5話 試験、そして事件 1
ショッピングモールをあちこちうろついているあいだは、きのうのパーティーのことはひとことも話題に出なかった。でも、帰路にpi=poのタクシーを選んだ時点で、ミシェルは何か話したいことがあるんじゃないかとルナは思っていたが、まったくそのとおりだった。
タクシーが発進したとたん、ミシェルは怒涛のようにしゃべりだした。
「じつはさ……」
「えーっ!? 試験って、男女ひと組で受けるの!?」
「シーッ! ルナ、声が大きい……!」
ミシェルがあわててルナの絶叫を止めた。
「だんじょ、ひとくみ……」
「そうみたい」
ミシェルがうなずく。ルナは、ショックで言葉も出なかった。
「えー……」
ルナたちが地球行き宇宙船に乗った翌日のことだ。ルナたちの部屋の郵便ポストに、チラシが投かんされた。
それは、K27区のレストランで行われるパーティーの案内だった。
でかでかと主張されていたのは、「みんなで地球に行こう!」というギンギラの派手なポップで、主催者は、K12区に事務所をかまえるサイファー(おそらく仮名)という男だった。
プロフィールを見ると、年齢29歳。肩書は社長。チラシには写真も載っていて、本人もポップ同様、ギンギラの派手なヤツ。
「だれでも試験に合格できる裏ワザ」だの、「地球へは試験なしでも行ける!?」とか、いかにも胡散臭いポップの乱立。
ルナとミシェルは、即座に「アヤシイ」と思ったが、キラとリサは「試験のさわりだけでも教えてくれる」という言葉に釘付けになってしまったのだった。
もちろん、ルナとミシェルは行く気など毛頭なかった。でも、どうしても行きたいリサとキラに押し切られ、一緒に参加することになってしまった。
そのパーティーの開催日が、きのうだった。
K27区の繁華街にあるイタリアンレストランを貸し切っての立食パーティーで、午後六時半から。参加費は5000デル。
ルナとミシェルの「アヤシイ」という直感は的中した。
試験の正体を知りたくて、ウキウキワクワクでかけていった四人を待ち受けていたのは、ただの「お見合いパーティー」だったのだ。
ルナたちと同い年くらいの男女が、それこそ百人近くいただろうか。
地元のK27区だけでなく、周辺のK36区やK37区、中央のK12区、富裕層居住区のK11区あたりの住人も来ていた――らしい。ミシェルの話によると。
派手な音楽をバックに、最初からハイテンションな主催者のあいさつが終わり、パーティーが始まったとたんに、リサは十人近くの男性に、つぎつぎ声をかけられた。ミシェルも男の子三人に囲まれ、キラも派手目の男の子に声をかけられ、ルナとは引き離されてしまった。
かくして、ルナはぽつん、とひとり残され――その辺にあるものをもそもそ食べたあと、トボトボひとり、家に帰ったのだった。この時点で、開始三十分もたっていない。
「そんなに早く帰ったの……。一緒に帰りたかった」
「ごめんね」
ルナはしょぼんとした。声をかけられても困るだけだったろうが、さすがにだれにも声をかけられなかったのは堪えた。ミシェルはそれ以上言わなかった。
「いいよ。あたしも、お見合いパーティーだってわかったとたんに帰りたかったけど、会費払ったあとだったじゃん……ためらうよね」
「うん」
「ルナ、多少はもと取った?」
「ぜんぜん。カクテル一杯飲んで、パスタとかちょっと食べただけ」
会費払い損だった――ルナのウサ耳がしおれているので、ミシェルはかける言葉がなかった。
「それで、ミシェルはいつ帰ったの」
「あたしは十時半ころ。ちょっとしつこいのがひとりいてさ。帰りたいのにずっと話しかけてくるし、相手したくなくて、十時ころまで食べまくってたんだけど」
ミシェルは思い出して、しかめっ面をした。
「そいつが言ってたのよね。男女ひと組で受けるんだって。でも、なんか、カノジョ欲しいからそう言ってる気がしなくもなくて、ホントかどうかはわからない」
「……なんか、ウソっぽいね」
ルナもしかめっ面をした。
「でも結局、試験のことは主催者さんから聞けなかったんだ」
「うん。たぶん、試験の話はしなかったんじゃないかな。でも、あたしも途中で帰ったし、最後までいたら、何か聞けたのかな――でもね、あたしが気になったのは」
ミシェルの表情が固くなった。
「あたし、しつこいヤツ撒こうとして、トイレに行くって言って、帰ろうとしたわけ。で、ルナが見当たらなかったし、キラとリサをさがしたの。そしたら、キラは見つからなかったけど、リサが主催者の人といてさ」
「えーっ!?」
リサ、もう主催者に接近したのか。速すぎる。
「マジで速いよね。それで、主催者の近くで話してた派手なひとたち――主催者の仲間? なんかヤバいこと言ってた気がするのよ」
「や、やばいことって?」
「邪魔者は降ろすって」
ビョコーン! とルナのウサ耳が直立した。
「じゃ、じゃ、じゃまもの……?」
ミシェルは、車内にふたりだけなのに、メチャクチャ声を潜めた。
「つまり、試験のライバルが少なくなるようにっていうか、その、前後の会話を聞いてるとね――まぁ、盗み聞きっていうか、ちょっと聞いただけだけど。邪魔者は降ろす。つまり、ライバルになりそうなヤツは、かたっぱしから、宇宙船を降ろさせるって――」
「ウソ!?」
「どうも、もう二、三人は、いや、四五人? やってるみたいなの」
「や、や、や、やってるって――」
「うん。もう、けっこうな人数、無理やり宇宙船から追い出してるみたい」
「……!!」
「試験のライバルを減らすためにね」
ミシェルの顔色は、ちょっと悪かった。
試験のライバルを降ろす――ルナにも意味は分かった。
なぜなら、地球に着く人数は、とても少ない。それは乗船時にくばられたパンフレットを見ればわかる。巻末に、地球に到達した人数の記録があるからだ。
名前と写真入りで、地球に着いた感想なんかを寄せている年もあれば、名前だけとか、人数だけ記されている期もある。
毎期、だいたい、1~5人くらい。
25人という年もあるが、それは百年に一度くらいの割合だった。ほとんどひとケタばかり。
つまり、それだけの人数しか合格しない――試験は難関だということだ。
だから、ライバルを蹴落とすために、あのサイファーという社長とその仲間は、船客を脅して降ろしている……?
「ど、ど、どうしよう……! 乗って一ヶ月もたってないのに降ろされちゃったら……!」
ルナは泡食ったが、ミシェルは冷静に言った。
「ルナ、まだ決まったわけじゃないからね? ホントにそんなことやってるかどうかは……」
ミシェルが言いかけたところで、家に着いた。
パスカードでタクシー代を払い、神妙な顔つきのまま、むだに周囲を警戒し――部屋の鍵を開けようとしたところで、向こうから開いた。
「「おかえり!!」」
「「た、ただいま……」」
ルナとミシェルは、腰を抜かすところだった。リサとキラが、ふたりの顔を見るなり叫んだ。
「ちょっと! ヤバいヤバいヤバい!!」
「一次試験、リリザだってーっ!!」
ふたりで怒鳴りながら、びっくりしたように顔を見合わせた。
「何がヤバいの!?」
「それホント!?」
気難しい顔の四人が、車座になって無言で真ん中を睨みつけているのもデジャビュ――チケットが当たったときと同じだった。あのときは、四人で睨んでいたのはチケットだったけれど、いまはパーティーのチラシ。
「……ま、まず、リサの話から聞こうか」
いったのは、ミシェルだ。キラも異存はないようだった。
「ヤバい話から聞こう」
リサは、肩全体で、大きく息を吐いてから、だいぶもったいつけて言った。
「ヤバいのは、あのサイファーってヤツ」
リサ曰く――きのうのパーティーの主催者であるサイファーという男は、どうやら相当の悪党らしい。
「悪党?」
キラが眉をひそめた。
「うん。あいつね、試験のライバルを少なくするために、船客をこの宇宙船から追い出してるらしいの」
「ええっ!?」
キラは素直に驚き、ルナとミシェルは顔を見合わせた。
「ほんとうだったんだ……」
「知ってたの?」
「う、うん……。あたしもきのう、ちょっとあいつらが話してること聞いちゃったの。そ、それで?」
「それだけじゃないわよ」
リサは険しい顔をして言った。
昨夜のパーティーは、試験の内容を教えてくれる会でもなく、お見合いパーティーでもなく、じつは、サイファー専用の女を見繕うパーティーだった――のだと。
「お、お、お見合いパーティーじゃなかった!?」
キラが絶叫した。すでに、試験の内容を教えてくれるパーティーという前提はない。
「そうなの。あいつら、けっこうあくどいことやってるのよ」
サイファーは、パーティーに来ていたなかで、気に入った女に次々手を出す。男たちからは、試験のネタを流して金を巻き上げる。
「教えてくれる試験の内容だってさ、本物かどうかなんてわからないわよ」
そして、サイファーの女になるわけでもなく、試験のカンニングペーパーを買うわけでもない船客は、降りてもらう。
「降りてもらうって――どうやって?」
そのやり口はこうだ。仲間数人がかりで、先客が一人でいるところに押し寄せ、リリザのホテルのチケットを渡して、降ろさせるらしい。
「取り巻きはさ、サイファーが気に入った女のリストづくりなんかもしてるのよ。それでミシェル、あんたの名前も入ってたわよ」
「は!?」
ミシェルの顔色が真っ青から白くなった。
「マジで!? 冗談でしょ!? ヤダ最悪……!」
ミシェルはのけぞって頭を抱えた。キラがミシェルとリサを交互に見て、心配そうに聞いた。
「あんたはだいじょうぶだったの? サイファーだっけ? あいつと話してなかった?」
「見事、リストに入っちゃいました」
リサはケロリと言った。
「その、降ろさせる船客にリリザのホテルのチケット渡すって、どういうこと?」
ルナは聞き逃してはいなかった。
「あのね、脅して無理やり降ろさせるっていうのは、警察沙汰になる可能性もあるでしょ? 脅された人が、担当役員さんに助けを求めるかもしれないし」
「う、うん……」
リサ以外の三人は、ようやく担当役員の存在を思い出した。それに警察も。この宇宙船が大きな町だったら、警察もいるということだ。
そうだ。脅されたら、通報すればいいのでは?
「だから、そうならないように、リリザで遊ぶお金を渡すの。ホテル代といっしょに。もうこの位置からだと、地球行き宇宙船がリリザに着くのを待たなくても、ちょっと旅費を出せば、別便の宇宙船でリリザに行けるらしいのよ」
「そうなの!?」
三人は乗り出して叫んだ。
「これは、L5系のコは知ってた。あたしたちくらいの年の子って、地球まで行きたい子ってあんまりいないみたいなの。目的地は地球じゃなくてリリザって感じ。だから、おこづかいあげて、『降りてくれない?』って頼めば、降りちゃう子は降りちゃうらしいの」
「そ、そうなの……?」
キラが、目からウロコ、という顔をして、ペタンと腰を落とした。
「そ。運命の相手に出会えるってのを信じてるコは、運命の相手が出てくるまで粘るつもりみたいだけど――あんまり地球には興味ないみたいなのよね」
リサはあっけらかんと言った。こちらも、ライバルは少ない方がいいと思っている顔だ。
「まぁ――そっちは脅しとかじゃないし、ライバルが減るのはあたしも大歓迎で、降りる子もメリットがあるからいいとは思うけど。問題は、」
「――リスト?」
「そう」
キラの言葉に、リサはうなずいた。
「ちょっとそっちは、強引なこともしてるみたいなのよね」
「ええええええいやだああぁぁぁぁ」
ミシェルが突っ伏した。
「……どうしよう……」
キラが迷い顔をした。
「きのう、つきあってって言われてオーケー出したひと、たぶん、サイファーの取り巻きかもしれない……」
「「「ホント!?」」」
キラは、残り三人につめよられて、しりもちをついた。
「やめときな! サイファーの取り巻きは!」
リサが断固として言った。「あたしが別のオトコ紹介するから!」
「そ、そうだ、キラの話は?」
ミシェルが立ち直って聞いた。ルナもつかみかかった。キラはしりもちをついた。
「リリザが第一次試験会場なの!?」
「う、うん。そいつがね。きのう言ってたの。つきあうっていったら、もう仲間だから教えるって――」
キラが神妙な顔で言う。リサが考え込む態勢で、腕を組んだ。
「リリザが第一試験会場、つぎのマルカが第二試験会場で、第三が、E353? だっけ? で、四次試験がアストロス――でも、リリザで大半が落ちるって」
「うわぁぁぁ、マジか――」
ふたたびミシェルが頭を抱える。ルナが聞いた。
「男女ひと組でないと試験に受からないっていうのは?」
「あっ、それ、だれかも言ってた!」
キラが叫ぶ。しかし、リサは首を振った。
「でもそれ、おかしいよね? パンフレット見ると、おじいさんと孫の組み合わせで、地球についてる」
「あっ……」
「ひとりのときもあるし――三人とか、二十五人の場合は、どう説明するのかな。二の倍数じゃないよ?」
四人はまた、黙ってしまった。
しばらくの沈黙ののち、リサがチラシをつかんで、ぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱に捨ててしまった。残りの三人は、それを呆然と見ているだけだった。
「……とにかく、しばらくは、ひとりで出歩かない方がいいかも」
リサの言葉に、三人は青くなった。
「あたしたちも、降ろされるか、サイファーの女にされるってわけ?」
ミシェルの表情が「サイアク」といっていた――キラが泣きそうな顔で言った。
「かもね。パーティーで名簿に名前書いちゃったし」
会費は前払いだったし、受付で名簿に名前と居住区を書かせられたし。あっちに、四人のプロフィールはつかまれている。
「あたしはともかく、ルナとミシェルは、ふたりで行動した方がいいわ」
ルナとミシェルは、真剣な顔でうなずいた。
「あたしは?」
キラが心配そうな顔で自身を指さした。
「キラは取り巻きと別れる方が先。K27区にいる間は、三人で行動しなよ。ほかの地区にいるときは、パーティーに出てなかったともだちのうちに泊まらせてもらいなね」
「う、うん、そうする……」
リサとケンカばかりのキラが、今日はしおらしかった。
「リサは、どうするの?」
「あたしはだいじょうぶ」
リサは両手を広げて、そういった。