370話 十二の預言詩
――その男は父なる者。獅子の頭。そなたは母、男は父、伴侶となりて、終生そなたの心の安らぎとなる。
――その男は長の苦労、節を帯びた手で、そなたの力となるだろう。月の女神の光を帯びたる男よ。
――月の女神の辞書となる男。そなたは辞書を引かねばならぬ。されどつかいかたを誤れば、道も誤る。
――長きをともに過ごす友よ。四盟のひとり。そなたのそばにいるだろう。生涯おるだろう。
――縁のまほろば。縁の入り口。母なる者。縁となるを、切ったり蘇らせたりする。
――世界。ワンダーランド。そなたに天命以上の世界を見せる。
――そなたの道しるべであり方位磁石。母なる鹿よ。金色なり。
――はじまりの月。そなたの守り神。ともにあれば安泰。
――食の神。旅は終わった。これから始まる。そなたとの、長の旅を。大きなクジラの懐で。
――そなたの師となる者。そなたが師となる者。齢同じくして、死すときも同じであろう。朋友。
――黄金の龍は、マ・アース・ジャ・ハーナの神のみ使いなりければ。
――アルビレオの衛星の伴侶となる者。想像もできぬほど万能である。そなたがもっとも頼りとなす者。
――12人の使徒が持つ玉によって、黄金の天秤は輝く。月と地球の御前にて。
おばばのお節介を許してくだされよ。アンジェリカ殿、サルビア殿。月の女神のサルディオーネが誕生するそのときを、この目で見たかった。
ルナ殿に幸あらんことを。
ペリドット様に、なにとぞよろしゅう。――
アンジェリカが受け取った封筒には、二枚の便せんが入っていた。
一通は、「12の預言詩」。二通目は、L03の近況が書かれていた。アンジェリカは、L03の近況も気になる一方で、預言詩から目を離せなかった。一枚目の便せんのみを、何度も何度も読み返した。
(おばばさまの、預言詩だ……!)
アンジェリカは興奮を隠し切れない顔で、繰り返し読んだ。水盆の占いをするサルディオーネが書いた預言詩――これは、ルナを占ったものだ。
水盆のサルディオーネが、ルナを占ったのだ。
(いよいよ、ルナがサルディオーネになる日が近づいている)
昨夜、黄金の天秤が届いた。奇しくも、ほぼ同時期に、この預言詩が届く――新しいサルディオーネの誕生を祝って。
アンジェリカも、サルディオーネになったばかりのころ、「九つの預言詩」をもらった。アンジェリカがもらったものは、サルディオーネとして生きていく上で、アンジェリカが気をつけなければならない九つの教訓を示したものだったが、ルナの場合は、趣が違うようだ。
(これは……ルナの周囲に集う、12人の人間のことを示しているのかな)
アンジェリカは預言詩を見、二通目にさっと目を走らせ、それから、また一通目に目をもどした。
L03の近況も知りたいが、こちらが先だ。
「アンジェ、中央役所に向かう時間ですが」
サルビアが、呼びに来た。
アンジェリカはあわてて二通目の――L03の近況が書かれた方をジャージのポケットに隠した。
サルビアは、サルーディーバが、ラグ・ヴァダの武神との対決で没したことを知らない。知っているのは、アンジェリカとメリッサと、ペリドットだけである。二通目を姉に見せるわけには行かなかった。
そのかわり、彼女は一通目を差し出した。
「姉さん、今朝、水盆のサルディオーネさまから、預言詩が届いた」
「なんですって……!」
サルビアは転びそうな勢いで部屋に入ってきて、手紙を受け取った。
「まあ――まあ! これは、ルナの預言詩でしょうか」
「うん。――予定変更だ、姉さん。今日の仕事はぜんぶキャンセル。ルナを連れて、ペリドット様のところへ行こう!」
「そうしましょう」
姉妹はうなずきあい、階下へ走った。サルビアは、つかいはじめたばかりの携帯電話で、アンジェリカの仕事先である、株主総合庁舎へ電話をした。
ルナはキッチンにはおらず、大広間で、ピエロと一緒にウサギ体操の番組を見ていた。
「ウサギ体操だいいち、はじめーっ! ぴこぴこ、ぴこぴこ!」
「うきゃ! うきゃ!」
ルナがピエロの手を取って、ウサギ体操を躍らせている。ピエロのはしゃぐ声が、廊下にも聞こえてくる。
ルナとピエロの隣にはアズラエルが座っていて、そういえば、この三人がいっしょにいるところを、アンジェリカはひさしぶりに見たと思った。ルナと一緒にいるときのアズラエルは、ほんとうにおだやかな顔をしていた。
アンジェリカは、かつてガルダ砂漠で会った彼とは、あまりに変わっていることにいきなり気づいて、しばらく立ち止まってしまった。
サルビアとアンジェリカがこの屋敷に住むことを、よく了承したものだと思う。
それを言うなら、グレンも含まれるだろうが。
ガルダ砂漠にいたときも、宇宙船に乗ってからも、彼は自分たちを天敵のように見ていたし、アンジェリカも然りだった。アズラエルは嫌いだった。
(今は?)
べつに嫌いではない。あっちがどう思っているかは、分からないが。
久々に得た、団らんの時間を邪魔してしまうことを心の中だけで詫びて、アンジェリカはルナに叫んだ。
「ルナ! ウサギ体操してる場合じゃないよ!」
「ぷ?」
ルナは振り向いた。アズラエルもだ。
「どうしたの?」
「ピエロはアズラエルに預けて! ペリドット様のとこに行くよ!」
「え、ええ?」
ルナは姉妹に引っ張られ、あわててピエロをアズラエルに預けた。ピエロの「あー」とルナを追う声。
「アズ! ちゃんとウサギ体操、最後までしてね!」
「え?」
ルナはてとてと走りながら、そう言い置いた。
残されたアズラエルは、膝上のピエロが、キラキラした目で自分を見上げているのに気づいた。よだれまみれで。
しかたなく、よだれを拭き、テレビのほうへ向け、ルナがしていたように「ウサギ、ぴこぴこ~」とピエロの手を取って躍らせると、ピエロはキャッキャとはしゃいだ。
「ウサギ体操、いち、に、さん、し」
バリトンボイスが、だれもいない大広間に響いた。
「ウサギぴょこぴょこ、むぴょ、むぴょこぴょこォ……」
「ふごっ!!」
という声が聞こえたので、アズラエルパパが振り返ると、グレンがこちらを指さして爆笑寸前の顔で、メンズ・ミシェルが笑いながらグレンの口をふさぎ、セシルが腹を抱えてうずくまり、笑いをこらえていた。
アズラエルはピエロを抱えたまま、三人に制裁を加えるため、屋敷中を追いかけまわした。
K33区は曇り空だった。役所から出て、乗り合いの馬車に乗ってから見上げた空は、今にも雫を落としそうだ。
段ボールに入れたままの天秤を、三人で、慎重に運んだ。
アンジェリカを連れたルナは、応接室のシャイン・システム前で、やっとそのことに気づいて、ルナの部屋まで引き返した。そして、黄金の天秤を抱えて、K33区に向かったのである。
曇天ではあったが、ペリドットはいつもの井桁がある広場にいた。
「あれ? クラウド!」
一番目のいいアンジェリカが、井桁の前で、ペリドットと膝を突き合わせている男の存在に気づいた。
「アンジェにサルビアさん――ルナちゃんまで?」
クラウドも気付いて、顔を上げた。
「今日は、こっちに来る予定だったの?」
馬車は、アンジェリカとサルビア、ルナと黄金の天秤を置いて、走り去っていった。
「ルナ、それは?」
ペリドットは、ルナとサルビアがふたりで持っているダンボール箱に目を留めた。ルナは威勢よく言った。
「きのう、黄金の天秤が届いたんです!」
「それは今、クラウドから聞いた――もしかして、それが実物か?」
「ええ」
サルビアがうなずき、ルナが箱のふたを開けて、包んでいた梱包シートをよけた。
「ほう――ずいぶん、立派なものだな」
ペリドットは感心して天秤を見つめた。見るだけで、触ろうとはしなかった。
「アントニオも呼ぼう」
――アントニオが来たのは、それから三十分も経ってのことだった。
その間、ペリドットは飽きもせず天秤を眺めていた。ぜったいに触りはしなかったが。
「あれ? アンジェ、仕事は?」
アントニオは道の途中で馬車から飛び降りて駆けてきた。アンジェリカの顔を見るなり、言った。
「急きょ予定変更! 仕事はぜんぶキャンセルしたよ――ペリドット様、アントニオが来たから、本題に。実は、水盆のサルディオーネさまから手紙が届いたんです」
「手紙?」
「ルナのことを占った、“12の預言詩”が」
「ええっ!?」
ルナは、どうして連れてこられたのか、まだ知らされてはいなかった。
「ほんとうか」
ペリドットは、アンジェリカから渡された便せんを開いた。ルナとクラウドも横から覗き込んだ。アントニオは、天秤を横目で見つつ、先に便せん検閲隊に参加した。
「――これは」
「ええ。あたしもむかし、サルディオーネの位を授かった際に、水盆のサルディオーネ様に“九つの預言詩”をいただきました。あたしの場合は、サルディオーネになってから気を付けること、というのが九つ書かれていましたけど、ルナの場合は違うようです」
「これは、どう見ても、“人”のことだな」
クラウドも言った。
ルナが目をぱちくりしていると、サルビアが教えてくれた。
「ルナ。水盆の占いというのは、水盆に張った聖なる水に、占う人物の、生まれてから死ぬまでの生涯を写しだす占いです」
「う、うん」
ルナはうなずいた。クラウドは、手紙を見ながら言った。
「“12人の使徒が持つ玉によって、黄金の天秤は輝く。”――つまり、ここに記された12人が持つ玉がそろえば、黄金の天秤は動き出す。使えるようになる、ということか?」
「……」
――その男は父なる者。獅子の頭。そなたは母、男は父、伴侶となりて、終生そなたの心の安らぎとなる。
「これは、アズのことだろ」
クラウドは言った。だれからも反対意見は上がらなかった。
――その男は長の苦労、節を帯びた手で、そなたの力となるだろう。月の女神の光を帯びたる男よ。
「これは、グレンだな」
ペリドットが言った。
「グレン?」
ルナがぴょこたんと顔をあげると、サルビアが解説した。
「グレン様だと思います。月の女神の光を帯びたる――とは、“銀色”を示します。銀色の言葉が表す者は、グレン様とみて、間違いないでしょう」
――月の女神の辞書となる男。そなたは辞書を引かねばならぬ。されどつかいかたを誤れば、道も誤る。
全員が、クラウドを見た。クラウドは、苦虫を噛み潰した顔をした。
「悪かったね。なんでも知りたがり屋で」
――長きをともに過ごす友よ。四盟のひとり。そなたのそばにいるだろう。生涯おるだろう。
「これは、ミシェルだな」
レディ・ミシェルのことだ。アンジェリカがそう言った。
――縁のまほろば。縁の入り口。母なる者。縁となるを、切ったり蘇らせたりする。
「これは、リサだ」
アンジェリカが断言した。
「リサ!?」
ルナが叫ぶと、アンジェリカは説明した。
「リサは、たくさんの縁を持つ者で、ルナの母だった前世があるだろ? ちなみに、髪の毛は“結び”、“縁”の意味も持つ。そいで、リサは美容師だろ?」
「なるほどね……」
クラウドはおもしろそうに、口角を上げた。
――世界。ワンダーランド。そなたに天命以上の世界を見せる。
「じゃあ、これはキラってことだな」
クラウドは言った。キラの多趣味と飽くなき好奇心は、ここにいる全員が知っている。キラは、ルナだけではなく、皆に知らなかった世界を見せてくれる。
「そう考えて、間違いないな」
ペリドットも言った。
――そなたの道しるべであり方位磁石。母なる鹿よ。金色なり。
「これはミヒャエルだってはっきりわかるね。ミヒャエルのZOOカードは“母なる金色のシカ”だもの」
――はじまりの月。そなたの守り神。ともにあれば安泰。
「これは、ツキヨさんだな。ルナちゃんに地球行き宇宙船のことを教えたのはツキヨさんだ。つまり、はじまりの月」
アントニオが解いた。
――食の神。旅は終わった。これから始まる。そなたとの、長の旅を。大きなクジラの懐で。
「これ、きっとアルだ!」
ルナが叫んだ。
――そなたの師となる者。そなたが師となる者。齢同じくして、死すときも同じであろう。朋友。
「……きっと、あなたですわね」
「う、うん」
サルビアに言われ、アンジェリカは口元を引き締めて、うなずいた。
――黄金の龍は、マ・アース・ジャ・ハーナの神のみ使いなりければ。
「「「「「ララかよ」」」」」
サルビア以外の、全員の言葉が重なった。
――アルビレオの衛星の伴侶となる者。想像もできぬほど万能である。そなたがもっとも頼りとなす者。
「……」
だれもが、名前を挙げなかった。しばらく、みんなで紙を睨んだ。だが、やはりだれの口からも、該当する名前が出てこなかった。
――12人の使徒が持つ玉によって、黄金の天秤は輝く。月と地球の御前にて。
「ようするに、アズラエル、グレン、俺、ミシェル、リサ、キラ、ツキヨさん、アル、アンジェ、ララ――不明のひとり、が持っている玉をなんとかすれば、黄金の天秤が動くようになるってこと?」
クラウドが言った。
「そもそも、いったい、どういう人選なんだろう? なにを持ってこのチョイス?」
「――おそらく、地球到達後、あの屋敷に残って、ルナを支える人員では?」
ペリドットの言葉に、皆が一斉に、ルナを見た。
「K19区の役員っていうのは、半端な覚悟じゃ勤まらないが、それ以上に、周囲の協力が必要だ」
ペリドットはルナを見つめて言った。
「まさかおまえ、今でも呑気に、がんばればK19区の役員になれるなんて思ってるわけじゃないだろ?」
「……」
ルナはうつむいていたが、やがて――。
「ほんとに、そのとおりです」
うなずいた。
ピエロを引き取ってから、ルナの生活はピエロ中心。ピエロは赤ん坊だ。ピエトを引き取ったときとはわけが違う大変さだった。
五歳になる前に死ぬかもしれない、とララに言われたが、今のところピエロは健康で、定期的な健康診断でも異常は見られない――だが、病気となったら、いままでのようにはいかない。
ルナはふつうのK19区の役員になるのではない。ただでさえ、K19区の役員は担当する子を養子にして、育て上げて行かねばならないのに、さらにルナは、この「黄金の天秤」をつかってかは知らないが、K19区に入ってくる子どもの命を救わなければならない。
今は、アルベリッヒが主に食事をつくり、セシルとサルビアが子どもたちの世話をし、pi=poたちが屋敷の管理をしてくれているので、ルナはほとんどの家事から解放されているが、ずっとこの環境が続くわけではない。
地球到達後――サルビアとグレンは地球で暮らすことになる。ここ十年ほどは、地球という、L系惑星群から離れた、L03の影響が及ばない場所で落ち着いて暮らした方がいいという理由からだ。
セシルはベッタラと彼の故郷にもどる予定だ。
アルベリッヒも、旅をすると決めた人生――地球到達後は、どこへいくか分からない。
12の預言詩によれば、ルナを支えてくれるというふうに書いてはあるが、アルベリッヒ自身は、先のことは決めていないと言っている。
アズラエルは派遣役員になったら、おそらく多忙を極め、最初の一年目はほとんど宇宙船にいられないだろうということだった。
リサやキラたちは、しばらく屋敷に残ると言っているが、彼女たちにも目指す夢がある。
ルナは、pi=poやクラウド、レディ・ミシェルとともに、屋敷を管理し、子育てをしていかねばならない。
なにより黄金の天秤が、どんな働きをするかもわからず、担当となるK19区の子どもがどんな子かも分からない。
ピエトが最初のころ、なかなかタケルに懐かなかったように、ルナも反抗心丸出しで抵抗されるかもしれない。あるいは、ひどい病気だったら?
K19区担当というのは、原住民の子がほとんどだ。言語の壁は確実にあるだろう。
それを思えば、ピエトはずいぶん稀有な存在だったのだ。アバド病という病こそあったが、共通語が話せて、とにかく懐いてくれた。
毎回、そういうわけにはいかないのが世の常である。どんな子の担当になるかは、まったく分からないのだ。
おまけに経験も積むことなく、いきなりK19区の役員に抜擢されようとしている。
月を眺める子ウサギや、導きの子ウサギ、イシュメルやノワも助けてくれるが、現実的にはけっこう過酷である。イシュメルとノワは、たまにピエロの面倒を見てくれていたり、あやしてくれたりするが、さすがにオムツまでは変えられない。
ルナは初めて、不安に駆られていたのだった。
「12人の使徒が持つ玉によって、黄金の天秤は輝く――“玉”ってのは、物理的な玉じゃない。魂のたとえだな」
一瞬にして影を落としたルナの顔色を見てとり、アントニオはペリドットを肘で小突き、ルナを励ますように明るく言った。
「この12人が、ルナちゃんを支えてくれる――だから、不安に思わずがんばれよっていう、真砂名の神様からのメッセージだ」
「そうだな」
ペリドットも、あっさりうなずいた。
「この詩の“黄金の天秤”は、ルナという存在の比喩だ。つまり、12人の協力者によって、はじめて、ルナがK19区の役員、つまり黄金の天秤たりえる――」
「……比喩的な意味ばかりでは、ないかも」
アンジェリカの声とともに、皆の視界が、いきなり銀白色に染まった。真っ白ともいえる閃光があたりを覆いつくし――一瞬で、鎮まった。
「アンジェ、なにをしたの!?」
アントニオがあわててアンジェリカの肩に手をかけた。「コトを起こした」アンジェリカも呆然としている。
「え――あ、――いや」
閃光を放ったのは、黄金の天秤だった。アンジェリカは、天秤の軸の頂点――天秤棒が乗った部分に、極限まで顔を近づけた。
「き、消えちゃった……」
「アンジェ、いったい、なにしたの?」
ルナも天秤をのぞき込みながら、聞いた。
「玉、玉って預言詩に出ているから――あたし、今、自分が持ってた星守りを――お祭りでもらった、真砂名の神様の玉だけど――この軸の上のとこに乗せたら、急に光って――星守りも消えちゃった。吸い込まれたのかな」
ペリドットとクラウドも、天秤を囲んだ。とたんに、クラウドが気づいた。
「あっ! 宝石が一個、増えてる!」
「ええっ!?」
みんなで天秤を囲んだ。
「ほら、ここ……!」
この天秤は、軸の表側中央にピンク・ダイヤモンドが飾られていたり、サファイアにルビー、真珠と、これでもかと宝石が埋め込まれている。
主軸の上のほう――ゆるやかに反り返った細い部分に、アンジェリカが先ほど置いた真砂名の神の玉が、煌々と白い光を照らして、現れていた。
「まじで……」
アンジェリカがごくりと息をのんでいると、クラウドがポケットから財布を出し、その中に入っていた、夜の神の星守りを出した。刺繍が縫い込まれた黒い袋から、黒い玉を取り出す。それをそっと、天秤の頂点にあるくぼみに、置いた。
「うわっ!!」
とたんに、さっきと同じ閃光が迸って、光はすぐに消えた。黒い夜の神の玉は、真砂名の神の玉の斜め下に、光り輝いていた。
「なるほど――比喩ばかりではないというわけか」
ペリドットは、自分が胸にぶら下げている装飾品の中から、小さな皮袋を選び、そこから太陽の神の星守りを出した。それをくぼみに置いてみたが、なんの反応も示さない。
「預言詩にある、12人が持つ玉でなければ受け入れないというわけだ」
ペリドットは、玉をくぼみから、皮袋にもどした。
「この12人は」
クラウドは気難しい顔で、腕を組んだ。
「ルナちゃんの手助けをしてくれてる人物は、たったこれだけではないけれど――もちろん、ペリドットやアントニオ、サルビアさんも含まれるだろうけど、とにかく地球到達後、ルナちゃんがL19区の役員となったとき、最も身近で、あるいはあの屋敷に在住して、ルナちゃんの身辺を支える人物ってことで、条件はあってるかな」
クラウドの総括じみた発言に、ペリドットは「そうだろうな」とうなずいた。
「たぶん、ロイドやミシェルも、屋敷には住むと思うんだが――やっぱり、ルナちゃんのサルディオーネとしての立場も解して、協力してくれる人間ってのは、限られてくるんだろうな」
「……」
「11人はだれか分かるし、たぶん、全員が星守りを持っているだろうことは想像できる。けど――この、最後の人物だけが、見当つかないな」
クラウドは顎に手を当て、思考スタイルで井桁の周りをウロウロした。
――アルビレオの衛星の伴侶となる者。想像もできぬほど万能である。そなたがもっとも頼りとなす者。
「この“アルビレオの衛星”っていうのが、――とにかく一番近いのが、エーリヒ」
「エーリヒ!?」
ルナたちはそろって声を上げた。
「アルビレオっていうのはL31のことだ。住んでいた原住民が、もともと、L31をそう呼んでいた。今は首都名になってる。L31の首都が、アルビレオ。そこには、L系惑星群最難関、最高峰の大学、“アルビレオ大学”がある」
「アルビレオ大学か」
アントニオがうなずいた。クラウドはつづけた。
「とにかく入学するのも卒業するのも難しい、世界最難関。そこの卒業生は、“アルビレオの衛星”と呼ばれる、特別な存在だ。卒業後は世界トップクラスの企業に引っ張りだこだっていう――」
「エーリヒが、卒業生なの!?」
ルナは叫んだが、クラウドは首を振った。
「だから、“近い”と言ったんだ。エーリヒは、一年間、留学していたことがあるだけだ。卒業生じゃない」
「それでも、留学を認められるだけでもすごいな。やっぱり賢者のカードだけある」
アントニオは感心したが、ペリドットが言った。
「預言詩では、アルビレオの衛星の“伴侶”だってことだが?」
「まさか、ジュリってことは、あり得ない」
クラウドは肩をすくめた。ジュリはエーリヒとこの宇宙船を降りたし、もうもどることもないだろう。エーリヒもしかり。
おまけに、ジュリは想像もできないほど万能ではない。
「でも、屋敷内にアルビレオ大学の卒業生は、いない。在籍してたって人間もね」
「……」
「バンビは?」
ルナが聞いたが、クラウドは首を振った。
「アレクサンドルはL3系出身だが、アルビレオ大学には入学していない。講義をしたことはあるって聞いたが」
「アルビレオ大学で講義をしたってのもすごいよな」
アントニオが言ったが。
「まあ、つまり――」
クラウドは、なにかを思い出すかのように、組んだ腕を指の先でトントン、と叩いた。
「想像もできないほど万能っていうことも――想像もできないということは――つまり、意外性を秘めてるんだろうな」
アンジェリカが言った。
「こんなにデキるとは、思わなかった、みたいな?」
「そう。そんな感じ」
皆は、黄金の天秤を見つめ、それから思案した。これから現れる人物なのか、すでに出会っている人物なのか。
今のところは、ペリドットにもアントニオにも、最後の預言詩が示す人物がだれなのか、分からなかった。




