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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
896/920

363話 ナグザ・ロッサにて 3


 日が沈む直前まで、ルナたちは海岸をうろついた。それから、ホテルに紹介されたシーフード・レストランで食事を終え、ホテルの部屋に入ったときには、午後十時近かった。


 入浴を終えた皆が、ひとり、ふたりと、ルナとアズラエルの部屋に集まった。


 海が見渡せるスイートルームで、ルナやミシェルは一面ガラス張りのリビングから、ベランダに出てはしゃいでみたりしたわけだが、男たちは、酒を片手にリビングのテーブルを囲んでいた。

 

 やがて、グレンが、届いたルームサービスをエサに、子ウサギたちを室内に呼びもどした。

 ゆるゆる軍議の開始である。


「アストロス関係の前世は、こんな感じかな」

 クラウドは、メモに名前を書いた。


 ●メルーヴァ姫……ルナ

 ●アスラーエル将軍……アズラエル

 ●アルグレン将軍……グレン

 ●アストロスの女王サルーディーバ……カザマ

 ●地球から来た最初の使者(天文学者)……アントニオ

 ●セルゲイ・B・ドーソン……セルゲイ

 ●ミカレン……カレン

 ●マーロン・A・アーズガルド(アストロス攻略の司令官・一番目)……おそらくオルド?

 ●ジェームズ・T・ロナウド(アストロス攻略司令官)……オトゥール

 ●アラン・B・ルチヤンベル(ジェームズの部下、ナグザ・ロッサでミカレンたちと戦った司令官)……フライヤ

 ●イシュメル……サルビア

 ●ラグ・ヴァダの女王サルーディーバ……ミシェル


 ※セルゲイがナグザ・ロッサ海域で死んだとするなら、イシュメルを、ラグ・ヴァダの女王に託したのはいったいだれか?


 クラウドが一番下に書き記した一文が、今回の議題だ。


「――わたくしが、“イシュメル”だったのですか!?」


 サルビアは驚いて、言葉をなくした。


「うん。だってね、ヒツジさんの絵で出てきたの。だからたぶん、サルビアさんだ」

 ルナはうなずいた。

「……」


 先日、自身がイシュメルの末裔であると知ったばかりである。サルビアは、驚きを隠せないままに、テーブルに置かれたメモを見つめた。


「それと、ナグザ・ロッサ海域でミカレン軍と戦って、勝っちゃったロナウドの司令官は、フライヤさんだった――それは、このあいだ、会ってはじめて分かったの」

 ルナは言った。

 ジェームズや、アランなどの名前は、史実に残っているものをクラウドが調べたものだった。

「あのフライヤさんが、ナグザ・ロッサで戦った相手だったなんてね」

 セルゲイも嘆息した。


 三千年前は、アストロス支配のためにこの地へ降り立ったフライヤだったが、今回は、守るために再び「総司令官」としてきたわけである。

 たしかに、このとき先頭に立ってミカレン軍と戦ったアランこと、フライヤだったが、セルゲイやミカレンの死後、彼らの名誉回復に尽力した人物のひとりでもある。


「セルゲイの話が――というか、記憶がほんとうだとしたなら、セルゲイはミカレンとともに、ここ、ナグザ・ロッサ海域で、巨大戦艦とともに沈んだ――ラグ・ヴァダの女王にイシュメルを託したのは、別の人物だということになる」


 クラウドが、メモを睨みながらつぶやいた。

 グレンが、氷の塊にウィスキーをぶちこみ、男たちに配った。女性の分は、ウィスキーにライム・ジュースを混ぜて、軽くひと混ぜしたものを。

 ミシェルがグラスを受け取りながら言った。


「あたしもね――なんだか――うまく言えないけど――それはいつものことだけど――セルゲイじゃない気がするの。でもね、あたしのとこにきたのは、セルゲイって名前だったと思うの」

「つまり、セルゲイ・B・ドーソンとは名乗っていた」

 戦艦に残ったセルゲイの身代わりとなって、発ったのか。

「あたしが見てるならね、クラウドも見てるはずなのよ。彼を」


「俺?」

 クラウドは自分に振られて、素っ頓狂(す  とんきょう)な声を上げた。


「そうよ。だって、あたしのそばに控えてたんだから――そうだな、あのね? あたしも、違和感があるところ、言ってもいい?」

「ああ、もちろん」

「ドーソンに、三千年の繁栄を約束したっていうのも、なにか、引っかかるところがあるのよ」


「ひっかかるところ?」

 ルナが聞いた。


「あのね? その、ドーソンさんがさ、イシュメルを守って連れて来てくれたのはよしとしよう。でもね、よく考えて。イシュメルってさ――つまりその、ラグ・ヴァダの武神の子どもなわけで。ラグ・ヴァダ側としてはさ、素直に受け取れなかったと思わない?」


 ミシェルの言葉にだれもがはっとした。


「でもね、女王が預かるしかなかったわけよ。アストロスではラグ・ヴァダの武神とアストロスの兄弟神が対決して、そこへ地球軍が首突っ込んだメチャクチャな状態で。地球軍がイシュメルを手に入れてたら、悪用されるしかなかったわけで。つまりさ――ウチに来た“セルゲイ”の、たぶんニセモノ――も言ってたけど、ロナウドも、目こぼししたの。イシュメルがラグ・ヴァダに行くのを――だってさ、赤ちゃんなわけよ。赤ちゃんがどんな目に遭わされるかもわからないのに、放っとけないでしょ? つまり、ロナウドの二人は、人間の心は持っていたってわけね」


 ミシェルの中では、次々に記憶がよみがえってくるようだった。

 皆は息をつめて話の続きを待った。


「女王としても、ラグ・ヴァダの武神をアストロスに押し付けてしまった手前――預からないわけにはいかなかった。でも、預かったとしても、どうせ次は、地球軍がラグ・ヴァダを支配しにやってくる。同じこと。でも、赤ちゃんに罪はないわけね。それに、メルーヴァ姫の想いも分かっていた。三つ星をつなぐ絆として、この赤ちゃんの血族は存在する」


 ミシェルは、思いつめるような顔をした。そのときのラグ・ヴァダの女王の気持ちを、なぞっているようだった。


「メルーヴァ姫は、知らなかったとはいえ、よりによって、ラグ・ヴァダの武神とのあいだに子を産まなくたって――とは、思ったと思うよ? ラグ・ヴァダの武神と、シンドラの子がアノール族で、でもアノール族は、ラグ・ヴァダの武神を祖とはしていなくて、シンドラとアリタヤを祖としているわけよね? そいで、イシュメルも同じ、三つ星をつなぐ絆としての存在を前面に出して、ラグ・ヴァダの武神という存在は消したかった」


 うんうん、と彼女は確認するように、うなずきながら話した。


「とにかく、女王はラグ・ヴァダの武神に相当の恨みを持ってた――地球軍が支配しにやってくるのも、すごく嫌だった――あたりまえだけど。それなのに、ラグ・ヴァダの武神の子を連れてきた地球軍の男に、“ご褒美(ほうび)”をやるなんて、おかしいと思ったの」


「――ご褒美」

 ドーソン一族の、三千年の繁栄のことか?


「ああいう伝承って、すごい略されてるから、女王がドーソンに、三千年の繁栄を約束したって書いてあるけど、そうじゃないんじゃないかな?」


「違うっていうこと?」

 クラウドが聞いた。ミシェルは首を傾げた。


「う~ん、ちがうっていうか……。もっと複雑なやりとりがあったの。地球軍の男も、これから自分の軍が支配しに行く土地に、赤ちゃんを預けに来たわけ。共存しましょうって来るんじゃない。支配しますよって最初に宣言してるわけ。ようするに、敵地よね? 自分が殺されたって文句は言えないところに来たわけよ」


「それはまあ――おまえの言う通りだろうな」


 アズラエルもうなずいた。ミシェルはさらに、衝撃的なことを口にした。


「女王は、下手をしたら、“イシュメル”を殺すことも考えていた」


「――!?」


 ルナたちが顔色を変えたのに、ミシェルは仕方なさそうに言った。


「だって、何度も言うけど、あのラグ・ヴァダの武神の子なのよ? 武神に恨みを持っている人間は、ほんとうにたくさんいたの。それに、悪いけどイシュメルは、地球との駆け引き材料だった。だって、ラグ・ヴァダがいったいどうなるか、あの時点では分からなかった。最初、地球軍は、そのつもりはなくても、アストロスを壊滅させようとしたんだよね?」


「……」


「おまけに、イシュメルを生かすとなれば――女王は、地球軍だけでなく、武神に恨みを持つたくさんの住民からも、イシュメルを守らなければならなかった」


 そこで、ミシェルは深く嘆息した。


「ドーソンの男は、自分とイシュメルの命乞いをしたわ。彼は――彼はそう、セルゲイの弟だったよね?」


「――弟」

 セルゲイがつぶやいた。


「大事なお兄さんから託された赤ちゃん。必死で守ろうとした。――そう、そうよ。女王は、やがてやってきた地球軍に、イシュメルを出せと(おど)された。イシュメルはそのころ十五歳くらいになっていたかな――女王にとっても可愛い娘になっていた。十五年も手元に置いて育てたんじゃ、もう自分の子と一緒よ。女王は、ラグ・ヴァダとイシュメルを守るために、“地球軍”に約束したの。――あなたがたの軍に三千年の繁栄を授けようって。つまり、軍事惑星ね――ドーソンじゃなく軍事惑星。わたしが守り神となって、繁栄させるから、イシュメルには手を出すな、ラグ・ヴァダの民を殺すなと言った――そう――“ご褒美”じゃなくて、“取り引き”だったのよ。――そして」


 ミシェルはがばっと起き上がった。


「そうだよ――三千年後に、繁栄はなくなる」


 ミシェルの言葉に、座が静まり返った。


「――そうなったら、どうなるんだ?」

「たぶん――L系惑星群が、アウト」


 ミシェルも青ざめていた。


「女王が約束したのは、“軍事惑星の三千年の繁栄”。――だから、それが終わると、軍事惑星がにっちもさっちもいかなくなる。そうなったら、L系惑星群の民を守っている軍隊が力をなくすわけ。で、ラグ・ヴァダの女王の子孫が、つまり原住民が、地球人から故郷を取り戻そうと立ち上がるわけだから――つまり」


「つまり?」

「この世の終わりか?」

 アズラエルが唸った。


「マリーが言っていた、“L03とL18の変革は、同時に起こってはならぬのです”とは、こういうことだったのか」


 さすがに、クラウドも青ざめた。

 ラグ・ヴァダの武神以上の危機が、迫り来ようとしている。

 女王が約束した“三千年の繁栄”は、今まさに、終わろうとしているのだ。


「ギャーっ!! どうしよう!? 自分がしたことながら、どうしよう!?」


 パニクったミシェルをあわててサルビアがなだめた。


「落ち着かれませ、ミシェルさん! つまり、あなたにお会いしたドーソンの男性は、いったい何者なのです?」


 ミシェルは顔をくしゃくしゃにして悩み――「えっとね、そう、順番に思い出す――まず、セルゲイの弟なの」


「私の弟――」

 セルゲイも、必死で記憶をたどっているようだった。


「わたくしの記憶が正しければ、」

 サルビアは言った。

「あなたは、ひとしずくの“希望(エルピス)”を、お授けになったはずなのです。赤ん坊だったわたくしを、女王に預けた地球軍の男に」


「それは、ほんとうですか、サルビアさん!」


 セルゲイも叫んだ。サルビアは何度もうなずいた。


「ええ――ええ。きっと、その一幕を、わたくしはそばで見ていました。十五、六歳だったでしょうか――話の意味は分かる年頃です」


「そう――そうだ! あたし、あたしそのひとに、天秤をあげたの」


 ミシェルは、頭を抱え込んでいたが、やがてカッと目を見開いて、ソファをバシバシ叩いた。


「――天秤」

「そう! 天秤を。――もし三千年後、L系惑星群が荒廃しているようなら、軍事惑星がその罪業を背負って壊滅するように」


 天秤が罪を乗せて、完全に皿が傾いたとき、軍事惑星は終わる。


「なんてことしたんだおまえは!!」


 グレンが抗議したが、ミシェルは首を振った。


「待って、怒らないで。だから天秤なのよ――希望がないわけじゃないの。つまり、イシュメルをあたしに預けた地球軍の男――あなたのように、清らかな心の持ち主がすこしでもいれば、軍事惑星は救われるだろう。L系惑星群も、今のままってこと」


 女王は、マ・アース・ジャ・ハーナの神に問われた。

 地球軍がラグ・ヴァダを侵略してきた。ラグ・ヴァダは易々(やすやす)、かれらの支配下に置かれなければならないのか。


 しかし、地球はラグ・ヴァダの民に文明をもたらすだろう。悪もあるが、ラグ・ヴァダを根こそぎせん滅したりはしない。奴隷にしたりもしない。共存の道を歩もうとする地球の民もいるだろう。


 すべてが悪ではない。それは、三つ星のきずなであるイシュメルが、証明している。


 その子は、心清き地球の男と、アストロスの女王サルーディーバの子として生まれた、純粋無垢なるメルーヴァ姫――かの姫と、死と暴虐(ぼうぎゃく)の神ラグ・ヴァダの武神の子として生まれた、善悪定からぬ子。


 善悪のはじめにおわします御子(みこ)


 三千年後には、イシュメルの血を分けた、地球とラグ・ヴァダ、アストロスの混血が、この星々に暮らすだろう。


 そのとき、女王は民の滅亡を望むか?


「女王の考えとしては、“いいえ”だった」


 女王の答えに、マ・アース・ジャ・ハーナの神は、天秤を授けた。神から授けられた天秤を、女王は、イシュメルを守った男に与えた。


 軍事惑星群は、これからどんどん、大きな罪を重ねていくだろう。だけれども、あなたのように清らかな心の持ち主がたくさんいれば、その罪を許そう。


 それが、女王を通じて降ろされた、マ・アース・ジャ・ハーナの神の神託。


 ラグ・ヴァダの女王は、たしかに繁栄を約束した。だけれども、三千年後にどうなるかということまでは、地球軍には教えなかった。


「そもそも、すべてあたしが勝手に決めたことじゃない。それこそ、三つ星をつなぐ同じ神――マ・アース・ジャ・ハーナの神のお告げだったのよ」


 ミシェルの言葉に、皆は絶句した。


「だから、かならずひと欠片(かけら)の希望がある。絶望だけってわけじゃないの。壊滅の道しか残されてないわけじゃない」


「そして、その天秤は、今度はルナの手に渡るのですね?」


 サルビアが思い出したように言った。ミシェルもうなずいた。


「そうよ――ルナが、総仕上げをする。ひとかけらの“希望(エルピス)”を天秤に乗せて」


 みんなが一斉にルナを見たが、ルナは別のことを考えていた。


「ピーターしゃんだ」


 ルナは、グレンにカクテルのおかわりを要求した。緊迫した座の中で、アホ面をさらしていたのは、ルナだけだった。


「――え?」

「きっと、セルゲイの弟さんは、ピーターさんです」


 ルナは日記帳を開いていた。


「“天秤を担ぐ大きなハト”――ピーターさんが、イシュメルを女王様に託したドーソンのひと」


 ルナは、彼と初めて会ったときに、彼の姿に重なって現れた、巨大なハトの姿を思い出した。

 ハトは天秤を担いでいて、天秤の周りを、惑星がぐるぐる回っていた。


(あれは、軍事惑星だったのです)


 ――黄金の天秤でサルディオーネとなり、一番始めにする大仕事がなんなのか、ぼんやりと分かってきたルナだった。




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