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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
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368話 スカウト 1


 新しい生活が始まって、そろそろ二週間が経過しようとしていた。

 庭の木々は、一気に色づき、瞬く間に葉が落ちて、冬眠の準備をしはじめた。


 ピエロが屋敷に来た翌日、アズラエルとルナ、ピエトが養子縁組のために、シグルスとともに区役所へ向かったが、今度は簡単に許可が下りなかった。役員が視察に来たのだ。


 ルーム・シェアをしているすべての人間に話を聞き、実際にピエロの面倒を見るのはだれなのか――それはルナだったが――メンバーに問題はないか、本当に養育できるのか、ともに暮らしている子どもたちが健康に育っているかなど、かなり細かに生活の様子を観察していった。


 ピエロの兄になるピエトも、L85にいたころの生活からさまざまに聞かれて、応接室から出てきたときには、尋問が終わったあとのように疲弊(ひへい)していた。

 ともかくも最終的に、ピエロは無事アズラエルの養子となったわけだ。


「とり天っえび天っお野菜にちゃまご天っ♪」

「ルナちゃん、タマゴはすぐあげていいの」

「うん♪ 衣が固まったらいいよ。なかは半熟のまんまね」

「うまそうだなァ。これ、うどんに乗せるんだろ」

「そうだよっ! ちゃまご終わったら、そこの玉ねぎと白魚、サクラエビと枝豆でかきあげね」

「わかった」


 今日の昼食は、てんぷらうどんである。ルナはアルベリッヒといっしょにキッチンに立っていた。


「お出汁つくったらおネギを刻むからね――サルーン! 頭に乗らないの! とり天にしちゃうよ!?」

「ぶふっ! とり天!」


 兄弟がてんぷらにされようとしているというのに、遠慮なく笑うアルベリッヒに、サルーンは傷ついたらしく、なにやらピイピイ怒鳴った。


 油物はことごとくアルベリッヒに任せていたが、ピエロを背負い、大鍋に出汁をつくっているルナは、頭にサルーンが乗るだけで危うい。叱られた彼女が次に飛んだ先は、おいしそうに揚がった鶏のてんぷらのそばだった。


「サルーン、それ熱いからね!? 冷ましたらあげるから――ちょっと待つの!」


 さっそくとり天をくわえようとしたサルーンに、またルナの叫びが飛んだ。アルベリッヒも、「待ちなさい! サルーン」と叱ると、タカは()ねたように飛び立ち、テーブルのど真ん中に羽根を降ろした。ふたりに背を向け、しょんぼりと丸まっている。


「かまってもらえなくて拗ねてるんだ――キラちゃん、まだ帰ってこないかな?」


「そうゆうときのために」

 ルナは、ずいぶん大きなエプロンの前ポケットを広げた。

「ほい! ここに入るのですサルーン!!」


 ルナの言葉と同時に、サルーンは、喜び勇んでルナのポケットにお邪魔した。アストロスで購入したエプロンは、大変に便利だったということになる。まさか、こうした用途につかわれるなどとは、製造者も思わなかっただろうが。


「カ、カンガルーみたいだ……アチッ!!」


 アルベリッヒは耐え切れなくて笑い、油が飛んで、あわてて水に手を突っ込んだ。

 大きなタカが、ルナのお腹のポケットに半分ほど身を入れ、羽根を外に出しておさまっている姿は、あまりにもおかしかった。


 玄関のベルが鳴る。

 背中に赤ちゃん、おなかにはタカ。シュールな格好のルナは、キッチンのインターフォンに飛び、「ゆうびんやさんだ!」と叫んで玄関に駆けていった。


『ちこたんが出ます!』

 いつも通りのpi=poの叫び。


 本日は、ちこたんのほうが早かった。


「どうもこんにちは。キラ・E・マクファーレンさんにお届け物です――!?」


 配達用pi=poは、ダンボール箱からちこたんに目をやり、それから機械の後ろにいたルナに目を移し――一時停止した。

 背中に巨大な乳幼児を背負い――おそらく三歳児ほどの大きさである――エプロンの前ポケットには、タカが入っていた。

 配達pi=poは二度見した。タカはどうやら、ぬいぐるみではなさそうだ。


「……ここに、サインを」

『はい』

 ちこたんは、荷物のバーコードをスキャンして、受け取りを済ませた。

「どうも……」

 配達pi=poは何か言いたげな様子で――pi=poに感情をインプットすることは禁止されている――帰っていった。


 入れ替わりに帰ってきたキラが、「さっきのpi=po、なんだかタカと赤ちゃんに着いてぶつぶつ言ってたよ」と言ってルナを見――「うん。これじゃなにか言いたくもなるわ」と、友人のずいぶんな姿にうなずいた。


 ピエロとサルーンを装備したルナは、これ以上なにも持てそうになかった。ちこたんが、大広間のソファに荷物を運び、キラが開けた。荷物の中身は、エプロンだった。もちろん、ルナがしているエプロンとおそろいのものだ。


「キャー☆ カワイイ!! これでやっとあたしたちもルーム・シェアの一員って感じがする!」


 キラはさっそくエプロンを身に着けた。真っ白なデニム地である。箱の中には、あと三着入っていた。黒が二枚、赤が一枚――ロイドとミシェル、リサの分である。


「あたしがマーシャルで見たときは、白と赤はなかったよ」


 ルナはあたしも赤色がよかったなと、ほっぺたを膨らませて言った。ルナが買ったものはネイビーである。


「通販だと、黒、赤、白、ネイビーとベージュと茶色があったよ」


 キラとリサは、自分たちだけエプロンがないことに不満の声をあげ、リサは「アストロスまで引き返して買ってくる」とまで言い張ったが、キラが通信販売で同じものを見つけたのだ。

 キラは、白いエプロンを眺めながら、「これ、蛍光ピンクに染めなおすんだ」と、じつにキラらしいことを言いだした。


「こんちは~♪ お邪魔します!」

「どうも。いつもすみません」


 応接室から、シシーとテオドールが出てきた。正確に言えば、応接室のシャイン・システムからだ。来客があると、どの部屋にもあるインターフォンのシャイン・システムの部分にランプがつく。相手を確かめたあとこちら側でロックを外せば、入室できる。


 シシーは陽気に、テオドールはいつもどおり生真面目に。キッチンに入って、入り口のところにある小鳥の巣箱の形をした貯金箱に、お金を納めた。いわゆる食事代というものである。これを設置したのは、テオドールかと思いきや、シシーだった。


 ふたりは先日から、夕食だけではなく、昼食にも顔を出すようになっていた。


「いつも申し訳ない。俺たちの分まで」

 テオドールはやはり気真面目に言ったが、

「いいんだ。つくるのは大勢の分がつくりやすいし、俺も趣味の延長だから」

 アルベリッヒは、揚げたてのてんぷらを山盛り皿にのせて、テーブルの真ん中に置いた。


「ウヒョー! おいしそう!!」


 シシーが歓声を上げてテーブルを見つめ、両手を組んでいるとシャイン・システムのランプがふたたび点く。キラがロックを解除すると、出てきたのは、ツキヨとエマルと、リンファンだ。


「あら~いい匂い♪ 今日はてんぷらうどんなのね~」

 リンファンはテーブルの山盛りてんぷらに目を輝かせ、出汁のいい匂いに目を細めると、さっさとお茶の用意をしにワゴンへ向かった。


「これどうすんの? え? ヌードルに乗せて食べるの? 肉はある?」

 エマルが肉の所在をたしかめ、とり天があることを知って笑顔になった。


「ルナ、ルナ――あれ? ルナは? ピエロはどこだい?」


 ツキヨはさっそく孫とひ孫の姿を探した。サルーンとともにキッチンに入って、食器の用意をしていたキラも、ルナの姿をさがした。


「あれ? いっしょに来たはずなのに……」


 あわてて大広間にもどると、ルナは広間のど真ん中に行き倒れていた。


「お、おも……」


 ルナは力尽きてうつぶせに倒れ、背中では、ピエロがキャッキャとはしゃぎ、サルーンが焦った様子で、ルナの上空を旋回していた。


「重くて動けないでしゅ……」


 様子を見に来たキラとツキヨ、アルベリッヒが目を剥いた。


「ルナ――!?」





「まったくこの子は! 四六時中おんぶしてやることはないんだよ!」


 エマルはピエロに哺乳瓶でミルクを与えながら、豪快に笑った。

 救助されたルナは、ためいきをつきつつ、うどんに半熟玉子のてんぷらを乗せた。


「なんだか最近、ムキムキになってきた気がします……」


 ピエロを担いで歩くだけで、かなりの有酸素運動だ。クルクスで一ヶ月、部屋に閉じこもって贅沢な食事を取っていたせいで増えた体重は、一気に減った。


「おかげでいっぱい食べちゃうのです」

「ピエロとルナの体重が反比例してるのよね」

 キラは言った。

「あたし、キラリは母乳とミルク半々で育ててるんだけど」

 エビ天を二つ、うどんに乗せた。

「あんまり、母乳のほう飲んでくれなくてさ。だから最近、ピエロにあげてるんだけど、メッチャ飲んでくれるのよ。だから最近張らなくて助かってる」


「キラちゃんのお乳飲んで、哺乳瓶抱えて、まだ足りないってのかいアンタは!」

 エマルは呆れた。


「おまえだってこんなもんだったさ」

 ツキヨは、てんぷらは乗せず、ショウガとネギだけを入れたうどんを啜った。てんぷらは、かきあげを半分エマルの皿に乗せ、塩をかけて食べた。

「久しぶりだねてんぷらも。美味しいよ」


「でも、あんまりあたしのお乳はあげるなって母さんが」

「エルウィンさんが?」

 とり天をおいしそうに頬張っていたリンファンが顔を上げた。

「うん。あたしのお乳飲ませたら、ピエロが破天荒(はてんこう)な子になるからやめろって」

 盛大な笑い声が、上がった。





 笑いの絶えない昼食が終わり、テオドールとシシーは区役所へもどり、エマルは、ネイシャにコンバットナイフを教えるというので、ネイシャが帰るまで大広間でテレビを見ていると言った。


 ピエロは、ツキヨが寝かしつけてくれた。


 キラは本気でエプロンを染める気らしく、浴室になにやら持ち込んでやりはじめた。


 ルナも慌ただしかった午前中を過ぎ、巨大なピエロからも解放され、伸びをしていると、ふたたびシャイン・システムのランプがついた。相手は分かっている。


「こんにちは――おや? 今日はもう、ご就寝でしたか」


 シグルスが手土産を持ってシャインから出てきた。彼の目的であるピエロは、応接室のソファでツキヨに抱かれ、すっかり眠りについている。


「シグルスさん、毎日、お土産はよいのです」

「私にも関わらせてください」

 ピエロの話をするときは、シグルスの顔はいつも柔らかい。

「ララ様のお子なのですから」


 シグルスは、毎日やってくる。ほんの五分から十分、ピエロの顔を見てあやすくらいで、あっというまに去っていくのだが、そのたびに、ルナたちにお菓子を持ってきたり、ミルクやおむつ、ピエロの服など、さまざまな手土産を置いていく。


「ララ様も、自分がピエロのまえに顔を出せない手前、私がここへ来る時間を必ずつくってくださいます」

 シグルスはおだやかに眠るピエロを愛おしげに見つめ、「それでは、また」とすぐに立った。


「もっとゆっくりしていらして」

 リンファンは言ったが、シグルスは微笑んで、失礼した。多忙ななか、この五分の時間をつくるのさえ彼にはむずかしいのだろう。


「シグルスさん、お菓子、ありがとうございます」

 ルナがシグルスを見送ったあと、応接室に顔を出したのはアルベリッヒだった。


「それじゃあ、今日も行ってきます。ルナ、ごめんね、サルーンをよろしく」

「あ、アル、いってらっしゃい!」


 その言葉を合図に、サルーンがルナのほうへ飛んできて、エプロンのポケットにおさまった。それを見て、ツキヨが吹き出す。


「この子ったら! おもしろいタカだねえ」

「まったく。サルーンはこのポケットがお気に入りになっちゃったよ」


 ルナも呆れ声で言ったが、サルーンは知らんぷりだ。


「あたまに乗られるよりは、いいのです」


 そうはいっても、サルーンがポケットに入りたがるのは、ルナのエプロンだけ。アルベリッヒのエプロンは、いつもさまざまな道具が入っていて、サルーンが入るスペースはない。



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