そんなクシラが好きだったが、彼はアニタを女というか、恋人には見てくれない。


 それどころか、どうやら人間に見られていなかったようだ。


 アルベリッヒも優しかった。優しくしてくれた男の人をすぐ好きになってしまう自分もよくないと思うが、好きな人同士がくっついてしまうことのショックを――どう表現したらいいのだろう?


 アニタは正直、胸がつぶれそうなくらいせつなかった。


(くっそめんどくせえ……)


 こんな階段、とっとと上がって、今日一日は悲しみに打ちひしがれたい。それで明日には立ち直って、K33区の取材をつづけなければ。

 ベッタラは放っておいて、バジさんがいるからいいし、やることは山ほどある。


(あと、半分だけじゃん……)


 上がりたくない。めんどうくさい。つらい。こんな階段上がってどうするんだ。早く降りて、つめたいジンジャーエールが飲みたい。


(――おかしい)


 こんなのあたしじゃない。それはたしかに、「前世の罪が裁かれる」階段だって聞いたときは驚いたけど、リサちゃんもキラちゃんも、みんな上がった。ちょっとつらいだけだって言ってた。


 そうだ。たしかに、ちょっとつらいだけだ。こんな状況よりつらい日は、たくさんあった。


 ただ、階段を上がればいいだけじゃない。これはただの階段だ。登山よりはずっと楽。それなのに、どうして力が出ないの。どうしてこんなに、やめてしまいたいの。


 あと半分よ、半分だけじゃない。

 上がればいいだけだ。

 これより長い階段を、アニタは上がったことがある。


(――あと、半分)

 アニタの目が、ギラリと光った。


「おお、“転換”した」


 上から眺めていたクシラが、アニタの表情が変わったのを見て、口角を上げた。


「転換?」


 拝殿で、真砂名の神に、階段を上がり切ったこと、罪を減じてもらったことに対して、リュナ族の礼をしてきたアルベリッヒは、もどってクシラの隣に立ったところだった。


「“転換”だ。アニタの“第三層”がはがれた」

「――え?」


 階下では、ちょうどルナが、シャイン・システムから黄金の天秤を持って飛び出してきたところだった。


「夜の神さま! てんびん!! てんびんもってきたよ!!」

「いったい、なにがはじまるの」

「アニタさんが、階段を上がっていらっしゃるのですか」


 屋敷で行きあったのか、サルビアとアンジェリカも一緒だった。ルナが天秤を差し出すと、天秤は勝手にルナの手を離れ、階段の下に置かれた。

 それを、ロイドとキラたちが、口を開けて見つめている。


「ほ?」


 ルナを右手に抱え、左手にルナのZOOカードを持ち、紅葉庵の外のベンチに腰掛けたセルゲイこと、夜の神――。

 彼が指を鳴らすと、ZOOカードがセルゲイの手を離れ、空中で、宇宙色に輝きだした。

 ルナの銀色のZOOカードボックスが、黒曜石になり、星々の輝きをちりばめた小宇宙の箱になる。


「わあ……!」


 セルゲイの膝上のルナも、アンジェリカたちも歓声を上げた。ロイドだけが、「!?」という顔でそれを眺めている。メンズ・ミシェルが、「そろそろ慣れろよ」とロイドの肩を叩いてそう言った。


 セルゲイの指の動きに任せて、箱は展開した。カードケースは虹色だ。純黒の外箱に対して、ずいぶん華やかな色あいだ。


 カードの世界は、小さな宇宙。真っ黒な世界で、鈴が鳴るような音とともに、たくさんの銀河が弾けている――銀河から、一枚のカードが飛び出す。


「パンダのお医者さん」のカード――セルゲイのカードだ。セルゲイの長い指がピタリとカードに突きつけられると、パンダの上に王冠が現れた。


「パンダのお医者さん」が、一時的に「ZOOの支配者」になったのだ。


 夜の神は、パンダのカードの横に、もう一枚、カードを呼び出した。

 アニタの、「元気な白ツル」のカード。


『今、アニタが背負って上がっているのは、三千年前、アストロスで生まれた人生の、ひとつまえの前世の罪のためだ』


 セルゲイが指を鳴らすと、「パズル」の画面が表れた。


 階下の皆は、アニタそっちのけでZOOカードを囲んでいた。夜の神は、起動したパズルの画面に首を傾げ、

『リーブロ・イルストラード(絵本)』

 と唱えた。

 

 とたんにデジタル画面は大きな絵本の形になった。


「こ、これなに!? この呪文、初めて聞いた――リーブロ・イルストラード――」


 アンジェリカは、メモすることを忘れなかった。あわてて紅葉庵(もみじあん)の看板娘からメモ帳をもらって、書き留めた。


『説明するときは、こちらのほうが皆に分かりやすい』

 なかなか親切な夜の神だった。


(居留守のリーブロランド……覚えました)

 あいかわらずルナは、間違って覚えた。




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