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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
910/943

369話 黄金の天秤 Ⅰ 1


「カブラギさんが? あたしに会いたくないってゆうの?」

 ルナはほっぺたを最大限に膨らませた。

「カブラギさんってだれ!?」


 そこからか。クラウドは説明不足だったと反省した。


「ルシアンのオーナーさ。ルナちゃん、なにかした?」

「なんにもしてないよ! 会ったこともないよ!!」


 ルナは、昼食の残りのとり天を、サルーンと奪い合ってつまみ食いしているクラウドに叫んだ。一秒前までカブラギの名前も知らなかったルナである。


 エビ天にマヨネーズをつけたクラウドに、ルナはなにか言おうとして、「もげた!」と叫んだ。レタスをちぎりながら。


 ルナの頭が混乱中なのは、クラウドにもわかったので、これ以上カオス化しないよう、彼はキッチンの椅子に落ち着いて、おだやかにルナと会話することにした。


「クラウド、つまみ食いはエビ天にして。とりはサルーンにあげて。それで、フィッシュ&チップスは美味しかったって?」

「俺は、フィッシュ&チップスについては、ひとことも言及してない。食ってきたことは言ったけど――」


 キッチンには、ルナとクラウドとサルーンだけだ。これは内密の話で、だれかがいる場合、クラウドは即座に話を切り上げるつもりだった。


「あたしもフィッシュ&チップス食べたい! ルシアンのは美味しいんでしょ?」

「マタドール・カフェでも出してる――たぶん、アレはそっちのほうが旨い。わかった。買ってくるよ――それで、ルナちゃん」


「イノセンスとは正反対なんです!」

「は?」

 ルナのカオスはあっさり発足した。

「イノセンスの人たちは、イノセンスとは正反対なの! カザマさんたちのプランナーもそう。イノセンスの人たちは無邪気じゃないから無邪気なの。プランナーさんたちは計画が立てらんないからプランナーなの」


「ちょ、ちょっと待って? もう一回」

 初めてクラウドが、もう一度を要求した。

「たぶん、クラウドもイノセンス側だから、わかんないかも」


「――えーっと」


 たしかに、クラウドは分からなかった。さっぱり。

 だが、カブラギが「ルナに会いたくない」という意味は、分かる気がした。なにを見透かされるか分からない、恐怖感があるのだろう。秘密を持っている人間ほどそうだ。

 クラウドは、ルナとは長い付き合いだし、お互いに協力し合って来たから、いまさらという感はあるが、さすがに今回の台詞(セリフ)は、理解しがたかった。

 そしてクラウドは、こんなときに限って、エーリヒのアドバイスを思い出すのである。


『ルナの言葉は、そのままそっくり聞きたまえ。すぐに意味が分からなくても、あとで、()に落ちることがある――ああ、すべてではないがね。あと、ルナは卵に執着する』


 最後のひとことはいらない情報だった。知ってる。なにせクラウドの記憶力は、完全に記憶してしまうのであるから――。


「そうだ! 今夜は冷凍ポテトがあるし、白身魚もある! フィッシュ&チップスをつくろう!!」

 ルナはウサ耳をぴーん! と立たせた。

「え!? 俺、夕食もフィッシュ&チップス!?」

「タルタルソースもつくりますけど?」

「仕方ないな。手作りなら」


 クラウドがえらそうに言ったあと、ミシェルが飛び込んできた。クラウドとの会話を聞いていたらしい。


「ルーナーっ!! 鮭! 鮭の約束は!?」

「じゃ、ミシェルの分は鮭のフライで」

「なら、許す」


 ミシェルは(おごそ)かに言った。このカップルは最近似て来たと、ルナは思うのだった。

 

「エビ天が全滅してる――ウソ! マジで!?」


 仕事から帰ってきたアンジェリカが、テーブルの大皿を見て絶望的な声を上げた。


「お昼、てんぷらうどんにしたの」

「コンビニなんかで済ませてないで、帰ってこればよかった……!」

 アンジェリカは頭を抱えた。ルナは驚いて聞いた。

「だって、アンジェ、油物だいじょうぶ? 胸焼けとかない? つわりとか……」

「ない! いっさいない! エビのまえにつわりはない!」

「マグロにも?」

「うん!」


 そうこうしているうちに「ただいま!」の元気な声。アニタとベッタラ、セシルが帰ってきたのだ。

 ひとが集まってきてしまったので、クラウドは、これ以上話をつづけることはあきらめた。


「K33区どうだった?」

「豊作豊作!! いい記事が書けそう――K33区の市場で、持ち帰り総菜買って来たよ」

「うわ! おいしそう!」


 アニタがテーブルに、春巻きやら肉まんじゅうやら、大きな鶏肉の蒸し焼きの包みを広げたので、アンジェリカもミシェルも歓声を上げた。


「これはアノールの料理です。野菜がたくさん詰め込まれています」

 鳥の蒸し焼きの正体を、ベッタラが教えた。


「あ、あれ? サルビアさんは?」

 アニタが見回したが、サルビアはいなかった。

「サルビアさんが好きそうなおかずも買って来たのに」


 これ、腸詰肉(ソーセージ)だって、と葉っぱにくるまれた大量の小さいソーセージを指すアニタだったが、アンジェリカがニヤけながら言った。


「姉さん、グレンさんとデート」

「ホント!? やっぱあのふたりつきあってんの」

「いやあ~あたしもびっくりだわ。姉さん、むかしグレンさんと会ったら、即座に逃げまくってたんだよ? ふたりきりで食事に行けるなんて、進歩したわあ」


 しみじみ言うアンジェリカだったが、アニタは大興奮だ。


「今夜はついに……!」

「今日はやっぱお持ち帰りかな!?」

「持ち帰ったらここに帰ってくるだけだよ。ここは、泊まりでしょ」

「……どうかな。それはまだ、さすがに早いんじゃ」


 アニタとミシェルがはしゃいで言うのに、いつのまにかリサが参戦していた。アンジェリカは、「お泊まり」の言葉には、首を傾げた。


「どうして。グレンだったら、ぜったいホテル行きよ!」

「いやあ――無理無理。お泊まりは無理だって。姉さん、このあいだ、就寝前にグレンさんにキスされて、熱あげたんだ」


「「「マジ!?」」」

 ルナも魚のパックを抱えて参戦していた――「熱って!?」

 

 つい先日のことである。話題の映画がテレビで公開されたので、めずらしく全員そろって大広間で観賞し、いつも早く就寝するサルビアも、ずいぶん遅くまで階下にいた。


 グレンの部屋のはす向かいが、アンジェリカとサルビアの部屋。みんなそろって階段を上がり――それぞれの部屋に入る間際、グレンはサルビアに「おやすみ」といって、額にキスをした。


 たしかに、いままでなかったことだった。グレンはキチンとサルビアに距離を置いていたし、むやみに手を握ることもなければ、なれなれしく触ることもなかった――アンジェリカから見ても、あのキスは、わざとでも故意でもなく、ごく自然な流れだったと思っている。


 だが。


「……おやすみなさいませ」


 サルビアは、そのまま、笑顔で真後ろに倒れた。


「ねえさーん!?」


 アンジェリカがあわてて後ろから支えたが、本気で目を回したサルビアに、グレンは衝撃的な顔をし――「悪かった」とだけ言って、ベッドまでサルビアを運んでくれた。

 サルビアはそのまま発熱し、翌日の朝には下がったが、夜中にうなされたのである。


「姉さん、箱入りも箱入りだからね。鉄製の箱に入ってたからね」


 アンジェリカが重々しく告げ、四人は言葉を失った。


「そう簡単に、口づけなどしてはなりません! そ、そそそそそういうのは、愛する女性と――手順を踏んだのちに!」

「ここにも同類がいたわー!!!」


 顔を真っ赤にして叫んだベッタラに、女たちは悲鳴をあげた。セシルが横で苦笑している。


 その悲鳴に重なるようにして、盛大な赤ん坊の声が、二人分、響いた。


「よおし、よし。腹減ったんだな、わかったわかった」

 アズラエルが、ピエロとキラリを両腕に抱えてキッチンに入ってきた。

「なァおい、哺乳瓶三本分のミルク!」


『お待ちください、ただいま用意をします』

 今日はルナと一緒にキッチンに立っていたヘレンが手を上げた。


「美味そうなモン並んでるな」

 アズラエルが食卓に興味を示す。

「アーズラエルがはじめてK33に来たとき、これを食したはずです」


 ベッタラが鳥のかたまりを皿にあげていると、シャイン・システムのランプが点いた。ニックのお出ましだった。


「お邪魔しま~す! おみやげだよ!」

「マグロ!!!」


 アンジェリカが、ニックの持ってきた、ひと抱えもあるような寿司の大皿に、絶叫した。


「エビもマグロもある!」

「なに!? 今日、だれかの誕生日だったっけ?」


 ニックがウィンクした。


「誕生日なら、ケーキがいるな――今日は“料亭まさな”が百周年記念なんだって。この一週間はいろいろサービスやってるんだ」


 お寿司もいつもの半額! と、ニックは、十人前はありそうな寿司桶を、テーブルに置いた。アンジェリカは叫んだ。


「あたしもK05区行ってたのに、知らなかった!」

「ルナ、サーモンがあるから、今日はつくらなくていいよ」

「たまごといくら!!」

 ルナも叫んだ。

 

「そういや、ツキヨばあちゃんたちは? 今夜は夕飯いっしょじゃねえのか」


 アズラエルがピエロの口に哺乳瓶をぶち込み、もう片方の手で、キラリが飲むボトルを支えながら言った。


「ツキヨおばーちゃんは、エマルさんと、ルナのママと、あたしのママもいっしょに、アンさんのステージを見に行ったよ。今日は調子がいいからって、ビールでも一杯飲んでくるんだって」


 キラが答えた。

 玄関扉が開いて、たてつづけに入ってくる――セルゲイやロイドたちもつぎつぎ帰ってきて、最後に、アルベリッヒが帰ってきた。


「ただいま――あ、あれ? 今日は食卓が豪華……」

「アルが来てから、いつも豪華なのですよ」


 ルナはそういって、彼の腕から買い物バッグを受け取った。すかさず、サルーンがアルベリッヒの肩に乗る。


「ただいまサルーン。今日は、なにもつくらなくてよさそうだな」

「アル、フィッシュ&チップスつくれる?」

「ふぃ、ヒッシュアンドちっぷす?」

「フィッシュ&チップス」

「それはどういうもの?」


「セルゲイさん、悪いけど、子どもたち呼んできてくれる? 部屋で宿題をしているはずなの」

「ああ、いいよ」


 セシルが叫んで、コートを脱ぎながら、テーブルを見て口笛を吹いたセルゲイが、上に向かう。


 今日は、シシーとテオは夕食には来られないようだ。定時になっても、彼らの来訪を知らせるシャイン・システムのランプはつかなかった。

 ミンファも今日は、カザマといっしょらしい。


「うおーっ! 美味そう!」

「えー、今日お寿司なの。あ、でも、なんか見たことある肉がある!」


 階段から駆け下りて来たピエトは、食卓を見てよだれを垂らさんばかりの顔になったが、ネイシャはすこしがっかり顔だった。だが、K33区の食べ物を見て、ニコニコ顔になる。


「ほら、ふたりとも手を洗ってらっしゃい!」

「はーい!!」


 子どもたちも席につき、ふたりの大きな「いただきます」の声を皮切りに、にぎやかな夕食はスタートした。おとなたちの頭上を酒が行きかい、子どもとサルーンのコップには、ミネラル・ウォーターが注がれた。


「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」


 アニタは、春巻きにも似た惣菜と、ヘレンが揚げてくれたフィッシュフライとポテトを皿に盛りあげ、言った。


「セシルさん、来月号の表紙になってみない?」


 今日、アニタはベッタラの案内で、K33区を取材してきたのだった。セシルも同行していた。明日もK33区を巡ってくるつもりだし、今日もたくさん写真を撮ってきたが、アニタはぜひ、来月号の表紙はセシルに飾ってもらいたかった。


「い、いや、あたしは……」


 あわててセシルは首を振ったが、アニタは食い下がった。


「ひとりが嫌なら、ベッタラさんやネイシャちゃんといっしょでも――実は、セシルさんに着てほしい服があって」


 そうなのだ。アニタには、ぜひセシルに着てほしい服があった。

 アニタは、猛然とキッチンを出ていき、自室に駆けこんで、ふたたびキッチンへもどってきた。

 彼女が手にしていたのは、民族衣装だった。紫が基調の、宝石がたくさん付いた、豪華絢爛(ごうかけんらん)なものだ。




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