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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
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369話 黄金の天秤 Ⅰ 2


「これ、アストロスの民族衣装なの」

「えーっ!?」


 リサやキラも、興味津々で衣装を手にした。

 衣装についた宝石はイミテーションだが、刺繍はむかしのやり方で縫い込んだものだから、金額はそれなりに高かった。底の高いサンダルや、足飾り、髪飾りなど、一式そろえてアニタは購入していた。


「まあ、それなりにしたけど、撮影用に使えるんじゃないかと思って。セシルさんを見たとき、ぜったいコレが似合うと思ったの!!」

 アニタはうっとりと、衣装を見つめた。

「これを着れば、アストロスの古代のお姫様になります!」


「アニタ、無料パンフに情熱かけるのもいいけど、すこしは自己投資したほうがいいって」

 リサは言ったが、アニタは冷や汗を垂らしただけだった。

「そりゃあたし、このジーンズと、Tシャツ二三枚とジャケットくらいしか持ってないけど、べつにデートも行かないし!」


「アニーちゃんの誕生日って、いつ?」


 ニックがさりげなく聞いたが、アニタが答えるまえに、セシルのつぶやきに(さえぎ)られた。セシルは、衣装を手にして、瞬きもせず見つめていた。


「――これ、“遠き国”の、花嫁衣裳だ」


 これは、三千年前、ベッタラとの結婚式に着たものと似ている――セシルの言葉は、口の中だけで消えた。セシルは、「遠き国」からナミ大陸のクルクスにやってきた、魔術師だったのだ。


「セシルさんすごい! よく知ってるね」

 アニタが目を剥いた。

「もしかして、セシルさんも行った? メンケントの歴史博物館の近くで買ったの。三千年前、ジュセ大陸は、ナミ大陸の人たちに、“遠き国”って呼ばれてて、そこからきた蛮族(ばんぞく)(おさ)が、兄神アスラーエルに戦いを挑んで負けて、部下になったって言う話が――」


 アニタは知らない。セシルの前世が、その長の妻になったということは。


 ニックがなにか言いたそうな顔で彼女を見つめているのにも気づかず、アニタは熱心にしゃべり続けた。だが、セシルもまったく聞いていないか――あるいは聞こえていないようで、アニタはやっと気付き、「――あの?」と話すのをやめた。


「あ――なんでもないのさ」

「その衣装は、アーニタが着たらどうです?」


 意外なことを言ったのは、ベッタラだった。持参のはちみつ入り果実酒を呷り、セシルのカップにも注ぎながら、彼はにこやかに言った。


「はあ!?」

「着て、ニックと並ぶのです」


 ニックも、ちょうど口にヒラメを入れたところで、()せた。


「へ!? ええ? なんでニックさん――」


 なぜか、みんなはニヤニヤと笑っていて、ニックは照れたように――アニタだけが、クエスチョンマークを掲げていた。


「あたしなんかと並んだら、ニックさんは困るでしょう」

「え? 何で困るの?」

 ニックが戸惑った。

「困るに決まってます、あたし、男じゃないんですよ――そうだわかった! ニックさんは、そうだな――クラウドさんと並べばいいかも!」


「なんで俺!?」


 クラウドも、噎せた。アズラエルとセルゲイもワインを吹いた。


「お似合いでしょ!? なんていうか――金髪の美青年同士で!」

「!?」


 今度はニックが、信じられない顔でアニタを見た。

 クラウドは、アニタが盛大な勘違いをしていることに気づいた。今日、カブラギの件で、それを理解したばかりだ。


「ちょ、アニタ、その話だけど、」


「セシルさんだけじゃなくて、この屋敷にいる全員、あたし狙ってんだけどな!? だって、みんなモデルか俳優かっていう美形ばっかりなんだもん! 順番に、そう、順番に――セシルさんに早く会えてたらな。先月のアストロス特集号はぜったいセシルさんだったのに! でも、どうしてもいやなら無理は言わないですから! セシルさんがダメだったら、ネイシャちゃんはどう?」


「あ、あたし!?」

 ネイシャは満更ではない顔をした。


「リサちゃんとミシェルちゃんは一回ずつ表紙やってもらってるけど、もう一回くらいしない?」


「するする!」

 リサは手をあげ、ミシェルは猛然と首を振った。

「あ、あたしはもう、いいよ!!」


 ミシェルが表紙を飾った号は、ミシェルの実家でもたいせつに保管されているし、ララとクラウドの()りようといったら半端ではない。クラウドは愛読用と保存用と持ち歩き用と三冊所持しているし、ララは自室の額に飾っていた。 

 ミシェルは、ぜんぶ焼却したい気持ちを辛うじて押さえているのだった。


「キラちゃんは!?」

「え? あたしもいいの?」

 キラが嬉しそうに顔を輝かせた。


「サルビアさんとアンジェちゃんにも、ふたりでL03の衣装着てほしい! L03特集号で!」

「あ、あたしはやめなよ――姉さんだけでいいよ」

「なんで遠慮すんの。ふたりで並んでると、すごくいい雰囲気だよ!? ――そうそう、ルナちゃんもぜひ!」

「ぷ?」


「そーうだ!! どうせなら、五人でどう? ルナちゃんとリサちゃん、ミシェルちゃんとキラちゃん、アンジェちゃん! セルゲイさんも、できればスーツ着て表紙になってほしい~! これ、単にあたしの希望だけど! セレブ雑誌の表紙みたいになる! ぜったい!!」


 セルゲイはあわてて遠慮したが――食卓は、本日、アニタの独壇場(どくだんじょう)で終わった。アニタの隣でニックが、不思議そうな顔で首をかしげながら腕を組んでいるのを、ルナだけがじっと見ていた。


 アニタは知らない。

 毎日のように、ニックが夕食に顔を出すのは、この席にアニタがいるからだということを。


 相変わらず騒がしい夕食がすみ、子どもたちを浴室へと追い立て、おとなたちが大広間に移動するころ、アニタとリサの興奮もむなしく、グレンとサルビアは良い子の時間に帰ってきた。

 まだ午後九時だ。恋人たちが帰宅するにはずいぶん早い時間である。


「ソーセージがとてもおいしかったのです!」

 めずらしくサルビアは、ニコニコと千鳥足(ちどりあし)だった。


「アニーちゃんって、お寿司嫌い?」


 ニックは、アニタがほとんど手をつけなかった今日の手土産に思いを()せた。だが、アニタは「え? 好きですけど?」と笑顔で言った。


「でも、ほとんど手を付けてなかったけど――「あ、ああ! それは、ミシェルちゃんもサーモン好きそうだったし、ルナちゃんもいくら大好物そうだったし、あたしの食いたいやつ片っ端からなくなったんで。それに、K33区のお惣菜がメチャ旨そうで、そっち食べてみたくて――ごめんなさい。せっかく買ってきてもらったのに」


 嫌いではないのか――ニックはほっとした顔をして、

「いやいや。じゃあ、よけいに入れてもらえばよかったな。お寿司のネタはなにが好きなの」

「サーモンといくらと、マグロとエビですかね」

「……」


 真っ先になくなった四種だった。アニタは「K05区の料亭まさなに、海鮮丼食いに行きたくなりました」とつぶやき、ニックが「じゃ、じゃあ、明後日なんかは、いっしょに――」と言いかけたところで、「アニタさーん! 見たいっていってたドキュメンタリー番組はじまるよ!」とキラの声がしたので、「見る! 見る見る!!」と叫んでアニタは行ってしまった。


「……」


 頭を抱えてうずくまったニックの肩を、ルナが、ポンとたたいた。


「ニック、あたしにまかせるのですよ」

「ルナちゃん……!!」


 ニックは涙目でルナと握手をした。


 ニックとベッタラをシャイン・システムから送りだしたあと、今度は玄関のインターフォンが鳴った。 

 郵便局の配達人だ。


「今日は二度目です」

 ルナが言った。


 ちこたんが出て、荷物を受け取ったが、ずいぶん大きな段ボールだった。


『重いですから、お気を付けて』

「たしかに、こりゃ、重いな」


 メンズ・ミシェルは「よいしょ」とひと声気合を入れて、ちこたんから受け取った大きなダンボールを、大広間に運んできた。


「ルナちゃん宛てだ」

「あたし?」


 大広間のソファで、アンジェとZOOカードの記録帳を眺めていたルナは、その言葉に目を上げた。


「けっこうな保険かかってるぞ――送り人は、ピーター……」

 メンズ・ミシェルは、目を見開いた。

「ピーター・S・アーズガルド!?」


「はあ!?」


 ルナ以外の軍事惑星群出身者が目を剥いて、ダンボールに襲いかかった。ルナは置いて行かれた。


「なんでピーターが、ルナに――中身はなんだ!」

「中身は――音からして、金属か?」

「重いな」

「へんな品物じゃねえだろうな」

「ヘンって――具体的には?」


「黄金の天秤です」

 ルナはぺとぺとやってきて、言った。

「たぶん、黄金の天秤。あたしってゆうか、うさこか、ルーシーが頼んだの」


「黄金の天秤!?」


 聞きつけたアンジェリカとサルビアも、ダンボールに結集した。


「ついに黄金の天秤が届いたの」


 流れで、みんなが箱を取り囲んだ――ルナがカッターを持ってきて、せっせと開ける。


 ルナの言葉通り、中から出てきたのは、おそろしく厳重に梱包(こんぽう)された、ルナが主軸(しゅじく)となって担げるくらいの、巨大な天秤だった。


 発泡スチロールで包まれたそれを、まずはアズラエルが箱から取り出してやろうと思ったが、ルナは「待って」と止めて、自分で持ち上げた。


「重くねえのか、ルゥ」

「重いけど、持てます」

 ルナは、多少踏ん張ったが、大きい天秤を自らダンボールから出した。

「あたしがこれを持てなきゃいけないの」


 箱から出して絨毯の上に降ろし、丁寧に発泡スチロールを剥がして出てきたのは、まばゆいばかりの黄金の天秤だ。


 シャンデリアの明かりを受けてきらめく金細工の土台に、天秤棒と、金の鎖に吊るされた黄金の皿が二枚、左右に下がっていた。軸を彩るカラフルな宝石は、本物と見て間違いないとクラウドは言った。


「ルビーにサファイア、メノウ、エメラルド、真珠――中央はピンク・ダイヤモンドだ。すごいなこれは」


 月を眺める子ウサギが言ったとおり、ずいぶんゴージャスな天秤だった。

 中には手紙も入っていた。アーズガルド家のハトの紋章がシーリングされているということは、ピーターの直筆だ。


『ルナ、ご注文の天秤をお届けします。ほんとうはぜんぶ純金でつくってもよかったけれど、純金にすると重すぎるので、残念ながらメッキ仕様です。素材は軽いから、きっと君でも持てるよ。でも宝石は本物だから、盗難には気を付けて! お代はサービス。また今度、俺が宇宙船に行ったら、会ってね。それでいいよ。きっと君には払えない金額だから、これはあげます。遠慮しないで。このくらいのプレゼントは、女の子たちには贈るんだから。ではね、ピーター』


「宇宙船に乗ったら会ってねだと!?」

「こいつ、いつ宇宙船に」

「いつピーターに会ったんだ――どこで、なにをした!?」


 ルナはすべての言葉を無視して、天秤をいじっていた。やがてルナは、天秤の主軸から、天秤棒となっている部分と釣り下げられた皿の部分を外して、肩に背負った。

 ルナの奇行に、男たちは黙った。


「うん。だいじょうぶだ。重いのは、このお皿を乗せておく軸が重いんだ」


 ルナはひとりで納得し、天秤棒を、軸にもどした。


「ルナ、つかいかたは、月を眺める子ウサギから聞いてるの」


 アンジェリカは聞いたが、ルナは首を振った。


「ううん。まだ」


「ルゥ! 説明を――」


 アズラエルの困惑声に、ルナは説明を始めたが――カオスが真骨頂(しんこっちょう)に達したあたりで、男たちは理解することを投げた。ルナはぷんすかした。


「アズが聞いたくせに!!」

「もういい――わかった――ヤツと、なにもなかったっていうなら――」

「だから、ピーターしゃんがくさいってゆったのは、ポメラニアンシルキーローズのせいなのです!」

「いいナ~、あたしもそういうマンション住みたい!」

「これって、ふつうの天秤とはちがうのよね? 魔法の天秤なのよね?」

「あたしが触ったら、まずいよね?」

「ポメラニアンシルキーローズなんて入浴剤があるの」

「たぶん、ポメグラネードじゃないかな」


 リサや周りの女の声が、ルナのカオスを増幅させていることに、男たちはやっと気づいた。


「とにかくあした――うさこに聞いてみます!」

「そうですわね……」


 サルビアが、ルナに許可をもらって、手を拭きつつ天秤を触らせてもらいながら、つぶやいた。


「これでルナもサルディオーネかあ……」


 リサが、なんだかしんみりした口調でつぶやき、「えっ!? サルディオーネって!?」とアニタとアルベリッヒが口をそろえて絶叫したので、なぜかにわかのリサとキラが、言葉を尽くして説明することになった。


「アニタさん、取材はまだ早いからね」


 アンジェリカが釘を刺したが、アニタの目は爛々(らんらん)と光り輝いていた。


(う~ん、きっと、まだ、早いのです)


 アンジェリカがアニタに言った言葉だったが、ルナはほっぺたをぷっくらさせて、天秤を見つめていた。決して、取材がどうこうという話ではない。


(たぶんね? きっと、まだうさこは出てこないよ?)


 ルナの予想どおり、月を眺める子ウサギは、年が明けるまで姿を現さなかった。


(ものごとには、じゅんばんがあるのです)


 


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