371話 恋の回転木馬 Ⅰ 2
「いつか、サルーンの運命の相手も見つけてあげなきゃね」
ルナが言うと、いきなりクチバシでつついてきた。
「あいた! いたい! ちょ、やめ、分かった! 照れてるのは、分かったから!」
ルナはつつかれた腕をさすりながら、カードに向き直った。
「でも、今日はさ、サルーンが夢の中に出て来たんだよ! アルと一緒に」
ルナが言うと、サルーンは首を傾げた。
今朝見た夢の中身を、調べなければならない。
ルナがZOOカードをチェックできるのは、午前中の用事がすんだあとだ。
ルナは蓋を開けっぱなしにしたまま、今年の日記帳とZOOカードの記録帳を開いてテーブルに向かった。
アストロスでの大戦を経て、ルナはアンジェリカたちほどとはいかないが、だいぶZOOカードが扱えるようになっていた。すくなくとも、以前みたいにまったく動かなかったりすることはない。
月を眺める子ウサギは、相変わらず出てこなかったが。
「えと、ひとつは、謎のお馬さんとリスちゃんのこと。それから、ネイシャのことだよね……あと、ニックとアニタさんのこと……」
ルナはここまで書いて、ひらめいた。
「もしかして、この三組のカップルを成立させろってことかな?」
しかし、気になるのは、アニタのハートいっぱいの矢印が向いた方向だ。あれはあきらかにアルベリッヒに向かっていた。ニックではなく――。
「ニックのゲイ疑惑は晴れたのに」
去年のクリスマス、ようやくニックのゲイ疑惑は、クラウドによって晴れた。だが、ふたりの距離はいっこうに縮まらなかった。相変わらず仲は良いのだが、恋に進展しない。
「あたしに任せて」といった手前、なんとかしなければとルナは思っていたのだが、最近はニックもあきらめ塩梅だった。
「もともと――僕とアニーちゃんでは、寿命も違いすぎるしね。そりゃアニーちゃんだって、僕みたいなじいさんより、同い年くらいの男の子がいいだろう」
ニックの目は遠かった。
二十七歳のアニタと二十三歳のアルベリッヒは、同い年くらいとは言い難かったが、百六十六歳のニックに比べたら、年は近い。
「おかしいな~……運命の相手だったら、すんなりくっつくんじゃないの?」
ルナは眉をへの字にした。
ベッタラとセシルは、すこしずつ距離が縮まっている段階だ。すくなくとも、互いが運命の相手だとは思っている。
ルナが調べたところによると、ニックの兄マルコとスタークも、運命の相手ではあるが、本格的にくっつくのは、時間がかかりそうだ。
「天使さんたちは、寿命のこともあって、のんびりやさんなところがあるからねえ」
そうなのだ。ニックもアズラエルたちにそれを指摘されて、がんばってアニタに接近しようとしているのだが、あまりうまくいかない。
押しが弱い。圧倒的に弱い。
「アズやグレンレベルとは言わないけど、もうすこし、グイグイ行ってもいいのかも?」
しかし、基本的にニックは、そういうガツガツしていないところが美点だとルナは思う。
「調べてみるしかないなあ。さてさて――ニックとアニタさんのカード出てきて!」
ルナは叫んだ。ルナは、ペリドットたちのように指を鳴らして起動することはできない。なぜなら、ルナは不器用すぎて、指を鳴らせないからだ。
「ん――わお!!」
ルナが歓声を上げると、後ろのベビーベッドで、ピエロが「うきゃ!」と笑い声をあげた。
ニックの「天槍を振るう白いタカ」のカードと、アニタの「元気な白ツル」のカードには、太く真っ赤な糸がらせん状に結ばれていた。どちらかというと朱色に近い。
「あるじゃん! 赤い糸!!」
ルナはもう一枚、カードを出した。アルベリッヒのものだ。
「アルベリッヒのカード、出て来い!」
――出てこない。
初めて出すカードは、特徴や名前をぜんぶ言わないと出てこないことを、最近知ったルナだった。
「えっと、リュナ族の二十三歳アルベリッヒさん! 名前しかありません。たぶん、ウサギさんのカードです。ベージュ色のウサギさん、出てきてください!」
ルナが叫ぶと、エプロンをつけた、ベージュ色の垂れ耳ウサギのカードが現れる。腕には、リュナ族の「交通安全」お守りのトライバルが彫られていた。小さなフライパンで、目玉焼きを焼いているイラストだ。もちろん、サルーンも一緒にいる。
ルナはふと、アルベリッヒにあげたエプロンがベージュ色だったことを思い出した。
「“料理上手のアメリカン・ファジーロップ”さん!」
ルナは、カードの下に書いてある名前を読み上げ、図鑑のページをめくり、ウサギの欄を探した。
アメリカン・ファジーロップ。ウサギとしては大きい方で、体長三十センチにもなる。慣れるのが早く、人なつこいのが特徴。
「うん、アルに似てるかも?」
アルも、おっきいもんね、とルナはうなずいた。
サルーンがおそるおそるカードに近づいて、覗き込んだ。
とたんにツルのほうから一方的に赤い糸が伸びる。サルーンがびっくりして、尻もちをついた。アルベリッヒのほうからは伸びていない。
「うーん」
ルナは、アルベリッヒのカードと結ばれている糸をすべて出したが、赤い糸は一本きりしかなかった。玉虫色に輝く、一本の細い、赤い糸――だが、それが結ばれている相手のカードは、出てこない。
「クジラさんが、出てこない……」
ルナとは、青紫色の太い糸が結ばれている。
「これは……アルとあたしの縁も濃いです」
ルナは星柄のノートをめくりながらつぶやいた。
「神聖な……友人、協力者……アルはあたしを長いあいだ支えてくれるってこと?」
アルベリッヒとは長い付き合いになりそうだということは分かった。だが赤い糸のほうは、まだ解決していない。アルベリッヒからアニタに向けて出ている糸は、細い線――蛍光オレンジの線だ。この線は、「家族」、あるいは「同居人」。すなわち、ルームメイトの域を出ていない。
同じ蛍光オレンジの線でも、ロイドとの線のほうが太い。あのふたりは似た者同士のところがあって、いっしょにいると落ち着くのか、屋敷でもふたり並んでいることが多い。
「……」
ルナは、アルベリッヒの糸の配置を見て、ふと、思い当たるところがあった。
「運命!」
ルナが叫ぶと、アルベリッヒのカードの上には、ピコン! とフライパンに乗った目玉焼きの絵が現れた。
「あ~……アルはやっぱり、ミシェルやピエトと同じ種類だ」
ルナは納得した。
デスティノ(運命)の呪文を唱えて、頭上になんらかの表示が現れるカードは、生涯において大事な使命、あるいは集中すべき課題を持っている。
レディ・ミシェルの場合、それは「芸術」であり、アルベリッヒにとっては「料理」となる。
つまり、アルベリッヒは、あまり恋愛には興味がない。
「この場合、アニタさんは、アルに振り向いてもらうのはむずかしいかも……」
ルナがカードを睨んでへの字口をしていると、サルーンが、「そうだ」とでもいうように、首をカクカクと縦に振った。
この表示が出る人間は、表示されたもの以外に、あまり興味を示さないのだ。
ミシェルもそうだ。クラウドを愛していないというわけではないが、彼女はそういう部分がある。
クラウドは、かつて、カサンドラに告げられた。
『彼女が恋しているのは“ガラスの芸術”という名の、自分の才能だ。無理もない。彼女は、L系惑星群で名を轟かす著名な芸術家になる。この宇宙船に乗ったのがきっかけでね。おまえさんが愛したのはふつうの女じゃないんだよ。おまえさんは、おまえさんが愛するほど彼女が自分を愛していないのを知って、苦しむことになるだろう』
――と。
ちなみに真っ赤な動物は、ほとんどが「デスティノ(運命)」の呪文を唱えると、ハートマークが出てくるが、この場合、「恋に生きる運命」ということになる。
リサもイマリも、そうだ。
(ピエトも、おんなじだもんね……)
ルナは、ネイシャのことを考えて、せつない顔をした。
ピエトも、デスティノを唱えると表示が出てくる――無論、それは「恋」ではない。
ネイシャとピエトは、以前ZOOカードで調べたときも、縁が強いふたりではあるが、進む道が違いすぎて結婚はしないのだと、ジャータカの黒ウサギは言った。
ルナは、ピエトとネイシャのカードを呼び出した。
「導きの子ウサギ」と「勇敢なシャチ」――二枚のカードが銀色の光をまとって現れた。
「赤い糸、出てきて」
ふたりを結ぶ、赤と紫のらせん状に太い糸が現れた。
「変わってない」
以前、ジャータカの黒ウサギといっしょにふたりのカードを見たときと、なにも変わっていない。
「う~ん」
ルナは小さな頭を抱え込み、再び日記帳に目を落とした。今朝の夢の詳細が書いてある部分だ。
「う~ん。三組一気に出て来たってことは、なにか関係があるのかな? ネイシャちゃんとピエトをくっつける? 未来は離れ離れになっても、今は恋をすることはできるのかな? それから、ニックとベッタラさんを? ちがった、ニックとアニタさん? ニックとアル? ちがった、アルウサギとクジラさん?」
ルナが何から手をつけたらいいか頭をひねっていると、サルーンがまた、ルナをくちばしで突いた。
「ぷ?」
ルナが振り返ると、サルーンはクチバシで動物図鑑のページを持ち上げていた。一ページ、二ページ……開かれたそのページに、サルーンはちょい、と乗った。
「うま?」
それは、馬のページだった。ルナは気づいた。
「あ、そうか――とにかく、みんなの正体を知ろうってことね?」
サルーンはうなずいた。
「うん。そうしよう――とにかく、夢の中に出てきた彼らがだれなのか、みんなのカードを調べよう」
ルナが部屋でZOOカードと格闘しているころ、午前中で授業が終わったネイシャは、ひとりで帰ってきたところだった。
「おかえりネイシャ――あれ? ピエトはどうしたんだい」
どことなく元気のないネイシャ。大広間にいたエマルは、いつもいっしょのピエトの姿が見えないことに気づいた。
「ピエトは勉強だよ」
「は?」
「居残り勉強」
「あのピエトが居残りだって?」
エマルは信じられなかった。とにかく、アズラエルの息子にするにはもったいないというほどピエトは賢い子で、まだ十三歳だが、大学レベルの数学が解けるという天才児。テストはいつも満点――出席日数こそ足りない部分もあるが、居残りさせられることなど信じられなかった。
「ちがうよ。成績が悪くて残ってるんじゃなくて、校長先生が、ピエトのために特別な先生を呼んだの」
「ええ?」
エマルは目を丸くした。
「アズラエル兄ちゃんもルナ姉ちゃんも知ってる。一時間、その先生と勉強してから、クラウド兄ちゃんの研究所に寄って帰るって――教えてもらいたいところがあるみたい」
エマルは、ネイシャが寂しがっているのだとようやく分かった。
エマルがなにか口に出す前に、ネイシャは一発、自分のほっぺたを両手でバチン! と挟んでから、
「ピエトもがんばってんだ。あたしもがんばらなくっちゃ! エマルおばちゃん、お願いします!」
エマルは苦笑気味に、
「ルナちゃんが、冷蔵庫にアイスがあるって言ってたけど、食べてからにするかい?」
「ううん。汗かいてから食べる」
「よし! その意気だ」
エマルは自前のコンバットナイフをくるくる回し、自分のホルダーに差し込んだ。
「超カッコイイ!」
ネイシャは、憧れの目でそれを見つめた。まだ彼女は自分のナイフを持ってはいない。
「どこでやる? 下のジムかい? それとも外で?」
「外!」




