表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
904/920

367話 大ゲンカと涙と雨降って地固まるまで 2


「ルナたち大丈夫かなあ。すげえケンカの声が聞こえたぜ?」


 ピエトは、応接室を心配しながら大広間をうろついていたが、アズラエルに止められた。


「女のケンカに首つっこむと、痛い目見るぜ」

「そうそう――止めに入るだけでも、こっちのダメージ半端ねえぞ」


 グレンも言ったので、ピエトは仕方なくソファに落ち着いた。同時に玄関扉がものすごい勢いで開いた――ネイシャが帰ってきたのだ。


「ピエト!」

「ネイシャ!!」


 ネイシャは屋敷に入るなりバックパックを放り投げ、ピエトに飛びついたが、ピエトはネイシャの筋肉豊かな胸に押し付けられながら、「げーっ」と情けない声を上げた。


「おま、どれだけでかくなってんだよ! すこしは遠慮しろよ!!」

「ピエトだって、それなりにでかくなったじゃん」

「それなりにな!」

 ピエトは、セルゲイに向かって肩を落として言った。

「セルゲイさん、マジで何食ったらそんなにでかくなるの。俺に教えて」

 セルゲイは苦笑しつつ、首を傾げた。

「私は、特に変わったことはしていないよ」

 ただ、ピエロみたいに、生まれたときから大きかったらしいけど。

 

「見てよこれ」


 ロイドが吹き出しそうな顔で、ソファに並べたピエロと、わが子キラリを見て言った。

 覗き込んだ皆が、そろって笑う――なにせ、ひとつき経ったくらいのピエロのほうが、そろそろ一歳児になるキラリより大きいからである。


「キラリはほかの子と比べても小さめだけど――それでも、これはないよね」

「生まれたときからでかかったけど、日に日にでかくなるってお医者さんもびっくりしてたんだ」

 重いったらないよ、とピエトは口をとがらせた。


「ピエロを抱えて三キロ走ったら、かなり鍛えられるぞ」

 グレンの言葉に、ピエトはやる気を見せた。

「俺、それやろうかな」

「哺乳瓶の中身はプロテインじゃないの?」

 アニタの冗談に、笑い声が起こった。


「え? なに? ピエトの新しい弟? ――ついにルナ姉ちゃんが産んだの?」

 ネイシャもびっくり顔で、巨大な赤ん坊を見つめた。

「ピエトの弟ってとこは、正解だね」


「さて、きっと話し合いは、落ち着くところに落ち着いたと思うから、俺たちは荷物を取ってくるよ」


 ミシェルが席を立ち、ロイドも、「ごめん。ちょっとキラリを見ていてもらってもいい?」と言って立った。


「荷物?」


 ピエトとネイシャが聞くと、アズラエルたちおとなと目配せして、メンズ・ミシェルは言った。


「俺たちも、今日からここに住む――よろしくな」

 ロイドも笑顔で礼をした。

「よろしくね」





「ここで、セシルさんが、宇宙船が燃えないように、がんばったんだ」


 四人は、応接室のシャイン・システムから、K25区へ飛んだ。太陽の火で、いったん全焼したとはまるで思えないほど、街は約二ヶ月前の姿をとりもどしていた。砂浜まで、段々畑のようにつづく白い街並み――向こうには、ホテルと灯台も見える。


「宇宙船が太陽みたいに燃えてたのは、あたしもメンケントから見たよ」

 キラも、思い出しながら震えた。

「セシルさんのおかげで、宇宙船は無事なのね」

 リサは感慨深く、景色を眺め渡した。


 セシルだけではなく、マミカリシドラスラオネザやサルビア――真砂名神社の面々も、たくさんの人間が、宇宙船を守ったのだ。


「言ってくれれば、あたしも一年くらいなら、寿命をあげられたのに」

 キラはひとつ嘆息した。


 観光客は少なかった。店は開いていたが、客と呼べる人の姿はほとんどない。やはりここは、セレブの株主が多く来る区画だったのだろうか。

 アストロスの大戦以降、株主たちは、ほとんどが降りてしまったと聞いた。ルナたちは、砂浜まで降りながら、とめどもなく話をした。

 彼方まで広がる砂浜には、ひとっこひとりいない。


「一気にぜんぶは話せないわ――いろいろありすぎて」

 ミシェルは伸びをした。

「そうだね。ZOOカードのことから聞かないと」

「ZOOカードって、アンジェがあたしにくれた、美容師の子ネコのカードのことよね?」

 リサは言った。

「そう」

「まあ、いいわ。急がないから。毎日、すこしずつ、聞いていけばいい」


 あれほど知りたがったリサとキラは、言いたいことを言ったらスッキリしたのか、質問攻めにはしてこなかった。

 四人は砂浜につき、波の音を聞きながら、腰を下ろした。


「――ここが、地球に着いたら、いちばんはじめに降りる街ね」

 リサが、海風にあおられながら、曲げていた足を伸ばした。


「ねえ。夢で言ったこと、覚えてる」

「夢?」


 キラがクエスチョンマークを掲げた顔で聞き、それからすぐに思い出した。


「第二次バブロスカ革命の記憶ね」


 ルナの言葉に、リサとキラは目を見開いた。


「あれ、第二次バブロスカ革命っていうの?」


「バブロスカ――」

 リサが思い出して絶叫した。

「リンデンの森があったとこ!?」


「うん」

 ルナがうなずいた。

「クルクスにいたとき、すごくヒマだったからずっとZOOカード使ってたんだけど、リサの前世も出てきたの」

「……!!」

「リサが、ミシェルとユピネルの花トンネルを通ったのは、このあいだの夢じゃなくて、もういっこまえの前世。ミシェルが傭兵で、リサが軍人さんのおうちのお嬢様。結ばれる間柄じゃなかったから、あのトンネルをくぐって、きっと来世は結ばれようって誓ったんだけど、そのあとすぐ、ミシェルが戦争で死んじゃったの」

 ルナは淡々と言った。

「それは、リサの魂の“美容師の子ネコ”がいってたから、ほんとだとおもう」


 リサとキラはにわかに絶句して唇を舐め――やがて、リサが納得したようにうなずいた。


「そうかも」


 リサもキラも、リンデンの森で、ユピネルの花トンネルをくぐったときのことを思い出していた。


 ミシェルは――メンズ・ミシェルは、二百年前、リサとユピネルの花トンネルをくぐった。永遠の愛を誓って。


 そして生まれ変わって、今度は花トンネルのあった場所を走り抜けて、バブロスカ監獄へ、ホックリー先生を助けに向かった。

 だが、間に合わなかった。


 リサは、二百年前のことは、夢を見てはいない。でも、みんなとK02区に旅行へ行ったとき、ユピネルの花トンネルで見たデジャビュは、おそらく二百年前の愛の誓いだった。


 今は不思議と、せつない気持ちも込み上げてこない。

 あのときすっかり、癒されたような気がするのだ。

 バブロスカの夢を見たときに。


「バブロスカのことは、地名とか調べると出てくるよ」

 ミシェルも言った。


「あれって、やっぱり、前世の夢なのね――」


 キラは、砂まみれになるのもいとわず、砂浜に仰向けになった。リサは口をとがらせた。


「だから、覚えてる? そのバブロスカ革命の時代のとき、あたしたち、みんなで、卒業旅行は地球行き宇宙船のツアーがいいなあ、なんて話したじゃない」


「――あ」

 ルナも、思い出した。


「今、あのとき約束した仲間と地球に向かってるのよ。すごいことじゃない?」


 リサが大興奮で叫び――ふと思い出した。


「イマリはいたけど、……あれ? おかしいな。ミシェルはいなかったよね?」


 どこにいた? 先生だっけ、と首を傾げるリサとキラに、ミシェルはふて腐れてつぶやいた。


「あたし、ひとりだけサルーディーバなの。百五十六代目のサルーディーバ」

「ええっ!?」

 ふたりは飛び上がった。

「あれ軍事惑星の話でしょ。なんでサルーディーバが関わってくんの」

「リサとキラは、最後まで夢を見なかったの?」

「最後まで?」


 話を聞くと、どうやらリサとキラは、自分たちが死んだところで夢は終わっているようだった。

 ルナとミシェルが、かわりばんこにその後起きたことを話すと、ふたりの目はみるみる潤み始めた。


「そ、そっか――アズラエルも監獄で――グレンは、自殺しちゃったのね」

「マリーも病気で……そういえば、マリーは、生まれ変わってないのかな」


 マリアンヌは、アンジェリカやサルーディーバのそばに生まれ変わっていたことを告げると、またふたりの口から驚きの絶叫が飛び出た。


「じゃあ、マリーは生まれ変わってても、もう亡くなって、イマリは宇宙船を降りちゃったんだもんね」

「なんか、びっくりすることだらけ」

「さすがのあたしも、脳みそが追いついていかないわ……」


 四人そろって、砂に仰向けになった。海鳥がピ――イと甲高い鳴き声を上げて青空をよぎっていく。


 余談だが、屋敷にもどってから、ルナに、集合写真――第二次バブロスカ革命時代の写真と、クラウドの筆跡が残った手紙を見せられ、リサとキラが腰を抜かすのはもう少しあとのことである。


 四人はもう、なにも話さずに、波の音と海鳥の声を聞いていた。


「あたしさあ、地球に着いたら、役員になろうかと思って」


 いつのまにか起き上がっていたキラが、石を海に放り投げながら言い――三人は、「ホント!?」と叫んだ。


「うん。ママも、ロイドもなるつもり。ママは船内役員で、――まあ、デレクとの再婚は、ぜんぜん考えてないみたいだけど。ロイドは、介護士の資格取って、派遣役員をやるって」

「キ、キラは? キラも派遣役員?」


 キラは、その問いに、待ってましたとばかりに叫んだ。


「ううん? あたしはね、じつは、船内役員になって、カレー専門の移動販売車をやろうかと思っているのです!」


「「「カレー!?」」」


 キラが両腕を広げて言うのに、三人は声をそろえて叫んだ。


「い、意外――」

 リサが驚きを隠せない顔で言った。

「あたし、店を出すなら、あんたはてっきり雑貨屋さんとかだと」

 ルナとミシェルもすごい勢いでうなずいた。


「あーうん、雑貨屋も考えたんだけどさ」

 雑貨店は、この宇宙船に星の数ほどある。

「できるなら、宇宙船にない店を出したいじゃない?」

 たしかに、カレー専門の店はいくつかあるが、移動販売車というのはあまり見なかった。

「K06区の販売車はね、K06区の役員がやってる販売車と、船内役員の個人経営者がやってるのと二通りあるの。知ってた?」

「し、知らなかった」


 フレンズ・ドーナツやハンバーガーなどのチェーン店はおもにK06区の役員が交代で、それ以外の手作り弁当や、コーヒーの車などは、個人でやっている移動販売車が多いのだという。


「個人経営で移動販売車ができる許可を取れば、K06区だけじゃなくて、他の区画にも行けるんだって。リリザやマルカにも降りて販売できるそうなのよ」


「それ、楽しそうじゃない!」

 ミシェルが手を打って叫んだ。


「そういうミシェルはどうなの。まさか、地球まで行って、L77に帰るってンじゃないでしょ」


 リサの台詞に、ミシェルは困り顔をした。


「あたしはね、キラみたいに具体的な形は、まだ見つかってないんだ」

 悩むように腕を組んだ。

「でも、このあいだも思ったけど、L77にもどって、ロビン先生のガラス工芸教室にまた通い始めるかって言ったら、いまいちピンと来なくて」


 しばらくは真砂名神社に通って絵を描く生活がしたいなあ、とミシェルが言うと、


「真砂名神社の巫女さんになったら?」

紅葉庵(もみじあん)でバイトするとか?」

「ミシェルの作るアクセサリーを、K08区で路上販売してみるとか――」


 リサ、ルナ、キラが立てつづけに言ったので、ミシェルは呆気にとられたように、「……よく考えたら、それなりにあるもんだね」と言った。


「あたしはもちろん、この宇宙船に、美容室を開くわ!」

 リサは、当然でしょという顔で胸を張った。

「船内でお店を開くのは、けっこう大変らしいけど、あたしやるわ!」

 リサがやるといったらやるだろう。それは、三人ともそう思った。


「ルナは?」

 キラが聞いた。


「あたし? あたしはね……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ