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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
901/952

366話 ララの隠し子 1


 新居での生活が始まって二日――いよいよ、ピエトたちが帰ってくる。


 ルナは玄関のドアを開けっぱなしにして、朝からソワソワ、ウロウロと広間をうろつきまわっていたが、タクシーが門の中に入ってくると、まっしぐらに飛び出して行った。


「ピエト!!」


 庭先には、口をあけて屋敷を見上げているピエト――と、リサとメンズ・ミシェルがいた。


「ピエト! リサ、ミシェル、おかえり――」


 ルナも、ピエトの姿が見えたところで、急ブレーキをかけた。ピエトがやっとルナに気づき、屋敷を見上げていた目を、ルナに向けた。


「ルナ、ただいま」


 ルナも口を開けた。――何から驚いたらいいだろう――なにもかもだ。


「ただいま」と言ったピエトの声が驚くほど低かったこと。それは柔らかなテノールだったが、彼はあきらかに声変わりしていた。


 ピエトの身長が、伸びていたこと――ネイシャと同じだ。十センチも伸びただろうか。彼は、K38区の屋敷を出たときにはルナを見上げていたのに、今はルナを見下ろしている。


 すこし大人っぽくなった顔は、アズラエルに似た顔とは一線を画していた。キリリとした眉とまつげの長い大きな瞳はそのまま――むかし、アズラエルが子どものまま育っていたならどれだけ美青年になっただろうとからかわれることが多いが、ピエトは着実にアズラエルよりは、クラウド系のほうに顔立ちが進化していた。


 そして、ピエトのあらゆる変化を、すべてどうでもいいことにしてしまうような――。


「この子、どこの子!?」


 ピエトの、撃たれた肩とは反対側に固定された、抱っこひものなかで眠るのは、あきらかに新生児だった。すやすやと眠っている。

 ルナは、金色のつむじを持つ、真っ白な肌の、ずいぶん大きな赤ん坊を見て叫んだ。


 ピエトは困り顔で――まるで別人のような、少年期から青年期に変わる、すこし枯れた声でつぶやいた。


「俺の子ども――」

「はえ!?」

「だって、ルナ、あのさ――ルナとアズラエルがダメって言ったら、俺の子にしたいと思って」

「ほ!?」

「この子も――ルナの子どもにしてくれる?」

 ピエトは、さらに、「……弟にしてもいい?」と、泣きそうな顔で聞いた。

「ピエロって言うんだ。俺が名前つけたの……」


 消え入りそうな声で言うピエトをまえに、ルナは完璧に絶句していて――リサが、そっとピエトの背を押した。


「とにかくお屋敷に入ろうよ。だいじょうぶ、あたしが説明してあげるから」


 ピエトたちが屋敷に入ったとたん、大広間にいた皆に「おかえり!」の挨拶をもらうと同時に、彼らの目はすぐさまピエトの胸元に釘付けとなって、固まるのだった。


 ルナはようやく、ピエトが見知らぬTシャツとジーンズをはいていることに気づいた。彼がここを出る前に着ていた服は、ぜんぶ入らなくなったのだ。


「あれ? カリムは?」

「カリムさんもパットゥさんも中央区役所。とにかく、込み入った話をしなきゃならないから、俺たちだけで来たよ」

「もしかして、ピエトが抱いてる赤ん坊の話?」

「まあな」


 クラウドとメンズ・ミシェルの会話を聞きながら、ルナは、すっかり成長したピエトを、口を開けたまま眺めていた。


「おう、おかえり――」


 ピエトの帰着に合わせて、彼の好物であるバリバリ鳥のシチューをつくっていたアズラエルもキッチンから出てきて、ピエトと胸元を見たとたんに真顔になった。


「あっ、アズラエル……これは、」


 ピエトは赤ん坊を守るように身を縮めたが、アズラエルは、のっしのっしとピエトに歩み寄り、ぬっと手を伸ばした。

 ピエトの身が縮む。アズラエルはちらりと赤ん坊の顔を覗き込み、それから、ピエトの頭を、大きな手で撫で繰り回した。


「おかえり、ピエト」

「――!」


 ピエトの顔から、不安が一気に消えた。


「ただいま!」

「おまえ、ずいぶんでかくなったじゃねえか」

「う、うん! 俺、百六十五センチになったよ!」


「あの子がピエト君だよね」

 アニタがレディ・ミシェルをつついた。

「そ、そうだよ……」

 皆と同じように、ピエトが連れてきた赤ん坊にびっくりして固まっていたミシェルが、うなずいた。

「あの赤ちゃんは――二十七人目ってこと?」

 アニタの言葉に、はっとした。

「そっか……二十七人目――でも、赤ちゃんよ!?」

「赤ちゃんよね……」


「こんにちは! あたしリサよ――もしかして、新しいルーム・メイト?」

「アルベリッヒです、よろしく」

 イケメンに目がないリサは、さっそくアルベリッヒと握手を交わしていた。

「いくつ? あたしらと同い年? マジかっこいい。もとからK27区にいたの? それともK37区とか?」

「二十三歳です。俺はリュナ族。このあいだまではK33区に住んでいました」


「――原住民なの!?」


 リサの裏返った声に、アルベリッヒは苦笑して手を引っ込めた。


「原住民が苦手ですか? 申し訳ない……」


 一瞬、リサの顔に表れた険しい顔に、となりにいたメンズ・ミシェルも、近くにいたアズラエルも驚いた。あわててリサと握手していた手をほどいたアルベリッヒに、リサのほうがあわてて、

「ち、ちがうのよ――あなたが悪いんじゃないの、ごめんなさい」

 と謝った。


「――あなたが悪いんじゃなくて、悪いのは、ルナとミシェル」


 ぼそりとつぶやいたリサの言葉を、アズラエルが聞きとがめた。


「今、なんて言った?」

「うっさい! あんたもあんたよ! バカアズラエル!!」


 リサは怒鳴り――目を見開いたアズラエルに思い切りしかめ面をして見せてから――アルベリッヒには、笑顔を見せた。


「ごめん、気を悪くさせて――ほんとに原住民とか、そういうのは関係ないの。これから仲良くして。よろしく」


 両手でしっかりアルベリッヒの手を握り、ルナとミシェルのほうではなく、セルゲイたちのほうへ行った。


「――なに怒ってんだ、あいつ」


 アズラエルのぼやきに、ミシェルが苦笑した。


「だいじょうぶだ。あとでルナちゃんたちと話し合えば、誤解は解けるさ」

「誤解?」


 ピエトが、アズラエルのTシャツの裾を引っ張った。


「リサ姉ちゃんは、仲間外れにされたことを怒ってるんだ」

「仲間外れ?」


 ルナもミシェルも、まるで自分たちを無視しているようなリサの態度に、二の足を踏んでいた――彼女たちが帰ってきたことも嬉しかったのに。さっきは、変わりなくルナに声をかけたリサである。なぜか怒っているような顔をしていて、ルナたちのほうを見ない。


 グレンとセルゲイたちにも声をかけたあと、不機嫌そうにひとり、部屋の隅に行ってしまった。リサらしくない態度だった。


 こちらへ来ないので、しかたなく、ミシェルといっしょにいたアニタが、リサに寄っていった。


「リサちゃん!」

「アニタさんじゃない。ひさしぶり! まだ宇宙船に乗ってたの!?」

「乗ってたのよ、それが――」


 リサは、アニタに不機嫌な顔は見せなかった。話がはずもうとしたそのとき、赤ん坊の泣き声で、再会の挨拶は中断された。


「よ、よしよし」

 ぎこちない手つきで赤ん坊をあやすピエトを見かね、セシルが手を出した。

「ピエト、赤ん坊をこっちへ寄こしな。あんたまだ、ケガが治ってないんだろ?」

「う、うん」


 セシルはピエトの抱っこひもを外してやり、赤ん坊を受け取った。


「よしよし――いい子だ――名前はなんて?」

「ピエロっていうんだ」

「ピエロ! おまえ、大きい子だねえ――重くてならないよ」


 セシルがピエロに微笑みかけるのを見て、ピエトはほっとした顔をした。


「そ、そういや――ネイシャは?」

「学校だよ」

「あ、そ、そうか」

「あんたが帰ってくる時刻は知らせてあるから、学校が終わったら、飛んで帰ってくるんじゃないかな。あんたもずいぶん育ったけど、ネイシャも大きくなったんだよ。あたしの身長を越えた」

「マジで!?」


 ピエトは絶望的な顔をした。十一センチ伸びたピエトは、ネイシャと同じくくらいになっただろうと喜んでいたのに、さらに差をつけられてしまった。


「これじゃ一生、ネイシャを越せねえじゃねえか……」

 セシルは大笑いした。

「ネイシャは多分、あれで身長は止まったよ――男の子はこれからグングン大きくなるさ。心配しなくても、ネイシャを見下ろせる日は来るって」

「そうかなあ……」


 ラグ・ヴァダ族は、あまり背の高い人間はいない。ピエトの集落では、男性でも百五十センチそこそこが多かった。ピエトは、セルゲイくらい大きくなりたかったが、無理かもしれないと、最近思い始めていた。


 そこへ、「傷はもうだいじょうぶなの」と、当のセルゲイから声がかけられた。彼は心配そうに、包帯の見えるピエトの肩を見つめていた。


「うん。まだ痛ェけど、傷はふさがったよ」

「とりあえず、話を聞こうか、ピエト」


 クラウドの声に、ピエトは観念したように、「――うん」とうなずいた。


 ルナがいないと思ったら、キッチンに入ってお茶の用意をしていたのだった。紅茶やコーヒー、ジュースを乗せたワゴンを押して、ルナは応接間にもどってきた。


「この話、背景がちょっとややこしいのよ」

 リサはソファに座るなり、言った。

「もちろんこの子は、ピエトの子でもなんでもないわ――この子、たぶん、ララさんってひとの子なの」


「ええっ!?」

 ルナはコーヒーをこぼすところだった。

「このあいだ来たときは、なにも言っていなかったぞ」


 アズラエルは肩をすくめた。なぜかリサがひどく怒った顔をしたので、ルナとミシェルは戸惑った。


「ララさんってひとは、やっぱり知り合いなのね――まあいいわ。とにかく、母親は、生まれたての赤ちゃんを育児放棄して逃げ出したの。ララさんはこの子を孤児院に預けようとして、ピエトは、「自分が育てる」って、ララさんに言った。それでピエトが連れて来たってわけ」


 満を持してインターフォンが鳴った。なんとなく、話の流れで、訪問者は分かった。

 ちこたんが玄関に立つと、やはり訪問者はララとシグルスだった――ピエトたちの帰着時刻に合わせて来たに違いない。


「うちの奔放な社長のせいで、ご迷惑をおかけします」


 シグルスは、見かけだけはとにかく神妙に手土産を出した。もちろん、ララとシグルスも、応接間に招かれてソファに座った。


 だれもが、シグルスかララの言葉を待ち――ララが口火を切った。尋ねる口調は、リサに向かっていた。


「話はどこまで?」

「ざっくりと一連を説明したわ」

「ざっくりね……」


 あまりにざっくりすぎて、ツッコミどころが満載だった。クラウドのつぶやきに、とりあえずララが決定打を落とした。

 彼はピエトの膝にいる赤ん坊を指さして、言った。


「DNA鑑定ではっきり分かった。そいつはあたしの子のようだ」





 ――話は、だいたいひと月前にさかのぼる。


 アズラエルが病院から地球行き宇宙船にもどり、リサとミシェルは謎の高熱から復活して、ホテルに待機することになった。ピエトも意識が戻ったので、普通病棟に移されて一週間ころのことだった。


 ララは、炎上する地球行き宇宙船のなかで、外的な障害とはまったく別の、身内の問題に直面していた――まさによりにもよってこんなときに、である。


 かなり火が回ってきたので、ララとシグルスとその一行は、株主総合庁舎の地下シェルターへ避難した。


 そこへ、ララの六つ目のプライベート携帯が鳴った。それは、たったひとりの人間しか知らない、特別な携帯電話だったので、ララは取らざるを得なかった。


「産んだのか、ステルシア。母体は無事?」


 ララは赤ん坊の心配などこれっぽっちもしなかった。心配だったのは、世界的モデルにするために、ララが真心こめて育て上げてきた母体のほうだった――。

 E353の病院で、ララの取り巻きのひとりであるステルシアが出産した。予定日ちょうどであった。


『無事よ、ララ』

 彼女の声は沈んでいるように聞こえた。

『あたしは無事。でも、あたしこの子を愛せそうにないわ。抱くのも嫌なの』

「――は?」

『ごめんなさい。あたし無理――無理だわ。子どもを育てるなんて。あたし、この子と暮らせない。モデルにもどるわ。どうにかして』


 ララは激怒をこらえた。

 彼女が、同じモデルの男と寝てうっかり妊娠してしまったのを知ったとき、ララは先に激怒をすませていた。あれほど気をつけろと言ったのに。


 ララが手塩にかけて、世界レベルに通用するモデルと育て上げて来たのに、彼女はあっさりララを裏切り、つまみ食いの男の子を妊娠した。それは偶然ではなく作為(さくい)であった。彼女は、男と結婚するために、計画を持って妊娠したのだ。


 愛する男と平凡な家庭を築きますなどと公言した彼女に対して、ララは(いきどお)ったが、彼は一度ふところに入れた人間に関しては、実に寛大だった。


 ララは認めた。男との結婚を。


 しかし、男は家庭を築く気などなく、彼女の妊娠を知ったとたんに別れを告げた。




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