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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
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367話 大ゲンカと涙と雨降って地固まるまで 1


 ララとシグルスを見送ったあと、大団円かと思いきや――大広間にもどったルナを、険しい顔つきのリサが待ちかまえていた。


「ルナとミシェルに、話があるの」


 リサが連絡をしておいたのか、ララたちと入れ替わりに屋敷に現れたのはキラとロイドだった。


 ロイドはともかくも、キラも固い顔をしていたし、そういえば、キラは先日のルーム・シェアのパーティーのときも、ほとんどルナたちに話しかけなかった。ずっとツキヨたちといっしょにいた。


「お茶とかいいから、だれも入ってこないで」


 リサは、ルナとミシェル、キラだけを残して、応接間から皆を追い出した。

 いつもなら、壁面を流れる水流のディスプレイに、感激の言葉のひとつでもこぼしているはずのリサだったが、なにもいわずにソファに腰を下ろした。


「なに怒ってるのよ」


 ついに、ミシェルが言った。ここへ来たときからリサの様子がおかしかったのは、ミシェルも分かっている。さっきの言い争いは、ララが空気を換えても終わってはいなかったのだ。


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと――リサが沸騰した。


「怒ってる!? 怒ってるわよ、これが怒らずにいられる!?」

「ララさんと知り合いだったってことを、秘密にしてたとかそういうこと?」

 ミシェルも苛立たしげに叫んだ。

「いちいち、ぜんぶの交友関係をオープンにしろってこと? それはおかしいでしょ!? こっちだってあんたのともだちぜんぶなんか知らないわよ!!」

「そういうことを言ってるんじゃないわ!」

「株主と知り合いだってことが(うらや)ましいわけ?」

「ひとの話を聞きなさいよ!!」


 エキサイトする一方のリサとミシェルに、キラが割って入った。


「落ち着きなよ! あたしたち、話し合いするんでしょ? そのためにここにいるんだよね?」

「ミシェル」


 ミシェルはルナに引っ張られ、リサはキラになだめられ、ようやくソファに座った。

 リサは、そっぽを向いたまま、一言も発しない。キラはそんなリサを横目で見て、ためいきをついたあと、おもむろに切り出した。


「――ルナとミシェルはさ、あたしたちのこと、ホントにともだちだと思ってる?」

「え?」


 キラがあまりにも思いつめた顔と声で言うので、ルナとミシェルも、思わず聞き返してしまった。


「それとも、ともだちだとはいっても、そんなに仲良くない部類なのかな? あたし、そりゃミシェルとはあんまり小学校のころも親しいとは言えなかったけど、ルナとは、ずっと、親友だと思ってた……」


 キラの声がだんだん涙声になって沈んでいくのを見て、ルナは焦った。


「ちょ、ちょっと待って――なんで、そんなこと」


「あんたたち、秘密が多すぎるのよ!!」


 リサが、テーブルを叩いた。キラも、涙をぬぐいながら、きっとルナとミシェルを見上げた。


「ふたりとも、このあいだの避難中、バーダンにいたっていうけど、絶対ウソだよね?」

「……!」

「どうしてウソなんかつくの。あたし、メンケントにいたとき、ずっとずっと、ふたりのこと心配してたんだよ? ユミコさんは、ちゃんと会えるからって言ってくれたけど、結局、ふたりは来なかった。メルーヴァが逮捕されて、アストロスが落ち着いたあともよ! この一ヶ月、どこにいたの? ツキヨさんにもリンファンさんにも会えた。デレクたちにも。でも、ルナたちは一ヶ月ずっと会えなかった。どうして?」


「……バーダンとメンケントの国境は取り締まられてて、」


 ミシェルが言い訳をしようとすると、ふたりの目はますます釣り上がった。


「メルーヴァが捕まったあとは、行き来できるようになったわ」


 ミシェルは口をつぐんだ。これ以上言っても、ボロが出るだけなのはわかっていた。


「あたしたちって、そんなに信用ならないわけ?」


 リサの言葉に、ルナのウサ耳がぴんっと立った。


「し、信用?」


「ねえルナ、ミシェル。あたしたち――たぶん、リサも一緒だと思う。ずっと、なんだか、仲間外れになったような、置いて行かれてるような、そんな気がしてた」


 キラは必死で、冷静さを保とうとしていた。

 バーベキュー・パーティーに参加するたび、知らないひとが増えている。

 それも、「ふつう」のひとではない。サルーディーバにサルディオーネ、そして原住民。ふつうだったら、知り合いにはなれそうにもない人物ばかり。アントニオだって、リサやキラの知らない話を、ルナたちとしていることがある。

 ふたりの恋人であるアズラエルやクラウドも、傭兵だったり、軍部でも特別な部署の軍人だったりして、その交友関係も、とても「一般人」とはいいがたい部類が多いのも分かっている。そのふたりと付き合っていれば、だんだん秘密も多くなってしまうだろうことも、納得していた。


「でもあたし――なんか、さみしいよ」


 キラの言葉に、ルナとミシェルは絶句した。


「最近、すごく距離を感じるの。ルナとミシェルにとって、あたしはもう、いらないともだち?」


 ルナはぶんぶんぶんとものすごい勢いで首を振った。ミシェルはなにか言おうとして、やめた。


 二人は代わりばんこに――ずっと腹にため込んでいたであろう言葉を放った。


「あたしのことバカにしてるの? サルーディーバや、アンジェ――サルディオーネが一体どういうひとか、新聞にも出てくるし、ネットで調べたらすぐわかる。あたしだってわかるわよ! ふつうなら、「ともだち」になれるような人たちじゃない。でも、ともだちになったってことは、なにか共通する目的や、話題があったってことでしょ? サルーディーバとかとどういう話をしてるかなんて、あたし、想像もできなかったわ――それは、あたしの知ってるルナじゃない」


 リサは、泣きそうな顔で言った。


「でも、あたしにも教えてくれたっていいじゃない。うらやましいって思うことはあるかもしれないけど、引いたりとかは、しないわ」


 キラも畳みかけるように叫んだ。


「ピエトといっしょに住むことになったって言ったときも、ふつうに流したけど、驚かなかったわけじゃないんだよ?」

「カレンさんが襲われたときだって、レイチェルたちだけじゃなく、あたしもすごく心配した! でも、結局、ルナはあたしたちになにも教えてくれなかったよね?」


「あれは、あたしたちもほとんど背景は聞いてないよ」

 ミシェルは焦り顔で、やっとそれだけ、口を挟むことができた。


「――ルナが、一ヶ月、真砂名(まさな)神社から降りてこられなくなったことがあったって、あたし、ついこないだ聞いたんだよ」

「……!」


 キラの肩が震えていた。地獄の審判のことだ。

 今は、だれがそれをキラに言ったのか聞くより、キラの感情をなだめる方が先だった。


「あのとき、あたし、遊びに行ったの。ひさしぶりに二人に会いたくて。あたしがK38区のお屋敷に行っても、みんな言葉をにごすだけで、ルナやミシェルがどこに行ったのか、だれも教えてくれなかった」


「思えば、あたしとキラがユミコさん、ルナたちがカザマさんって、担当役員が変わったときから、なんかおかしいなって気持ちは、あったかもしれない」


「うん。どうしてって思った。――でも、今なら分かる。ルナたちとあたしたちが、別行動を取らなきゃいけないときが、多いからだわ」


 ルナとミシェルは、なにも言えずに、テーブルを見つめるしかなくなった。


「今回の、アストロスのことが決定打――ね、ルナ、ミシェル。あんたたち、絶対、ナミ大陸のほうにいたでしょ」


 ウサギとネコの耳が、ビンっと立った。ルナはもう観念していたし、ミシェルは頭からイヤな汗をかいていた。


 リサはついに、慎重さもかなぐり捨てて言った。ごくりと喉を鳴らし、

「あたし、ものすごくバカなこと言ってる自信はあるけど、あんたたち、じつは、メルーヴァと戦ってたんじゃないかと思って」


「……!!!!!」


「図星? やっぱ、そうなんだ」


 キラの顔色は、驚愕(きょうがく)のあまり白かった。予想が当たったことが信じられないという顔だった。

 ミシェルは、絶体絶命を感じた。いったい彼女たちは、なにをどれだけ知っているのだろう。


「あたし、E353の病院でピエトに付き添っていたとき、ヘンな夢を見たの」

 リサは言い、キラも同時にうなずいた。

「あたしも。メンケントのホテルで」

「あとからキラと話して分かったの。あたしたち、同じ日に、同じ夢を見ていた」


 第二次バブロスカ革命の夢だ。言われなくても、ルナとミシェルには分かった。


「ふたりだって見たでしょ――そうよね? だって、ルナたちも出てきたもの」

「あたし夢って、いつもちゃんと覚えてないんだけど、あれだけははっきり覚えてる。ロイドも、ミシェルも見たの。きっと、アズラエルも見たわ。みんな出てきた。グレンさんも、クラウドも――」

「ルナたちも見たんだよね? そうでしょ?」


 キラが畳みかけるのに、ついにミシェルが降参した。


「わかった!」

 バンっと両手をテーブルに着いた。

「まず、内緒にしてたことは謝る! でも、ぜったい、あんたたちをともだちだと思っていなかったわけじゃなくて――」


「言いにくいことかもしれないっていうのは分かるの」

 キラはうなずいた。

「でも、あたしたち、なにを聞いてももうびっくりしないから!」

「あたしたちは、なにもできなくても、せめて、あんたたちがどこにいて、なにをしていたか知りたかっただけなの」


 言いかけたリサは、ルナがめそめそと泣き始めたのに気付いた。キラもミシェルも、驚いて、ルナを見た。


「ちょ……! あたし、あんたを責めてるわけじゃあ、」


 リサの言葉にルナは首を振り、ひっくひっくと嗚咽(おえつ)をはじめ――「ぷぎゅ……」と謎の耐え忍ぶ奇声を発して泣き出した。


「ぷぎゅ! ぷぎゅってなにルナ!? どっから声出してんの」

 リサは思わず吹き出したが。


「ゆ、ゆ、ゆわなかったのは、あたしの、わがままなの……」

 ルナはついにぼろぼろと涙をこぼし始めた。


「わ、わがまま?」

 三人そろって、ルナに聞いた。


「うん、わがまま」


 ルナは、レイチェルとシナモンが降りてしまったとき気づいた。彼女たちの存在が、どれだけ大切な存在だったか。いつも隣にいて、気づかなかった。

 それは、リサとキラも同じだ。


「ともだちは大切よ。あたりまえじゃない」


 リサは平然と言ったが、ミシェルには、ルナの言わんとすることが分かった。

 カレンの事件や、「地獄の審判」、セシルたちの呪いの一件――K19区の遊園地でシャトランジ! を託されたとき――今回の、メルーヴァとの戦いもそうだ。

 気の置けない友人の存在は、ルナやミシェルが、日常に戻ることのできる、スイッチみたいなものだった。


「……だからあたしは、リサとキラには、なんにも知らないままでいてほしかったのかもしれない」


 ルナは涙を拭きながらもしょもしょと言った。リサとキラの目が見開かれた。


「あたし、まだ、メルーヴァのこと、受け止めきれないんだ……」


 ルナは、ぽろぽろと涙をこぼした。ルナの言葉に、リサとキラが顔を見合わせた。


「やっぱりルナ、メルーヴァと戦ってたのね?」

「戦ってたっていうか、敵はメルーヴァじゃなかった。ラグ・ヴァダの武神っていう、べつものよ」


 ミシェルの言葉に、リサとキラは口を開けたが、ルナの涙が止まらないのを見て、話を聞くのはあとにした。


「あたしきっと、一生忘れない。メルーヴァの、あの顔――」


 やっと、会えたね。


 クルクスの入り口で出会ったメルーヴァの微笑み。壮絶で美しく、まるで子どものように純粋な微笑み。メルーヴァの身体の重さを、ルナはまだ覚えている。


 メルーヴァに泣きすがるアンジェの姿、気丈に涙をこらえ、それでもあふれてくるサルビアの涙。あとから知った、天使たちの犠牲、メルーヴァの部下たちが、道々で倒れていたこと――クルクスの城内で聞いた、フライヤの半生。


 ルナは必死で日常にもどろうとした。でも、ときおりふと思い出す。

 みんなの想いが、カケラとなって、胸の奥に引っかかっている。


 ミシェルが隣で、目を真っ赤にしていた。

 ミシェルはミシェルで、あの地獄の階段を上がり切った、ロビンの安らかな顔を思い出しているはずだった。エミリの笑顔、なにもできなかったつらさ、すべてを含めて。

 一生消えないだろう、胸に刻まれた光景を。

 それはキズとは言えないが、重い記憶であることは確かだった。

 

「あたしたち、ものすごいことが、起きすぎたの……」


 ルナは茫然(ぼうぜん)と言った。


 抱えようと思っても、抱えきれないことが多すぎた。でも、捨てきることもできはしない。

 あのメルーヴァの微笑みは、ルナに思い知らせた。

 あれを見てしまった以上、もう、「こちら側」にはもどれないのだ。

 ともだちとお茶をしたり、のんびり家事をしたりして暮らすのんきな日常には。


 それでもルナが日常を送ることができているのは、イシュメルやノワ、メルーヴァ姫やルーシー、月の女神が、ルナの想いをすこしずつ分けて、抱えてくれているからだ。


 ルナはきっと、サルディオーネとなって、「ルナ自身」では抱えきれないひとたちにこれからも触れていくのだろう。


「あたしにはもう、日常なんかないのかなって、そう思うこともあった」


 ルナが語る、「いままで秘密にしていた」部分を、リサとキラは、意味が分からないながらも、真剣に聞いていた。


「そんなふうにあたしも、ちょっぴり覚悟してたんだ。でも、このあいだ、ルーム・シェアのパーティーで、リサもキラも、みんなや、ツキヨおばーちゃんや、ママの顔見たら、ぜんぶそれが吹き飛んじゃって……」

 ルナはやっと笑みを浮かべた。

「あたし、日常がなくなったわけじゃないんだなって。日常がなくなったんじゃなくて、日常に、ちょっと真剣なことが増えるだけなのかなって、ようやくそう、思えた……」


「ルナ……」


 キラも、アイシャドウが溶けて顔が真っ黒になるほど、もらい泣きしていた。


「あんた、なんつう重いもの背負ってるのよ」


 リサも号泣寸前だった。ルナの手を握り、彼女はティッシュを探して目をさまよわせた。


「あの夢も、けっこうきつかったよね」

 キラは部屋のサイドボードにティッシュケースを発見し、取りに向かいながら言った。

「監獄の寒さまで分かるみたいな、リアルな夢だった」


 まずは四人で、いっせいに鼻をかんだ。

 そして、ミシェルが言った。


「こうなったら、なにもかも話すわ」


 ティッシュ箱を抱えて、四人は立った。


「ちょっと、でかけよ」




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