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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~カサンドラ篇~
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43話 マリアンヌの死と、謎のパスワード 2


 クラウドが病室を出てまもなくだ。彼は、「マリー!」と呼ぶ女の声で振り返らされた。


 カサンドラの病室に、金髪の男性と、子どものような背の高さの女性、それから独特の民族衣装を着た人物が、慌ただしく入って行った。


 まさか、身内か? 

 クラウドは驚いて立ち止まった。


 今、あの中のだれかがマリーと呼んだ。カサンドラの本名を知っているとすれば、相当関係性の深い間柄だろう。だが、クラウドが見舞いに来ている期間に、あの顔は見たことがなかった。


 クラウドは、ミシェルとグリーン・ガーデンに泊まっていたとき以外、三日とあけず見舞いに来ていた。カサンドラのパートナーの男性とは、行き違って会えなくても無理はなかった。カサンドラの病室にその男は入れないのだし、いつも花を看護師かヴィアンカに預けて帰って行くだけだというから。


 マリアンヌをマリーと呼ぶほどの間柄でありながら、彼らは一度も見舞いに来ていない。

 ヴィアンカから、彼らの話は聞いていない。カサンドラの見舞いに来るのは、クラウドと、パートナーたる男性のふたりだけだった。


 クラウドはよほど引き返して、様子を伺おうと思ったが、故人を(いた)む席に、自分の存在は歓迎されないはずだ。カサンドラには、自分が勝手に恩を感じていただけであって、赤の他人に他ならない。


 クラウドは、そのまま帰ろうとした。

 ――身内なら、葬儀のときに会えるかもしれない。


「よう。ぶち当たったのは、今日が初めてだな」


 声がした。


 アズラエルがグレンを嫌悪する百倍の憎悪で、クラウドはめのまえの男を睨んだ。


 男は、L18の傭兵らしいTシャツとカーキのズボンに、黒いブーツ。茶色い短い髪の下に精悍(せいかん)な顔がおさまっている。精悍さを緩めているのは、笑えば小じわができる目もとに、もともとゆるい性格だろう。


 アズラエルと雰囲気が似ていると言えば似ているが、それはただ傭兵であるということだけ。こちらのほうが、いい加減さは上だった。背が高くて筋肉質なのは、傭兵であれば当然の部類だ。

 飾らない格好に、派手な赤いバラで構成された花束を指先で引っ掛けて、ロビンは鼻歌を歌いながらクラウドのまえにやってきた。


 アズラエルとも親しい間柄の、傭兵。ロビン。

 クラウドも知らない相手ではなかった。

 それが、よりにもよって。


 ひと夜かぎりの、ミシェルの浮気相手――。


 それがなかったら、クラウドは、適当に挨拶でもして、すれ違っていたはずだった。


 クラウドの怒りの視線を受け流し、ロビンは軽い調子で話しかけた。


「マリアンヌちゃんの見舞いに来てるんだろ? 俺のことは聞いてるよな? 俺、病室に入れねえんだ。コレ、持ってってくれる?」


 ロビンはクラウドに花束を預け、(きびす)を返して行こうとする。

 クラウドは驚愕(きょうがく)した。


「――カサンドラのパートナーって、君だったのか?」

「カサンドラ?」


 帰ろうとしていたロビンが振り返った。


「そんな物々しい名前じゃなくってね、アレ? まちがいだったか? 俺が見舞いに来たのはマリアンヌ、マリーちゃ、」


「カサンドラは、マリアンヌだ」

 クラウドはさえぎり、花束をロビンの手に返した。

「彼女は、さっき亡くなった」


 クラウドのセリフに、ゆるみっぱなしだったロビンの顔が、さすがに神妙になった。


「――死んだ?」


 花束を手に、目を泳がせた。居場所をなくしたように、窓の外へ視線を移し、それから、もう一度花束を見た。


「そうか。……間に合わなかったな」とつぶやき、通りすがりの看護師に「はい」と差し出した。

「美しい君にプレゼント」


 看護師は、戸惑いながら花束を受け取り、おざなりに礼を言って、去って行く。


「ったく、薄情だな。ヴィアンカのやつ。昨日今日で危なかったんなら、せめて、俺にも連絡くれりゃさ……」


 軽い調子だったが、言葉尻に元気はなかった。


 ロビンは女子どもに――特に女にはサービス精神旺盛な男だ。カサンドラに拒絶されてはいても、理由を知っていて、見舞いは欠かさなかったのか。


 マリアンヌが愛用していたウサギのコップも、ヴィアンカから、マリアンヌがウサギ好きなのを聞いて、ロビンが買ってやったものらしいし、花もまめに届けに来ていた。その頻度(ひんど)だけなら、それこそクラウドよりマメだったはずだ。ほぼ毎日だったのだから。


「君がカサンドラ――マリアンヌのパートナー?」


 クラウドはもう一度聞いた。ロビンは肩をすくめて言った。


「そうだ。ヴィアンカから聞いてなかったか? 最期にマリーちゃんの顔くらい、見てこようかな」

「今、身内かもしれない人間が来てる。君が行ってもジャマだろう」

「身内?」


 ロビンが眉を寄せた。眉を寄せるということは、ロビンも身内の存在は知らない。もっとも、あの三人が身内かどうかは分からないが。


「身内って、なにかの間違いじゃねえのか。マリーちゃんの見舞いに来てたのは、俺とおまえだけだ。身内って、どんなヤツだった」


 ロビンが問いに、クラウドは答えなかった。

 しばらく、腹の探り合いが続いた。


「ちょっと見てくる」


 ロビンが歩き出したのをクラウドが引きとめる。「邪魔かもしれないだろう」


「そいつらが身内だって証拠は?」

「ない。ひとりは金髪の男性で、もうひとりは子どもか、女の子だ。それから、特殊な衣装を着た人物。あれは、L03の民族衣装だ。彼女をマリーと呼んでいた」


 なおもクラウドを振り切って進もうとするロビンを、クラウドは止めた。


「ロビン。君はマリアンヌといったい、どういう関係なんだ」

「どうって。仕事上の関係だ。俺は、マリーちゃんのパートナーとして、ぶっちゃけ、ボディガードとして、この船に乗った」


 俺の仕事だ。得体の知れねえヤツは、マリーちゃんには近づけられねえ。

 ロビンはそういって唸った。


「ボディガード? ――マリアンヌは、L18からこの宇宙船に乗ったのか?」

「そうだ」


 クラウドはてっきり、マリアンヌは、L03でなにかの陰謀に巻き込まれ、あんな状態になったと思っていた。


 L03は、内戦が多い星であり、その原始的な環境と宗教上の理由から、惨たらしい逸話も多くある。しかも、今現在起こっている政変。

 ラガーで見たニュースでは、今L03で起こっている政変の首謀者のフルネームは、メルーヴァ・S・デヌーヴ。


 てっきり「メルーヴァ」というのは、「改革者」を意味する単語だと思っていたら、サルーディーバ同様、生まれた時からメルーヴァの名を持つために、本名もメルーヴァという発音だった。


 おそらくは、マリアンヌ・S・デヌーヴは、メルーヴァの縁者に違いなかった。L03の政変に巻き込まれ、あんな状態になったのかと思っていたが、L18から乗ったとすれば、また話は別だ。


「ロビン。マリアンヌについて俺に教えてくれ。知っていることだけでいい」


 クラウドは言ったが、ロビンは首を振った。


「冗談抜かすな。傭兵が、自分の仕事の内容をペラペラくっちゃべると思ってんのか?」


「君がマリアンヌのボディガードなら」

 クラウドは、今度こそ本当に振り切ろうとしたロビンの腕をつかんだ。

「マリアンヌが死んだ時点で、君の仕事の契約は終了だ」


「だからなんだ? オイ。離せ。てめえは心理作戦部をやめてきたんだろ。いまさら、こんなことに首突っ込んで、どうなるってんだ」

「俺は、マリアンヌには恩がある」

「俺は、おまえに恩はない」


「そうかな」

 クラウドは、底冷えする笑みを浮かべた。

「君が、知っていることを俺に教えてくれたら、ミシェルのことは許す」


 ロビンが目を見張り、鼻で笑った。


「ミシェルのこと? はっは、そりゃおまえ、許す許さねえの問題じゃねえだろ。ミシェルの気持ち次第であって――」


 クラウドがロビンの胸ぐらをつかんだ。クラウドより背の高いロビンだったが、ギラギラと燃えるような眼に射すくめられて、らしくなく固まった。


「君にとっちゃ、恋愛はゲームだ。恋を楽しみたいんだろう? 傭兵の仕事みたいにさ。ロビン・D・ヴァスカビル。こんなことで、自分の足場を崩されるなんて、そんな目には遭いたくないはずだな? 無事に宇宙船を降りて、L18へ帰りたいか?」

「……どういう脅しだよ」

「脅しじゃない。この宇宙船の中じゃ俺はヒマでね。君を消す方法は、百通りも考えられる。時間だけはたっぷりあるからな」


 もうちょっとで、ロビンは、クラウドの脅しに屈するところだった。なにしろ、心理作戦部と言うのは怖い。

 咳払いして、ロビンは、クラウドの手をようやく振り払った。


「俺に聞くより、自分のもと上司に聞いたらどうだ」

「――なんだって?」


「俺の知ってることなんて、たいしたことはねえよ。俺は単なるボディガードだ。おまえの言うとおり、マリーちゃんが死ぬまでの契約だ。マリーちゃんが死んじゃった以上、俺の契約は終わりだ。このまま宇宙船に乗って地球行ってもいいし、宇宙船降りてもいい。そういう契約」

「……」

「マリーちゃんは、L18の病院に拘束されていた。L18に来たときには、もうとっくに、不治の病にかかっていたんだ。おまえも知っているだろうが、あれはL03特有の病で、L18では治療できる医者はいなかった」


 そのとおりだった。マリアンヌは治療が遅れ、今日、亡くなった。


「俺が言えるのはそれくらいだ。背景がどうだろうが、俺は女子どもをあんな目に遭わせる奴は好かねえ。かわいそうな子だ。くわしい話は、心理作戦部に聞けよ。隊長どのは、マリーちゃんの尋問にも立ち会ってるはずだ」


 呆然とするクラウドの肩を、逆にぽんぽん、と叩いて励ましたあと、ロビンは小走りでマリアンヌの病室に向かった。

「廊下を走らないでください!」と怒られている声が聞こえる。

 

 マリアンヌが――L18で拘束されていた? 

 いったい、なぜ。


 クラウドは、一気に迷路に入り込んだ状況に、しばし、立ちつくした。

 ロビンの言ったとおり、マリアンヌの病は、結核からはじまるL03特有の病だった。やがて内臓のほとんどがやられ、死に至る。ただの結核ではない。L03でも、L18でも、その病を治療できる医者がいなかった――結果、地球行き宇宙船に乗った時点で、手遅れといわれたのだ。


 病院に拘束? なぜだ。尋問のために?

 病であるマリアンヌから、なにを聞き出そうとしたのか。


 おまけに彼女は、ひどい男性恐怖症に(おちい)っていた。なにがあったかは、考えずとも分かる。

 あんな尋問がL18で与えられたというのなら、確実にL55から監査が入り、尋問部の全員がL11の監獄行きだ。L03なら、考えられなくもない。だが、L18でとなると、話はだいぶ違ってくる。


 ――マリアンヌは、なぜ、L18に来た。


 メルーヴァが革命を起こしたのが先か? マリアンヌがL18に来たのが先か?


 マリアンヌは、メルーヴァの縁者だ。マリアンヌが、L18で拘束された理由に、L03の政変が関わっている。


 それか――L03の政変が起こった理由に、マリアンヌがL18で拘束された理由が、関わっている?


  そこまで考え、クラウドははっとした。

 L03と、L18の関わりを見るならば。


 自分の考えは、逸脱(いつだつ)しすぎているかもしれないが――すべてのはじまりは、ガルダ砂漠の戦争からではないのか?


 踵を返し、廊下を走り去る。――たしかめなければならない。


「廊下を走らないで!」という看護師の声に、「すみません」という余裕もなかった。




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